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DVD−ROM 映 画 の お す す め
DVD−ROM映画のいいところというのは幾つか挙げることができる。
@ DVD 再生ソフトウェア
が充実してきていろんな機能が提供されている
A いつでも好きなときに好きなところから観ることができる
B 画面の精細度が高いので画面がきれいである
C 言葉は原語か日本語への吹き替えかを選ぶことができる
D 字幕に原語か日本語かを選ぶことができる
E 更に設備を整備すれば
大型ディスプレイにより大画面でDigital Dolby
5.1チャンネルの音響効果で映画を楽しむことが きる
ということで劇場映画もいいが、DVD−ROMの映画もまた楽しいものである。もちろん新作も旧作もある。因みに私の場合今DVD−ROMソフトの収集に苦労している。古本屋のような発達した中古市場が十分ではないのであまり安く手に入らず困っているが、できるだけ根気よく数多く集めたいと思っている。
【題名から検索】
「大脱走」 「幸せのちから」 「オール・ザ・キングスメン」 「Dear フランキー」
「アイズ ワイド シャット」 「カラーパープル」 「依頼人」 「蛇皮の服を着た男」 「真昼の死闘」 「凱旋門」 「ふたりの0男とひとりの女」 「ホワットライズビニース」 「フォーエヴァーヤング 時を超えた告白」 「ニューオーリンズ・トライアル」 「マクリントック」 「あの子を探して」 「マーティー」 「ウィンチェスター銃'73」 「エンド・オブ・オール・ウォ-ズ」 「代理人」 「心みだれて」 「評決」 「ミッション・インポッシブル」 「カモン・ヘブン」 「夜も昼も」 「マイノリティ・リポート」 「キングオブコメディ」 「怒りの河」 「モーヴァン」 「メリーに首ったけ」 「妹の恋人」 「シザーハンズ」 「単騎
千里を走る」 「愛のエチュード」 「フォー・ウェディング」 「赤いアモーレ」 「素晴らしき日」 「美しき運命の傷痕」 「至福のとき」 「恍惚」 「コンタクト」 「アンブレイカブル」 「愛は静けさの中に」 「コールドマウンテン」 「暗くなるまでこの恋を」 [パーフェクト ワールド」 「白と黒のナイフ」 「ボディガード」 「続・夜の大捜査線」 「陰謀のセオリー」 「ペリカン文書」 「フォーリング・ダウン」 「コンフィデンス信頼」 「プラダを着た悪魔」 「フランス軍中尉の女」 「アトランティスのこころ」 「わらの男」 「殺しのドレス」 [イン・ハー・シューズ」
ちょっと余談を
わたしが「槇平氏のぺージ」に掲載している映画関係の各ページで紹介している映画は、ご覧になってお分かりになるように洋画中心で邦画はごく僅かである。
映画関係の各ページの冒頭に次のようにお断りしてしているので、重複をお許し頂いて引用させていただく。
「わたしは若い頃から映画が好きで懐と時間が許す範囲でできるだけ数多く観たかったひとりです。実際には生活に追われてほんとに限られた数しか観ておりません。それに若い頃は生意気(それは今でもという声も聞こえてきそうですが)で洋画中心でした。邦画は特定の監督の作品以外は観ないなどといっていた偏った映画ファンでした。それでも20歳代前半(昭和30年代前半頃)までに配給されたいろいろな映画を観ました。今でもほぼ同年代の映画フアンとたまに会うと映画談義を交わします。
フリーになった現在は時間もできたしシニア料金で鑑賞できるという幸運もあって、月に2〜3回は映画館に足を運んでいます。
それにパソコンの普及に伴って従来のビデオに代わるDVD−ROM(映画ソフト)の恩恵にも浴しています。ということはロードショウで最新作を見るし、DVD−ROMで旧作(もちろん新作もあります)も観ているということです。
最近観たものの中からいくつかを紹介していくことにします。・・・・」
邦画を観る機会が少ないという傾向は相変わらずではあるが、それでもわたしとしては評判になったものは結構観ているように思う。
この5〜6年くらいの間に観たものをちょっと列挙してみると「かもめ食堂」、「ALWAYS 三丁目の夕陽」、「誰も知らない」、「四日間の奇蹟」、「クイール」、「阿弥陀堂だより」、「たそがれ清兵衛」、「海は見ていた」、「冷静と情熱の間」、「ハウルの動く城」、「隣のトトロ」、「アフリカ物語」、「千と千尋の神隠し」、「ホタル」、「鉄道員」、「Brother」、「ホワイトアウト」、「一五才/学校W」、「月はどっちに出ているか」、「長崎ぶらぶら節」、刑法第三九条」、「大阪物語」、「どら平太」、「金融腐食列島」となる。
これらは「かもめ食堂」と「アフリカ物語」を除きすべて映画館で観たものである。ことDVD−ROMに関して言えば邦画は洋画のそれに較べてかなり高くて購入意欲が湧かないことにも原因がありそうである。
さて、本題である。
2007年1月31日付けA紙に次のような記事が出ていたのを読まれた方も多いのではないだろうか。
「邦画興行収入 洋画抜く 21年ぶり、シェア上回る」
これによると06年興行ベスト5は
「日本映画」==> @ゲド戦記:76.5億円、ALIMIT OF
LOVE 海猿:71億円、BTHE有頂天ホテル:60.8億円、C日本沈没:53.4億円、Dデスノート the Last name:52億円
「外国映画」==> @ハリー・ポッターと炎のゴブレット:110億円、Aパイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト:100.2億円、Bダ・ヴィンチ・コード:90.5億円、Cナルニア国物語り 第1章ライオンと魔女:68.6億円、DM:I:V:51.5億円
わたしの場合直接この結果に影響されることはないが、最近日本の映画もいいものが多くなってきていることはそのとおりであるので、めぼしいものがあればせいぜい映画館に足を運ぼうと思う。
◎「大脱走」(The
Great Escape) (2008.10.23)
アメリカ 1963年 上映時間 172分 カラー シネマスコープサイズ(16:9) ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:ジョン・スタージェス、製作:ジョン・スタージェス、原作:ポール・ブリックヒル、脚本:ジェームズ・クラベル/W・R・バーネット、撮影:ダニエル・L・ファップ、音楽:エルマー・バーンスタイン
(キャスト)スティーヴ・マックイーン、ジェームズ・ガーナー、リチャード・アッテンボロー、ジェームズ・ドナルド、チャールズ・ブロンソン、ドナルド・プレゼンス、ジェームズ・コバーン、ゴードン・ジャクソン、ジョン・レイトン、ナイジェル・ストック、ウィリアム・ラッセル、トム・アダムス、ハンネス・メッセマー、ローベルト・グラーフ、ロベルト・フライターク、ジョージ・マイケル、他
第2次世界大戦に絡む捕虜収容所を取り上げた作品は内外合わせて一体どれくらいあるのだろうか。その中でわたしの観た作品だけでも枚挙にいとまのないくらいありそうである。またその中には名画として数えるべきものも数多くある。
しかし、いまここではわたしのつたないコメントを展開することは避けて、かの有名な映画評論家・淀川長治氏と並び称される同じく映画評論家・双葉十三郎氏の名著「外国映画ぼくの500本」の中からこの作品について書かれている部分を引用させていただくことにしたい。
【第2次世界大戦の捕虜脱走ものの決定版、脱走不能のドイツ収容所から、マックィーン、J・ガーナー、J・コバーン、C・ブロンスンらの英米空軍のサムライたちが3本のトンネルを掘って逃げるお話。サスペンスのうちにユーモアをただよわせたスタータジェスの演出が大いにたのしめる。脱走した連中の行方にハラハラさせられるし、マックィーンがオートバイでにげまわる一幕も見せ場。合唱によるエルマー・バーンステインのテーマ曲もゴキゲン。】
<<あらすじ>>
新たに作られたドイツの北部第3捕虜収容所に、札つきの脱走常習者・連合軍空軍将校たちが運び込まれた。しかし早くも“心臓男"と異名をとったヒルツ(スティーブ・マックィーン)は鉄条網を調べ始めるし、ヘンドレー(ジェームズ・ガーナー)はベンチをトラックから盗み出す始末だ。まもなく、ビッグXと呼ばれる空軍中隊長シリル(リチャード・アッテンボロー)が入ると、大規模な脱走計画が立てられ始めた。まず、森へ抜ける数百フィートのトンネルが同時に掘り始められた。それはトム・ディックハリーと名付けられた。全員250名が逃げ出すという企みだ。アメリカ独立記念日にトムが発覚してつぶされた。が、ほかの2本は掘り続けられた。しかし、あいにくなことに掘り出し口が看守小屋の近くだったため、脱走計画は水泡に帰し、逃げのびたのはクニー(チャールズ・ブロンソン)と、彼の相手ウィリイだけであった。激怒した収容所ルーゲル大佐が、脱走者50名を射殺したと威嚇した。やがて、“勇ましい脱走者"の生存者を乗せたトラックが到着したとき、ゲシュタポの車が収容所の入口に止まり、ルーゲルは重大過失責任で逮捕された。かくてドイツ軍撹乱という彼らの大使命は果たされたが、幾多の尊い生命が失われていった。再び収容所に静けさが訪れたが、ヒルツやヘンドレイは相変わらず逃亡計画を練りあちらこちらでその調査が始まっていた。
「幸せのちから」(The
Pursuit of Happyness) (08.10.21)
アメリカ 2006年 上映時間 117分 カラー パナビジョン シネマスコープサイズ(19:9) ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:ガブリエレ・ムッチーノ、脚本:スティーヴン・コンラッド、製作:トッド・ブラック/ジェイソン・ブルーメンタル/スティーヴ・ティッシュ/ジェイムズ・ラシター、製作総指揮:マーク・クレイマン/ルイス・デスポジート/デイヴィッド・アルパー、テディ・ズィー、撮影監督:フェドン・パパマイケル/ASC、音楽:アンドレ・グエッラ、美術:J・マイケル・リヴァ、編集:
ヒューズ・ウィンボーン
(キャスト[役名])ウィル・スミス[クリス・ガードナー]、タンディ・ニュートン[リンダ]、ジェイデン・スミス[クリストファー]、ブライアン・ホウ[トゥイッスル]、ジェームズ・カレン[マーティン]
この作品はまさにアメリカン・ドリームそのものである。
この作品に登場する主人公のクリス・ガードナーは、実在の人物で作品そのものの流れも実話に基づいて作られている。
ただ、製作年が今から数年前であるからこの数か月来世界経済を直撃しているアメリカ発同時不況のかけらも感じさせない、むしろ無邪気と言っていいほどの金融資本主義賛歌になっている。
主人公は黒人で高卒というハンディキャップを背負いながらその中で生き馬の目を抜く証券業界で成功を収める。舞台は金融資本主義のメッカアメリカ東海岸のニューヨークではなく西海岸のサンフランシスコである。
主人公は一時は住む家も失い小さな息子とともにホームレスの生活しながらも、最後は勝ち組にになるというサクセス物語である。幼い息子を愛する気持ちが素直に受け入れられる作りになっているので、証券業界などで生き抜くなどという背景はそれほど気にしなくてすみ、安心して観ていられる。
子供を守らなければという親としての真摯な気持ちが伝わってくる。それも当然といえるのかもしれない、息子クリストファー役はウィルの実の息子なのだから。
邦題よりは原題の方が、親子の情愛や家族の絆を強く求める気持ち、よりよい「あしたの生活」を求めるという強い気持ちが出てくるような気がするのであるがどうであろうか。
この作品の監督はイタリア人で監督に起用された当時あまり英語が得意でなかったらしいが、長い撮影期間中ウィル・スミス(彼は製作側の一員でもあった)をはじめスタッフや出演者のみんなと意思の疎通はうまくいっていたそうである。このあたりのところDVDのおまけの部分で監督自身の言葉で語られている。結果的にはこの監督の起用が当たったのだろうか。
機会があればご覧になることをお奨めしたい。
<<あらすじ>>
1981年のサンフランシスコ。医療用機械(骨粗鬆症のスキャナー)のセールスをしていたクリス・ガードナーは、各病院を回るも「高すぎる」「うちには必要ない」などで門前払いを食らって、長い間機械は1台も売れていなかった。
そのため何か月も家賃を滞納し、ある時は駐車違反で罰金を払えずに逮捕され、留置場で一晩を明かしたりしていた。そんな貧しい生活の日々にに耐えかねた妻のリンダは家を出ていく。
彼はそんな中でふとしたきっかけで知り合ったある人の言葉に触発されてより積極的に就職アプローチを行い、証券会社のインターンシップとして半年間挑むこととなったが、その期間は給料なしということに気づかなかった。
所持金は21ドル。貯えはなし。インターンシップをこなしつつ何とか機械を売ることに成功したが、税金を取られ、家を転々とし、やがては文字どおりホームレスの期間を過すこととなるが。・・・・・・・・・・
・・・往年の名画シリーズ・・・
◎「オール・ザ・キングスメン」(All
The King's Men) (2008.10.17)
アメリカ 1949年 上映時間 109分 モノクローム スタンダードサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:ロバート・ロッセン、製作:ロバート・ロッセン、原作:ロバート・ペン・ウォーレン、脚本:ロバート・ロッセン:撮影:バーネット・ガフィ、音楽:モリス・W・ストロフ、字幕:清水俊二
(キャスト[役名])ブローデリック・クロウフォード(Willie Stark)、マーセデス・マッケンブリッジ(Sadie
Burke)、ジョアン・ドルー(Anne Stanton)、アン・シーモア(Lucy)、ジョン・デレク(Tom)、ジョン・アイアランド(Jack
Burden)、シェパード・ストラドウィック(Adam Stanton)
この作品は、製作・公開当時太平洋戦争が終わった直後の連合国の占領下にあった日本(とはいうものの事実上アメリカの占領下にあった日本)では、「占領目的の自由な民主主義的で社会正義が花開いている米国」を示すにはふさわしくない作品ということで政治的な圧力があって公開されなかったといわれている作品である。
アメリカでは49年度アカデミー賞3部門(作品・主演男優・助演女優)を受賞している。日本では27年後に初めて公開された問題作である。
なぜ公開されなかったかについては、作品をご覧になった上で考えていただきたい。
日本は当時米軍による占領下にあったということを踏まえると、占領当局の立場からは主人公自ら汚職に反対しながらもやがては自らも腐敗した権力者への道を歩むという主題は、特に実話に基づいているだけに公開を許せなかったのではないかと思われる。
<<あらすじ>>
新聞記者のジャック・バードンがウイリー・スタークと初めて会ったのは、ウイリーがメイソン州の会計主任だった頃である。ウイリーの妻ルーシー(アン・シーモア)は学校の教師で、一人息子のトム(ジョン・デレク)がいた。実直な下級役人だったウイリーが、州の人々より注目を集め始めたのは、メイスン市に新しい小学校が建築された時だった。校舎建設に不正があり、それを激しく批難したのがウイリーだった。そして、彼の言う通り、避難訓練の最中に事故があり、数百人の死者を出す大惨事が起き、彼の人気は絶大なものとなっていった。当のウイリーは最初の選挙で敗れたのを機に、苦難の末、弁護士になっていた。だが人々は彼を忘れなかった。「信頼できるウイリーを知事に!」の声は高まり、遂に彼はメイスン州の知事になった。選挙戦は苦しかった。中でも秘書サディ・バーグとジャックの活躍は目覚ましかった。ジャックは新聞記者を辞め、ウイリーの参謀となっていた。ウイリーが知事となって数年が過ぎた。メイスン州におけるウイリーの権力は、絶大なものとなった。まさに傍若無人の観であった。いつの日かそれは、良識ある人々の批判の的となって行った。ウイリーがあれほど忌み嫌っていたはずの汚職、ワイロ、脅し等を、今では彼自身が手を染めていて、女性とのスキャンダルも公然と口にされるほどであった。遂に州民の絶大な信頼を寄せられている判事がウイリーの政敵を支援する声明を発表した。折も折、今ではフットボールの花形プレイヤーとなった息子のトムは交通事故を引き起こし、同乗していた若い女を死なせてしまった。数日後、事故死した娘の父の撲殺死体が発見された。窮地に立たされたウイリー。まず判事を味方に、彼の策謀が開始された。昔のスキャンダルを暴き、味方にしようとしたが、潔癖な判事は自殺してしまった。ジャックの友人であり、ウイリーの要請でメイスン市の病院長となったスタントン医師の嘆きは大きかった。スタントンにとって、判事は神聖だった。スタントンを絶望の淵に陥れたのは、それだけではなかった。ジャックの恋人と信じていた妹アンと、ウイリーの関係だった。委員会が開かれている議事堂に、2発の銃声が響き渡った。大きな悲憤に襲われたスタントン医師の射った銃弾が、ウイリーの野望を砕いた一瞬だった。
◎「Dear
フランキー」(Dear Frankie) (2008.10.13)
イギリス 2004年 上映時間 106分 カラー ビスタサイズ(16:9) ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:ショーナ・オーバック、製作:キャロライン・ウッド、脚本:アンドレア・ギブ、撮影:ショーナ・オーバック、音楽:アレックス・ヘッフェス、美術:ジェニファー・カーンキ、スタッフ、編集:オラル・ノリー・オティ、衣装(デザイン):キャロル・K・ミラー
(キャスト[役名])エミリー・モーティマー[リジー]、ジェラルド・バトラー[ストレンジャー]、ジャック・マケルホーン[フランキー]、シャロン・スモール[マリー]、メアリー・リガンズ[ネル]、ショーン・ブラウン
[リッキー]、ジェイド・ジョンソン[カトリオーナ]、ケイティ・マーフィ[マッケンジー先生]、アン・マリー・ティモニー[ジャネット]、ジョン・カゼック[アリー]、カル・マカニンク[デーヴィー]
この作品については、劇場公開の直前に手に入れていたパンフレットとそれと相前後して新聞の映画解説などを読んでいたので、是非観たいと思っていたのであるがなぜかその機会を得ないいままになってしまっていた。
今回DVDを入手し、やっと観ることができた。大作ではないが実にいい作品である。大げさな言い方をすればまさに期待どおりの感激ものであった。
監督のショーナ・オーバックはもともと短編の記録映画を手がけていた人らしいが、この作品で初めて長編の製作に乗り出したのだという。
脚本といい、キャストの選定といい、いかにもイギリスらしい場所の選びといい、テーマも現代の社会では誰しもがいつ経験するかもしれない事柄と結びついており、子供を守りたい母親の気持ちが痛いほど感じられる作品となっている。
その子供を家庭内暴力で難聴に陥れた男から逃れるために短い周期で居所を転々とせざるを得ない母親にとって、子供が成長するにつれて父親にいつか会えるかもしれないと思いはじめるようになったことと合わせて父親が船乗りなので経由地の港から手紙を送ってくるという偽装を始める。もちろん手紙の発信人は母親なのである。
いまでは子供は学齢期に入っており学校の友達に父親のことを聞かれることも起こってくる。子供は難聴のせいで自分の声で話すことはできないが、読唇術をマスターし手話や身振りで会話をすることができるようになっている。
このあたりのところくどい説明なしで観るものにすんなりわかるように物語は進んで行く。
母親が偽装していた船名と同じ名前の船が入港することになって、遂に子供に父親と会わせる必要が出てきた。母親は知り合いの女性に依頼してなんの係累もないストレンジャーを1日の約束で雇うことを決意する。
この仮の父親役をを引き受けたストレンジャーが子供にとって本当に必要な、実の父親のような接し方をするところなど、これまた観るものの目を引きつけてやまない。
そのストレンジャーである男に対して母親自身もいつか惹かれ始めるが、あくまで子供からみた父親像を損なわないようさりげなく別れを用意する。
母親が知り合いの女性にあのストレンジャーは誰なのと尋ねる場面、それに対して知り合いの女性が答えたさりげない答えが余韻を残す。
最後には難聴の子供はそのような母親の偽装を知っていたいたことがわかる。そして、母親にとって満足に声を発して話すことのできない子供の本当の声を聞く機会として、子供からの父親に対する手紙を受け取ることになるのである。
本当によい作品を観た。もちろんもう一度観たい作品である。
<<蛇足>>
この作品は、”2004年度カンヌ国際映画祭<ある視点>部門のオフィシャルセレクション”に選ばれた。そのほか、シアトル国際映画祭レナ・シャープ女性映画監督賞/ロサンゼルス映画祭最優秀観客賞/モントリオール国際映画祭ゴールデン・ゼニース賞/ハートランド映画祭クリスタル・ハート賞/などを受賞しているそうである。
今回DVDを入手しやっと観ることができた。大作ではないが実にいい作品である。大げさな言い方をすればまさに感激ものであった。
<<あらすじ>>
まだ若い母親のリジーは、9歳の息子フランキーと老いた母ネルと共に、引っ越し先のグラスゴーに近い海辺の町に向かう。フランキーは、父親のデイヴィーの暴力が原因で耳が聞こえなくなっていたが、そのことは覚えていない。リジーは夫から逃げながら、フランキーには、自分が船で世界中を回っている父親のふりをして、ずっと手紙を書き続けていた。だが意外な事件が起こる。架空の父親が乗っていることになっている船が、新しく来た町に寄港するというのだ。リジーは悩んだあげく、1日だけ息子の父親役になってくれる船員を探す。彼女の友人のマリーが紹介してくれた男と話をつけ、いよいよ彼とフランキーの対面。まもなく見知らぬ男を心から父親と慕うようになるフランキーに、男の方も愛情を感じていく。翌日も男は母子と家族として過ごし、やがて男とリジーの間にも愛情が芽生え始めた。2人は静かにキスをして別れるが、そのあとリジーは勇気を出して、入院中の死期が近いデイヴィーと対面する。そしてフランキーに真実を告白するが、いつからかフランキーはもうそれに気づいていた。・・・・・
◎「アイズ
ワイド シャット」(Eyes Wide Shut) (2008.10.10)
アメリカ 1999年 上映時間 159分 カラー スタンダードサイズ(4:3) ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:スタンリー・キューブリック、製作:スタンリー・キューブリック、原作:アルトゥール・シュニッツラー、脚本:スタンリー・キューブリック/フレデリック・ラファエル、撮影:ラリー・スミス、音楽:ジョスリン・プーク、美術:レスリー・トムキンス、ロイ・ウォーカー、編集:ナイジェル・ゴルト、衣装(デザイン):マリ・アレン、EP:ジャン・ハーラン、字幕:菊地浩司
(キャスト[役名])トム・クルーズ(Dr. William Harford)、ニコール・キッドマン (Alice
Harford)、シドニー・ポラック(Victor Ziegler)、マリー・リチャードソン、(Marion)、レード・セルベッジア(Milich)、トッド・フィールド(Nick
Nightingale)、ヴィネッサ・ショウ(Domino)、アラン・カミング(Bellhop)、リリー・ソビエスキー(Milich's
Daughter)、スカイ・ダモント(Sandor Szavost)、トーマス・ギブソン(Carl)、マディソン・エジントン(Helena Harford)
実はわたしは、この作品が日本国内で公開された直後(1999.9.4)映画館で観ている。当時はまだこのHPを開設していなかったので「映画館で観た」にアップロードをしないままになっていた。
その何年かあとビデオショップでスタンリー・キューブリック監督の代表的な作品を製作年代順に6本収録している、お買い得パック(?)を見付けた。その中に「アイズ
ワイド シャット」が含まれていることを確認した。
キューブリック監督の作り出した一種耽美的な美しい画面を思い浮かべながら購入してしまった。そのうちに暇を見付けもう一度観てみようということにして”置いておく状態”にしてしまっていたということである。
収録作品は、製作年代順に「ロリータ(1962)」「2001年宇宙の旅(1968)」「時計じかけのオレンジ(1971)」「バリーロンドン(1975)」「シャイニング(1980)」「フルメタル・ジャケット(1987)」「アイズ
ワイド シャット(1999)」の6本である。
最近ある本をぱらぱらめくっていたら『キューブリック監督は、「アイズ ワイド
シャット」の完成後の1999年3月7日にキューブリック、トム、ニコール、ワーナーのスタッフの4人による極秘の0号試写を行ったが、その5日後の1999年3月7日にキューブリックは急死した』という記事が出ていた。
このことを知ったからにはこれは是非再見しなければというわけでこの項のアップロードとなった。夫婦間の微妙な心理を描きながら作品全体としてはサスペンス的な要素を取り入れ最後まで観るものを惹き込んで離さない。
なお、このお得パックには監督自身による彼の「映画人生」というビデオも収録されておりいろいろと参考になったことを付け加えておきたい。
また、残りの5本については随時鑑賞の上アップロードする予定である。
<<あらすじ>>
クリスマス前後のニューヨーク。ウィリアムとアリスは結婚して9年目。7歳になる娘ヘレナをもうけ、瀟洒なアパートメントに暮らしている。その晩、ウィリアムの知人であるヴィクターのパーティに出かけ、ウィリアムはふたりのモデルから誘惑される。その間にヴィクターから呼び出され、マンディというへロイン中毒になった娼婦の治療を頼まれる。その間続いているパーティー中、アリスはハンガリー人を名乗る中年紳士の誘惑を受けながらダンスを続けていた。
帰宅後、寝室でマリファナでラリったアリスはウィリアムに思いがけない告白をする。以前、家族で出かけたヴァカンス先のホテルで、視線が合った魅惑的な海軍士官に浮気心を抱いだというのだ。妻を信用していたウィリアムはこの言葉に衝撃を受ける。老人の患者が急死して呼び出されたウィリアムは、妻が他の男に抱かれている妄想が頭から離れないまま、深夜の街をさまよう。娼婦ドミノの誘いで彼女のアパートまでついて行ったが、アリスとの電話でことは果たさぬまま立ち去る。次に彼はヴィクターのパーティで再会した大学の同級生でいまはピアニストをしているナイチンゲールを訪ね、彼から秘密の乱交パーティがあると知らされる。黒装束に仮面をつけ、仮装して郊外の館に乗り込んだウィリアム。なぜかひとりの女がすぐに立ち去るようにと忠告する。いぶかしく思う間に、彼は屈強な男に連行されるままに、居並ぶ人々の前でひとりだけ仮面を外し、裸になれと強制される。その場は例の女のとりなしで収まったが、翌日、彼がナイチンゲールを訪ねると、彼は何者かに強制的にホテルを追い出されていた。さらに彼には不審な尾行者がつきまとう。新聞には元ミスコンの女王がドラッグの過剰摂取で急死したという事件が出ており、彼が死体を確認してみると、それは昨晩の館の女だった。館に赴くと、「これ以上詮索するな」と脅迫の手紙が渡される。直後、今度はヴィクターに呼び出されたウィリアムは、思いがけず彼から事件の真相を聞かされた。館の女はパーティで彼が診たマンディだった。彼女はあの館に出入りする娼婦で、ヴィクターもその秘密の会員のひとりだったのだ。
帰宅した彼は、眠っているアリスの傍らに彼が館で使った仮面があるのを見つけ、ついに彼女に全てを告白した。そのあと娘のヘレナのプレゼントの買い物に出たふたりは、クリスマスプレゼントの買い物客で混雑するデパートの中で人波に揉まれながら話し合いを続け、アリスはお互いの愛の絆を確かめるためにあることをすることを決意したとトムに告げる。
◎「カラーパープル」(The
Color Purple) (2008.9.29)
アメリカ 1985年 上映時間 152分 カラー ビスタサイズ(16:9) ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:スティーヴン・スピルバーグ、製作:スティーヴン・スピルバーグ/キャスリーン・ケネディ/フランク・マーシャル/クインシー・ジョーンズ、製作総指揮ジョン・ピータース/ピーター・グーバー、原作:アリス・ウォーカー、脚本:メノ・メイエス、撮影:アレン・ダヴュー、音楽:クインシー・ジョーンズ、美術:J・マイケル・リヴァ、編集:マイケル・カーン、衣装(デザイン):アギー・ゲイラード・ロジャース、字幕:戸田奈津子
(キャスト[役名])ダニー・グローヴァー(Mr.Albert)、ウーピー・ゴールドバーグ(Celie)、マーガレット・エヴリー(Shug
Avery)、オプラ・ウィンフレー(Sofia)、ウィラード・ヒュー(Harpo)、アコースア・ブシア(Nettie)、デスレータ・ジャクソン(Young
Celie)、アドルフ・シーザー(Old Mr.)、レイ・ドーン・チョン(Squeak)、ダナ・アイヴィ(Miss Millie)
スティーブン・スピルバーグ監督の作品といえば、いまわたしの観た記憶にあるのは『「プライベ−ト・ライアン」「マイノリティ・リポート」「太陽の帝国」「A.I.」』(製作順不同及びリンク付け省略)と出てくる。どの作品も娯楽性が高く舞台装置が非常に大がかりで観るものの目を楽しませてくれる。
本作品はそういう意味では少し毛色が変わっていると言ってよいだろう。
一口で言えば、「奴隷のような生活を強いられた薄幸の黒人女性が、1人の人間として目ざめていく姿を描いた作品」である。
大がかりなヒット作を多く送り出しながら意外にもアカデミー賞には縁が薄い監督だということも言えるらしい。
それかあらぬかスピルバーグは本作品でも賞狙いをはかったと言われているが、第58回アカデミー賞で10部門にノミネートされながらも本賞は取れなかった。
なお、主演のウーピー・ゴールドバーグはこの作品で映画デビューを果たした。
<<あらすじ>>
1909年、南部ジョージアの小さな町。そのはずれに住む黒人の一家。自分もまだ子供にすぎないセリーが、子供を生んだ。父親は彼女がとうさんと呼んでいた男だ。とうさんは生まれた子供をセリーの乳房からもぎとってどこかに連れていってしまった。セリーの心の支えは妹のネッティだけだ。ネッティは綺麗だし頭もいい。
やがてセリーはミスターに嫁いだ。ミスターは4人の子持ち。最初、彼はネッティを望んだがとうさんが断わり、代わりにセリーがやられたのだった。朝から晩まで掃除、洗濯、料理、子供たちの世話をして、ミスターにのしかかられるために。やがてとうさんとミスターのみだらな手が、賢くやさしいネッティへと向けられたことを知ったセリーは、ネッティを家から逃げるように説得。ネッティは牧師夫妻に助けられてアフリカヘ渡っていった。
ある日、ミスターは歌手のシャグを家に連れて来た。セリーがシャグの面倒をみているうちに、2人の間に奇妙な友情が芽生えた。セリーの忍従の人生に驚くシャグと、夫の愛人ではあるが美しい心と自立の精神を持つシャグに、目を開かせられたセリー。セリーの魂は目覚め、自分も人間であること、真っ暗だった未来に道が開けているかもしれないことに気づく。
その魂が激しく燃えあがったのは、ミスターが何年にもわたって隠していたネッティからの多くの手紙だった。その手紙のありかを教えてくれたのもシャグだった。ネッティは元気でアフリカで伝導生活を送っていたのだ。
一方、ミスターの息子ハーボの妻ソフィアは気が強く負けん気が災いして離婚するハメになる。しかも彼女は白人市長夫人に反抗的な態度をとったことから長い刑に処されてしまった。ハーポはソフィアと別れた後、愛人のスクィークを自分の酒場で働かせていた。そしてセリーは、ついにミスターに家を出る決心を伝えた。驚くミスターはセリーをなじるが、シャグはセリーの味方についた。そして長い刑で弱気になっていたソフィアも、セリーの反逆を見て、かつての元気がよみがえった。セリー、シャグ、そして歌手を目指そうとするスクィークが新しい人生を求めて旅立った。数年後、新しい生活も落ち着いた頃、セリーの前に愛するネッティが姿を現わした。
◎「依頼人」(The
Client) (2008.9.25)
アメリカ 1994年 上映時間 120分 カラー シネマスコープサイズ(16:9) ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:ジョエル・シューマカー、製作:アーノン・ミルチャン/スティーヴン・ルーサー、原作:ジョン・グリシャム、脚本:アキヴァ・ゴールドマン/ロバート・ゲッチェル、撮影:トニー・ピアース・ロバーツ、音楽:ハワード・ショア、美術:ブルーノ・ルベオ、編集:ロバート・ブラウン、衣装(デザイン):イングリット・フェリン、字幕:松浦美奈
(キャスト[役名])スーザン・サランドン[レジー・ラブ]、トミー・リー・ジョーンズ[ロイ・フォルトリッジ]、ブラッド・レンフロ[マーク・スウェイ]、メアリー・ルイーズ・パーカー[ダイアン・スウェイ]、アンソニー・ラパグリア[バリー・マルダーノ]、オジー・デイヴィス[ハリー・ルーズベルト判事]
最近わたしの乏しいコレクションを整理していて、ふとこの作品を手に取ってみたときその内容について思い出そうとしたがどうしても観た記憶がないのである。リストを見るとDVDを購入したのは1999年9月であってケースの包装も外されている。ということは積んどくグループに分類していないのだから観てないはずはないのである。
とりあえず秋の夜長の楽しみのひとつに組み込むことにして、今日観ることにした。観始めたところしばらくしてなんとなく観たなという感触が出てきた。
そうだこの作品はおそらく国土が狭く閉鎖的でマフィアもFBIもない日本の社会状況の中では成立しないだろう「証人保護プログラム」なるものを作品の流れにおいて重要な役割を担わせているのだったことを思い出した。
さすがグリシャム原作のクライムサスペンスである。一気に最後まで観させられた。
「証人保護プログラム」とはどんなことかは作品を是非観てもらいたいが、一口解説をすると「刑事事件の証人やその家族を凶悪なマフィア(組織的な犯罪組織)の追求から安全に保護するために、全く新しい土地で全く新しい家族として再出発させる『証人保護プログラム』という国家により保障される一種の制度のようなものと考えればいいのだろうか。
ただこれは作品上のことで、実際にアメリカにおいて有効な制度というかプログラムとして現実に運用されているのかについてはよくわからない。
<<あらすじ>>
11歳の少年マーク・スウェイは、ある午後、8歳の弟リッキーと一緒に近くの森に隠れてタバコを吸いに行く。そこで2人は偶然車の排気筒にホースをつなぎ自殺しようとしている男を目撃する。恐怖でパニック状態になっているリッキーが引き留めているのもよそに、自殺を防ぐためホースを排気筒から引き抜こうとしたマークは男に気づかれてしまい自殺の道連れを強いられる。男はマークにマフィアに殺された上院議員の死体の隠し場所を告げる。男の隙をついて車外に逃げ、泣きじゃくるリッキーを抱えて陰に隠れるが2人を追ってきた男がピストル自殺を遂げるのを見てしまう。リッキーは精神的ショックから植物人間状態になり入院してしまう。
マークは警察の事情聴取に口をつぐんでいた。しゃべったら殺されると思ったからだ。マフィアはすでに彼を追いかけ回し始めていた。一方知事を目指す野心家の連邦検事ロイ・ファルトリッグもFBIとともにマークを追求する。自殺した男はある殺人事件の重要な証人だったのだ。
マークは自分と家族を守るために弁護士を雇うことを思いつく。全財産の1ドルで彼が依頼人となったのはやり手の女弁護士レジー・ラブだった。レジーはファルトリッグとFBIを向こうに回して一歩もひけを取らず、マークの安全のために次々と意外な方策を考え出す。彼女は辛い過去を持つだけに人の痛みを人一倍感じるのだ。焦りを感じ始めたフォルトリッグはマークに召喚状を出して法廷で証言させようとする。真実を話せば命が危うく、証言を拒めば拘留されてしまうという状況に追い込まれたマークは自殺した男から聞いた死体の隠し場所を確かめに行く。レジーも彼の決心の固さに負け、一緒に現場に乗り込む。マフィアに見つかってしまうが2人はうまく彼らをまく。レジーはフォルトリッグに死体の隠し場所を教える代わりにマークの家族を「証人保護プログラム」を適用して新しい生活を営めるように取り計らうことを頼む。マークはレージーの見守る中、家族とともに新たな人生に向けて飛び立っていく。
◎「蛇皮の服を着た男」(The
Fugitive Kind) (2008.9.21)
アメリカ 1960年 上映時間 122分 モノクローム サイズ(レターボックス4:3) ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:シドニー・ルメット、製作:マーティン・ジュロー/リチャード・シェファード、原作:テネシー・ウィリアムズ、脚本:テネシー・ウィリアムズ/ミード・ロバーツ、撮影:ボリス・カウフマン、音楽:ケニョン・ホプキンス、美術:リチャード・シルバート、編集:カール・ラーナ
(キャスト[[役名])マーロン・ブランド[Val Xarier]、アンナ・マニャーニ[Lady Torrance]、ジョアン・ウッドワード[Carol
Cutrere]、モーリン・スティプルトン[Vee Talbott]、ヴィクター・ジョリー[Jabe
Torrance]、R・G・アームストロング[Sheriff Talbott]、エミリー・リチャードソン[Uncle Pleasant]、ルシル・ベンソン[[Beaulah
Binnings]、ジョン・バラグレイ[David Cutrere]
この作品は「往年の名画シリーズ」にカウントするべきものだと思うが、このままにさせていただく。
シドニー・ルメット監督は「12人の怒れる男たち」の監督としても有名である。いわゆる社会派の監督と呼ばれるひとりである。
それにしてもさすがあの「欲望という名の電車」の原作者テネシー・ウィリアムズが、自作の「地獄のオルフェ」(1957)を自ら脚色化したものを作品化したものだけあって、
ルメット監督演出のモノクロ画面もはじめから非常に重いのである。
留置場の場面から法廷の場面に移る少しニヒルな感じのポール・ニューマンの存在感がまた半端ではない。
彼はそれまでのギターを抱えた音楽流れ者の生活から抜け出すために、保安官の妻の紹介でアンナ・マニャーニの店で働くことになる。
しかし、街は人種差別や旧来の因習の強く残る深南部である。男女関係(性の問題)についての偏見や老人の若者に対するいわれのないねたみの気持ちなどを横糸に物語は進んでついに非人間的な破局に至る。
始めから終わりまで映画というよりも舞台劇を観ている感じである。
重たいが観甲斐のあるいい映画である。
<<少し詳しすぎる あらすじ>>
偏見と因習にみちたアメリカ南部の田舎町ツーリバース。豪雨の夜蛇皮の服を着た若い男ヴァル(マーロン・ブランド)はギターを抱えて保安官タルボットの家の戸口を叩いた。どこか異常な妻のヴィーが迎えた。タルボットは留置場で1夜を明かすヴァルに不快な顔をした。ヴィーはヴァルを雑貨店の女主人レディ(アンナ・マニャーニ)に紹介した。レディの夫ジェイブは病気で寝たきりだった。店に現れた女キャロル「ジョアン・ウッドワード」は、素肌に高価な薄物をまとい、ハダシで高級者に乗る奇妙な女だった。名家の娘だが、色情狂のため家からも町からもつまみ者にされていた。彼女はヴァルを誘うと飲み歩き、墓場で情交を迫った。レディはヴァルを雇うと蛇皮の服を脱がせて、お仕着せを与えた。レディも不思議な過去を持っていた。昔、彼女はキャロルの兄を愛したが、父はリンチで死んだ。男は身重のレディを捨て、レディは今の夫に買われたのであった。彼女の夢は店の隣に父の酒場を再建することだった。レディがヴァルのベッドを用意したことを知ると、ヴァルは町を去ることにした。その夜バクチから帰った彼をレディは叱った。しかし、2人の身体がもつれ、レディは幸福を味わった。妻とヴァルの情事を知ったジェイブは怒り狂った。完成近い酒場を見ると逆上し、自分もかつてレディの父を殺した1人だ、と叫んだ。ある日のことだ。ヴァルが店に入るとヴィーがすがりつて来た。妻の身体を離したタルボットは、ヴァルに町を去ることを冷たく命じた。夕刻キャロルの車が迎えに来た。蛇皮の上着を着たヴァルは、レディが身ごもったことを知った。ヴァルはとどまることにした。その時ジェイブが火を放ち、新築成った酒場が燃え出した。狂ったように駈け寄るレディの身体はジェイブの撃つ拳銃に倒れた。保安官を先頭に群集が殺到すると、ジェイブは妻を殺し店を焼いたヴァルを捕らえろと、絶叫した。消防ホースの全筒先が向けられ、激しい水勢にヴァルは燃えさかる火の中に追い込まれた。凄惨なリンチは終り、ヴァルは若い生命を失った。翌朝、キャロルは焼け跡から見つけた蛇皮の上着を胸に抱きしめて、淋しく町を去って行った。
◎「真昼の死闘」(Two
Mules for Sister Sara) (2008.9.21)
アメリカ 1970年 上映時間 114分 カラー シネマスコープサイズ(16:9) ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:ドン・シーゲル、製作:マーティン・ラッキン/キャロル・ケイス、脚本:アルバート・マルツ、原案:バッド・ベティカー、撮影:ガブリエル・フィゲロア、美術:ホセ・ロドリゲス・グラナダ、音楽:エンニオ・モリコーネ、衣装:ヘレン・コルヴィグ/カルロス・チャベス
(キャスト[役名])、シャーリー・マクレーン[サラ]、クリント・イーストウッド[ホーガン]、ジョン・ケリー[アメリカン]、マヌエル・ファブレガス
、アルベルト・モーリン、ジョン・ケリー
<<前口上>>
今日覗いたビデオショップで手にしたDVD作品はちょうど手頃な値段であった。西部劇だしちょっと息抜きにと思い主演女優をみるとシャーリーマクレーンとなっている。
数か月前に読んだ新聞の映画欄で彼女の実の娘であるサチ・パーカーが出演した「西の魔女が死んだ」に興味を覚え映画館に行く予定にしていたが、都合わるく観ずじまいだったことを思い出した。
そういえばわたし自身シャーリー・マクレーンのの出ている作品は一本も観ていないことに気がついたので早速購入してしまった。
即日鑑賞。
<<解説的あらすじ>>
クリント・イーストウッドとドン・シーゲル監督の名コンビによる西部劇である。ただヴァイオレンスなだけでなくシャーリー・マクレーンの参加により生み出されるユーモラスな趣も楽しむことができる。
革命期メキシコの荒野で、3人のならず者に襲われていた尼僧(シャーリー・マクレーン)を助けた流れ者(クリント・イーストウッド)。フランス警備隊を撃滅して褒賞金にありつこうとする彼と彼女の珍道中が始まった。
尼僧姿のセクシーな女に男心をくすぐられてその気になりそうになるが、その僧服姿のために手が出せないというようなおかしみが描かれる。
それが最後のオチに結びついて単なるドンパチものに終わらず、各シーンごとに丁寧な演出が効いた見応えのあるエンターテインメントに仕上がっている。
・・・往年の名画シリーズ・・・
◎「凱旋門」(Arch
of Triumph) (2008.9.15)
アメリカ 1948年 上映時間 132分 スタンダードサイズ モノクローム ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:ルイス・マイルストーン、製作:デイヴィッド・ルイス、原作:エリッヒ・マリア・レマルク、脚色:ルイス・マイルストーン、ハリー・ブラウン、撮影:ラッセル・メッティ、音楽:ルイス・グリュンバーク、美術:ウィリアム・フラナリー、編集:ダンカン・マンスフィールド
(キャスト[役名])イングリッド・バーグマン[Joan Madou]、シャルル・ボワイエ[Dr. Ravic]、チャールズ・ロートン[Haake]、ルイス・カルハーン[Morosow]、スティーブン・ベカッシー[Alex]、クルト・ボウワ[Tattooed
Waiater]、リア・クマーラ[Russian Singer]
「凱旋門」といえば昔も今もパリの顔である。その顔が時代背景の変遷につれていろんな意味を持っていた。ナチスにとってはフランス占領の意味もあったかもしれない。
そんなことを考えながらこの作品を観るのもいいかもしれない。第2次世界大戦終了後のこのころ製作された作品にはいいものが多い。
それにこの作品の原作者は「西部戦線異状なし」のエリッヒ・マリア・レマルクであるだけに観る前から期待が高まる。彼女もナチスに追われるような形でアメリカに帰化して活躍した人である。
画面は終始暗いモノトーンで統一されており、あの「カサブランカ」の画面を彷彿させる。
一種悲恋物語であるが、出会い、別れ、再びの邂逅と時代背景をふんだんに映しながら男と女、男同士の人間模様を描いたよい作品と言ってしまうと褒めすぎになるか。
<<あらすじ>>
1938年。第二次大戦勃発直前のパリは、各国の亡命者でごった返していた。オーストリア医師ラヴィック(シャルル・ボワイエ)も、ナチを逃れて不法侵入した1人で、旅券のないまま非合法手術のアルバイトで口を糊していたが、ある夜偶然、かつてナチの収容所で彼に死にまさる拷問を与えたゲシュタポの手先ハーケ(チャールズ・ロートン)をみつけ、忘れ得ぬ怒りが再びこみ上げてきた。その帰途ラヴィックはポン・ヌフで、男を失ったため自殺を図っている若いイタリア女ジョーン・マドゥ(イングリッド・バーグマン)を救った。彼女はラヴィックが忘れられず、それからも度々逢瀬を重ねるうち、次第に2人の仲は深まって、やがて断ち切りがたいものとなった。ラヴィックの友人モロゾフ(ルイス・カルハーン)の紹介で、ジョーンはカフェの歌手となり、ラヴィックと共にリヴィエラに恋の夜を過ごすことになったが、ある日偶然のことから彼の不法入国がばれ、即刻国外へ追放された。3ヵ月後彼がようやくパリへ戻って来た時、ジョーンは孤独にたえかねて富豪青年アレックスと同棲してしまっていた。彼女は再びラヴィックの元へ帰ろうとしたものの、嫉妬にかられたアレックスは彼女を手離そうとはしなかった。この頃ラヴィックは仇敵ハーケに再会、遂に計画通り、彼を殺害して宿願を果たした。その夜ニュースは連合国の対独開戦を伝え、眠っているラヴィックの枕元では、アレックスに殺されるというジョーンの電話が空しく鳴り続けた。翌朝、急を聞いて駆けつけたラヴィックは、嫉妬に狂った青年の手にかかって命をひきとるジョーンの最後をみとり、そして自らも敵国人として収容所にひかれていった。
◎「
ふたりの男とひとりの女」(Me,Myself
& Irene) (2008.9.14)
アメリカ 2000年 上映時間 117分 カラー ビスタサイズ(16:9) ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:ボビー・ファレリー/ピーター・ファレリー、製作:ブラッドレイ・トーマス/ボビー・ファレリー/ピーター・ファレリー、製作総指揮:チャールズ・ビー・ウェスラー、トム・シュルマン、脚本:ピーター・ファレリー/マイク・セローネ/ボビー・ファレリー、撮影:マーク・アーウィン、音楽:ピーター・ヴォーン/リー・スコット、美術:シドニー・J・バーソロミュー・ジュニア、編集:クリストファー・グリーンベリー、衣装(デザイン):パルマ・ウィザーズ、字幕:松浦美奈
(キャスト[役名])ジム・キャリー[Charlie&Hank]、レニー・ゼルウィガー[(Irene]、アンソニー・アンダーソン[Jamaal]、モンゴ・ブラウンリー[Lee
Harvey]、ジェロード・ミクソン[Shonte Jr.]、クリス・クーパー[Lieutenant Gerke]、マイケル・ボウマン[(Whitey]、リチャード・ジェンキンス[Agent
Boshane]、ロバート・フォスター[Colonel Partington]、マイク・セローネ[Officer Stubie]、ロブ・モラン [Trooper
Finneran」、ダニエル・グリーン[Dickie Thurman]、トニー・コックス[Limo Driver]
現代アメリカの喜劇俳優として独自の地歩を占めているジム・キャリーの主演する映画である。なかなかの芸達者で特に表情の変化や大振りなしぐさが面白くて思わず笑ってしまう。そうかと思うと性格俳優的な演技もできる。
「ライアー・ライアー」に触発されてジム・キャリーの出演している作品は目につく限り購入することにしている。これまで入手していたのは3本で「トゥルーマン・ショー」「マジェスティック」であった。この作品は4本目ということになる。
たしかにキャプションで言うように”抱腹絶倒のスーパーコメディ!”には違いないのだけれども
、ただなんとなく観ているだけでいまひとつ一人二役を演じているところまで注意深く観ていなかった。
途中から2重人格という精神的な障害を持つ役柄の使い分けなどにも注意を払うように観ることにした。
そうして観てみると脚本や演出にもそれ相応の工夫がされておりジムの演技と相まって楽しい
コミカルエンターテインメントに仕上がっていると思う。
この作品を収録しているDVD−ROMにはおまけも付いており、作品としては収録されていない場面にも思わず笑いをそそられるようなカットが多くあるようであった。
編集という作業の大切さについて改めて考えてみたいような気になった。
<<あらすじ>>
ロードアイランド州の警察で18年間勤務してきた、マジメでお人好しなベテラン警官チャーリー(ジム・キャリー)。しかし、妻レイラ(トレイシー・ハワード)が黒人運転手の間に子供を作り、駆け落ちされた怒りとショックを内に押し込めてきた彼は、大きなストレスを抱え続けてきた。そしてある日、彼の体の中にチャーリーとは違う、卑猥で下品で乱暴な人格ハンクが生まれてしまう。そんな時、チャーリーは署に連行されてきた女性アイリーン(レニー・ゼルウィガー)をニューヨークまで護送することになる。アイリーンはディッキー(ダニエル・グリーン)が経営するゴルフ場で芝生管理をしていたが、自分の陰の悪事をアイリーンに知られたと思い込んだディッキーは、彼女を殺そうとして追っていた。アイリーンはチャーリーに助けを求め、チャーリーは彼女に惹かれるが、ほどなくハンクの人格が顔を出し、その豹変ぶりにアイリーンはびっくり。そしてハンクも彼女に恋し、2つの人格がアイリーンをめぐって争うようになる。やがて追ってきたディッキーに、アイリーンがさらわれる。ほっておけというハンクに対し、チャーリーは必死に追いかけ、見事アイリーンを助け出す。一件落着。警部補に昇進したチャーリーはアイリーンにプロポーズし、2人はめでたく結ばれる
。
◎「ホワットライズビニース」(What
Lies Beneath) (2008.9.11)
アメリカ 2000年 上映時間 130分 カラー パナヴィジョン シネマスコープサイズ(18:9) ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:ロバート・ゼメキス、助監督:スティーヴ・スターキー/ジョシュ・マクラグレン、原作:サラ・ケルノチャン、
音楽:アラン・シルヴェストリ、撮影:ドン・バージェス、製作:スティーヴ・スターキー/ロバート・ゼメキス、製作総指揮:マーク・ジョンソン/ジョーン・ブラッドショウ/スティーヴン・スピルバーグ、特殊メイク:スタン・ウィンストン・スタジオ、特撮:ソニー・ピクチャーズ・イメージワークス、美術:リック・カーター、衣装:スージー・デ・サント/バーニー・ポラック、編集:アーサー・シュミット、録音:ランディ・トム
(キャスト[役名])ハリソン・フォード[ノーマン・スペンサー]、ミシェル・ファイファー[クレア・スペンサー]、ダイアナ・スカーウィッド[ジョディ]、ジョー・モートン[ドクター・ドレイトン]、ミランダ・オットー[メアリー・フューアー]、ジェームズ・レマー[ウォレン・フューアー]、アンバー・ヴァレッタ[マディソン・エリザベス・フランク]、キャサリン・タウン[ケイトリン・スペンサー]、ミコール・マーキュリオ[ミセス・フランク]、ウェンディ・クルーソン[エレナ]
このようなホラーものといっていい作品はあまり好みではないが、このスタッフのメンバーをみてわかるようにこの道で有名な人たちが揃っている。
サスペンスに関してはヒッチコック張りのサイコスティックな恐怖と謎に満ちた作りになっている。
わたしにとっては最後までなにか訳のわからない少しくどすぎる恐ろしさに引きずり回された感じであった。
監督自身ヒッチコック作品へのオマージュであるといっているのがよく頷ける作品である。
この作品のエンディングクレジットの長いこと、全く映画というものが巨大な総合的、複合的な産業であることを教えてくれるような気がした。
ただそれだけのことといってしまっていいのだろうか。いささか背筋の寒くなるような恐怖感を十分すぎるほど味会わせてもらった。
<<あらすじ>>
ノーマンとクレアの夫婦は、娘のケイトリンが大学進学で独立したことをきっかけに、ノーマンの父が所有していたヴァーモント州の湖沿いにある家に引っ越してきた。しかし、その家の中で奇妙な音が鳴り始める。やがてクレアの心の中に、1年前の自殺未遂事件の記憶が蘇る・・・・・。
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◎「フォーエヴァー・ヤング 時を超えた告白」(Forever
Young) (2008.8.29)
アメリカ 1992年 上映時間 102分 テクニカラー ビスタサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:スティーヴ・マイナー、製作:ブルース・デイヴィ、製作総指揮:ジェフリー・エイブラムス/エドワード・S・フェルドマン、脚本:ジェフリー・エイブラムス、撮影:ラッセル・ボイド、音楽:ジェリー・ゴールドスミス、美術:グレッグ・フォンセカ、編集:ジョン・ポール、衣装(デザイン):アギー・ゲイラード・ロジャース、字幕:戸田奈津子
(キャスト[役名])メル・ギブソン(ダニエル)、ジェイミー・リー・カーティス(クレア)、イライジャ・ウッド(ナット)、イサベル・グラッサー(ヘレン)、ジョージ・ウェント(ハリー)
<<一口解説>>
今様浦島太郎物語ともいうべきタイムトラベル現代アメリカ版。
事故で昏睡状態に陥った恋人の回復を待つため、人工冬眠の実験台になった男が、現代に目覚める姿を描いたファンタジー・ドラマ。
ヘレンを演じたのは舞台出身で一流のタップ・ダンサーとして知られるイザベル・グラッサー。
製作後16年になるがいまでも子供連れでも鑑賞できるほのぼのとしたいい作品。
いい息抜きをさせてもらった。
<<あらすじ>>
1939年、アメリカ空軍のテスト・パイロット、ダニエル(メル・ギブソン)は、ある雨の日、恋人のヘレン(イザベル・グラッサー)にプロポーズしようとするが、うまく言葉にできない。仕事へ戻ろうとしたヘレンは、交通事故に遭い、瀕死の重傷を負い、昏睡状態に陥ってしまう。6カ月が過ぎ、ダニエルは親友の科学者ハリー(ジョージ・ウェント)が開発した人間冷凍装置の実験台に志願した。もしヘレンが目覚めたら起こしてくれと言って・・・。
時は流れ1992年、2人の少年ナット(イライジャ・ウッド)とフィーリックス(ロバート・ハイ・ゴーマン)は、偶然紛れ込んだ空軍の倉庫で、埃をかぶったカプセルを発見し、固く凍った男の身体が横たわっているのを見つけた。それは50数年前と変わらぬダニエルの姿だった。目覚めたダニエルは、ナットの母クレア・クーパー(ジェイミー・リー・カーティス)を暴漢から救い、クーパー家に迎え入れられる。一方、軍とFBIはダニエルを追っていた。やっとハリーの消息を知り、彼の居所を訪ね、暴発事故でハリーが死んでしまったために、自分が置き去りにされたこと、ヘレンが生きていることを知ったダニエルは、急速な勢いで老化する体で、かつて自分が操縦したB−25でヘレンのもとへ飛び立った。岬の灯台に住むヘレンのもとへ降り立ったダニエルは、老人の姿になっていた。ダニエルは、ヘレンにやっと愛を告白することができたのだった。
「ニューオーリンズ・トライアル」(Runaway Jury) (2008.8.22)
アメリカ 2003年 上映時間 2時間8分 カラー シネマスコープサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:ゲイリー・フレダー、製作:アーノン・ミルチャン/ゲイリー・プレダー/クリストファー・マンキーウィッツ、原作:ジョン・グリシャム、脚本:ブライアン・コペルマン/デヴィッド・レビン/リック・クリーブランド、撮影監督:ロバート・エスウィット/A.S.C.、編集:ウィリアム・スタインカンプ、衣装:アビゲイル・マレイ、音楽:クリストファー・ヤング
(キャスト[役名])ジョン・キューザック[ニック・イースター]、ジーン・ハックマン、[ランキン・フィッチ]、ダスティン・ホフマン、[ウェンドール・ロー・ア]、レイチェル・ワイズ[マーリー]、ブルース・デイビソン[ケーブル]、ブルース・マッギル[パーキン判事]、ジェレミー・ビーブン[ローレンス・グリーン]、マシュー・チャップマン
つい最近観たDVD−ROMで法廷ものとしてまず最初に指を折るのは、7月16日に観た「評決」である。いやあれは傑作であった。
そのあと4日のちの7月20日に「代理人」を観ている。こちらの方は法廷シーンはそんなに長いものではなかった。
どちらも登場する一癖もふた癖もある弁護士の活躍が観客にいやでもおうでもアメリカ社会の持つ一種のひずみというものを感じさせてくれる。
こんなときにビデオショップを覗いていたらこの作品が目にとまった。題名から判断して法廷ものとは察しがついたが、その内容の方はジャケットに書かれていることをそのまま受け入れるしかないのでちょうど値段が1000円と希望価格の範囲内であったので購入した。
早速観た。原作者がリーガルエンターテインメントの大御所であるジョン・グリシャムである。これも見応えがあった。
ただ驚いたのは陪審制のアメリカの法廷で陪審員の買収が実に大がかりな規模で実行され、被告の銃砲会社が有罪になるか無罪になるかというサスペンスがいやがうえにも盛り上がる全体の流れが見事な作品にしあがっているのである。
ここにもアメリカ社会の持つひずみの一端が描かれているのである。無作為に選ばれるはずの陪審員が一方の側に抱きこまれたり、脅されたり、知らず知らず誘導されてたりするというかたちで。
日本でも裁判員制度の導入が近くなってきている。もう一度このことについても考えてみる必要がありそうである。
この作品を観ながら以前に観た「エリン・ブロコビッチ」を思い出した。ハリウッドというところは面白いところで個人対大企業という題材を取り上げることがままあるということになるのだろうか。
もうひとつ、この間全米ライフル協会の重鎮であったあのバート・ランカスターが亡くなったことと併せて思い出した。
この作品のエンディングクレジットについて付け加えさせていただく。拙HPの「映画四方山話」に紹介したようにいい作品にはいいエンディングクレジットが流れるのである。映画館ではないからぞろぞろと退出する観客に悩まされることはなく、最後までじっくり楽しむことができた。わたしはその道に弱いので歌手名や曲名は知らないのであるが、暗い背景画面を白抜きのクレジットが静かに流れていきその曲に聴き惚れたのである。そして最後に作品全体で使われた曲名が出て終わりになった。
<<あらすじ>>
ニューオーリンズの証券会社に、リストラされた元社員が乱入。銃を乱射して11人を殺害し、5人に重傷を負わせた末、自らの命を絶つ事件が起きた。この事件で夫を失った女性セレステは、地元のベテラン弁護士ローア(ダスティン・ホフマン)を雇い、犯人の使用した銃の製造メーカー、ヴィックスバーグ社を相手に民事訴訟を起こす。2年後。全米中が成り行きに注目する中、いよいよ裁判が始まった。被告のヴィックスバーグ社にとって、これは絶対に負けられない闘いだった。もしも裁判に負ければ、全国で同様の訴訟が起こり、想像を絶するほど巨額の賠償金を支払う羽目に陥るからだ。そして、その脅威は、ヴィックスバーグ社のみならず、武器業界全体に及ぶものとなる。この非常事態に際し、連合軍を組んだ銃器メーカーの経営者たちは、ある男を自分たちの陣営に雇い入れた。フィッチ(ジーン・ハックマン)は、あらゆる手段を駆使して陪審員の評決を勝ち取ることで知られる伝説の陪審コンサルタントだ。早速ニューオーリンズに乗り込んだフィッチは、尾行、張り込み、盗聴といった手を使い、陪審員候補者をふるいにかける作業を開始。フィッチの調査ターゲットにされた陪審員候補のひとりに、ニック・イースター(ジョン・キューザック)がいた。ゲーム販売店に勤める彼は、フィッチが客として送り込んだスパイに過激なシューティング・ゲームを嬉々としてすすめる。その模様を盗撮した映像が司令室で流されたとき、スタッフは彼こそ理想の陪審員だと確信した。だが、フィッチは前歴が謎に包まれたニックに何か危険なものを感じとり・・・・・。
・・・往年の名画シリーズ・・・
◎「マクリントック」(Mclintock!) (2008.8.10)
アメリカ 1963年 上映時間 125分 カラー スタンダードサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:アンドリュー・V・マクラグレン、製作:マイケル・ウェイン、脚本ジェームズ・エドワード・グラント、撮影:ウィリアム・H・クローシア、音楽:ダナム&フランク・デボール
(キャスト[役名])ジョン・ウェイン[Mclintock]
、モーリーン・オハラ「Katherine]、イヴォンヌ・デ・カーロ[Louise
Warren]、パトリック・ウェイン[Devlin]、ステファニー・パワーズ[Becky]、ジャック・クラシェン[Birnbaum]、チル・ウィルス[Drago]、ジェリー・ヴァン・ダイク[Matt
Douglas Jr.]
この作品を観ていて一種既視感(デジャヴー)にとらわれた。巨匠ジョン・フォード監督の作品のような感じなのである。
それもそのはずこの作品の監督であるアンドリュー・V・マクラグレンは、父親の俳優ヴィクター・マクラグレンとともに子供の頃からフォード監督の現場を見て育ったのだという。しかもそのデビュー作だという。
そしてアンドリューの親友であるジョン・ウェインが応援主演している。
制作された時代背景をみると当時のアメリカは、田舎から都会への人の流れが次第に大きくなろうとしている頃であった。それを踏まえて監督自身のある意味での田舎賛歌を映画としてのかたちで表現した作品だといえるのではないだろうか。
観ていて気持ちがよかった。荒っぽい拳銃乱射の場面もインディアンの襲撃シーンもほとんどない。まずまず人畜無害の良質のコメディである。
わたしの好きなモーリーン・オハラもでていることだし良かったなあ。
<<あらすじ>>
マクリントック(ジョン・ウェイン)は妻キャサリン(モーリン・オハラ)に浮気を疑われ、家出されてしまっている。彼は富豪であり、人望もある。ある日、妻が町に帰って来て彼らの一人娘ベッキーの後見人に彼女の方がなること、離婚承諾書にサインをすることを迫った。その上、牧童に雇った男の母親ルイス(イボンヌ・デ・カーロ)の美しさに惹かれて料理人として雇い入れたため、キャサリンは大憤激。折りも折り、東部の大学に留学中のベッキーが帰ってきた。その同じ汽車でマクリントックの敷地で待っていたインディアンたちの指導者たちも降りたった。州当局は退去を命じたが、それを肯じなかったためマクリントックの尽力にもかかわらず強制収容されてしまった。恒例の独立記念日がやってきた。町中が浮かれているとき、突然無実なのに疑いをかけられて憤慨したインディアンたちが、仲間の混血児を救おうと刑務所を爆破し逃走した。そのインディアンたちで町中は大混乱に陥った。だが騎兵隊が駆けつけ、追われるように一行は故郷へと立ち去った。そんな騒ぎに興奮したマクリントックはキャサリンとけんかをはじめ、暴力までふるった。ところが今回は彼女の方が今までとは逆に低姿勢になり、仲直りのムードが生まれてきた。ベッキーもルイスの息子と婚約した。マクリントックの家庭に再び平和が戻ってきた・・・・・。
◎「あの子を探して」(Not
One Less) (2008.8.3)
中国 1999年 上映時間 108分 カラー ビスタサイズ 16:9 ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:張藝謀(チャン・イーモウ)、製作:Yu
Zhao(ユー・チャオ)、脚色:施祥生(シー・シアンション)、撮影:侯咏(ホウ・ヨン)、音楽:三宝(サン・パオ)、美術:曹久平(ツァオ・ジュウピン)、編集:Ru
Zhai(リュ・ザイ)、衣装:Huamiao Tong(フュアミャオ・トン)、EP:Weiping
Zhang(ウェイピン・チャン)、字幕:水野衛子
(キャスト[役名])魏敏芝(ウェイ・ミンジ)[魏敏芝]、張慧科[チャン・ホエクー[張慧科]、Zhenda Tian(チャン・ジェンダ)[Zhenda
Tian]、Enman Gao(カオ・エンマン)[Enman Gao]
この「あの子を探して」は、1999年ベネチア国際映画祭でチャン監督としては2度目の金獅子賞を受賞している。
口幅ったいいい方を承知して言わせてもらうと声高に自己のいいたいことを主張するのではなく、作品全体をとおして静かな中に自己の思いを語っているという感じがする。
わたしはそのとき機会がなく映画館には行かなかったのであるが、日本では17週間公開され文部省特選映画にもなったということである。
「至福のとき」(2008.4.1)を観たことを報告した拙ページに次のように書いた。
”チャン・イーモウ(張藝謀)といえば中国の巨匠といわれている大監督である。Yahoo映画というサイトによると次のように出ている。
【1951年11月14日生まれ 中国/西安出身、高等中学を卒業後、農村や紡績工場などで働く。78に北京電影学院撮影科に入学、卒業後に広西映画製作所に配属され、カメラマンとして非凡な才能を発揮した。チェン・カイコー監督の「大閲兵」などで巧みなカメラワークを披露し、87年の「古井戸」では撮影と共に主演も兼ねた。87年の「紅いコーリャン」で監督デビューし、同作品はベルリン映画祭でグランプリを受賞した。近年は「HERO」「LOVERS」と娯楽超大作をたて続けに手掛け、エンターテインメントの分野でも力を発揮できる懐の深さを証明した。他の代表作に「菊豆(チュイトウ)」、「紅夢」、「上海ルージュ」、「初恋のきた道」、「あの子を探して」などがある。】
この作品は、「あの子を探して」、「初恋の来た道」に続く3部作<しあわせの三部作>の最終章という位置づけのようである。”
と。
監督の経歴などについてもっと系統的に調べておけばよかったと思うがなにかと後手に回ってしまうのがわたしの常であるということでお許し願う。
今回入手したDVDは3部作の第1作に模されている「あの子を探して」である。こちらのジャケットには“名匠チャン・イーモウが描く、可笑しくて、可愛くて、圧倒的な感動を与えてくれる、さわやかな涙の感動作” とある。
こちらの方が制作年が古いからまだ名匠であって巨匠ではなかったのかとなにやら納得してしまった。
ところで、5月8日に報告した「単騎千里を走る」に出てきた中国の田舎の村落や土地の風景はいま考えてみると「あの子を探して」に出てくる村落や土地の風景とよく似ているように見える。どこかわからないがチャン監督のお気に入りの場所のうちのひとつであろうか。監督の中国農村部を表現するときの原風景なのかもしれない。
3部作の残りの一作「初恋の来た道」をできるだけ早く入手するようにしたいと思う。
中国のような共産党一党支配の国で表現芸術の映画を撮り続けるにはそれなりの苦労があるのは全くそのとおりであろうと思う。その中で当局からにらまれないような作品を発表し続けることができるのは監督の実力だろう。
観ていてなにやら感動してしまうのである、
13歳の代用教員である主人公の少女が、校長や村長から言い付けられている生徒をひとりでも減らさないことを忠実に実行するため、一家の生活を支えるために都会に出稼に出て行ったひとりの男子児童を捜して回る姿を描く。
少女自身が迷子同然の状態になりながらなんとかして見つけ出そうとして、3日も連続して放送局の局長に会おうとする一見無駄な努力を続ける。最後にやっとの思いで尋ね人の放送にまで漕ぎ着けるのであるが、そこに至るまでの少女の毎日の絶望的な気持ちを思うだけでも涙を禁じ得なかった。
臨時の代用教員を演じる少女は、美少女ではないがひとつのことを必死のひたむきさで追い求めていく、観ていても気持ちのいい自然な演技を見せてくれる。
<<あらすじ>>
中国、河北省赤城県チェンニンパオ村にある水泉小学校。休職したカオ先生に代わって、13歳の代用教員ウェイ(ウェイ・ミンジ)がチャン村長(チャン・ジェンダ)によって教壇に立つことになる。悩みの種は10歳の腕白坊主チャン・ホエクー(本人)である。ある日、チャンが登校していないのに気づいたウェイが彼の家に行くと、病気の母が出てきて、チャンは家計を助けるために出稼ぎに出たという。ウェイはチャンを連れ戻そうとするが町を出るバス代がない。皆で協議の結果、レンガを運んで金を稼ぐことになり、生徒たちは一生懸命働いてようやくウェイを送り出す。ところが、町へ着くとチャンは行方知れずだと聞く。彼女はなけなしの金をはたいて紙と筆を買い、尋ね人のチラシを貼り出そうとするがらちがあかない。ついに町のテレビ局に行き、涙ながらに訴えるウェイ。こうした苦難の末、ウェイはチャンと再会を果たすことができた。
・・・往年の名画シリーズ・・・ |
◎「マーティ」(Marty) (2008.7.30)
アメリカ 1955年 上映時間 90分 モノクローム スタンダードサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:デルバート・マン、製作:ハロルド・ヘクト、アソシエイト・プロデューサー:パディ・チャイエフスキー、脚色:パディ・チャイエフスキー、撮影:ジョセフ・ラシェル、SFX:ロバート・カーライル、音楽:ジョージ・バスマン、作曲:ロイ・ウェッブ、歌:ハリー・ウォーレン、録音:ロバート・カーライル、スクリプター:ハロルド・ヘクト/バート・ランカスター
(キャスト[役名])アーネスト・ボーグナイン[Marty]、ベッツィ・ブレア[Clara]、エスター・ミンチオッティ[Mrs. Pilletti]、アウグスタ・チオリ[Catherine]、ジョー・マンテル[Angie]、カレン・スティール[Virginia]、ジェリー・パリス[Thomas]、フランク・サットン[Ralph]、ウォルター・ケリー[The
Kid]、ロビン・モース[Joe]
スタッフのところをみていてあれっと思ったのであるが、スクリプターとしてあのバート・ランカスターの名前が見える。
この作品は、製作のハロルド・ヘクトとバート・ランカスターの設立したヘクト=ランカスター・プロの作品で1955年度カンヌ映画祭で国際大賞を受けている。
彼らの独立プロダクションは、ハリウッドのスターシステムに対抗してそれまで脇役であったボーグナインを主役に、監督も新人を起用し斬新な作品を世に送り出した。ごくふつうの男女の恋愛を扱うという内容的にいっても当時の常識を覆したものであった。
このDVD−ROMに収録されている予告編にもバートが進行役として映っている。
§1955年度アカデミー賞
作品賞 : 受賞
主演男優賞 : 受賞 アーネスト・ボーグナイン、
監督賞 :受賞 デルバート・マン
脚色賞 :受賞 バディ・チャイエフスキー
<<付け足し解説>>
「西部戦線異状なし」「ジェーン・エア」の巨匠デルバート・マンが、当時の人気TVショウを映画化したもので、この作品によって映画監督として初登場した。
また悪役專問で活躍していたアーネスト・ボーグナインはこの作品を新たな出発点として個性派俳優として有名になった。
恋愛に臆病な心優しい男を好演して多くの若者たちを勇気づけたのではないかと思う。本当に心温まる感動ドラマである。
もちろんまた観てみたい1本である。
<<あらすじ>>
ニューヨークのブロンクスで肉屋に働いているマーティ(アーネスト・ボーグナイン)は誠実な青年だが、生まれつきの醜男のため結婚もせずに母のピッレッティ夫人(エスター・ミンチオッティ)と2人暮しをしていた。良い相手があったら早く身をかためたいとあせっていたのだが、善良で内気な彼は気の利いた言葉で女を誘い出すことすらできなかった。土曜日の夜、アンギーやジョーなどの仲間と集っていると、母から電話がかかって、従弟夫婦が来ているからすぐに帰って来てくれといって来た。トーマスとヴァージニアの夫婦は姑のキャサリンとの間がうまくいかないので、キャサリンをマーティの家に置いてくれないかというのだった。キャサリンは母の妹だからマーティは賛成した。マーティは肉屋の店を主人から買い受けて自分で経営したいと思っていたので、銀行に勤めているトーマスに金融のことで相談してみると、トーマスは機嫌よく承知して、ヴァージニアと帰って行った。
夕食後、マーティはアンギイとダンスホールへ行った。すばしこいアンギーはいち早く相手を見つけて踊り出すが、マーティは相変らず、まごついていた。だが、1人淋しそうにテーブルに坐っている娘(ベッツイ・ブレア)が眼にとまった。彼女は友だちと一緒に来たのだが、パートナーとなった青年は彼女があまり魅力のない娘なので置き去りにしたのだった。自分のみじめな立場に気がついた娘は、そっとバルコニーに出て泣いている様子だった。マーティは遠慮深く声をかけて、彼女と踊ってから近くの喫茶店で遅くまで話し込んだ。娘はクララといって教養もあり、高校の女教師をしていた。マーティと同じように、風采があがらないために苦しみをなめて来た娘だった。マーティはクララを自分の家に連れて来た。
クララを彼女の家まで送ったマーティは翌日の日曜日に電話をかける約束をして別れた。その日曜日になったが、朝からキャサリンが引っ越して来たり、教会へ出かけたりして落ち着かない。クララは家にいてマーティからの電話を待った。正午をすぎ夕方になった。その頃、マーティはいつもの仲間と酒場にいた。クララが醜いとか魅力がないといって、電話をかけさせなかった連中もいざとなると相手もなく、どこへ行こうという当てもないのだった。やがてマーティはやっと決心がついた。「俺は彼女に電話をかけるんだ。相手が醜くかろうが、心がきれいだったらいいじゃないか!」といい捨てるとマーティは電話ボックスへとび込んで行った。
アメリカ 1952年 上映時間 92分 モノクローム スタンダードサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:アンソニー・マン、製作:アーロン・ローゼンバーグ、脚本:ロバート・L・リチャーズ/ボーデン・チェイス、撮影:ウィリアム・ダニエルズ、音楽監督:ジョセフ・ガーシェンソン、美術:ベルナルド・ヘルッブルン/ネイサン・ジュラン、編集:エドワード・カーティス、録音:レスリー・I・カレー/リチャード・ド・ウイーズ
(キャスト[役名])ジェームズ・スチュアート[Lin McAdam]、シェリー・ウィンタース[Lola Manners]、ダン・デュリエ[Waco Johnny
Dean]、スティーブン・マクナリー[Dutch Henry]、ミラード・ミッチェル[High Spade]、チャールズ・ドレイク[Steve
Miller]、ジョン・マッキンタイア[Joe Lamount]、ウィル・ギア[Wyatt Earp]、n ロック・ハドソン[Young
Bull]、トニー・カーティス[Doan]
カッコいい西部劇である。2本立てだか3本立ての場末のオシッコくさい映画館で観た記憶がある。そのころの愛好家にとって懐かしい名前がずらりと並んでいる。ジェームズ・スチュアート、シェリー・ウィンタースに並んで当時まだ新人といった域のロック・ハドソンやトニー・カーティスの名が見える。久しぶりに懐かしい思いで観た。
やはりアンソニー・マン監督の作品である。画面の背景の遠くに見える山の稜線を2人の騎馬が進んでいく、こちら側の手前の稜線にも騎馬が並行して進んでいく。
いいですね。
<<あらすじ>>
1873年7月4日、リン・マカダム(ジェームズ・スチュアート)と“ハイ・スペード"ジョニー・ウィルスン(ミラード・ミッチェル)は、仇敵ヘンリー・ブラウン(スティーブン・マクナリー)を求めてドッジ・シティに乗り込んだ。ヘンリーは、かつてリンが射撃コンテストで獲得したウィンチェスター・ライフル銃を持って砂漠へ逃げ込み、リンとハイ・スペードは早速これを追いかけた。ところがヘンリーは、途中でポーカーに負けて銃を商人のラモントにせしめられ、更にラモントはインディアン酋長ヤング・ブルに巻き上げられた。ヤング・ブルは部下を糾合して合衆国騎兵隊を襲おうとしていた。リンとハイ・スペードは街のダンサーのローラ(シェリー・ウィンタース)やその許婚者スティーヴらとともにき兵隊に同行していたが、、奮戦の末インディアンを撃退、銃はスティーヴの手に渡った。ただしスティーヴは無法者ワコ・キッドとの争いで殺され、銃を奪ったキッドはローラをさらった上、ヘンリーと共に町の銀行を襲撃した。この襲撃は失敗に終り、キッドはころされれて銃は再びヘンリーの手に帰った。彼はこれをもって逃げ出したが、ついに追い付いたリンに捕らえられ、あえなく最後を遂げた。リンは今や運命の銃の由来から「ウィンチェスター」
◎「エンド・オブ・オール・ウォーズ」(To
End All Wars) (2008.7.23)
アメリカ(/イギリス/タイ) 2001年 上映時間 117分 カラー ビスタサイズ(16:9) ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:デビット・L・カニンガム、製作:デビット・L・カニンガム/ジャック・ハーファー、共同製作:ペネロペ・L・フォスター、原作:アーネスト・ゴードン、脚本:ブライアン・ゴダワ、撮影:グレッグ・ガーディナー、音楽:ジョン・キャメロン、美術:ダニエル・ローレン・メイ
(出演[役名])ロバート・カーライル[キャンベル少佐]、キーファー・サザーランド[ヤンカー(リアドン)]、シアラン・マクメナミン[アーネスト・ゴードン大尉]、マーク・ストロング[ダスティ]、ジェームズ・コスモ[マクリーン中佐]、サカエ・キムラ[イトウ軍曹]、ユウゴ・サソウ[ナガセ軍曹]
この作品についていつものとおり「マイデータベース」のためいろいろと必要な事項を集めようとしたが、これと思われるようなサイトに行き着くことができなかった。そのため大部分はジャケット情報からということになることをお許しいただきたい。
この作品はアメリカでは正式に公開されなかったらしい。例の9.11事件に関連して公開に反対する声があったからだとかいうことである。もちろん当然ということでもなかろうか日本でも劇場公開はされなかったという。
ロングベストセラー小説「クワイ河収容所」を映画化したものであるというから、1957年にアカデミー賞作品賞を受賞した「戦場にかける橋」(The Bridge
On The River KWAI)のリメーク作とみられないこともないが、ここでは全く別の作品だと考えておきたい。
第2次大戦で日本軍の捕虜になったスコットランド軍人たちの苦境からの奮闘を描く人間ドラマで、1941年太平洋戦争当時小さなスコットランド部隊が日本軍に捕らえられ、ビルマに強制収容された。そこでは“死の鉄道”敷設工事のため強制労働を余儀なくされる。
ただ、わたし自身は太平洋戦争当時小学生で実際の戦地の経験もないわけであるが、戦後いろんな本を読んで得た知識や映像をとおして得た多くの知識があるので太平洋戦争に関して一つの考え方を持っている。
いまここでそのことを論じることはしないが、世界の歴史や社会のあり方についてなにが正しい考え方かを後世に語り伝えておく必要性は十分認識している。
この作品の人間や神にについての描写はそのままいただくのであるが、全く些末な小道具のことについてちょっとした違和感があるので触れておきたい。そのことがこの作品の価値をおとしめるものではないことは当然であるが。
収容所の監視に当たる日本兵の階級を示す胸章について考証が十分でないような気がする。もちろんそれを全然意識しないで観られればそれに越したことはないとは思う。
戦争というものの悲惨さ、無意味さ、非人間性など改めて考えるよすがになる作品であるとだけ言っておこう。
ストーリー展開や、登場人物の人間背景などの運びには難があるが、原題(To End All Wars)、副題(Forgive but Not
Forget)の意味するところは十分伝えられる作品だと思う。
この作品の作者となったアーネスト軍曹と、日本軍の通訳だった長瀬軍曹が戦後55年経って再会したラストに救われる気がした。
<<あらすじ>>
第2次大戦で日本軍の捕虜になったスコットランド軍人たちは、日本軍の「規律」に従わされ、ひどい毎日を送っていた。捕らえられた兵士たちは、ビルマに強制収容され、そこで“死の鉄道”敷設工事のため強制労働をさせられていた。
無謀なスケジュール、食事もままならない非情な待遇で意見を言った中佐を目の前で殺されたキャンベル少佐(ロバート・カーライル)は生きるために収容所の奪還を計画する。
そんな中、教師を目指していたアーネストがふとしたことから、学校をはじめ、生きる意味と目的を失っていた兵士たちに変化が起きる・・・・・。
◎「代理人」(Losing
Isaiah) (2008.7.20)
アメリカ 1995年 上映時間 106分 カラー ビスタサイズ(16:9) ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:スティーヴン・ギレンホール、製作:ナオミ・フォナー/ハワード・W・コッチ・Jr、原作:セス・マーゴリス、脚本:ナオミ・フォナー、撮影:アンジェイ・バートコウィアク、音楽:マーク・アイシャム、字幕:佐藤恵子
(キャスト[役名])ジェシカ・ラング[マーガレット]、ハル・ベリー[カイラ]、デヴィッド・ストラザーン[チャールズ]、サミュエル・L・ジャクソン[ルイス]、キューバ・グッディング・Jr[エディ]、デイジー・イーガン、マーク・ジョン・ジェフリーズ、ジョイ・リー、
ほか
このような映画を観るとアメリカ社会における人種差別の問題の根の深さ、複雑さを改めて感じさせられる。
いまアメリカでは次期大統領選挙に向けて共和、民主両党は最後の段階にあるが、民主党の候補は黒人のオバマ氏である。その予備選の過程を見てみるとヒラリー女史とオバマ氏の支持母体が必ずしも白人対黒人という単純なものではなかったことが報じられていた。
この作品が発表されたとき大きな波紋を投げかけた様子はなかったようであるが、白人家庭の夫妻が捨て子であった黒人の赤ん坊を養子にし実の子供のように愛し育てていく様子がごく当たり前のことのように描かれていく。
アメリカ社会の基礎にあるキリスト教とも無縁ではないだろうとは思うが、肌色の違う子供を本当のわが子のように愛し育てていくことはそう簡単にできることではないと思う。
それが一転して、子供を捨てたはずの若い女性が母性愛に目覚め母親としての養育権を取り戻すための法廷闘争に持ち込まれてしまう。
彼女の弁護士は黒人で野心的な判決をえるためにいろんな手管を駆使し、危うく白人家庭を崩壊させようかというところまで持って行ってしまう。
育ての親と生みの親との争いが、最終的には産みの母親が現実に子供の心を自分の元にたぐり寄せるにはなお多くの時間を必要とし、育ての親の助力を必要とすることを理解してそのような方向に向かうことを予感させる結末を観て、観客は本当にほっとすることだろう。
この日本においても様々な社会問題を投げかけている多くのことについて改めて考えるきっかけになるのではないだろうかという気がする。
たとえば、本当の母親の条件とはなにか。子供にとっての本当の幸福とはなにか。単なる血のつながりだけが家族の絆となりうるのかなど。自分自身のことを振り返ってみてなにも解を見つけられていないのが恥ずかしい。
いい作品である。
<<付け足し解説>>
本作品で生まれたばかりの赤ん坊を置き去りにする黒人女性を演じたハル・ベリーは、のち(2002年)に「チョコレート」で黒人女性として初めてアカデミー主演女優賞を受けている。
<<あらすじ>>
生まれたばかりの黒人の赤ちゃんがゴミ捨て場で発見され、病院に保護される。赤ちゃんの看護を担当することになったマーガレット(ジェシカ・ラング)は、やがてその子をイザヤと名付け養子にすることに決意。暖かい愛に包まれ成長するイザヤの前に、ある日突然、実母カイラ(ハル・ベリー)が現れる。カイラは麻薬中毒で出産後、すぐにイザヤを捨てたが、今では更生し、まじめに生活していた。カイラは自分の子供を取り戻すために裁判を起こす。イザヤをめぐって、二人の”母親”が法廷で争うことに・・・・・。
◎「心みだれて」(Heart
Burn) (2008.7.17)
アメリカ 1986年 上映時間 109分 カラー ビスタサイズ 16:9 ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:マイク・ニコルズ、製作:マイク・ニコルズ/ロバート・グリーンハット、原作:ノーラ・エフロン、脚本:ノーラ・エフロン、撮影:ネストール・アルメンドロス、音楽:カーリー・サイモン、編集:サム・オースティン、衣装(デザイン):アン・ロス、字幕:戸田奈津子
(キャスト[役名])メリル・ストリープ[Rachel]、ジャック・ニコルソン[Mark]、ジェフ・ダニエルズ[Richard]、モーリン・スティプルトン[Vera]、ストッカード・チャニング[Julie]、リチャード・メイサー[Arthur]、キャサリン・オハラ[Betty]、スティーヴン・ヒル[Harry]、ミロシュ・フォアマン[Dmitri]、カレン・エイカーズ[Thelma]
原作者、ノラ・エフロンの夫婦間の実話を元に描かれたラブロマンス、しゃれた典型的なハリウッド製ラブコメディとなっている。一度は破局を迎えた二人の中は一旦修復されるかと見えたが、そうはならない結末を迎える。割とシリアスなのである。
<<あらすじ>>
料理評論家のレイチェル(メリル・ストリープ)は、友人の結婚式で、コラムニストでプレイボーイのマーク(ジャック・ニコルソン)に出会い意気投合、たちまちのうちに恋におちた。離婚という苦い経験のある2人だったが、自分達も驚くほどのスピードで結婚を決意する。結婚式の直前になって結婚生活に不安を抱いたレイチェルは、式場の隣室から出て来ようとしない。友人やマークに説得され、ようやくレイチェルは姿を現わし、無事に式は挙げられた。口喧嘩はするものの、まずは順調なスタートを切ったニ人の間に子供ができるのに、そう時間はかからなかった。レイチェルから妊娠を告げられたマークは、喜びいさんで親しい友人達を集めてパーティを開く。事あるごとに顔を揃えるベティ(キャサリン・オハラ)やディミトリ(ミロシュ・フォアマン)等の友人達の祝福を受けて、レイチェルは女児を出産した。アニーと名付けられた子供の育児に追われるレイチェルは、今まで知ることのなかった喜びに酔いしれ、長い間仕事でコンビを組んできた雑誌編集者のリチャード(ジェフ・ダニエルズ)にそのことを語って聞かせる。一方、マークは、レイチェルが2人目の子供を身籠ったというのに元気がなかった。いつもの親しいメンバーによる会食の席で、セルマ(カレン・エイカーズ)が不倫の恋をしているという話題で席は盛り上がった。だが、セルマの相手の名を誰も知らなかった。そんなある日、美容院で髪の手入れをしてもらっていたレイチェルは、2人の美容師の会話を耳にした時、マークが浮気していることを直感、帰宅した彼女はマークの机の引き出しからホテルの領収書などを見つける。マークの浮気の相手がセルマだと知ったレイチェルは、アニーを連れてニューヨークの父親の許へと向かった。離婚の決意を固めつつあったレイチェルの所ヘマークが訪ねて来て、セルマとは別れるから帰ってきてくれるようにと哀願する。マークの許に戻ったレイチェル。しばらくしてレイチェルは2人目の子供を出産し、普段の生活に戻った。ある日、馴染みの宝石店に立ち寄ったレイチェルは、マークがセルマにネックレスを買ってやったことを知る。そんな折り、セルマを励ますためのパーティを開くことになり、その打ち合わせのためにいつもの親しいメンバーが集まった。愛し合いながら結ぱれた男と女が、時が流れるとともに心が離れていく寂しさをさり気なく語つたレイチェルは、パイをマークの顔にぶつけ出ていった。愛し合った人と見続けた夢が消え去ったことを知ったレイチェルは、唯一つ残った夢の証のおさなごたちを連れて機上の人となっていた。
◎「評決」(The
Verdict) (2008.7.16)
アメリカ 1982年 上映時間 129分 カラー ビスタサイズ(16:9) ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:シドニー・ルメット、製作:リチャード・D・ザナック/デイヴィッド・ブラウン、製作総指揮:バート・ハリス、原作:バリー・リード、脚本:デイヴィッド・マメット、撮影:アンジェイ・バートコウィアク、特殊メイク:Joe
Cranzano、音楽ジョニー・マンデル、美術:ジョン・キャサーダ、エドワード・ピッソーニ、編集:ピーター・フランク、衣装(デザイン):アンナ・ヒル・ジョンストン/Monty
Westmore/Bill Loger、録音:Lou Cerborino/Maurice Schell、字幕:戸田奈津子
(キャスト[役名])ポール・ニューマン[Frank Galvin]、シャーロット・ランプリング[Laura Fischer]、ジャック・ウォーデン[Mickey
Morrissey]、ジェームズ・メイソン[Ed Concannon]、ミロ・オシー[Judge Hoyle]、エドワード・ビンズ[Bishop Brophy]、ジュリー・ボヴァッソ[Maureen
Rooney]、リンゼイ・クローズ[Kaitlin Costello Price]、ロクサーン・ハート[Sally Doneghy]、ジェームズ・ハンディ[Dick
Doneghy]、ウェズリー・アディ[Dr.Towler]、ジョー・セネカ[Dr.Thompson]、Lewis Stadlen [Dr.Gruber]、ケント・ブロードハースト[Joseph
Alito]、Colin Stinton[Billy]、バート・ハリス[Jimmy the Bartender]
この欄でわたしが観た作品(DVD-ROMに収録したもの)を紹介するときは、スタッフの中の字幕翻訳者についてはこれまで省略させていただいていた。
しかし、よく考えてみると字幕が付加される時点が製作後になろうとも、それが付加されて初めて総合芸術としての映画ということになるのだとも言えるのではないかと考える必要がありそうな気がしてきた。
いわゆる「観た映画のデータベース」を作成することがきっかけで始めたことであるからこれからはきちんと記載することにしようと思う。
映画という総合芸術はたしかに自国で公開されるのを前提に製作されるのがふつうで、字幕を前提とすることは少ないことはいうまでもないが、それでも字幕を前提としなければよその国の人々に観てもらう機会がなくなってしまうのであるから字幕も含めて映画なのだとと考えるのがいいようである。
それは1年くらい前に開かれた地域のある会合の席でのことで、たまたまそのとき法廷を主題とした作品「12人の怒れる男たち」とか「評決」とか「評決のとき」などが話題になったことがあった。そこにその会合のメンバーのひとりであるT氏がおられて氏の少年期の学校の同級生に著名な字幕翻訳家がいるということをぽつりと漏らされた。
その字幕翻訳家というのが戸田奈津子さんなのである。戸田奈津子さんといえばこの拙HPの中で何回か引用させていただいており、そんな人と同級生だなんていうのは羨ましいななどと思ったものである。
「評決」とそのリメーク作品「評決のとき」の両作品とも字幕は戸田奈津子さんなのである。T氏が出席された同窓会で戸田さんは作品としては「評決」が優れているというようなことをいわれていたということであった。
それを聞いてからDVDショップを覗くたびに探していたのだがなかなか店頭で見つけられずにいた。それが、昨日幸運にも見つけることができ早速購入し今日観たということである。
ポール・ニューマン、シャーロット・ランプリング、ジェームス・メイスンなどキャストも懐かしくいい時間を過ごさせてもらった。
もちろんこれは「もう一度観たい」1本である。
最近日本でも話題になっている裁判員制度であるが、今ジャーナリズムがいろいろと大きく取り上げるようになっておりそんなことも頭の隅において観ると一層興味も増すのではないだろうか。
<<チョット詳しすぎる あらすじ>>
フランク・ギャルヴィン(ポール・ニューマン)は、弁護士だが、昼間から酒を飲み、新聞の死亡欄で係争問題が起こりそうな事故死を調べては、その葬式にもぐり込み名刺を置いてくるという荒れた生活を送っていた。昔の彼は違っていた。一流大学の法科を主席で卒業し、権威ある法律事務所に勤務するようになった彼は、すぐにボスの娘と結婚しバラ色のエリート・コースを歩んでいた。それが先輩の不正事件に捲き込まれ、彼が買収工作の罪をきせられ逮捕されるという事態に陥ってしまった。クビになり妻とは離婚、全てを失った彼は、そのまま転落の一路を進んでいった。よき理解者の老弁護士ミッキー(ジャック・ウォーデン)ですら、今のギャルヴィンには手を焼いていた。そのミッキーが、ギャルヴィンにある事件をもってきた。その事件とは、出産で入院した女性が、麻酔処置のミスで植物人間になってしまったという、医療ミス事件だった。披害者の姉夫婦が、その病院、聖キャサリン病院と、担当の医師2人を訴えたのであった。原告側の証人である大病院の麻酔科の権威、グルーバーに面会し、完全な医師のミスであることを確信したギャルヴィンは、廃人となったデボラの不幸な姿を見て、ショックを受けると同時に、これまでにない怒りを感じるのだった。訴えられた聖キャサリン病院は、カソリック教会の経営で病院の評判が傷つくことを恐れたブロフィ司教(エドワード・ビンズ)は、ギャルヴィンに示談を申し出た。補償金頷は21万ドル。この仕事に執念を燃やしはじめていたギャルヴィンは、この大金を蹴った。事件は法廷にもちこまれることになり、教会側に雇われた被告側弁護士コンキャノン(ジェームズ・メイスン)が動き出した。ある夜、ギャルヴィンは、行きつけの酒場で、謎めいた範囲気をもつローラ(シャーロット・ランプリング)という美しい女と知り合った。離婚して今は独身という彼女を夕食に誘った彼は、その日ギャルヴィンのアパートで一夜を明かした。数日後、判事のホイル(ミロ・オシア)が、示談解決の余地はないかと相談を持ちかけるが、話し合いがこじれ、ギャルヴィンはミーロに悪い印象を与えた。そんなころ、ギャルヴィンにとって一大事態が発生した。彼の最大の頼みである重要証人のグルーバー医師が、コンキャノンの工作で寝返りをうち、何処かに姿を消してしまったのだ。今さら示談をむし返すことは不可能に近い。窮地に追い込まれた彼の唯一の支えとなったのはローラだった。有利の状況が見出せぬまま開廷の日が来てしまう。事件の焦点は、患者デボラが、なぜ、麻酔マスクの中で嘔吐し、そのために一時的に窒息死した状態になり脳障害を生ずるに至ったかという点にあった。患者が麻酔処置を受ける1時間以内に食事をした場合ならこの種の事故が起こりうる。しかし当夜のカルテには、患者が食事を取ったのは9時間前と示されていた。これなら麻酔処置の過失とはいえない。ギャルヴィンの最後の望みは、なぜか一切の証言をも拒否している当夜の看護婦ルーニー(ジュリー・ボヴァッソ)をくどき落とすことだった。しかし、ルーニーへのアプローチは、すべてコンキャノンに洩れていた。彼は常にギャルヴィンより先回りをしているのだ。誰かが情報を流している・・・。やがてギャルヴィンは、ルーニーが、当夜カルテに食事時間を書き込み2週間前に病院をやめている看護婦ケイトリン(リンゼイ・クルーズ)をかばっていたことをつきとめた。彼は、ニューヨークにいるケイトリンの居所を探し出しニューヨークに飛んだ。そのころ、コンキャノンの部下としてスパイしていたのがローラであったことを、ミッキーがつきとめた。それを知り愕然とするギャルヴィン。しかし、自分の行動を恥じ、今は真に彼を愛していると告白するローラ。翌日の法廷ではケイトリンが登場し、カルテの数字1を9に書き直したという決定的な証言を発した。ギャルヴィンは勝った。裁判にも自分にも・・・・・。
◎「ミッション・インポッシブル」(Mission
: Impossible) (2008.7.13)
アメリカ 1996年 上映時間 110分 ワイドスクリーン(2.35:1) ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:ブライアン・デ・パルマ、製作:トム・クルーズ/ポーラ・ワグナー、脚本:デヴィッド・コープ/ロバート・タウン、撮影:スティーヴン・H.ブラム、音楽:ダニー・エルフマン、製作総指揮:ポール・ヒッチコック
(キャスト[役名]
)トム・クルーズ[イーサン・ハント]、エマニュエル・ベアール[クレア・フェルプス]、ヴィング・レイムス[ルーサー・スティッケル]、クリスティン・スコット=トーマス[サラ・デイヴィス]、ヴァネッサ・レッドグレイブ[マックス]、ジョン・ヴォイト[ジム・フェルプス]、ヘンリー・ツェーニー[ユージン・キトリッジ]、ジャン・レノ[フランズ・クリーガー]
わたしの好みから言えばこの作品のようなスパイものでノンストップアクション系のものは敬遠してきていたが、DVDの「トム・クルーズはこの独走大ヒット作で映画界を活気づけた」というキャプションを読んだときまあたまにはいいかというくらいの気持ちで購入してずっと塩漬けにしておいたものである。
もともと往年の人気TVシリーズ「スパイ大作戦」(1966〜1973年)を映画化したものであるだけにそちらのフアンからは喝采をうけたのであろう。
収録曲数も多くそれだけでも楽しめるような気がする。
フランスの新幹線TGVのトンネル内を疾走する列車とヘリコプターのサバイバルシーンなど結構楽しめる。ということで最後まで一気に観てしまった。
<<あらすじのあらすじ>>
東欧で展開されたアメリカの極秘スパイ組織IMF(Impossible Mission
Force)は公にできない活動に従事している。ジム・フェルプス率いるチームが、盗まれたCIA情報員のリストを奪回するというプラハでの作戦中、イーサン・ハントを除くメンバー全員が次々と殺されてしまった。
生き残ったイーサンはCIAのキトリッジと会うが、この作戦はIMF内部にいると見られる密告者を探し出すのが目的だったと聞かされる。生き残ったイーサンに疑いがかかり、その疑惑を晴らすため、フェルプスの妻でもう一人の生き残りであるクレアと共にIMF内部の裏切者を探す・・・・・。
◎「カモン・ヘブン」(Kingdom
Come) (2008.7.7)
アメリカ 2001年 上映時間 95分 カラー パナビジョン シネマスコープサイズ(16:9) ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:ダグ・マクヘンリー、製作:エドワード・ベイツ/ジョン・モリッシー、脚本:デイビッド・ボットレル/ジェシー・ジョーンズ
(キャスト[役名])ウーピー・ゴールドバーグ[レイネル]、LL・クール・J[レイ]、ヴィヴィカ・A・フォックス[ルシール]、ジェイダ・ビンケット・=スミス[シャリース]、ロレッタ・デバイン[マーガリート」、アンソニー・アンダーソン[ジュニア]
主演の黒人女優ウーピー・ゴールドバーグについては、これまでに「ラット・レース」や「ボーイズ・オン・ザ・サイド」を観ていて知っていた。いずれもコメディでなかなか役回りもよく彼女が出ているならおもしろいだろうくらいののりで購入した。
もちろんこれもコメディーであるが題材がいわゆる「お葬式」である。登場人物のほとんどが黒人でどんな風に進んでいくのか楽しみだったが、人種や国柄には関係なく現代社会のそれぞれの家族の持つ危うさが描かれていき、最後にはお互いに家族の絆を取り戻す望みを抱かせる。
長年連れ添った夫婦の実際の姿がその夫の死により複数の家族(一族)たちの前に明らかになっていき、全体として体裁だけでない家族としての絆をお互いに確かめ合うことになる。
これはアメリカでなくても日本でもあり得る日常の姿なのかもしれない。教会をお寺に置き換えていろいろ考えてみるのもおもしろい気がする。
なにもそんなにシリアスに考えなくてもということも言えようが、自分の死がわたしの家族や一族の間にどんな影響を与えるのだろうかと想像するのもまたおもしろい気がする。それもコメディタッチのものを。
<<あらすじ>>
レイネルは長年に渡り夫との生活に耐えてきた。二人はとある一度の口論がきっかけで、過去10年間一切口も聞いてこなかった。その夫が突然この世を去った。訃報を聞きつけ、疎遠になっていたスローカム家の人々がこぞって駆けつけてきた。しかし、そもそも問題の多い一家のこと、ひとたび集えば葬儀どころではない。どたばたの中、レイネルが墓碑に刻もうとしていた”最後の言葉”を知ったファミリーは愕然とする・・・・・。
キャッチコピー風に『亡き夫に、そして、スローカム家に”ヘブン”は訪れるのか?!』で結んでおく。
◎「夜も昼も」(Night
and Day) (2008.7.4)
アメリカ 1946年 上映時間 128分 テクニカラー スタンダードサイズ(4:3) ドルビーディジタル
(スタッフ)
監督:マイケル・カーティズ、製作:アーサー・シュワルツ、原作:ジャック・モフィット、脚本:チャールズ・ホフマン/レオ・タウンゼンド/ウィリアム・バワーズ、撮影:ペヴァレル・マーレイ、ウィリアム・V・スコール、音楽監督:レオ・F・フォーブステイン、編曲:レイ・ハインドーフ、美術:ジョン・ヒューズ
(キャスト[役名])ケーリー・グラント[Cole Porter]、アレクシス・スミス[Linda Lee
Porter]、モンティ・ウーリー[Himself]、ジニー・シムズ[Carole Hill]、ジェーン・ワイマン[Gracie
Harris]、イヴ・アーデン[Gabrielle]、ドナルド・ウッズ[Ward Blackburn]、カルロス・ラミレス[Speciality Singar]、ヴィクトル・フランサン[Anatole
Giron]、アラン・ヘイル[Leon Dowling]、ドロシー・マローン[Nancy]、セレナ・ロイル[Kate
Porter]、ヘンリー・スティーブンソン[Omer Porter]、メアリー・マーティン[Herself]
監督のマイケル・カーティズといえば、往年の名作である「カサブランカ」や「カンサス騎兵隊」の監督として有名である。
そのマイケル監督が当時のミュージカル作家として第1人者と目されていたコール・ポーターの半生をミュージカル風に辿った音楽映画である。
いささか甘すぎるともいえるが戦後すぐの1946年に発表されたことを考えると、観る人の心をやわらかく暖かく包む一途な男女の愛の物語として観て楽しめばいいと思う。
<<あらすじ>>
エール大学の法学部に在学中のコール・ポーターは学業よりも作曲に興味をもつ青年であったが、1914年のクリスマス休暇に親友のワード・ブラックマンと共に、彼を嘱目するモンティ・ウーリイ教授のインディアナの家庭を訪問し、さらにわが家にむかった。この休暇中に彼は従妹のナンシーを訪ねてきたケンタッキーの旧家の娘リンダ・リイに紹介され、美しい彼女に心惹かれた。ポーターの祖父オマーは彼を法律家にしたいと考えていたが、休暇中にウーリイ教授と語り合ったコールは自分の進むべき道をすでに決めていた。彼は教授と共にエール大学を去り、自作の音楽劇「アメリカよいとこ」をウーリイの演出・主演でブロードウェイに上演することに決め、予ねて知り合いのグレイシー・ハリスをニュー・ヘヴンから呼び寄せ共演者にした。しかし、その初日は、不幸にもルシタニア号の撃沈のニュースがあったため客が来ず直ちに打ち切りになってしまった。ポーターは仏軍の慰問旅行に行き脚を負傷して、陸軍病院に収容されたが、赤十字に従軍していたリンダ・リイと再会し、彼女に勇気づけられる。帰国した彼は、新しいショーを書いて大成功を収め、英国に招かれた。この地で三度びリンダ・リイに会ったポーターは彼女と結婚してブロードウェイに戻ったが、彼の生命は家庭よりもショーの創作にあった。リンダ・リイは失意の中にポーターの元を去ってしまう。歳月は流れ、ポーターは祖父の亡きあと莫大な遺産を継ぎ、なお精力的な仕事を続けていたが、故郷で乗馬中に重傷を負い、何度も手術をしなければならなかった。見かねたグレイシーは欧州に居て何事も知らずにいたリンダに手紙を書いた。ようやく歩けるようになったポーターがエール大学の同窓会に顔を出したとき、欧州から戻ってきたリンダに会った。ポーターにとっては同窓会であるばかりでなく、リンダとの和解の日ともなったのだった。
◎「マイノリティ・リポート」(Minority
Report) (2008.7.1)
アメリカ 2002年 上映時間 146分 カラー シネマスコープサイズ(16:9) ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:スティーブン・スピルバーグ、脚本:スコット・フランク/ジョン・コーエン、製作:ボニー・カーティス/ジェラルド・R・モーレン/ヤン・デ・ボン/ウォルター・F・パークス、原作:フィリップ・K・ディック、撮影:ヤヌス・カミンスキー、音楽:ジョン・ウィリアムズ
(キャスト[役名])ジョン・アンダートン[トム・クルーズ]、ダニー・ウィットワー[コリン・ファレル]、アガサ[サマンサ・モートン、ラマー・バージェス局長[マックス・フォン・シドー]、ララ・クラーク[キャサリン・モス]、エディ・ソロモン医師[ピーター・ストーメア]、ほか
ジャケットのキャプションによると、”トム・クルーズ&スピルバーグの競演! 大ヒットSFアクション超大作!”
とある。
わたしの好みからいうとSFとかノンストップアクションとかと呼ばれるジャンルの映画にはあまり食指は動かないのであるが、6月19日付の本欄で紹介した「モーヴァン」で記したように新しい世代の女性の生き方を具現するかのようなヒロインのモーヴァンを演じたサマンサ・モートンがほぼ同時期にスカウトされて共演することになった本「マイノリティ・リポート」で丸坊主になって熱演しているという記事を読んだのでにわかに興味を覚えDVDショップでたまたま見つけたので購入してしまった。
サマンサの役どころは熱演を印象づけるほどのものとは思えなかったのは残念であった。
やはりこういうSFではスピルバーグ監督は本当に巨匠である。2054年という時代背景のものということになっているが、単なるSFとしてではなくサスペンス映画として観ると途中で結末がわかってしまうということも言えるが、まずまず最後まで観客を引っ張っていくのではないかと思う。
でも一言でいうといま一つよくわからない映画であったと思う。もう1回、でもスピルバーグのSF好きには見逃せない作品ではないのだろうか。
<<あらすじ>>
西暦2054年、ワシントンDC。政府は膨大な凶悪犯罪を防ぐ策として、ある画期的な方法を開発し、大きな成果をあげていた。それは、予知能力者を利用して凶悪犯罪が起こる前に犯人を逮捕してしまうというシステムであった。このシステムのお陰でワシントンDCの犯罪件数は激減、将来的にはアメリカ全土で採用されるべく準備が整えられていた。そんなある日、このシステムを管理する犯罪予防局のチーフ、ジョン・アンダートンが"36時間後に見ず知らずの他人を殺害する"と予知され、告発されてしまう。追う立場が一転して終われる立場になったジョンは、自らの容疑を晴らそうと奔走するのだが、彼は既に大きな陰謀に巻き込まれていたのだった・・・・・。
◎「キングオブコメディ」(THE
KING OF COMEDY) (2008.6.26)
アメリカ 1982 上映時間 109分 テクニカラー ビスタサイズ(16:9) ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:マーティン・スコセッシ、製作:アーノン・ミルチャン、製作総指揮:ロバート・グリーンハット、アソシエイト・プロデューサー:ロバート・F・コールズベリー、脚本:ポール・D・ジンマーマン、撮影:フレッド・シュラー、音楽:ロビー・ロバートソン、美術:ボリス・レヴィン、編集:セルマ・スクーンメイカー、スクリプター:セルマ・スクーンメイカー
(キャスト[役名])ロバート・デ・ニーロ[Rupert Pupkin}、ジェリー・ルイス[Jerry
Langford]、ダイアン・アボット[Rita]サンドラ・バーンハード [Masha]、シェリー・ハック「Kathy]
<<余計なひとこと>>
コメディアン志望の一青年の偏執狂的な売名作戦を描く風刺喜劇である。
この作品の第1の主役ロバート・デニーロはイタリア出身で「ゴッドファーザーPARTU」でアカデミー賞助演男優賞を受賞している。この作品が制作された80年代にはコメディに出演するなど幅広く活躍している。最近では監督にも手を広げている。
もう一人の主役ジェリー・ルイスはもっとむかしディーン・マーティンと凸凹コンビを組み数多くの作品に出演している。コメディ界の多くの賞を受賞している。このDVDを購入したときは彼の方が第1の主役かなと思ったのであるが、まあ言ってみれば二人とも主役である。わたしが彼を最初に観たときはもっとスマートだったように思うが、さすがにこの作品ではやはり年相応の体型かという感じであった。
まあまあおもしろかった。
<<あらすじ>>
TVのトーク・ショーの人気者ジェリー・ラングフォード(ジェリー・ルイス)が、収録を終えて劇場の楽屋口から出てくると、外はファンでいっぱい。ジェリーの熱狂的なファンの1人、マーシャ(サンドラ・バーンハート)が抱きつき、ぶ厚い唇を押しつける。彼女をふりほどいてリムジンに乗り込んだジェリーの後から、ルパート・パプキン(ロバート・デ・ニーロ)も一緒に乗り込む。ルパートは自己紹介し「自分もジェリーのようなコメディアンになりたい」と話しかける。内心うんざりしながら、ジェリーはオフィスに電話してくれと言う。そんなジェリーの心情をまるで察しないルパートは、家へもどると、人気コメディアンになった自分を夢想する。とあるバーで、黒人の女バーテンダーのリタ(ダイアン・アボット)に話しかけるルパート。彼女は高校の同級生で、ルパートにとって憧れの存在だった。レストランに誘い、週末に友人ジェリーの別荘に行こうと言う。翌日、ルパートはジェリーのオフィスに電話するが、会議中ということで取り次いでもらえない。直接、オフィスに行き受付係と交渉し、やっと秘書のキャシー(シェリー・ハック)に会うことができた。キャシーに「漫談のテープを聞かせてもらえたら」と言われ、喜んで出てきたルパートにマーシャが喰ってかかる。しかし、ルパートは逃げるように歩き去る。ジェリーはデモ・テープを作って、キャシーに手渡す。翌日、キャシーからパンチが足りないと言われて、ルパートは反論、直接ジェリーに会おうとしてオフィスに入り込み、つまみ出される。週末、ルパートはリタをつれてジェリーの別荘へ行き、彼から「連絡してくれと言ったのは、追い払いたかったからだ」と聞き、耳を疑うルパート。ついに彼はマーシャと共同で、ジェリーを白昼、道路上から誘拐。オフィスに電話して、ジェリーの安全のためにルパートを今夜のTVに出せと脅迫する。TV局ではFBI、ジェリーの弁護士、局長らが会議を開くが名案はない。そのうちにルパートが現われた。代わりの司会者トニー・ランドール(本人)が、ルパート・パプキンを紹介し、ルパートは15分ほど漫談をしゃべった。終わるとFBIの捜査員とともにジェリーを隠しているマーシャの家へ行く。途中で、リタのいるバーに入り、そこのTVで自分の晴れ姿を見る。その頃、ジェリーはやっと自由になり、TV局へ急ぐ。ルパートは懲役6年を求刑された。服役中に回想録「一夜だけの王様」を執筆、この本がベストセラーになる。2年9カ月後に釈放されたルパートはTVに出演。ついに、彼は本物の喜劇の王様になった。
◎「怒りの河」(Bend
of the River) (2008.6.26)
アメリカ 1951年 上映時間 91分 モノクローム スタンダードサイズ(4:3 ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:アンソニー・マン、製作:アーロン・ローゼンバーグ、原作:ビル・ガリック、脚本:ボーデン・チェイス、撮影:アーヴィング・グラスバーグ、音楽:ハンス・J・サルター:美術:ベルナルド・ヘルッブルン、ネイサン・ジュラン、編集:ラッセル・シェーンガース、録音:レスリー・I・カレー/ジョー・ラピス、スクリプター:ウィリアム・フリッチェ
(キャスト[役名])ジェームズ・スチュアート[Glyn McLyntock]、アーサー・ケネディ[Emerson Cole]、ジュリー・アダムス[Laura
Baile]、ロック・ハドソン[Trey Wilson]、ロリー・ネルソン[Marjie]、ジェイ・C・フリッペン[Jeremy Baile]、ステピン・フェチット[Adam]、ほか
久しぶりの西部劇である。
ミズーリの荒野をゆく幌馬車隊の列、それに率いられる牛たちの群れ、後輪船の走航する河の流れ、インディアンの襲撃、遠景のオレゴンの山の美しさ、暗い過去を持つガンマン同士の奇妙な友情とその破綻、最後に河の中で過去を断ちきれなかった男が水の中に沈んでゆき過去を断ちきった男が新しい生活に歩んででゆく、といういかにも典型的な西部劇である。堪能した。
アンソニー・マン監督の手堅い作品である。
<<あらすじ>>
かつてはミズーリ州境の無法者、今はオレゴン州奥地へ移動する開拓団の誠実な道案内人を勤めるグリン・マクリントック(ジェイムズ・スチュワート)が、今しもリンチという間際を救った男は、これも名代の無法者エマースン・コール(アーサー・ケネディ)だった。無法者同志の奇妙な友情は、襲来したインディアンを協力して退けたことなどからいよいよ深まったが、ポートランド到着と共に、コールは土地の顔役ヘンドリックスの賭場に居つき、幌馬車隊はインディアンの矢に傷ついた隊長ジェレミーの娘ローラ(ジュリー・アダムス)を治療のため残して、出発した。開墾第一年の冬が迫り、ヘンドリックスと契約した食料の未着を怪しんで再びポートランドに現われたジェレミーとグリンは、意外にも砂金景気に湧く町の有様を見た。彼らの食料は砂金堀の山男たちに売られかけていたのである。コールとローラの妹マージーの愛人トレイ(ロック・ハドソン)の協力で食料を奪取した彼らは、追跡するヘンドリックス一味をも壊滅させた。しかし、件の食料を金採掘の飯場に売れば莫大な利益になることを知ったコールは人夫たちと謀り、詭計をもってグリンを丸腰にした。射殺しようとする人夫たちをさすがに押し止め、ポートランドまでの食糧を投げ与えて去ったコールの後を、グリンは執拗に追い続ける。不安に悩むコール一味の眼前へ、やがて現われたグリンは猛烈な格闘の末、コールを河底に沈め、ローラたちと食糧を救い出した。
◎「モーヴァン」(MORVERN
CALLAR) (2008.6.19)
イギリス 2002年 上映時間 97分 カラー ビスタサイズ(16:9) ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:リン・ラムジー、製作:ロビン・スロボ/チャールズ・パティンソン、ジョージ・フェイバー、製作総指揮:アンドラス・ハモリ/シートン・マクリーン、原作:アラン・ウォーナー、脚本:リン・ラムジー/リアナ・ドニーニ、撮影:アルウィン・カックラー、美術:ジェイン・モートン、編集:ルシア・ズチェッティ、衣装(デザイン):サラ・ブレンキンソップ
(キャスト[役名])サマンサ・モートン [Morvern Caller]、キャスリーン・マクダーモット[Lanna]、デス・ハミルトン[Him]
このDVD-ROMを大型古書店のDVDコーナーで手に取ったときまず目に入ったのは、【2002年カンヌ国際映画祭監督週間上映作品、ジュネス賞(The Prix
de la Jeunessse)、Decerne par la CICAE賞 受賞】の文字である。
派手なアメリカ映画ではなさそうだし、どちらかというとわたし好みのものに見えた。
わたしのここのページの作品紹介を通して一種の映画データベースの作成を目指しているわたしとしては一度観ておきたい作品であることは間違いないようであると考えた。
ジャケットを丹念に見ると「レンタル専用」となっているし、あとでサイトを調べてみたがどうやら短い期間日本でも劇場公開されたようであることがわかった。
ということはそれほど大勢の人に鑑賞されたものではないということであろう。
でもこのROMに収録されていたおまけの映像などを観ると監督はちょっと太めだが彼女自身女優であってもいいくらいの美人であることがわかり、制作意図などを知ることができた。
若手の女性監督の目指しているものをかいま見ることもできるのではないかとにわかに楽しくなった。
しかし、それでもこういう作品の紹介はわたしには荷が重すぎるようであるが、ここは素直に「今を生き抜く新世代ヒロイン」を描いた作品として紹介することにしたい。
それに主演のサマンサ・モートンが同じ頃に制作された「マイノリティ・リポート」に出演しており丸坊主で体当たり演技をしたなどと知るに及んだことも大いに興味をそそられた。
<<あらすじ>>
タフな生き方を見せるワーキング・クラスの若い女性を描いた異色青春映画。
スコットランドの港町。モーヴァン(サマンサ・モートン)は、スーパーマーケットで働く21歳の女性。クリスマスの朝、恋人(デス・ハミルトン)が自殺した。彼がモーヴァンに残したのは、自ら編集した音楽テープと、自作の小説。遺書には、その小説を出版社に持っていくよう記してあったが、モーヴァンは著者名を自分の名に書き換えてから、原稿を郵送。さらに彼の貯金で旅行に行くことにし、友人のラナ(キャスリーン・マクダーモット)をバカンスに誘う。飛行機でスペインへ。だが結局、いつもと変わらないバカ騒ぎの日々を送るだけ。途中でラナとケンカ別れしたモーヴァンは、小説を気に入ったというロンドンの出版社に連絡した。編集者に会うと彼らは出版契約の話をし、モーヴァンのもとに大金が転がりこむことに。地元の街に戻り、小切手を手にしたモーヴァンは、駅のホームへと向かう。そして彼の残した音楽テープをヘッドホンで聴きながら、電車を待つのだった。
◎「メリーに首ったけ」(There's
Something about Mary) (2008.6.13)
アメリカ 1999年 上映時間 119分 カラー ビスタサイズ(16:9) ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:ピーター・ファレリー/ボビー・ファレリー、製作:フランク・ビドア/マイケル・スタインバーグ/チャールズ・ビー・ウェスラー/ブラッドレイ・トーマス、原案:エド・デクター/ジョン・ジェイ・ストラウス、脚本:エド・デクター/ジョン・ジェイ・ストラウス/ピーター・ファレリー/ボビー・ファレリー、撮影:マーク・アーウィン、音楽:ジョナサン・リッチマン、音楽監修:
ハッピー・ウォルターズ/トム・ウルフ、編集:クリストファー・グリーンベリ、衣装(デザイン):メアリー・ゾフレス
(キャスト[ 役名]):キャメロン・ディアス[Mary Jensen Matthews]、マット・ディロン[ Pat Healy]、ベン・スティラー[Ted
Stroehmann]、リー・エヴァンス[Tucker]、クリス・エリオット[Dom]、ジェフリー・タンバー
、マーキー・ポスト、キース・デイヴィッド、ダブル・アール・ブラウン、サラ・シルヴァーマン 、キャンディ・アレキサンダー、ほか
<<あらすじ>>
ロードアイランド。作家志望のテッド(ベン・スティラー)は高校時代以来13年間、皆の憧れの的だったメアリー(キャメロン・ディアス)のことが忘れられないでいる純情男。メアリーの知恵遅れの弟ウォーレン(W・アール・ブラウン)がいじめられているのを助けたことで彼女から卒業パーティに誘われたのはいいが、迎えに行った先の彼女の家でなんと大事なナニをジッパーにはさんでしまうという大失態を演じたのだった。そんな過去もなんのその、彼女へのつきせぬ想いから、テッドは友人ドム(クリス・エリオット)の紹介で保険調査員ヒーリー(マット・ディロン)をメアリーが現在住むマイアミに派遣、彼女の身辺を探ってもらうことに。整骨医になり、かつてと変わらぬキュートさで一人暮らしをエンジョイしているらしいメアリー。ヒーリーはそんな彼女に一目ぼれ、テッドには彼女が子持ちのデブ女になったと嘘の報告をする。ヒーリーは建築家と偽り、メアリーの隣に住む未亡人マグダ(リン・シェイ)のご機嫌とりまでしてあの手この手でメアリーに言い寄る。さて一方ヒーリーの報告が信じられないテッドはついに自らマイアミに赴き、メアリーと再会。だが、メアリーの周囲はストーカーだらけなのが発覚。ヒーリーの正体は殺人鬼だと嘘八百を並べていたのが両足が不自由な建築家を装った実はピザボーイのタッカー(リー・エヴァンス)。恋の攻防戦の果てになんとか念願の交際を始めることができたテッドだが、メアリーを調べるためにヒーリーを雇ったことが何者かに密告されてしまう。チクったのはなんとドム。実は彼はメアリーの高校時代の恋人だったのだが、ストーカー行為で告発され彼女の身辺には近づけない身だったのだ。メアリーの前に集合してにらみあうドム、ヒーリー、タッカー。そこにテッドがメアリーが最近まで交際していた“理想の男性”ブレット(ブレット・ファーブル)を連れてくる。「彼こそがメアリーと結婚すべきだ」と言い放って家を出たテッド。そんなテッドの真心に打たれたメアリーは彼を追いかけ、二人は晴れてキスを交わすのだった。
◎「妹の恋人」(Benny
& Joon) (2008.6.10)
アメリカ 1993年 上映時間 98分 カラー ビスタサイズ(16:9) ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:ジェレマイア・チェチック、製作:スーザン・アーノルド/ドナ・ロス、製作総指揮:ビル・バダラート、原作:
バリー・バーマン/レスリー・マックネイル、脚本:バリー・バーマン、撮影:ジョン・シュワルツマン、音楽:レイチェル・ポートマン、主題歌:プロクレイマーズ Proclaimers
"I'm Gonna Walk (500Miles)
(キャスト[役名])ジョニー・デップ[サム]、メアリー・スチュアート・マスターソン[ジューン]、エイダン・クイン[ベニー]、ジュリアン・ムーア[ルーシー]、オリヴァー・プラット[エリック]、CCH・パウンダー[Garvey医師]、ダン・ヘダヤ[トーマス]、ウィリアム・H・メイシー[ランディ・バーチ]
<<前置き>>
前回のこの欄ので紹介した「シザーハンズ」で、ジョニー・デップの役どころの印象について触れたところである。
このDVD−ROMを購入したのはジャケットのジョニー・デップが変な化粧や変わった衣装こそ身につけたりしていなかったが、被っている帽子が少し変わっている感じだったのが何となく気になってこれまでの作品と比較してみたくなったからである。
この作品ではそれほど変わった人物を演じているわけではないが、やはり少し変わった人物を演じていることになりそうである。
ジャケット風に言えば、「神経を病んだ妹を見守る兄と、その妹と恋に落ちる風変わりな青年との交流を描く青春ドラマ」ということになるのだろう。
ジョニー・デップの演じるサムは、サイレント時代の名優バスター・キートンを敬愛しており服装がまるでバスター・キートンである。帽子を被り、黒いジャケットにネクタイを締め、杖を持っている。こう言えばやはり変わった人物を演じていることになってしまうようだ。
そのサムは、精神障害気味でなかなか通常の日常生活を営めないヒロインの女性の心を開いていく。
なんとなく暖かみのある青春ラブコメディであると言ってよいのではないだろうか。
このごろ表面的には何の精神障害もないふつうの人物が引き起こす凄惨な事件が多く報じられるが、こういう映画を観るとなんとなくほっとする。
この小さな作品の中に田舎の風景の中の列車が静かに進行していく場面、やわらかい緑の風景、多くの分岐線のある線路を人がゆっくり歩いていく場面などいろいろと目を楽しませてくれるシーンが撮し込まれているのが嬉しい。
いい映画である。
<<あらすじ>>
妹のジューンは初めサムを警戒していたが、彼の奇怪な行動に理解を示して楽しむようになり、読み書きができないサムが母親に手紙を書くのを手伝ってあげるのだった。サムとの交流を通じてジューンの精神状態は良くなっていく。
兄のベニーはサムのお蔭で知り合ったルーシーと親しくなる。しかし、妹ジューンが心配でベニーがすぐに家に帰ろうとするので、二人の仲はうまくいかず進展が無い。落ち込むベニーを励ますために、サムは公衆の面前でバスター・キートン張りのパフォーマンスを見せる。その場にいた人々もサムの演技に大絶賛だ。ベニーとジューンは彼の才能に驚く。その夜ベニーの帰りが遅かったので、二人きりになったサムとジューンはお互いの愛を確かめ合う。
翌日、二人の関係を知ったベニーは、サムを追い出し、ジューンを施設へ入れると激怒。いつまでも妹と暮らしたいと思う、愛する気持ちと、妹のお蔭で全てを犠牲にしていると思う、憎む気持ちが交錯してしまったベニーだが、ベッドで沈むジューンのためにタピオカを買いに行くのだった。サムはベニーがいなくなった隙にジューンを家から連れ出し、二人はバスに乗る。しかし、不安で感情が抑えられなくなったジューンはバスの中で発狂し、救急車で運ばれることになる。
ジューンは誰とも会わず病院で暮らしたいと発言しているため、病院内に隔離されている。家族でさえも会うことができない。わだかまりの解けたベニーとサムは、ジューンに会うために病院に忍び込む。もう少しで、勝手に病院に入り込んだことに気付かれてしまうところだったが、サムが機転をきかして精神病患者の振りをして捕らえられたお蔭で、ベニーはジューンの病室の前まで行くことができた。病室の前で今までジューンを管理しすぎたことを詫びるベニーだが、ジューンは発狂した自分を見てサムが去ってしまったと思い、機嫌はなおらない。そこへ主治医のトーマスがやって来て、三人でジューンのこれからを話し合う。ジューンが窓の外を見ると、彼女の病室は地上から離れているにもかかわらず、上からロープでぶら下がっているサムが!サムが自分を嫌っていないことが分かったジューンは、施設に入るかアパートで暮らすか自分で判断するように言うベニーに、「アパートで暮らす」と元気に答える。
ルーシーが管理人をしているアパートの住人となったジューンとサム。そのアパートにベニーはジューンのためのピンクのバラと、ルーシーのための白いバラを持って訪れるのだった。
◎「シザーハンズ」(Edward
Scissorhands) (2008.5.24)
アメリカ 1990年 上映時間 105分 カラー ビスタサイズ(16:9) ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:ティム・バートン、製作:デニーズ・ディ・ノヴィ/ティム・バートン、製作総指揮:リチャード・ハシモト、原案:ティム・バートン/キャロライン・トンプソン、脚本:キャロライン・トンプソン、撮影:シュテファン・チャプスキー、特殊メイク:スタン・ウィンストン、音楽:ダニー・エルフマン、編集:リチャード・ハルシー
(キャスト[役名])ジョニー・デップ[Edward Scissorhands]、ウィノナ・ライダー[Kim]、ダイアン・ウィースト[Peg])、アンソニー・マイケル・ホール[Jim]、キャシー・ベイカー[Joyce]
、ヴィンセント・プライス [The Inventer]、アラン・アーキン[Bill]
CDショップでこのDVD-ROMを購入する気になったのは実にたわい無い連想が働いたことからである。
主演のジョニー・デップといえば押しも押されぬ大俳優のひとりであるが、このページでご紹介した「パイレーツ・オブ・カリビアン」、「シークレット・ウィンドウ」、「フロム・ヘル」、「チャーリーとチョコレート工場」、「ネバーランド」などを観ている。
本来端正な美男子であるはずなのに奇妙な化粧をしたり、奇抜な衣装をまとったり、役回りも異常者めいたものであったりすることが多いような気がする。そのような記憶があるものだから本作品のジャケットを見たときここでは化粧もさることながら手が金属製のハサミという
身体障害のある青年を演じていることを知り、思わず購入してしまった。
内実は一種おとぎ話と言っていいような内容で、身体障害のある青年と女子高校生の悲恋物語ということができよう。彼自身の好みでそのような作品を選んでいるのかを知りうる一助にならないかななどと思ったりしたが、結局何もわからずじまいに終わった。
<<あらすじ>>
雪嵐の降る町。お祖母さんが孫娘をベッドに寝かしつけている。孫は『どうして雪が降るの?』と聞くと、祖母はその問に答えて話し始める。「あの窓から見える山の上の屋敷に老発明家(ヴィンセント・プライス)が住んでいた。彼は人間を作るのにも成功し、その人造人間はエドワードといって、両手はハサミのままだった・・・。小さな町に住むボッグス一家は、夫ビル(アラン・アーキン)、妻ペグ(ダイアン・ウィースト)、高校生キム(ウィノナ・ライダー)、小学生ケヴィンの4人暮らし。ペグは化粧品のセールスをしてるが、新規開拓にと山の上の屋敷を訪ね、そこで出会ったエドワード(ジョニー・デップ)を途端に気に入り、家へ連れ帰る。両手のハサミを最初は持て余していたエドワードだったが、ある時ハサミで庭木を美しく動物の形に刈り取る。続いて近所の犬の毛や、奥さん連中の髪もモダンにカット。エドワードは近所の人気者になる。一方、キャンプに行って不在だったキム(ウィノナ・ライダー)が家に帰って来るが、最初はエドワードを毛嫌いする。キムの
ボーイフレンドのジム(アンソニー・マイケル・ホール)は、エドワードを使って父親の金を盗ませようとするが、金庫の警報装置が働き、エドワードは警官に取り押えられる。彼はキムのことを気遣って一切弁明しない。この事件から周囲の人はエドワードを避けるようになった。クリスマスが近づいた夜、エドワードは氷で天使の彫刻をしていると、削った氷が雪のように舞う。その雪の中、キムは踊りを踊るが、エドワードに近づいた時にジムが声をかけ、キムは手をハサミで傷つけられる。心配するエドワードをジムは脅し、追い出してしまう。ジムが許せなくなったキムは絶交を言い渡す。町を彷徨うエドワードのせいで町は大騒ぎ。警察も出動する。再びキムの家に帰ってきた彼に、キムは「抱いて」と言うが、彼にはできない。腹いせに飲酒運転するジムの車がケヴィンを轢きそうになり、エドワードは助けようとするが、逆に傷つけてしまう。町の人々の非難の中、エドワードは山の上の屋敷に逃げ込む。心配になったキムは彼を追うが、ジムまでもが追い、いさかいの末、エドワードはジムを殺してしまう。屋敷まで押し寄せてきた人々に、キムはエトワードは死んだと告げた。実は冒頭の祖母はキムであり、数十年たった今も、エドワードはキムのために氷の雪を降らし続けているのだった。
◎「単騎 千里を走る」(Riding
Alone For Thousand Of Miles)(2008.5.7)
中国/日本 2005年 上映時間 1時間48分 カラー ビスタサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)中国班監督・製作・原案・脚本:張藝謀(チャン・イーモウ)、日本班監督:降旗康男、原作:トリビア、製作:江志強(ビル・コン)/張偉平(チャン・ウェイピン)、原案:王斌(ワン・ビン)、撮影:趙小丁(チャオ・シャオティン)、編集:チェン・ロン、美術:スゥン・リー、音楽:郭文景(ガゥオ・ウェンジィン)
(出演):高倉健(高田)、寺島しのぶ (高田理恵) 、中井貴一 (高田健一−声のみ) 、リー・ジャーミン、ジャン・ウェン、チュー・リン、ヤン・ジェンボー
チャン・イーモウといえば世界的に有名な中国の監督である。
日本の俳優で男らしい男を演じさせるにはこの人だと思われている高倉健とどのようなつながりがあるのかよく知らないが、その二人が長年暖めてきた題材を映画化したのがこの作品だという。
つい最近観たチャン・イーモウの作品は「至福のとき」(2008.4.1の項を参照願う)であるが、これは新興中国東北の大連を舞台に一人の中年男性の結婚願望を諧謔味のあるタッチで描いたもので人生のほろ苦さが実にうまく出ていたいい作品であった。
今回の「単騎千里を走る」では主人公はもう老人と言っていい一日本人である。どんな理由があったのか一人息子とは離れて背を向けて一人田舎で暮らしている。その背中は本当に孤独な寂しいものである。
もちろん和解のための努力もしたのであろう。しかし息子の方はどんな理由があるにせよ小さな自分をおいて去っていった父を許せないでいる。
このような状況で映画は始まる。
その息子は民俗学の研究者である。彼は中国奥地で出会った舞踏家と約束をし再訪を約していた。しかし、再訪の約束を果たせぬまま病に倒れてしまった。息子の嫁はそんな夫を見て舅である父に和解の道を打診する。
長年の確執を抱えたまま病に倒れてしまった息子を見て父は息子の約束を果たすため。、中国大陸奥地への旅を決意する。
民俗学を研究する息子の健一は、舞踏家・李加民の仮面劇「単騎、千里を走る。」を撮影するために中国・雲南省を再訪する約束をしていたのである。
単身訪れた言葉の通じない異郷の地で途方に暮れる父であったが、息子のためにという一途な思いが、通訳の青年チュー・リンをはじめ現地の人々を次第に動かして行く。
このあたり、チャン・イーモウ監督と高倉健の15年越しの夢の結晶は実に美しく温かい。その寡黙さゆえに息子との亀裂も深めてしまった高倉演じる主人公・高田は、人前で感情をあらわに泣き叫ぶことができたらどんなにいいだろうと独白する。
そんな男が、まさに一念岩をも通す粘り腰を見せる。旅は窮地に次ぐ窮地の連続だが、乗り気ではなかった通訳を説き伏せ、無理を承知で役所にも掛け合い、愚直に誠心誠意突き進んでゆく。
そして、困っている誰かがいたら放っておけないという道義を大らかに実践する素朴で生命力に満ちた村人たちとの出会いが、孤独を思い知る男に生きて行く希望を与える。
チャン監督が選んだ子役とプロの俳優ではない中国人キャストの名演技がごく自然に観る人の心の琴線に触れるのである。
実に心憎い演出である。
キャプション的にいえば【まごころは国境を越え、父と子の絆を結ぶ】ということになるのだろうか。
張監督は映画のテーマについて、温情、感傷、喪失、孤独および人と人の交流と意思疎通であり、家庭、家族、国を越えた人類共通の感情や苦しみを描いたと語ったと、新華社は報じたという。
◎「愛のエチュード」(The
Luzhin Defence) (2008.5.3)
イギリス/フランス 2000年 上映時間 108分 カラー ビスタサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:マルレーン・ゴリス、製作:キャロライン・ウッド/スティーブン・エヴァンス/ルイス・ベッカー/フィリッペ・グエズ、製作総指揮:ジョディ・パットン、原作:ウラジミール・ナボコフ、脚本:ピーター・ベリー、撮影:ベルナール・リュティック、音楽:アレクサンドル・デスプラ、美術:トニー・バロウ、編集:ミハエル・レイヒワイン:衣装(デザイン):ジェニー・テミム
(キャスト[役名]): ジョン・タトゥーロ[Luzhin]、エミリー・ワトソン[Natalia]、ジェラルディン・ジェイムズ[Vera]、スチュアート・ウィルソン[Valentinov]、クリストファー・トンプソン
<一口解説>
理想郷のように美しい風景画の中で次第に壊れていくひとりの男と、信念をもってその男を愛するひとりの女を描いていく。
原作は「ロリータ」を書いたロシアの亡命作家ナボコフ幻の初期小説といわれる「ディフェンス」である。
チェスを始めてから9263日と4時間5分、人生にチェスしかなかった男が湖畔で恋に落ちる。幼少時から積み重ねられたトラウマの重圧を抱えながら、彼は恋をする。
今でいう自閉症という一種の心の障害を持つ非常に繊細な男が主人公である。彼はチェスに自分のすべてを捧げチェスに生きようとするがそのチェス故に破滅への道を歩んでいく。
またとないチェスの才能を持つ彼は、選手権を通じて最後に最強のディフェンスは最強の攻撃に通じることを会得するに至るのであるが、そのときは最愛の人ととの悲しい別れのときでもあった。
しかしチェスにはほとんど素人の彼女ではあるが、彼が死の直前に会得した最後の詰めを公式的に実現することを果たすところを映画の結末として用意している。
もとよりチェスについては全くの素人であるわたしにとってチェスの画面はなんともよくわからない退屈な画面の連続なのであるが、その過程で挟まれる緑豊かな田園風景やリゾート地における優雅な貴族たちの豊かなときの過ごし方や、お屋敷やホテルの建築美などを存分に用意し観る者の目を楽しませてくれる。
そして最後、悲劇は生きるものに勇気を与えてくれるものでもあるということを暗示して終わる。
まあ上質のラブストーリーと言っていいのではないか。
邦題となっている「エチュード」は、通常声楽や楽器演奏のため練習曲、絵や彫刻な
どの習作・試作の意味で使われるが、ここではチェスをプレイするときの指し手の一連の手筋のことを言っているようである。字幕でそのように訳されている。
<<あらすじ>>
1929年。イタリアの高級リゾート地コモ湖畔に、天才チェスプレイヤー、ルージン(ジョン・タトゥーロ)が世界チェス選手権の試合に現われる。身寄りもなく孤独に育った彼は、亡命ロシア貴族の娘ナターリア(エミリー・ワトソン)と出会い、2人は周囲の反対をよそに愛に身をゆだねるのだが、ルージンの元マネージャーであったヴァレンチノフ(スチュアート・ウィルソン)が現われ、彼らの幸せに影を落とした。決勝まで勝ち進んだルージンだったが、ヴァレンチノフの罠にかかり、山奥の草原に置き去りにされてしまったのだ。そして完全に神経を病んだルージンは、医者からチェスをやめるように診断され、ナターリアとの生活に生きることを決心。しかし結婚式当日、式場へ向かうルージンの前にヴァレンチノフがやってきて、保留になっている決勝戦を続行させようと彼を追い詰める。錯乱したルージンは飛び降り自殺。彼の葬式の後、ナターリアはチェスの防衛策を記したルージンのメモを見つける。ナターリアはルージンの代わりに、決勝戦の対戦相手トゥラチ(ファビオ・サルトル)との試合再開に臨む。彼女はメモの通りにチェスを差し、見事勝利するのだった。
◎「フォー・ウェディング」(Four
Weddings and a Funeral) (2008.4.22)
イギリス 1994年 上映時間 118分 カラー ビスタサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:マイク・ニューウェル、製作:ダンカン・ケンウォーシー、製作総指揮:ティム・ビーヴァン/エリック・フェルナー、脚本:リチャード・カーティス、撮影
:マイケル・コールター、音楽:リチャード・ロドニー・ベネット、美術:マギー・グレイ、編集:ジョン・グレゴリー
(キャスト[役名]):ヒュー・グラント[チャールズ]、アンディ・マクドウェル[キャリー]、クリスティン・スコット・トーマス[フィオナ]、サイモン・カロウ[ガレス]、ジェームス・フリート[トム]、マシュー[ジョン・ハンナ]、ローワン・アトキンソン
[ジェラルド神父]
§1994年 第52回 ゴールデン・グローブ
男優賞(コメディ/ミュージカル部門) 受賞 : ヒュー・グラント
<一口解説>
邦題「フォー・ウェディング」は原題に忠実ではない。正確には四つの結婚式と一つの葬式をモチーフに、真実の愛を見つける男女の姿をコミカルな味付けでしかもロマンティックに描いたラヴ・ストーリーであると言えよう。
ロンドンでの富裕階級の豪華な結婚式、カントリーサイドでの自然の中での結婚式、スコットランドでの伝統的な結婚式など、イギリス各地でロケーション撮影されたもので多分英国式結婚式の風情を少しは伝えているのではないだろうか。
脚本とエクゼクティヴ・プロデューサーを担当したリチャード・カーティスは、11年間に65回もの友人の結婚式に出席した経験に基づき、「これまで無駄にした土曜日への腹いせに」脚本を執筆したという話はどうやら本当らしい。
それらしいシーンが随所にみられるように思う。喜劇俳優のローワン・アトキンソンの司祭ぶりも滑稽みがあって面白かった。
主題曲は、「ウェット・ウェット・ウェット(Wet Wet Wet)」、そのほか10曲近くあるがその中にエルトン・ジョンの曲があった。
<<あらすじ>>
チャールズ(ヒュー・グラント)は生粋のイギリス人気質が災いして、自分の気持ちを素直に表現することの苦手な32歳の独身男性。ハンサムでリッチで、女性にもモテるのに、隣にいる女性が本当に生涯を共にする相手なのか自信が持てず、結婚となると逃げ腰になってしまう。ある日、友人の結婚式に招かれた彼は、アメリカ人女性キャリー(アンディ・マクドウェル)と出会う。才色兼美でチャーミングな彼女の魅力にまいった彼は、ひと目で恋に落ちる。さっそく果敢にアタックし、幸運にも彼女とベッドを共にした。翌日、彼女は帰国する。チャールズは再び友人の結婚式でキャリーと再会したのを喜んだのも束の間、彼女からフィアンセを紹介される。愕然とする彼に追い打ちをかけるように、結婚を迫られて別れたばかりのヘンリエッタ(アンナ・チャンセラー)に泣きつかれたのをはじめ、パーティは悪夢と化す。キャリーの誘いでパーティを抜け出した彼は、再び彼女とベッドインする。しばらく後、街で偶然、キャリーに再会した彼は、彼女のウェディングドレス選びに付き合わされる。2人はお互いの恋愛観を語り、チャールズは初めて彼女に愛を告白するが、全ては手遅れだった。
キャリーの結婚式の当日、年長の友人ガレス(サイモン・カラウ)が突如倒れた。葬式の席で、同性愛の恋人マシュー(ジョン・ハンナ)の弔辞が響く。それはこの世で結婚を許されなかった彼の、愛の誓いだった。チャールズは、結婚とは何だろうと思い悩む。彼は迷いを捨てて、ヘンリエッタとの結婚を選んだ。ところが、式の当日5分前に現われたキャリーが、彼に離婚したと告げたことから、チャールズの心は再び激しく惑わされる。とうとう彼は式の席上で、結婚の誓いを破棄してしまい、チャールズはヘンリエッタに殴られて式は閉幕。彼はキャリーに今度こそ結婚を申込むと彼女も承諾し、2人の結婚式が執り行われた。
◎「赤いアモ−レ」 (原題:Non
Ti Muovere)(英題:Don't Move) (2008.4.18)
イタリア 2004年 上映時間 121分 カラー シネマスコープサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:セルジオ・カステリット、製作:マルコ・キメンツ、プロデューサー:ジョヴァンニ・スタビリーニ、共同製作:ジョヴァネーラ・ザノーニ、原作:マルガレート・マッツァンティーニ、脚本:マルガレート・マッツアンティーニ/セルジオ・カステリット、撮影:ジャンフィリポ・コルティチェッリ、編集:パトリツィオ・マローネ、美術:フランチェスコ・フリジェッリ、音楽:ルシオ・ゴドイ、衣装(デザイン):イザベッラ・リッツァ
(キャスト[役名])ペネロペ・クルス[Italia]、セルジオ・カステリット[Timoteo]、クラウディア・ジェリーニ[Elsa]、ジャンニ・ムージ[Padre
di Elsa (Elsa's father)]リーナ・ベルナルディ[Nora (Elsa's
mother)]、ピエトロ・デ・シルヴァ[Alfredo]、アンジェラ・フィノッキアーノ[Ada]、マルコ・ジャリーニ「Manlio]、レナート・マルケッティ[Pino]、マリット・ニッセン[Martine]、エレナ・ペリーノ[Angela]、ヴィットリア・ピアンカステッリ[Raffaella]マルガレ
医者の仕事、裕福な家、美しい妻エルサとの満ち足りた生活のなか、どこか孤独を感じていたティモーテオは、暑い夏の日、場末のカフェで出会った女、イタリアを衝動的に抱いた。その日からふたりは、お互いの存在に安らぎを感じ、情事を重ねるようになる。やがてイタリアは妊娠するが、同じ頃エルサも妊娠し、失望したイタリアは闇堕胎してしまう。娘が誕生しても、心にわだかまりが残るティモーテオ。しかし、彼が本当の愛に気付いた時、イタリアにはすでに死が迫っていた。
本作は、イタリア文学界の最高峰ストレーガ賞を受賞し、ヨーロッパ各地でベストセラーとなった小説「動かないで」を映画化した作品。著者マルガレート・マッツアンティーニの夫、セルジオ・カステリットが監督・主演を務めている。富も名誉も、美しい妻も手に入れた男が、衝動的に抱いた貧しい女にどうしようもなく惹かれていく、悲しい愛のドラマだ。
社会の底辺で生きる女、イタリアを演じるペネロペ・クルスは、可憐で愛らしい容貌から、浅黒い肌にすきっ歯、クマのように見える濃いアイライン、色の抜けた髪の毛の痛々しい姿に変貌し、しかしその内面で、無条件に男を愛しぬく、純粋で強い「女」の一面を表している。愛に溺れていくふたりの関係は決して美しいものとは言えないが、本当の愛を知り、痛みや悲しみを知ることの感慨はひしひしと伝わってくる。
<一口解説>
妻を持つ孤独な男と貧しいひとりの女の激しくも切ない愛の軌跡を綴ったラブ・ストーリー。
イタリアのベストセラー小説「動かないで」を著者マルガレート・マッツァンティーニの夫であるセルジオ・カステリット監督が主演も兼ねて映画化。
共演はペネロペ・クルス。2004年イタリア・アカデミー賞(ドナテッロ賞)で最優秀主演女優賞と男優賞をダブル受賞した。
外科医ティモーテオはある日、愛する娘が交通事故に見舞われて危篤状態に陥り、茫然と立ち尽くしていた。その時、彼はかつて心から愛した女性で今は亡きイタリアの幻影を目にする・・・・・。
監督、主演のセルジオ・カステッリはこの作品の脚本も書いており多才な人らしい。
画面は現在と過去を行ったり来たりうっかりしていると戸惑うときがある。観ているうちに次第に話の筋がはっきりしてくる。
主人公の家庭と愛人との間で迷い続ける男の罪深さ、精神的なものだけではなくこの人生においては肉体の繋がりの重みも感じさせる。このあたりのところはよく伝わってくるように思う。
社会に深く根ざすキリスト教の重みを感じさせるシーン、イタリアが見せる愛犬との別れのシーン、主人公が見せるイタリアとの別れのシーンの慟哭、イタリアの手術をするシーンのリアルさ、いずれをとっても単なるらエンターテイメントとしてのラブロマンスではなく映画という表現芸術を通して男と女という人間の本質に迫ってゆくさまうを観るものに強く感じさせる作品となっている。
音楽に疎いわたしにはよく分からないが、作品中に流れる数多くの曲がまたいい。特にエンディングに流れているのはカンツォーネなのだろうか。なにか映画の余韻をいつまでも続けさせているような気がした。
いかにもわたし好みの映画である。もう一度観たい映画に挙げておく。
<<あらすじ>>
外科医ティモーテオはある日、愛する娘が交通事故に見舞われて危篤状態に陥り、茫然と立ち尽くしていた。その時、彼はかつて心から愛した女性で今は亡きイタリアの幻影を目にする・・・・・。
15年前、ティモーテオは才色兼備の妻エルサと裕福な家庭を築き上げていた。だが、彼はそこに自分の居場所を見出せず、孤独を感じていた。そんなある日、ふと立ち寄った貧しい町でイタリアという女性と出会う。そして衝動的に関係を結ぶ2人。ところが、それ以来イタリアを忘れられないティモーテオは彼女と逢瀬を重ね、互いに深い愛に溺れていく・・・・・。
◎「素晴らしき日」(One
Fine Day) (08.4.15)
アメリカ 1997年 上映時間 108分 カラー ビスタサイズ(16:9) ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:マイケル・ホフマン、製作:リンダ・オブスト、脚本:テレル・セルツァー/エレン・サイモン、製作総指揮:ケイト・グインズバーグ/ミシェル・ファイファー、撮影:オリバー・ステップルトン、プロダクション・デザイナー:デイビッド・グロプマン、編集:ガース・クレイベン、共同製作:メアリー・マクラグレン、音楽:ジェイムズ・ニュートン・ハワード、衣装:スージー・デサント
(キャスト[役名])ミシェル・ファイファー[メラニー・パーカー]、ジョージ・クルーニー[ジャック・テイラー]、メイ・ホイットマン[マギー・テイラー]、アレックス・D・リンツ[サミー・パーカー、チャールズ・ダーニング[ルー]、ジョン・ロビン・ベイツ[イェーツ・ジュニア]、エレン・グリーン[イレイン・リーパーマン]、シーラ・ケリー[クリステン]、バリー・キヴェル[イェーツ・シニア]、マイケル・マッシー[エディ、アマンダ・ピート[セリア]
わたしはこの作品を北米航路の機内で観た記憶がある。
日本語の字幕がなく乏しい語学力では映像を追っかけるだけで会話のたのしみなど味わうことは、それこそ全くできなかったのを覚えている。それこそ連想力をフル稼働して追っかけただけに終わってしまった。
やっとDVDを購入できたので早速観た。
ジャケットのキャッチコピーには、”仕事に子育てに大忙しのシングル・ペアレントが1日で恋に・・・”とある。
軽快なスピードでときにコミカルな会話をはさみながら進行する、いかにもハリウッド好みのラブコメディである。
背景に流れる音楽も曲数が多くエンディングクレディットの曲名を読むだけでも時間がかかる。あいにくこちらは流れている曲はいいなと思いはするものの曲名を含めてその位置づけまでは全く分からない。
<<詳しすぎるあらすじ>>
売れっ子建築家のメラニー(ミシェル・ファイファー)は、ミュージシャンの夫エディと離婚して、仕事に追われながら5歳の男の子サミー(アレックス・D・リンツ)を育てている。新聞の人気コラムニストのジャック(ジョージ・クルーニー)は、先週再婚した元妻クリステン(シーラ・ケリー)から新婚旅行の間預かってほしいと、5歳の娘マギー(メイ・ホイットマン)を押しつけられた。今日は野外授業の日。船の時間に遅れそうになり、2人は桟橋まで相乗りでタクシーを飛ばす。お互いに反感を抱いて皮肉を言い合うが、桟橋に着くと船は出た後。2人は子供たちが携帯電話を取り替えたことも気づかない。メラニーは2時に顧客と会って大事なプロジェクトを成立させなければならない。メラニーの電話へ市長の記者会見の用件で、そしてジャックの電話にメラニーの母親リタが電話をかけてきた。お互いに突っ張っていた2人は、携帯電話を通して会話することに。11時30分、ジャックはマギーを連れて新聞社へ。市長が清掃業務契約の見返りに賄賂を受け取っていると朝刊ですっぱ抜いた、ジャックの記事が問題になっていた。デスクのルー(チャールズ・ダーニング)は彼に「ガセネタだったらクビだ」と宣告。ジャックは情報源である市の会計監査補佐官マニーに会って、市長が記者会見を開く5時までに裏を取らなければならなくなる。12時25分、ジャックとメラニーは子供を預けるために託児所で会い、そこで携帯電話を交換。2時からプレセンテーションなので子供を迎えに行ってほしいとジャックに頼み、5時からの記者会見の間はメラニーが責任を持つという。2時、彼女は約束に間に合い、契約成立。5時半からのお祝いに誘われ、断れなくなる。2時30分、ジャックは清掃局長の夫人エレイン(エレン・グリーン)から証拠を掴むため、彼女がいる美容サロンに向かう。3時15分、ジャックとマギー、サミーが待っているところへメラニーがやって来て子供2人を預かるが、マギーが行方不明になる。警察に届けジャックに連絡しようとするが、地下鉄に載っている彼に電話は通じない。慌てたメラニーは記者会見場の市庁舎にサミーを連れて駆け出す。ジャックを好きな同僚の記者セリア経由でマギーが見つかったとリタから連絡があり、安堵する。マニーの状況説明が行われているところに、マギーを連れたジャックがやって来た。彼は会見場で裏伝票の証拠を突きつけ、無事に難関を突破した。5時30分、メラニーは社長と顧客のいるバーに行き、ジャックは子供を預かる。6時からはサミーのサッカー試合があり、別れた父親エディが来ている。サミーは父親を愛しており、バーを早く切り上げたメラニーとエディが仲むつまじそうに観戦しているのを見守るジャックは落ち着かない。雨になりそれぞれの家に戻るが、マギーが「メラニーはパパのこと好きみたい」という言葉にジャックは胸を突かれた。今日の騒ぎでサミーが学校から預かっていた金魚をなくしてしまったことを思い出した彼は金魚を買い、マギーを連れてメラニーを訪ねる。突然の訪問に胸が高鳴った彼女は、彼にひかれていたことをあらためて知らされキスを受けた。
◎「美しき運命の傷痕」(L'Enfer(原題)/Hell(英題)) (2008.4.6)
ベルギー 2005年 上映時間 102分 カラー シネマスコープサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:ダニス・タノヴィッチ、製作:マルク・バシェ/マリオン・ハンセル/セドミール・コラール、原案:クシシュトフ・キエシロフスキー/クシシュトフ・ピエシェヴィッチ、脚本:クシシュトフ・キエシロフスキー、脚色:ダニス・タノヴィッチ、
撮影:ローラン・ダイヤン、編集:フランチェスカ・カルヴェッリ、美術:アリーヌ・ボネット、配役:ピエール=ジャック・ベニシュ、音楽:Dusko Segvic
(キャスト)エマニュエル・ベアール(ソフィー)、カリン・ヴィアール(セリーヌ)、マリー・ジラン(アンヌ)、ギョーム・カネ(セバスチャン)、ジャック・ガンブラン(ピエール)、ジャック・ペラン(フレデリック)、キャロル・ブーケ(母親)、ミキ・マノイロヴィッチ(父親)、ジャン・ロシュフォール(ルイ)、マリアム・ダボ(ジュリー)、ドミニク・レイモン(ミシェル)
人間性について深く掘り下げた文学作品を読んでいるような気持ちになった。
もう一度観たい1本である。
画面は煉瓦造りの横長の建物のいましも閉まったとびらから出てきたもう老人といっていい男の映像から始まる。それだけでもなにかしら曰くありげなのであるが、そのあととった行動が小さな生き物を慈しむような動きを見せる。もちろんこれが伏線にはなっているのであるが、このあとどちらかというとミステリ風に進んでいく。でも全体像をなかなか見せてはくれないのである。
いずれ最後までには観るものには分かってくるのであるが、うっかりしていると話の流れについて行けないことがあるかもしれない。
伝統的なキリスト教社会の厳格な生活規律や倫理観の中で、父親に男の同性愛らしいことがあったという疑いから父親は収監されてしまうという「家庭内の地獄」を経験したことから、トラウマを抱えて成長した三人姉妹は、三人三様の問題を抱え、あるいは克服できずに人生の壁につきあたっている。
長女は夫の不倫に激しく嫉妬する妻であり、次女は異性に対し容易に心を開けなくなっており、3女は同級生の父親である教授との愛に苦しむ若い女学生である。
3人の姉妹は娘たちの父親が犯したかもしれない罪によりそれぞれその後の成長や生活にいろいろなくらい影響を受けていまの生活を送っている。
まだ40歳台で急逝したポーランドの生んだ巨匠キエシロフスキが、生前に構想を温めていた三部作のうちの「地獄」を、「ノーマンズ・ランド」(わたしは未鑑賞)でアカデミー外国語映画賞を受賞した新鋭ダニス・タノヴィッチが映画化したのがこの作品だという。
多くの人物が登場する重厚な人間ドラマであるが、いかにも巧みな手腕で最後まで緊張の糸を緩めないで観客を引っ張っていく。そして最後にバラバラだったジグソーがびったりと合うように、三姉妹が抱える問題に行き当るのである。人生を考えるミステリーとして観てもいいのではないだろうか。
<ひとことストーリー>
夫の浮気、体が不自由な母親の世話、妻子ある男性との不倫。幼少期、家庭で起きた不幸な事件を経験した三人姉妹は、成人した今でも三者三様に、克服できない人生の問題を抱えていた。
<<あらすじ>>
生まれたばかりの雛が、まだ孵っていない幾つかの卵を巣から押し出そうとしている。そして映画は三人の姉妹を紹介していく・・・。
ソフィーとセリーヌとアンヌの三姉妹は、子供時代の悲劇的な出来事がトラウマとなって以来、別々の人生を歩んできた。1980年頃のパリ。刑期を終えた父親(ミキ・マノイロヴィッチ)は妻つまり三姉妹の母親(キャロル・ブーケ)に拒絶されて、二人は激しい口論となり、三人の幼い娘の目の前で暴力沙汰になる。その事件のために父親は自殺し、母親は口がきけなくなって車椅子の身となっている。
この三人姉妹はずっと離れて成長してきたので、お互いの様子を知り合いすらしない。家族関係という意識もない。現在、長女ソフィー(エマニュエル・ベアール)は成功した写真家ピエール(ジャック・ガンブラン)と結婚して二人の子がいるが、夫は浮気しているのではないかという疑惑を抱えている。三女アンヌ(マリー・ジラン)は建築学部の学生であり、大学教授で既婚のフレデリック(ジャック・ペラン)と不倫関係だ。次女セリーヌ(カリン・ヴィアール)は未婚で、身体の自由の利かない母親の世話に追われて家に閉じこもっている。恋愛なんてできそうにない。
このセリーヌが、若くて魅力的な男性セバスチャン(ギョーム・カネ)と知り合い、誘惑される。そしてある秘密から、離れていた三人の姉妹は次第に引き寄せられる。セバスチャンは三人のそれぞれの人生に食い込んできて、三姉妹は共有する過去へ戻っていく。
◎「至福のとき」 (2008.4.1)
中国 2000年 上映時間 97分 カラー ビスタサイズ 16:9 ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:張藝謀(チャン・イーモウ)、製作:チャオ・ユイ/ヤン・チンロン/チョウ・ピン/チャン・ウェイピン、製作総指揮:エドワード・R・プレスマン、テレンス・マリック/ワン・ウェイ、原作:莫言(モー・イエン)、脚本:グイ・ズ、撮影:侯咏(ホウ・ヨン)、音楽:三宝(サン・パオ)、編集:チャイ・ルー、衣装(デザイン)ツァオ・ジュウピン
(キャスト[役名]):チャオ・ベンシャン[Zhao]、董潔[Wu Ying]、フー・ピアオ[Little
Fu]、李雪健[リー・シュエチェン]、ニウ・ベン[Old Niu]、ドン・リーファン[Stepmother]
チャン・イーモウ(張藝謀)といえば中国の巨匠といわれている大監督である。Yahoo映画というサイトによると次のように出ている。
【1951年11月14日生まれ 中国/西安出身、高等中学を卒業後、農村や紡績工場などで働く。78に北京電影学院撮影科に入学、卒業後に広西映画製作所に配属され、カメラマンとして非凡な才能を発揮した。チェン・カイコー監督の「大閲兵」などで巧みなカメラワークを披露し、87年の「古井戸」では撮影と共に主演も兼ねた。87年の「紅いコーリャン」で監督デビューし、同作品はベルリン映画祭でグランプリを受賞した。近年は「HERO」「LOVERS」と娯楽超大作をたて続けに手掛け、エンターテインメントの分野でも力を発揮できる懐の深さを証明した。他の代表作に「菊豆(チュイトウ)」、「紅夢」、「上海ルージュ」、「初恋のきた道」、「あの子を探して」などがある。】
この作品は、「あの子を探して」、「初恋の来た道」に続く3部作<しあわせの三部作>の最終章という位置づけのようである。
また、第52回ベルリン国際映画祭特別招待作品であった。
前から観たいと思いながらその機会がなく今回レンタル使用ずみ作品として中古DVDショップで見付けたものである。
この監督の人間を見る目の確かさがでているいい映画であるという感じを強く受けた。作られた当時まだまだ発展途上の中国の大連という地を背景にたくましく生きる庶民の活力とほろ苦い人生の悲哀のようなものを描きだしていると思う。
車にはねられた中年の主人公の生死ははっきりと示されていないが、盲目のヒロインに対して彼女の失踪した父親に代わり書いた手紙の中に生き続けることによってよりよい人生を生きてほしいという願いがこめられていると思う。ここにはさまざまの困苦がありながらも生を肯定する気持ちが表れていると思う。
作品の中であからさまではないが、中国の一人っ子政策などをそれとなくみせているところなど面白いと思った。
書き出せばきりのないくらいいろいろあるがこんなところでお許し頂くこととしよう。
<<あらすじ>>
初老のチャオは、これまで何度も見合いに失敗している。今度の交際相手は、2度の結婚歴があるし、子どももいる太った女性だったが、チャオは何とか話をまとめようと必死だ。彼女は、立派な式を挙げるには5万元はかかるという。
チャオは友人のフーに金を借りようとするが、フーは金はないが、いい考えがあるという。それは、広場で置き捨てられた廃バスを改造して、恋人達の休憩所に貸し出そうというアイデアだった。
チャオは乗り気ではなかったが、けっこう人気があった。彼女の家に遊びに行って、ホテルの共同経営者だと自慢するチャオ。彼女の家には、彼女にそっくりの太った生意気な男の子のほかに、前夫の連れ子の少女がいた。前夫は、家の金を持ち逃げしたうえに、眼の不自由なウーイン(呉穎)を置き去りにして行方をくらましているのだという。彼女は、チャオにウーインをホテルで住み込みで働かせろ、マッサージは上手いという。仕方なくバスのある広場に連れて行くと、役所が、公園整備のため廃バスを撤去していた。
チャオは、仲間に頼んで廃工場の一角に「マッサージ室」を急拵えで造った。場所は造ったが、客がいない。仲間に「客」になってもらうことにしたが、みんなリストラ中の身なので金がない。
仕方なく、チャオはみんなに少しずつチップ用の金を渡したが、こんな生活が続く筈もない。
TVを質に入れたりしたが追いつかず、やむなく、紙幣の代わりに手触りの似た紙でごまかすことにしたのだが・・・・・
◎「恍惚」(NATHALIE...) (2008.4.1)
フランス/スペイン 2003年 上映時間 105分 カラー スコープ・サイズ 16:9 マクロビジョン ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:アンヌ・フォンテーヌ、製作:アラン・サルド、製作総指揮:クリスティーヌ・ゴズラン、原案:フィリップ・ブラスバン、脚本:ジャック・フィスキ/アンヌ・フォンテーヌ/フランソワ=オリヴィエ・ルソー、音楽:マイケル・ナイマン、撮影:ジャン・マルクファーブル、編集:エマニュエル・カストロ、美術:ミシェル・バルテレミー、衣装:パスカリーヌ・シャヴァンヌ
(キャスト[役名]):ファニー・アルダン[カトリーヌ]、エマニュエル・ベアール[マルレーヌ/ナタリー・リブー]、ジェラール・ドパルデュー[ベルナール]、ウラジミール・ヨルダノフ、ジュディト・マグレ、ロドルフ・ポウリー、エヴリーヌ・ダンドリー
<ジャケットのキャプション>
美しきエマニュエル・ベアールの唇からこぼれ落ちる赤裸々な性の表現。あまりにもセンシャルで衝撃的---禁断の愛があなたの心をかき乱す
いいですね。フランス映画は。
しかも女性監督の描く夫婦という男女の愛情のすれ違いと妻の気持ちの揺れが嫉妬と紙一重のところまで進んでいく。映像として激しい場面が出てくるのではなく、ただ言葉として過激な性の内容を語っていく。
久しぶりに大人の映画を観たと思う。
ただ邦題の「恍惚」は、わたしにとってはもう一つピンとこないのが気にかかってしかたがない。
残念ながらこの監督の他の作品を観ていないが、この作品について端的に言えばいかにも女性らしい官能的な愛を描いたものということができる。エマニュエル・ベアールの妖艶な存在感、ファニー・アルダンが徐々に色気を匂わせていく変化など、女性にとっての愛や性がどんなものであることが望ましいのか何となく分かるように描かれている。
この監督の他の作品を是非観たいものだという気持ちが強くなってきた。
<<あらすじ>>
上流階級の人妻カトリーヌはある日、夫ベルナールの浮気を知りショックを受ける。ベルナールはセックスレスの夫婦関係を指摘し平然と開き直るのだった。翌日、カトリーヌは会員制のクラブで妖艶な魅力を持つ女性マルレーヌと出会い、彼女にあることを依頼する。
それは、ベルナールを誘惑し、その内容を逐一報告してほしいというものだった。ナタリーという偽名を使い、ベルナールに接近することに成功したマルレーヌは、進展していく2人の関係を事細かに語って聞かせる。彼女の告白は、日を追うごとにエスカレートし、カトリーヌは激しく動揺していく・・・・・。
◎「コンタクト」(Contact) (2008.3.28)
アメリカ 1997年 上映時間 150分 カラー シネマスコープサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:ロバート・ゼメキス、製作:ロバート・ゼメキス/スティーヴ・スターキー、原作:カール・セーガン、原案:カール・セーガン/アン・ドルヤン、脚本:ジェームズ・V・ハート/マイケル・ゴールドバーグ、撮影:ドン・バージェス、音楽:アラン・シルヴェストリ、美術:エド・バリュー、編集:アーサー・シュミット、衣装(デザイン)ジョアンナ・ジョンストン
(キャスト[役名])ジョディ・フォスター
[ドクターエリナー”エリー”・アロウェイ]、マシュー・マコノヒー[パーマー・ジョス]、ジョン・ハート[S・R・ハデン]ジェ−ムズ・ウッズ[マイケル・キッツ]、デイビッド・モース[テッド・アロウェイ]、トム・スケリット[デイヴィッド・ドラムリン]、ジェナ・マローン[少女時代のエリー]、ウィリアム・フィクトナー[ケント・クラーク」
このDVDも早くに購入してあったのだがSFものだということでなかなか観る気にならなかった。
今月13日にNASAは、日本人の土井宇宙飛行士ら7人のクルーと「きぼう」日本実験棟船内保管室をのせたスペースシャトル「エンデバー号」の打ち上げを行った。このあと国際宇宙ステーション(ISS)とドッキングし土井さんは「きぼう」船内保管室の取り付けに成功した。
この間の状況がテレビニュースで毎日のように報じられた。
これに刺激を受けたわけでもないがSF作品として製作された「コンタクト」を観ることにした。この作品は公開以来若い人たちの間で人気があり観る人も多いということである。
これはやはりSF大作というべきなのであろう。特殊効果やCGを駆使している。
DVD−ROMのジャケットには『それは、宇宙の声から始まった。』とある。
【一口解説】
地球外の知的生命体と接触した女性の姿を描くSF超大作。科学と宗教、頭脳と心、ヒロインの心の成長、恋人たちの物語などさまざまな要素を盛り込んだ多面的な物語の構造が魅力。
未知の世界に足を踏み込もうとするときの不安感とか、科学者としてのパイオニア精神の表現などジョディは表情豊かに演じている。
<<あらすじ>>
電波天文学者のエリー(ジョディ・フォスター)は、砂漠の電波天文台で観測中に、恒星ヴェガ付近から地球に向けて電波信号が発せられているのに気づく。彼女は物心ついた時から常に、「なぜ私たちはここにいるのか。私たちは何者なのか」という疑問の答えを求めていた。最愛の父テッド(デイヴィッド・モース)が亡くなった後、エリーは科学に没頭する。彼女は地球外生命体からのメッセージの探究をテーマに選び、大多数の科学者からの嘲笑や成功の確率の圧倒的な低さにも関わらず、何年も宇宙からの電波の観測を続けていた。そして、とうとうメッセージは届いた。エリーが送られてくる電波信号を数字に変換すると、どこまでも続く素数の羅列になった。これは、素数を理解するまでの水準に達した生物の住む惑星を探すため、何らかの知的存在が発したメッセージに違いない。信号は単に素数を表しているだけでなく、複数の読み取り方ができることがわかった。さらに世界中の国々が協力して解読を進めるうちに、驚くべき事実が判明。このメッセージには、乗員を宇宙へ運ぶことのできる宇宙間移動装置=ポッドの設計図が含まれていたのだ。新時代の幕開けかハルマゲドンの到来か、世界中を巻き込んだ騒ぎが続き、この装置を建造するか否かについても論争が巻き起こる。最初にメッセージを発見し、その後も解読の中心となってきたエリーだったが、彼女の功績を妬む科学者ドラムリン(トム・スケリット)によって、科学調査班のリーダーの地位に果たして彼女が適任かどうかを巡る争いが起こった。そんな中、彼女は国際的な影響力を持つ宗教学者で、合衆国政府の宗教顧問でもあるパーマー・ジョス(マシュー・マコノヒー)に援護を求めた。2人は、かつて愛し合った仲だったが、仕事第一のエリーのせいで、彼らの恋は短命に終わっていた。宇宙に目を向けてきた科学者と、人間の内面に深く分け入ろうとする宗教学者、まったく異なる信念を持って生きてきた2人だが、メッセージを理解しようとする共通の情熱から新しい絆で結ばれ、改めて愛し合うようになる。ポッドの建造が決定し、ただ1人の乗員の志願が始まった。エリーも志願するが、査問会はドラムリンを選んだ。だが、ポッドの運転テストの当日、テロリストが爆弾を爆発させて装置は破壊され、ドラムリンも死んだ。悲嘆にくれるエリーに、以前から彼女の能力を高く買って資金援助を続けていた謎の資産家ハデン(ジョン・ハート)が、装置はもう一基、北海道に建造されている、と明かす。エリーはポッドに乗り込み、巨大なマシンが動き始めた。強いエネルギー界にポッドが落とされた瞬間、めくるめく光のチューブ=ワームホールを抜けて時空間を移動する。そこは言葉にできないほど美しい空間だった。一面に広がる青い海と白い砂浜に降り立った彼女の前に、死んだはずの父テッドが現れた。これは、彼女の意識を読み取った知的生命体がテッドの姿を借りたのだった。生命体は「これは人類にとって第一歩だ」と言い、エリーは「この広い宇宙で、私たちは独りぼっちではない」と初めて実感する。彼女が次に気づいた時はベッドの上だった。彼女は国防庁長官キッツ(ジェームズ・ウッズ)や大統領補佐官レイチェル(アンジェラ・バセット)から、実験は失敗し、あの体験は幻覚ではないかと告げられる。調査会議が開かれ、エリーは激しい批判にさらされたが、彼女は毅然として自分が体験したことを信じていると主張し、多くの人々から温かく迎えられる。再び電波観測の任に就いた彼女は、砂漠の真ん中であの体験に思いを馳せる。
◎「アンプレイカブル」(Unbreakable) (2008.3.24)
アメリカ 2000年 上映時間 107分 カラー シネマスコープサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:M・ナイト・シャマラン、製作:M・ナイト・シャマラン/バリー・メンデル/サム・マーサー、製作総指揮:ゲイリー・バーバー/ロジャー・バーンバウム、脚本:M・ナイト・シャマラン、撮影:エドゥアルド・セラ、音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード、美術:ラリー・フルトン、編集:ディラン・ティチェナー、衣装(デザイン):ジョアンナ・ジョンストン
(キャスト[役名])ブルース・ウィリス[David Dunn]、サミュエル・L・ジャクソン[Elijah Price]、ロビン・ライト・ペン[Audrey
Dunn]、スペンサー・トリート・クラーク[Joseph Dunn]、シャーリーン・ウッダード[Elijah's Mother」
サスペンススリラーと括られていても、わたしはホラー系やオカルト系は苦手である。この作品は「シックス・センス」で登場したナイト・シャマラン監督の作品であるからオカルト的要素が強いのかと心配したが、この作品の中ではそれほどでもないような気がした。
それでもDVDのサイトには「不滅の肉体を持つ男をめぐる異色スリラー」などという解説もあったのでどうかなという気がしていたのである。わたしの購入したDVDにはおまけとしての特典映像(約71分)を収録したDISCがついていたので、製作過程での考え方などを知ることができたこともあって結果としてはまあそれなりに面白く観られた。
原題の「アンブレーカブル」の原語(unbreakable)について英辞郎という辞書には【adj.
馴らしにくい、馴れない、破ることのできない】と出ているがなにかしっくりするものが見つからないような気がしている。
<<あらすじ>>
悲惨な列車衝突事故が起こった。乗員・乗客132人のうち、たった一人生き残ったのは、スタジアムの警備員をなりわいとする妻子持ちの男、デイヴィッド・ダン(ブルース・ウィリス)。フィラデルフィア病院の緊急救命室で目覚めたデイヴィッドは、なぜ自分だけ助かったのか、その答えが分からぬまま不安な日々を送る。そんな彼に、不審なメッセージが届く。その送り主である漫画コレクター・ギャラリーのオーナー、イライジャ・プライス(サミュエル・L・ジャクソン)を訪ねると、彼はデイヴィッドが何者なのかを語り始めた。イライジャは骨形成不全症という難病にかかっており、幾度もの入院経験の中で漫画の世界にのめり込み、そのストーリーから、この世は陰と陽のような対極の存在によって成り立っており、自分のような脆い肉体の対極には、必ず不滅の肉体の人間が存在するはずだとの確信に至ったという。そしてその弱き者を助けるために遣わされた救世主こそが、デイヴィッドだというのだ。デイヴィッドはイライジャを空想癖のある変人と決めつけるものの、思い当ることは多々あり、自分の存在に対する疑惑が膨らんでいった。息子のジョセフ(スペンサー・トリート・クラーク)は子供特有の第六感で父親の異変に気づき、ヒーローは死なないとの思いから父を銃で撃とうとまでする。そしてついにデイヴィッドは、ヒーローの使命に目覚め、暴漢に襲われているある家族を救出する。そのことで爽快な気持ちになったデイヴィッドはイライジャを訪ねるが、なんとイライジャは、不死身のヒーローを探すために次々とテロを起こし、多くの人間を死なせていたことが判明。デイヴィッドは衝撃を受けるのだった・・・・・。
◎「愛は静けさの中に」(Childre
of a Lesser god) (2008.3.19)
アメリカ 1986年 上映時間 119分 カラー ビスタサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:ランダ・ヘインズ、製作:バート・サガーマン、パトリック・パーマー、原作戯曲:マーク・メドフ、脚色:ヘスパー・アンダーソン、マーク・メドフ、撮影
:ジョン・シール、音楽:マイケル・コンヴェルティーノ、美術:ジーン・キャラハン、
編集:リサ・フラックマン、衣装(デザイン)、レニー・エイプリル
(キャスト[役名]):ウィリアム・ハート[James]、マーリー・マトリン[Sarah]、パイパー・ローリー[Mrs.Norman]、フィリップ・ボスコ[Dr.Curtis
Franklin]、ジョン・F・クレアリー[Johnny]、ジョージア・アン・クリン[Cheryl]、フィリップ・ホームズ[Glen]、アリソン・ゴンフ[Lydia]
§1986年 第59回 アカデミー賞
主演女優賞 受賞 : マーリー・マトリン
§1986年 第44回 ゴールデン・グローブ賞
主演女優賞<ドラマ部門> 受賞 : マーリー・マトリン
昨夜に続き今夜も男女の間のラブストーリーである。
この作品は聾唖の障害のあるヒロインと障害のない男性の愛がテーマで、ヒロインは援助してもらうより、ひとりの自立した女性として対等に接してほしいと願うし、男性はコミュニケーションに女性の側からの歩み寄りが欲しいと願う。このため女性と男性の間には確執が生じる様を丁寧に描いていく。
このあたり女性監督らしい繊細なタッチがやさしく観るものに感銘を与える。
聾唖という現実の音感障害を扱っているので、特に健常者の男性が恋人の本当の心の内を理解するためにいろいろ苦悩し考える中で全く音のない世界を頭に描き相手の心に迫ろうとする努力を続けるところは、この作品の邦題「愛は静けさの中に」によく表現されていると思う。
この邦題を考えた人はいいセンスの持ち主だと思う。
主演のマーリー・マトリンは、生後18か月でハシカにかかり、口と耳が不自由になったのだという。アカデミー賞受賞当時、共演の二人は実生活においても一緒に暮らしていた。
もう一度観たいものの1本である。
<<あらすじ>>
ジェームズ・リーズ(ウィリアム・ハート)は、片田舎の聾唖者の学校に赴任して来た。11年生の7名の生徒を受け持つことになったリーズは、彼らと対面した後、食堂でサラ・ノーマン(マーリー・マトリン)という若く美しい女性を見かける。校長(フィリップ・ボスコ)の説明によると、サラは5歳の時からここで学び、昔は優秀な生徒だったが、今は学校掃除係をしているという。彼女に興味を抱いたリーズは、自分の殼に閉じこもろうとするサラを根気強く説得していく。イタリアン・レストランで食事をした際、聞こえるはずのない音楽に合わせて踊るサラの姿を見たリーズは、かたくなに心を閉ざし続ける彼女をなんとか救いたいと、遠路はるばるサラの母(パイパー・ローリー)を訪ねる。そして、サラの姉の男友達とデートをするほどだった彼女が笑い者にされるなどして、心を閉ざしてしまったことを知る。その事実をサラにぶつけたリーズは、彼女から、かつて姉の作ったリストの順番に従って男友達に求められるまま体を与えたことをうち明けられた。思いもかけぬ告白に心みだされつつも、サラを愛していることを知ったリーズは、人目をしのんで1人プールで裸で泳ぐサラのもとにいき、愛を告白、プールに飛び込んだ。そして2人は、水深き沈黙の世界で、かたく抱き合うのだった。父兄会の席で、日頃の教育の成果を披露し、生徒達と手をとって喜ぶリーズ。そんな姿に嫉妬し興奮したサラは手に5針も縫うけがをしてしまう。校長に強く叱責されたリーズは、サラと一緒に暮らすことを決意する。サラと順調な同棲生活を続けていたある日、リーズは思わず彼女に自分の名前を呼んでくれるように語ってしまう。かなわずとも遠き願いである禁句の一言を発したリーズの目の前で、心なしかサラは悲しそうだった。ある日、パーティで、経済学者で数学の天才の女性聾唖者マリアン・レッサー(リンダ・ボブ)に出会ったサラは、自分が無能力であることを痛感し、自分を哀れんで一緒に暮らしていると興奮してリーズに言い放つと、泣きながら夜の街に飛び出していった。何日たっても母の許から戻ろうとしないサラを気にかけてリーズは、大学にいく資金を貯めるため美容院で働いていた彼女を窓越しに見ると、その場を立ち去った。家に帰り、リーズが来たことを母から聞いたサラは、卒業パーティで生徒達と別れの挨拶を交わすリーズの前に現われた。愛し合いながら離れ離れになった2人は自分のいたらなさを認め合い、永遠に手をとり合って生きることを、強く、それぞれの心に誓うのだった。
◎「コールドマウンテン」(Cold
Mountain) (2008.3.18)
アメリカ 2003年 上映時間 155分 カラー シネマスコープサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督・脚本:アンソニー・ミンゲラ、製作:シドニー・ポラック/ウィリアム・ホーバーグ/アルバート・バーガー/ロン・イェルザ、製作総指揮:イアイン・スミス、共同製作:ティモシー・ブリックネル、撮影監督:ジョン・シール、編集:ウォルター・マーチ、美術:ダンテ・フェレッティ、衣装:アン・ロス、音楽:ガブリエル・ヤール、原作:チャールズ・フレイジャー「コールドマウンテン」(新潮文庫刊)全米図書賞受賞
(キャスト[役名])):ジュード・ロウ[インマン]、ニコール・キッドマン[エイダ・モンロー]、レニー・ゼルウィガー[ルビー・シューズ]、ドナルド・サザーランド[モンロー牧師]、ナタリー・ポートマン[セーラ]、フィリップ・シーモア・ホフマン[ヴィージー]、ジョヴァンニ・リビシ[ジュニア]、ブレンダン・グリーソン[スタブロッド]、レイ・ウィンストン[ティーグ]、キャシー・ベイカー[サリー・スワンガー]、ジェームズ・ギャモン[エスコー・スワンガー]、アイリーン・アトキンス[マディ]、チャーリー・ハナム[ボジー]、ジェナ・マローン[渡し舟の少女]、イーサン・サプリー[パングル]ジャック・ホワイト、[ジョージア]、ルーカス・ブラック[オークリー]
§2003年 アカデミー賞
ノミネート:6部門 7賞
助演女優賞 受賞 : レネー・ゼルウィガー
§2003年 ゴールデン・グローブ賞
助演女優賞 受賞 : レネー・ゼルウィガー
§2003年 英国アカデミー賞
助演女優賞 受賞 : レネー・ゼルウィガー
作曲賞 : 受賞 ガブリエル・ヤーレ
日本で公開されたとき、わたしはある映画館の前を通りかかったことがあった。そのとき上映中の映画がこの作品であったが、観たいなと思いながら別の用件を控えていたので観ることができなかった。それから数年後DVD−ROMを購入したもののそのまま置いてあった。やっと昨夜観ることができた。
わたしはなかなかの大作だと思う。
南北戦争でアメリカが2つに分かれて戦争を行うことになる前夜、ふとしたきっかけで知り合うことになった若い男女がたった1回の口づけを交わしただけで、別れの道を歩むことになるがお互いの愛を確認するために生きて会うことを願いつつそれぞれの道を進み続ける。
戦争という現実の中で汚いことがいろいろと行われる。人間の醜さをいやというほど経験させられるが、男も女もともに相手の生存を信じいつか会える日が来ることを信じて、片方はか弱いおんなとしての立場をを少しでも自立できるようになるよう努力し、おとこは軍隊を脱走してまで帰郷の道を歩き続ける。
そんな中で汚れのない純粋な愛を貫き通そうとする二人の愛がいまや成就したと思った瞬間思わぬ結果が待っている。
ロードムービー的にみるのもおもしろいし、雄大な自然の景色もふんだんに見られる。
メモ的に付け加えておくと、W・P・インマンという人物は実在した人物で、アメリカ連合国(アメリカの南北戦争のときの南軍)の兵士であったが2度脱走したという。
また題名になっているコールドマウンテンという場所はノースカロライナ州ヘイウッド郡に存在するが、舞台となった村は架空の村であるらしい。
物語はノースカロライナ州が舞台であるが、撮影のほとんどはルーマニアで行われたということである。
おすすめの一本である。
<<あらすじ>>
時代は、南北戦争末期の1864年。南軍兵士としてヴァージニア州の戦場に送られたインマンは、ゲリラ戦に出撃を命じられた結果、瀕死の重傷を負って病院に収容される。回復を待つ間、彼の脳裏に浮かぶのは、3年前に離れた故郷コールドマウンテンの懐かしい情景。そして、出征前にただ一度だけ口づけを交わした恋人エイダの面影だった。この世に1つだけ確かなものがあるとしたら、それは彼女への愛をおいて他にない。その想いに駆り立てられたインマンは、脱走兵として死罪に問われるのを覚悟で、故郷への道を歩み出す。一方、その間に父を亡くす不幸に見舞われたエイダは、生活の手段を失い、窮地に立たされていた。明日の食べ物にも事欠く苦境の中、インマンとの再会だけを心の支えに生きるエイダ。そんな彼女に、救いの手をさしのべる流れ者の女ルビー。彼女の指導を受け、辺境の地で生き抜く術を身につけていくエイダ。そして遂に、エイダの元へ、インマンが帰り着く日がやって来る・・・・・。
<<蛇足>>
何度も死の危険と遭遇し、誘惑や裏切りの試練にさらされながら、ひたすら故郷への道を歩み続けるインマン。このあたり、ホメロスの「オデュッセイア」を思わせる彼の波乱に満ちた旅路を追いかける。
一方、戦争の傷跡を残しながらも希望を捨てずに逞しく生きる人々の生き方は、深窓の令嬢エイダを巻き込み彼女が大地の女に生まれ変わっていく劇的な成長ぶりをいかにも映画的に描いていき観る者の心に訴えかける。
こんな2人の心を結び合わせるシンボルとして、そびえ立つコールドマウンテンの厳しい美しさが目に染みる。
◎「暗くなるまでこの恋を」(Mississippi
Mermaid) (2008.2.29)
フランス 1969年 上映時間 124分 カラー シネマスコープサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:フランソワ・トリュフォー、製作:マルセル・ベルベール、原作:ウィリアム・アイリッシュ、脚色:フランソワ・トリュフォー、台詞:フランソワ・トリュフォー、撮影:デニス・クレルヴァル、音楽:アントワーヌ・デュアメル、美術:クロード・ピニョー、編集:アニエス・ギュモ
(キャスト[役名]:ジャン・ポール・ベルモンド[Louis]、カトリーヌ・ドヌーヴ[Julie]、ミシェル・ブーケ[Comolli]、ネリー・ボルジョー[Berthe]、マルセル・ベルベール[Jardine]、ローラン・トゥノー[Richard]
フランソワ・トリュフォー監督といえばフランス映画界ヌーベルバーグの旗手のひとりではなかったか。何本か観ているはずであるがすぐに出てこないのがもどかしい。
原題はいかにもアメリカ的な感じであるが、原作者はミステリフアンによく知られているアメリカ人のウィリアム・アイリッシュである。これがDVD化されたのは内容的にみてもアメリカではうけるだろうという読みがあったからではないだろうか。
映画「裏窓」はヒッチコック監督の名作のひとつであるが、この「裏窓」の原作者はコーネル・ウールリッチとして紹介されている。ウールリッチはアイリッシュの別名である。
この映画は、男女の恋愛が絡んだサスペンスミステリーである。
それにしてもまだ若かりし頃のカトリーヌ・ドヌーブの魅力をふんだんに楽しむこともできたのが嬉しかった。
あるサイトにこんな解説が出ていた。
ドヌーヴが突然姿を消し、ベルモンドが病院のベッドでうなされるシーンはアルフレッド・ヒッチコックの『めまい』のパロディー。病院の名前「ウルトビーズ」はジャン・コクトー監督の『オルフェ』の登場人物から。
ベルモンドがドヌーヴを見つけるホテルの部屋は『めまい』でジェームズ・スチュワートがキム・ノヴァクを見つけるホテルの一室と類似している。部屋から「モノレール」というネオンサインが見えるが、トリュフォーがベルモンド主演で映画化を企画していたジャック・オーディベルティの小説の題名も『モノレール』である。
鳥かごの小鳥が死ぬエピソードはジョセフ・フォン・スタンバーグ監督の『嘆きの天使』から。トリュフォーはストーリー全体のイメージを『嘆きの天使』及び『西班牙狂想曲』から得たと語っている。ベルモンドがドヌーヴの顔を撫でながら「きみの顔は1つの風景だ」と語るシーンはスタンバーグの「女の顔」へのオマージュからの引用。
ベルモンドとドヌーヴが映画館で見る映画はニコラス・レイ監督の『大砂塵』。トリュフォーはこの西部劇を偏愛していた。強い女と情けない男という構図はトリュフォーの映画と共通するものがある。
「パーフェクト_ワールド」
・・・・・・・・・・ と
<<あらすじ>>
仏領リユニヨン島で煙草工場を営むルイ(J・P・ベルモンド)は、「ミシシッピー人魚」号から降り立った写真見合いの花嫁ユリー(C・ドヌーブ)を迎えた。彼女は、写真とは似ても似つかぬ美人であったが、友人の写真を送ったという彼女の言葉を信じたルイはすぐに結婚してしまった。ユリーに対するルイの入れ込み方はだんだん強くなり、ついに彼女にも自分の預金が自由に使えるように計らってやったりした。この状態を、ルイの友人であり会社の支配人ジャルディン(M・ベルベール)は、不安に感じていた。ユリーの姉から妹を案じる手紙がきた日に、ジャルディンの気がかりは本当になってしまった。ユリーが預金の大部分を引き出して、姿を消してしまったのだ。幸福な日々の中で、隅に押しやっていた疑惑が、ルイの胸の中で一斉に頭をもたげてきた。そこへユリーの姉ベルト(N・ボルゴー)がやって来て、結婚式の写真を見るなり、妹ではないことを証言した。ルイとベルトは、私立探偵コモリ(M・ブーケ)に調査を依頼し、ルイ自身もあとをジャルディンに託し、単身ニースに向った。そして、ついにリビエラで、ユリーの宿をつきとめたルイは、彼女から真相を聞き出した。彼女、マリオン・ベルガノは孤児院育ちで、監獄に入ったりして、日陰の人生を送ってきたため、金がすべての人生観を支配しているような女だった。その彼女が、やくざ者のリシャール(R・テノ)と知り合い、「ミシシッピー人魚」号に乗っていたユリーをリシャールが殺し、むりやり彼女に金を盗ませたあげく、彼女をすてたことがわかった。あまりにもマリオンを愛していたルイは、彼女をいとしく思い、やがて二人は、小さな家を借り、ささやかな幸福を求めるようになっていた。そこへ、事件を調査していたコモリがやって来た。ルイは思わずコモリを射殺し、二人はリヨンに逃げることとなった。金が少なくなるにしたがって、マリオンはその神秘なマスクの陰のいやしい地金をみせはじめ、二人のいがみあう日がつづいた。そうするうちに「コモリの死体が発見され、警察の手は次第に二人の間近にまでせまってきたため着のみ着のままスイスの山小屋に身を隠した。そこで、ルイは毒をのまされている自分にきづいた。しかしルイは、後悔しなかった。このルイの真情を知ったマリオンは、自分の入れた毒入りコーヒーのカップを、ルイの手からはらい落した。無償の愛というものの感動が、彼女の生に光を投げかけたのだった。「生きのびよう」と決心した二人は、吹雪の中を国境へ向って、よろめきながら一歩一歩、たどりはじめた。
◎「パーフェクト
ワールド」(a Perfect World) (2008.2.26)
アメリカ 1993年 上映時間 138分 カラー シネマスコープサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:クリント・イーストウッド、製作:マーク・ジョンソン、デイヴィッド・ヴァルデス、脚本:ジョン・リー・ハンコック、撮影:ジャック・N・グリーン、音楽:エニー・ニーハウス、美術:ヘンリー・バムステッド、編集:ジョエル・コックス/ロン・スパング、衣装(デザイン):エリカ・エデル・フィリップス
(キャスト[役名])ケヴィン・コスナー[Butch Haynes]、クリント・イーストウッド[Red Garnett]、ローラ・ダーン[Sally
Gerber]、T・J・ロウサー[Phillip Perry]、キース・サラバージャ[Erry Pugh]、レオ・バーメスター[Tom
Adler]、ポール・ヒュウイット[Dick Suttle]
この作品は製作年代の古いものであるが、以前からの買い置きのものではなく昨日(2月25日)某大手量販店で購入したものである。レンタルショップの期限切れのワゴンセールで見付けたものである。価格はワンコイン。
クリント・イーストウッド監督作品であるし、キャッチコピーに「イーストウッドXコスナー 2大スター夢の顔合わせで贈る スリリグ・サスペンス」とあるので手が出てしまった。
脱獄犯と人質の少年との交流、そして男を追う警察署長の苦悩を描いた犯罪ドラマ。「ボディガード(1992)」のケヴィン・コスナーが主演し、「ザ・シークレット・サービス」のクリント・イーストウッドが監督・出演と、二大スターの初顔合わせが話題を呼んだ。
さすがイーストウッド監督の作品である。いきなり引き込まれてしまった。
主人公のブッチは罪を犯し刑務所に服役中の囚人であるが、囚人仲間と語らい脱獄に成功する。舞台は広いテキサスの田園地帯である。逃亡のためにある家庭に押し入り、そこの8才の少年を人質に逃亡を始める。景色は緑豊かな地域を移動する一種のロードムービーの要素を帯びてくる。
どうやらブッチは複雑な家庭に育ったらしい。人質の少年フィリップとブッチのあいだに次第に人間同士の信頼感が育まれていくような成り行きになる。
ラストのブッチが射殺されるシーンは観るものにいろんなことを考えさせるのではなかろうか。
”子は親の背中を見て育つという事実”、”罪を犯した未成年者を正常な社会人として矯正・復帰させることが可能なのか”、”親の信仰を幼い子供にどのように理解させるか、信仰に由来する地域社会の行事などへどのように参加させるか”などなど。
この作品がそのようなことを直接訴えているわけではない、ただわたしがこの作品を鑑賞しながらついつい考えただけのことである。
これはいい作品の一つに挙げてもいいのではないかと思う。
<<あらすじ>>
1963年、テキサス州。ブッチ・ヘインズ(ケヴィン・コスナー)は、アラバマ刑務所から同じ囚人のテリー・ピュー(キース・サセバージャ)と脱走した。途中、8歳の少年フィリップ(T・J・ローサー)の家に押し入った2人は少年を人質に逃亡するが、ブッチはフィリップに危害を加えようとしたテリーを射殺する。すぐに厳重な警戒線が張られ、州警察署長のレッド・ガーネット(クリント・イーストウッド)が陣頭指揮にあたった。レッドはブッチが10代のころ、彼の更生のためを思って少年刑務所に送った当人だった。だが、ブッチはそれを契機に犯罪の常習犯となり、ついには脱獄するまでに至った。レッドは、そこまで追い込んだのは自分だと強い悔恨の念にかられ、是が非でも自身の手で捕らえねばと思っていた。犯罪心理学者のサリー(ローラ・ダーン)が同行することになり、彼女はレッドの独自の捜査に反発しつつも次第に彼にひかれていく。一方、一人前の男として接するブッチにフィリップは親しみと友情を覚え、彼のほうでも少年が気に入った。父親を知らずエホバの証人の信者である母親のもとで、宗教上の厳しい戒律から年ごろの男の子の楽しみは何一つ与えられずに育ったフィリップ。少年に自分に似たものを感じたブッチは、ハロウィンやローラー・コースターなどフィリップのささやかな望みをリストに書かせ、ひとつずつ実現させる。母と自分を残して二度と帰ってこなかった父がたった1度よこしたアラスカからの絵ハガキを大事にしまっていたブッチは、「小さな相棒」を連れてかの地を目指す。車の中で眠っていた彼らにマックという男が声をかけ、ふたりは彼の家に泊まった。翌朝、フィリップやマックの孫と戯れるブッチは、小さな幸せを感じる。だが、ラジオで脱獄囚のニュースを聞き、危険を感じたマックが彼から引き離そうとするあまり孫を突き飛ばしてしまうのを見て逆上する。優しい表情から一変して「孫を愛していると言ってみろ」と、狂気につかれたようにマックを脅すブッチ。フィリップはそんな姿を見てたまらず、銃で彼を撃つ。その時、捜索隊が到着し、彼らを包囲した。レッドの説得に、ブッチはフィリップに別れを告げ、少年を引き渡そうとする。だが、誤認したFBI捜査官の銃弾が容赦なくブッチの胸を貫く。その手には、あの絵ハガキが握られていた。
あるサイトに、<うらばなし>として次のことが出ていた。
当初イーストウッドは、監督のみに専念する予定だった。しかし、主演のケヴィン・コスナーのたっての希望で、最初の脚本にはなかった警察署長役で出演する事を承諾。スクリーン上での初共演となった訳だが、イーストウッド本人も、完全に脇役であるという事を認識している為か、出番は少ない上に、ビリングの順位も、コスナーに1位を譲っている。ファンとしては寂しい所ではあったが、この映画が公開された93年は、春に『許されざる者』、秋に『ザ・シークレット・サービス』、そして年末にこの作品と、我が国のイーストウッド映画史上始まって以来初の年間3本公開という嬉しい年でもあった為、溜飲は十分に下がっていた。
尚、この映画の時代背景は、ケネディが暗殺される年、という事になっていて、コスナーは『JFK』、そしてイーストウッドは『ザ・シークレット・サービス』で、共にケネディ暗殺に絡んだ映画を撮っていて、そんな二人がこの映画で共演しているというのは、偶然と言うには出来過ぎた感じがするのだが。
◎「白と黒のナイフ」(Jagged
Edge) (2008.2.23)
アメリカ 1985年 上映時間 108分 カラー ビスタサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:リチャード・マーカンド、製作:マーティン・ランソホフ、脚本:ジョー・エスターハス、撮影:マシュー・F・レオネッティ、音楽:ジョン・バリー、美術
ジーン・キャラハン、編集:ショーン・バートン、コンラッド・バフ、衣装(デザイン)
アン・ロス
(キャスト[役名})グレン・クロース[Teddy Barned]、ジェフ・ブリッジス[Jack Forrester」、ピーター・コヨーテ[Thomas
Krasny]、ロバート・ロギア[Sam Ransom]、ジョン・デナー[Judge Carrigan]、カレン・オースティン[Julie Jensen]
このDVDもずっと長い間購入したままとなっていたものの1本である。今回の一連のDVDと同じく一挙に整理をはかろうとして観始めた。でもすぐ内容に引き込まれてしまった。
法廷劇としても見応えがあって、いい作品である。
大富豪の人妻殺人事件を通して、容疑者の夫、女性弁護士、検事の闘いを描くラブロマンスがらみの法廷サスペンスドラマであると短く要約しておく。
作品の本筋とは関係ないが、法廷でのシーンを観ながらやがて日本でも導入が近い裁判員制度にも関心を持たなければなどと考えてしまった。
<<あらすじ>>
ある嵐の夜、海辺の別荘で殺人事件が発生した。被害者はサンフランシスコの出版王の孫娘ペイジ・フォレスターで、凶器のジャグド・エッジと呼ばれる狩猟用ナイフで何回もメッタ突きにされていた。更にメイドも殺され、その傍には夫のジャック・フォレスター(ジェフ・ブリッジス)が殴られ昏倒していた。この異常な事件を担当したクラズニー地方検事(ピーター・コヨーテ)はジャックが怪しいとにらんで妻殺しの容疑で起訴した。その理由として、ペイジの一族が所有する新聞社の編集長だったジャックが妻の死で莫大な財産を相続すること、ジャックの所属するクラブの守衛が彼のロッカーで凶器そっくりのナイフを見たことなどをあげた。だがジャックは無実を主張、敏腕で鳴らす女性弁護士テディ・バーンズ(グレン・クローズ)を雇った。美人で男まさりのテディは以前クラズニーの下で検事補として働いていたが今は夫と離婚、2人の子供を育てるために企業関係の弁護士として働いていた。彼女はいやいやながらジャックの弁護を引き受けた。というのも、過去、クラズニーと共に有罪にした囚人が首つり自殺し、その原因はクラズニーが無罪になる証拠を隠滅していたためと判明し、いつかその罪のつぐないをしなければならないと考えていたからだった。この事件を担当することは、クラズニーの正体を暴露することでもあった。テディは昔なじみの探偵サム・ランサム(ロバート・ロギア)の協力を得て活動を開始した。彼らの行動の前提は、ジャックがウソ発見器でシロと出たこと、クラブの守衛の証言は状況証拠であること、ジャックは無実だとタイプされた匿名の手紙がたびたび届けられることなどだった。テディとジャックはいつしか依頼人と弁護士という関係を越え、愛し合うようになっていた。しかし彼女は、「もしあなたがウソをついていたら弁護から降りる」と釘をさすことも忘れなかった。やがて裁判が始まった。クラズニー検事の攻撃は激しい。彼は、殺されたペイジの浮気相手だったテニス・コーチ、スレイド(マーシャル・コルト)、ジャックの愛人などを証言台に立たせ、夫婦間の愛情が冷め切っていることを証明し、ジャックの殺意を印象づけた。ジャックが愛人の存在を隠していたことに怒ったテディは弁護を降りようと思ったが、今となってはそれも難しかった。探偵サムの援護で気をとり直したテディは、クラズニーの起訴事実に多くのミスを見つけた。守衛の見たナイフがあったのは他の男のロッカーであったこと、そして匿名の手紙から、スレイドがペイジ殺しと同じような手口で他の女性を襲っていたことなどを立証し、検事を追いつめ無罪を勝ちとった。激しく愛し合って勝利を祝った翌朝、テディはジャックの部屋からタイプライターを発見した。そのタイプライターこそ、ジャック無罪を勝ち取った大きな要因となった匿名の手紙を打ったものだった。ということは、弁護の指針は全てジャックがタイブし、投函した手紙によっていた、ということになるのだ。テディの顔がみるみる青ざめた。タイプライターを持って大急ぎで自宅に帰ったテディを、その夜、覆而の男が襲った。ふるえながら発砲するテディ。その場にかけつけたサムと共に息絶えた男の覆面を剥ぐとジャックの端正な顔が現われた。
◎「ボディガード」(The
Bodyguard) (2008.2.22)
アメリカ 1992年 上映時間 130分 カラー ビスタサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:ミック・ジャクソン、製作:ローレンス・カスダン/ジム・ウィルソン/ケヴィン・コスナー、脚本:ローレンス・カスダン、撮影:アンドルー・ダン、音楽
アラン・シルヴェストリ、美術:ジェフリー・ビークロフト、編集:リチャード・A・ハリス
(キャスト[役名])ケヴィン・コスナー(Frank Farmer)、ホイットニー・ヒューストン(Rachel Marron)、ゲイリー・ケンプ(Sy
Spector)、ビル・コッブス(Devaney)、ラルフ・ウェイト(Herb Farmer)、トマス・アラナ(Portman)、ミシェル・ラマー・リチャーズ(Nicki)、マイク・スター(Tony)
このDVDはもう10年近く前に購入していたものである。いまの時点でどうしても観たいと思ってみたわけではない。まあいうならばDVDの在庫整理をしているといったところか。
これもいかにもハリウッド映画らしい製作費もかけているだろうと思われる作品である。
アカデミー賞受賞候補の歌手兼女優がヒロインであるから、アカデミー賞の受賞経緯などが描かれているのかと思ったが私的なボディーガードとのラブストーリーである。
折角多額の経費を投入しながら脚本として的を絞り切れていないのである。全体としてあのあたりはもう少ししっかりとつくっておいてほしかったというところが目についた。
たとえば、見知らぬ男に殺人を依頼するという部分だけを取ってみても、かなり不自然である。しかもフランクが事実を突き止めるわけじゃなく、ニッキーが自分から勝手に喋ってくれるという都合のいい展開となっているところ。などなど。挙げればきりがない気がする。
エンタメ映画と割り切ってみる分にはそれなりに観られるというところか。
<<あらすじ>>
元シークレット・サービスのフランク・ファーマーは、現在はフリーのボディガード。ある時、彼は歌手兼女優としてスーパースターの座に就いているレイチェル・マロンの護衛を依頼される。彼女のもとには脅迫状が届いており、自宅に誰かが侵入した形跡もあった。
マネージャーのデヴァニーに頼まれてレイチェルの邸宅を訪れたフランクは、ずさんな警備体制に驚く。取り巻きの一人として軽く扱うレイチェルの態度に、一度は断ろうとするフランク。だがデヴァニーに懇願され、ボディガードを引き受けることにする。
最初はフランクの存在を疎ましく感じていたレイチェルだが、次第に心惹かれるようになっていく。一夜を共にした2人だが、フランクは仕事を忘れてレイチェルを愛したことを後悔する。そんな態度を見たレイチェルは、フランクに対して冷たい態度を取るようになる。
フランクに見せつけるように、彼の元同僚ポートマンを誘ったりするレイチェル。フランクは彼女のボディガードを降りようとするが、脅迫電話が入ったことで状況は一変。フランクはレイチェルと息子のフレッチャー、レイチェルの姉で付き人のニッキーを、自分の父親が住むオレゴンに連れて行く。
しかし、そこには安全な生活は無かった。フレッチャーがボートに仕掛けられた爆弾で殺されそうになったのだ。その夜、ニッキーは自分がレイチェル暗殺を見知らぬ男に依頼したとフランクに告白。だがフランクが目を離した隙に、ニッキーは何者かに殺されてしまう・・・・・。
◎「続・夜の大捜査線」(They
Call Me Mister Tibbs!) (2008.2.22)
アメリカ 1970年 上映時間 109分 カラー パナビジョン ビスタサイズ
ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:ゴードン・ダグラス、製作:ハーバート・ハーシュマン、製作総指揮
:ウォルター・ミリッシュ、原作:アラン・R・トラストマン、脚本:アラン・R・トラストマン、ジェームズ・R・ウェッブ、撮影:ジェリー・フィナーマン、音楽:クインシー・ジョーンズ、美術:アディソン・F・ハリ、編集:バッド・モーリン
(キャスト[役名])シドニー・ポワチエ(Virgil Tibbs)、マーティン・ランドー(Rev. Logan
Sharpe)、バーバラ・マクネア(Valerie)、アンソニー・ザーブ(Weedon)、ジェフ・コーリー(Captain Marden)、ファノ・ヘルナンデス(Mealie)、エドワード・アズナー(Garfield)
数日前のことである。山手線の某駅に近い病院に行った帰りに何の気なしに駅近くのビデオ、DVDのレンタルショップに立ち寄った。店ではレンタル切れのDVDのワゴンセールをやっていた。どれも野口英世一枚の値段である。
あれこれひっくり返しているうちに「続・夜の大捜査線」というジャケットに目がとまった。
「夜の大捜査線」という映画はこれまで何回か観ているし、このページのここでもとりあげたことがある。あの映画に続編があったなどということをはじめて知ったと思い、すぐ購入した。
あの映画は、1967年度のアカデミー賞で5つのオスカー(作品・主演男優・脚色・編集・録音)を獲得した名画である。あの映画はアメリカの深南部のある町での一夜のできごとを描いたもので、人種偏見の固まりのような地元警察署長と通りがかりの黒人エリート警察官との人間味豊かな心の交流をさりげない演技の中にみせてくれた。
その姉妹編ということではあるが、映画の舞台もサンフランシスコに変更されており、人種偏見などに重点をおいたつくりにはなっていない。それはそれで時代の移り変わりということもあったのだと考えたい。サスペンス映画として楽しめるものとなっている。
<<あらすじ>>
サンフランシスコ警察署の平穏を、けたたましい電話のベルが破った。この匿名の電話は、女が殺されていることと、そのアパートからシャープ牧師(マーティン・ランドー)が出るのを見たことを告げた。この日、珍しく妻のバレリー(バーバラ・マクネア)の電話に、「早く帰る」と告げていた殺人課の腕きき警部バージル・ティッブス(シドニー・ポワチエ)は、親友であり、恩義をうけたシャープ牧師の名があがったこの事件のことを知り、マーデン署長(ジェフ・コーリー)の配慮をしりぞけ、担当を主張した。捜査は開始された。殺された女は売春婦で、捜査線上にはシャープをはじめ、数人の容疑者の名が浮かんだ。事件以来姿を見せないアパートの掃除人ミリー(ファノ・フェルナンデス)、アパートの持主で売春組織のボスのウィードン(アンソニー・ザーブ)たちだ。しかし、ティッブスの努力にもかかわらず、牧師の容疑は徐々に濃くなっていった。仕事と私情の板ばさみに苦しむティッブスを、バレリーは温く抱擁したが、ティッブスには自分に反抗する子供たちの教育の問題という、もうひとつの難問があった。やがてシャープ牧師が、市の浄化をスローガンに立候補した自治体の選挙戦が、大詰をむかえた。そして、町に不穏な空気が流れはじめたその頃、ミリーが逮捕され、密告電話の主がウィードンだと判明した。ティッブスはじめ署長は、町の浄化を好まないウィードンを容疑者と確信、逮捕に向かった。ティッブスがウィードンの居室に入ると、彼は逃走した。彼は麻薬の取引の最中だった。追うティッブス。ウィードンは自滅して死んだ。事件はここでピリオドをうったかに見えた。が、ティッブスはウィードンの情婦から、事件当夜、彼にアリバイがあったことを聞いた。彼が犯人でないとすればシャープ牧師しかいない。牧師はすでに殺された売春婦と肉体関係があり、殺人現場にあった花瓶の破片が、彼の靴底についていたことも調べ上がっていた。問いつめられた牧師は、すべてを告白した。セックスの下手さを嘲けられて、売春婦を殺したのだった。署へ連行しようとティッブスは、牧師を連れて外へ出た。が、牧師は走ってきた車の前へ身を躍らせた・・・・・。
◎「陰謀のセオリー」(Conspiracy
Theory) (2008.2.13)
アメリカ 1997年 上映時間 135分 カラー シネマスコープサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:リチャード・ドナー、製作:ジョエル・シルヴァー/リチャード・ドナー、脚本:ブライアン・ヘルゲランド、撮影:ジョン・シュワルツマン、音楽:カーター・バーウェル、美術:ポール・シルバート、編集:フランク・J・ユリオステ、EP:ジム・ヴァン・ウィック
(キャスト[役名])メル・ギブソン(Jerry Fletcher)、ジュリア・ロバーツ(Alice Sutton)、パトリック・スチュワート(Dr.
Jonas)、キルク・コアート(Agent Lowry)、
ステファン・カーン(Wilson)、テリー・アレクサンダー(Flip)、アレックス・マッカーサー(Cynic)、ロッド・マクラクラン(Justice
Guards)、マイケル・ポッツ(Justice Guards)、ジム・スターリング(Justice Guards)
<作品の一口解説>
タクシー運転手と司法省の女性弁護士が、偶然に巨大な陰謀に触れてしまったことから危難に巻き込まれていく姿を描いたノンストップ・サスペンス。コンスピラシー・セオリーと呼ばれる巷間に流布する陰謀をモチーフにしたものでいかにもアメリカらしいとりあげ方と思う。
昨夜観た「ペリカン文書」の一口解説でもふれた、登場組織はCIA、FBI、は定番でここでは大統領、新聞記者の代わりに精神病院と精神科医、裁判所などが登場する。
全体のプロットは流れるように変化しながら進む。次から次へと謎が謎を生みながらノンストップで続いていく。途中で一体どんな結末に導かれるのだろうと混乱してしまうほどである。
スタッフについて少し解説しておくと、監督は「暗殺者」のリチャード・ドナーで、脚本は同作を手掛けたブライアン・ヘルゲランドのオリジナル。製作は、ドナーと「暗殺者」「エクゼクティブ
デシジョン」のジョエル・シルヴァーの共同、製作総指揮は「暗殺者」のジム・ヴァン・ウィック。撮影は「ザ・ロック」のジョン・シュワルツマン、音楽は「チェンバー
凍った絆」のカーター・バーウェル、美術は「硝子の塔」のポール・シルバート、編集は「エクゼクティブ デシジョン」のフランク・J・ユリオステとケヴィン・スティッフ。
これもまた面白かった。観てのお楽しみ。
<<あらすじ>>
ニューヨークでタクシー運転手をするジェリー・フレッチャー(メル・ギブソン)。彼は夜な夜な、乗客たちに様々な陰謀論を語り聞かせていた。だが彼は、タクシー運転手になる以前の記憶が無い。ただ一つの記憶は、司法省の官僚であるアリス・サットン(ジュリア・ロバーツ)をストーキングし、その安否を毎日確認しなければならないということ。そして彼のもう一つの顔は、毎月新たな陰謀論を発明して載せるニュースレター「陰謀のセオリー」を個人で編集・発行しているということ。
ある日、その取材のために政府ナンバーの車を尾行していたジェリーだが、それがCIAのものであることを突き止めた直後に拉致され、拷問を受ける。しかしそこで注射された自白剤により、彼の奥底に眠っていた戦闘・殺人術が目覚め、重傷を負いながらも脱出に成功する。
しかし記憶は戻らない。彼はその足で司法省のアリスに会いに行くが、そこで逮捕され、病院に収容される。アリスはCIAの医師ジョナス(パトリック・スチュワート)に同行させられ、ジェリーを取り調べるため病室に向かう。しかしアリスは、ジェリーが逮捕される前に言った拷問者の特徴(ジェリーが抵抗して噛み付いた鼻の傷)がジョナスにあるのに気づく。ジェリーの機転により、同室の患者がジェリーの代わりに死ぬ。ジェリーは急変したふりをして再び病院から脱出。アリスの車に忍び込み、二人でジェリーのアパートに向かう。
そこで秘めた思いを告白しようとするジェリーだが、そこもCIAの襲撃を受ける。しかし襲撃に備えて部屋に仕掛けた発火装置と脱出口やトラップにより、二人は脱出する。そしてアリスは、ジェリーがただの異常者ではないことを知る。だがその直後、アリスは彼のストーキング行為を知って激昂し、二人は別れてしまう。
アリスはジェリーのニュースレターの読者を調べ始めるが、一人を除いて全員が不審な死を遂げていた。そして残る一人の住所に行ってみると、そこはジョナスのオフィスだった。そこで彼女はジョナスから驚くべき事実を聞かされる。アメリカ史上有名な陰謀論「MKウルトラ計画」が実在し、ジェリーはその被験者として殺しの訓練を受けたこと、そして彼女が司法省に入省して以来追い続けている、判事だった父の死の原因が彼であること。
オフィスに戻ったアリスの元に、ジェリーからの誘い出しの手紙が来る。ジョナスはジェリーを捕まえるため、誘いに乗るよう勧める。だがアリスを連れ出したジェリーは、巧みに車を乗り換えて追跡を撒く。その目的は、失われた記憶を取り戻すため、最も古い記憶が残る場所、サットン判事が死んだ現場へ行くことだった。
そこで彼の死の顛末を思い出そうとするジェリー。激昂するアリス。しかしジェリーは、彼を守るためにここに来たこと、ジョナスの手下が犯人であることを思い出す。そしてそこで刷り込まれた命令が、アリスを守ることであったのも。
だが二人はCIAに見つかり、ジェリーは拉致され、アリスは逃げる。生まれ育った土地で持ち前の俊足を生かし、土地勘のない狙撃手たちを撒いてアリスは逃亡する。
アリスはジェリーを救うことを決意し、同じくCIAに協力させられていたFBI捜査官、ロウリー(キルク・カザート)の協力を仰ぐ。そしてジェリーが精神病院に監禁されていることを突き止める。突入、強制捜索を行なうロウリーとFBIのチーム。だがそこでジェリーはジョナスの凶弾に倒れる。アリスは父のみならず恋人までも奪った男を射殺する。
ジェリーはしかし生きていた。ジョナス一味の残党全員が摘発されアリスの安全が確保されるまで、FBIの計らいにより証人保護プログラムを使って死を偽装し隠れることになる。彼の願望「彼女を遠くで見守る守護天使になりたい」は、一連の事件前よりももっと完全な形で実現することになるのだった。
◎「ペリカン文書」(The
Pelican Brief) (2008.2.11)
アメリカ 1993年 上映時間 141分 カラー シネマスコープサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:アラン・J・パクラ、原作:ジョン・グリシャム、撮影:スティーブン・ゴールドブラット:音楽:ジェームズ・ホーナー、美術:フィリップ・ローゼンバーグ、編集:トム・ロルフ/トゥルーディ・シップ、衣装(デザイン):アルバート・ウォルスキー
(出演)ジュリア・ロバーツ(ダービー・ショウ)、デンゼル・ワシントン(グレイ・グランサム記者)、サム・シェパード(トーマス・キャラハン教授)、ジョン・ハード(ギャヴィン・ヴァーヒークFBI顧問)、ジョン・リスゴー(スミス・キーン編集長)、トニー・ゴールドウィン(フレッチャー・コール大統領補佐官)、ロバート・カルプ(米国大統領)、ジェームズ・シッキング(デントン・ヴォイルズFBI長官)、ウィリアム・アサートン(ボブ・グミンスキーCIA長官)、シンシア・ニクソン
<作品の一口解説>
ハリウッドは大統領やFBIやCIAや新聞社(新聞記者)が出てくる政治的陰謀の渦巻くサスペンスミステリーが好きである。本作品の原作者ジョン・グリシャムは「ペリカン文書」のほか「ザ・ファーム
法律事務所」、「相続人」、「評決のとき」、「依頼人」などの著書もある。このうちいくつかは映画化(DVD−ROM化)されておりこのページで紹介したものもある。
自分の書いた論文が、偶然にも政界の暗部を突いていたために国家的規模の陰謀に巻き込まれ、命を狙われる女子大生の危難を描いたサスペンス・ミステリーであると一口だけ言っておこう。
テンポが速く、暴力シーンやセックスシーンがない穏やかな映画で楽しめた。
ついでにスタッフの解説も少し、「大統領の陰謀」「推定無罪」のアラン・J・パクラの製作・監督・脚本で映画化しており、共同製作は監督の前作「隣人」でも組んだピーター・ジャン・ブルッグ。撮影は「リーサル・ウェポン」シリーズのスティーブン・ゴールドブラット、音楽は「顔のない天使」のジェームズ・ホーナーが担当している。
<<あらすじ>>
ワシントンD.C.で、一夜のうちに2人の最高裁判事が暗殺された。なぜ彼らが殺害されたのかは謎だった。ニューオリンズの法学部の女子大生ダービー・ショウ(ジュリア・ロバーツ)は事件に興味を覚え、ある仮説を打ち立ててレポートに書き上げた。彼女は恋人の大学教授キャラハン(サム・シェパード)にレポートを渡すが、それを読んだ彼は驚き、友人のFBI特別法律顧問ヴァーヒーク(ジョン・ハード)に渡す。それは24時間もたたぬうちにFBI長官(ジェームズ・B・シッキング)、CIA長官(ウィリアム・アサートン)から大統領補佐官(トニー・ゴールドウィン)、そして大統領(ロバート・カルプ)の手に渡った。論文はペリカン文書と呼ばれて厳重に保管された。そうとは知らぬダービーの眼前で、キャラハンの自動車が爆発炎上して彼は死亡した。車を降りていて危うく難を逃れたダービーは、何者かに命を狙われていることを確信する。論文は偶然にも事件の真実を突いていた。ヴァーヒーク、そして暗殺事件の実行犯の男(スタンリー・トゥッチ)が彼女のそばで殺されるに及んで、ダービーは敏腕新聞記者グレイ(デンゼル・ワシントン)に、何もかも話す。事件の裏には、ペリカンなどの野鳥が生息する湿地帯の開発を巡る訴訟問題があり、環境保護派の2人の判事は、開発推進派の支持者の手によって殺されたのだ。だが黒い影は、執拗に彼女とグレイの後を追う。2人は政府の高官と取り引きし、彼女の命を保証してもらう。グレイのスクープがTVをにぎわしている頃、彼女は南の島でその画面を見ていた。
◎「フォーリング・ダウン」(Falling
Down) (2008.2.10)
アメリカ 1993年 上映時間 113分 カラー シネマスコープサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:ジョエル・シューマカー、製作:アーノルド・コペルソン、ハーシェル・ワイングロッド、ティモシー・ハリス、製作総指揮:アーノン・ミルチャン、脚本:エブ・ロー・スミス、撮影:アンジェイ・バートコウィアク、音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード、美術:バーバラ・リング、編集:ポール・ハーシュ、衣装(デザイン):マルレーネ・スチュワート
(キャスト[役名])マイケル・ダグラス(D-Fens)、ロバート・デュヴァル(Prendergast)、バーバラ・ハーシー(Beth)、レイチェル・ティコティン(Sandra)、チューズデイ・ウェルド(Mrs.
Prendergast)、フレデリック・フォレスト(SurplusStoreOwner)、ロイス・スミス(D-Fens'
Mother)、ジョーイ・ホープ・シンガー(Adele(Beth's Child))エブ・ロー・スミス(Guyon
Freeway)、マイケル・ポール・チャン(Mr. Lee)
<作品の一口紹介>
この作品は1993年製作であるからもう15年も前に製作されている。その頃現実にこのような事件がロスアンゼルス近郊で起こったことがあったのかどうかは知らないが、銃社会であるアメリカのどこかで起こったとしても不思議ではないだろう。
ところがこの日本でもこの映画のように訳の分からない事件が日常のことのように発生している。実に些細なことでいわゆる切れを起こしてしまい、肉親を殺害したりする事件が続くこの日本という国は確実にアメリカの後追いしているような気がしてならない。こんなことを後追いするなんて実に悲しいことだと思う。
真面目な男が狂気のかたまりとなって破滅へと突き進んでいくパニック・アクションである。男は電話をかけようと立ち寄った店で両替を頼むが、それを拒否されて怒りが爆発、店内を破壊する。彼の怒りはおさまらずにその矛先は街中へと向けられていく。ごく普通の男が些細なことをきっかけに凶悪犯へと変貌していく姿は、今の世の中では絵空事とは思えない現実味を帯びているように思われる。
<<あらすじ>>
1991年6月12日、猛暑のロサンゼルス中心部付近。ハイウェイの大渋滞の列の中に、Dフェンスというニックネームで呼ばれる男(マイケル・ダグラス)の乗る車があった。Dフェンスは、突然車を乗り捨て、別れた妻のベス(バーバラ・ハーシー)と娘のアデル(ジョーイ・ホープ・シンガー)に電話をするため歩き出した。コンビニエンス・ストアで両替を断られたDフェンスは、しかたなくコーラを買おうとするが、アジア系の店主は85セントを要求し、レジで2人は小競り合いになる。怒り狂ったDフェンスは店主から奪ったバットで店内を破壊するとコーラの代金50セントを置いて店を出た。やっと電話をかけたDフェンスだったが、相手は話し中。からんできた2人のチンピラを撃退したDフェンスは、再びベスに電話をかける。アデルの誕生日プレゼントを渡したいと言うが、家に来ることを拒否される。しかし彼はその言葉を遮るようにプレゼントを持って訪ねると伝えた。その時、先刻のチンピラが仲間を連れて車で現れると、マシンガンを掃射。Dフェンスは無傷だったが市民に多数の死傷者が出た。チンピラたちは車の運転を誤り、事故を起こした。Dフェンスは彼らのマシンガンやショットガンを奪い、立ち去った。ハンバーガー・ショップの店内でマシンガンを乱射し、払い下げ軍用品店店主ニック(フレデリック・フォレスト)を殺害し、バズーカ砲を奪い、その上そのバズーカで道路を破壊するDフェンス。ロス市警のプレンダーガスト刑事(ロバート・デュヴアル)は、そんな一連の事件に共通するパターンを見て、密かにDフェンスのことを調べあげ、彼を慕う刑事サンドラ(レイチェル・ティコティン)と共にDフェンスの足どりを追った。2人はDフェンスの元妻ベスが住むヴェニス・ビーチに行く。ベスは彼らから逃れるが、やがてDフェンスが現れた。サンドラは彼に撃たれる。プレンダーガストはDフェンスを棧橋に追いつめ、自首するように説得を試みるが、Dフェンスはいきなり銃を向け、プレンダーガストは彼を撃つ。彼は息をひきとるが、その銃は実は娘が遊んでいたおもちゃの水鉄砲だったのである。
◎「コンフィデンス信頼」(BIZALOM) (2008.2.5)
ハンガリー 1979年 上映時間 105分 カラー スタンダードサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:イシュトヴァーン・サボー、原作:エリカ・サント、イシュトヴァーン・サボー、脚本:イシュトヴァーン・サボー/エリカ・サント、撮影:ラヨシュ・コルタイ、美術:ジュジャ・ビロー
(キャスト)ヨルディコ・バンシャーギィ、ペーター・アンドライ、オウカルネー・ゴムビク、カーロイ・チャーキー
この映画はハンガリー映画である。ハンガリー映画にはDVDはおろか劇場公開に巡り合わせるチャンスなど滅多にない。
これは珍しいと思い手に取ったところジャケットに「昭和58年度文化庁芸術祭優秀賞受賞/’80ベルリン映画祭銀熊賞受賞/'81米アカデミー外国語映画賞ノミネート」とあった。それなりに注目された映画であるらしい。
わたしはサボー監督の名前についてはなにかの雑誌で読んだ記憶があったのを思い出し購入した。
調べてみるとサボー監督は近年になって「太陽の雫」で、アカデミー賞監督賞を受賞しており同作品は大ヒットしたしたということであるが、まだ観ていないのが残念である。
観終わった今の感想は一言、いやあ見応えのあるいい映画である。
第二次大戦末期、ナチス統治下のハンガリーを舞台にある事件をきっかけに見知らぬ男と仮りの夫婦を装うことになった平凡な主婦の微妙な心の動きを描いたものであるが、一種極限状態に置かれた男女の関係が描かれている。
ナチス、反戦活動、地下組織、ユダヤ人などがが出てくる映画が明るいわけはないのであるが、暗い色調のなか国家というものがいかに冷酷な組織で、国民相互の不信感を助長させるシーンなどさりげなく描かれていく。その中で特に人間としてしかも一つ部屋に強制的に生活することになった男女のうち特に女性の側の感情の変化や苦しみがよく出ていて目頭が熱くなった。それが凝縮されているのがラストシーンでのあの主婦の流し続ける涙である。
<<あらすじ>>
第二次大戦も終局に近づいたある冬の日。ナチス統治下のハンガリーの首都ブダペストに暮らす平凡な主婦カタリン(ヨルディコ・バンシャーギィ)は、家路に急ぐ途中、見知らぬ男に腕をつかまれた。彼は、カタリンに彼女の夫が地下運動に参加していたこと、そして当局の追求を逃れるために身を隠したことを告げ彼女にもどこかに隠れるように言う。男に言われるままにセント病院の外科医を訪ねたカタリンは、そこでヤノシュという男の妻として身を隠すように言われる。指定された番地の家に向かった彼女は、そこで彼女の夫となる男に会った。ビロ・ヤノシュ(ペーター・アンドライ)は、家主にカタリンを妻として紹介し、今後の生活について、細かい注意を与えた。家主は親切な老夫婦だが息子の婚約者はナチスだ。少しの油断も許されない緊迫した日常がその日から始まった。彼女は夫や五歳になる娘のことが気にかかった。ビロ・ヤノシュと名乗る男のことは、何一つわからないままに寝泊りを共にする不安。カタリンは毎日のようにうなされた。だが、二人だけの日々が過ぎていくうちに、カタリンの中に変化が生じてきた。彼が少しずつ心をうちあけるようになったある夜、カタリンは、彼ヘの愛を感じ自ら身をゆだねた。せきをきったように情熱がこみあげる二人。男と女は何もかも忘れて愛し合った。翌朝、目ざめたカタリンは、他人ではなくなったその男の寝顔を見つめながら、夫や子供のことは忘れていた。しかし、男の方は、この女に深入りしすぎては危険だ、自分以外は誰も信じてはいけないという不信感に揺れていた。戦局は悪化していた。市民の心は猜疑心にあふれ、平気で他人を売った。そんな中でさらに二人は自分自身をさらけ出していった。愛し合った恋人に密告された過去をもつ男。彼は妻から手紙をうけ取り、妻が自分の不貞を感じとっていることを知って驚いた。一方、カタリンは、久しぶりに隠れ家で夫と再会し抱かれた。彼女のそれまでの苦悩を少しも理解しようとしない夫にエゴを感じつつ帰宅した。お互いそれぞれの立場に苦悩しながら愛情は強くなっていった。そして、連合軍のブダぺスト総攻撃が始まった。戦争が終結し男は「待っていてくれ」という言葉を残して去っていった。新しい身分証明書を申請する彼女は、途中、やりきれなくなって家に帰った。家には夫が待っていた。思わず夫を抱きしめ涙を流すカタリン。そのころ、身分証明書申請の行列の中でカタリンの架空の名、“ヤノシュ夫人"の名を呼び探すヤノシュの姿があった。
<<蛇足>>
あるサイトに次のように書き込まれていたが、まさにそのとおりの感想を持った。
世が世なら不倫ということになるであろう、男と女の深くて真に迫った情愛を、ある困難な時代のブタペストの暗く硬い街並みを背景に描き切った傑作。歴史の重い影を背負った男女の愛の必然を、かくも哀しく描き、感動は必至。二人の息遣いの官能に絶句。見るべき価値のある一品。
◎「プラダを着た悪魔」(The
devil Wears Prada) (2008.2.4)
アメリカ 2008年 上映時間 110分 カラー シネマスコ−プサイズ 5.1CHサラウンド(英語・日本語)
(スタッフ)監督:デビッド・フランケル、製作総指揮:カレン・ローゼンフェルト/ジョー・カラッシオロ・ジュニア、製作:ウェンディ・フェネルマン、脚本:アライン・ブロッシュ・マッケンナ、音楽:セオドラ・シャピロ、撮影:フロリアン・バルハウス、編集:マーク・リヴォルシー美術:リリー・キルヴァート、衣装デザイン:ジョセフ・G・オーリシ、
(劇中使用楽曲):オープニングクレジットのケイティー・タンストールの「Suddenly I
See」を始め、マドンナの「Vogue」やU2、アラニス・モリセットなど
(出演者):メリル・ストリープ(ミランダ・プリーストリー)、アン・ハサウェイ(アンドレア・サックス)、スタンリー・トゥッチ(ナイジェル)、サイモン・ベイカー(クリスチャン・トンプソン)、エミリー・ブラント(エミリー)、エイドリアン・グレニアー(ネイト)
一口で言って軽妙なタッチ描かれた上質なコメディといっていいだろう。
次々と飛び出す会話のテンポや画面の切り替わりが早いので、高齢のわたしのようなものにはちょっとついて行けないようなこともあったような気がするが実際にはそれほどでもなかったのか。
内容がファッション雑誌の編集出版の内幕的なところもあり、出演者が頻繁に新しい衣装を取り替えるシーンも多く女性観客も多かったのではないだろうか。
アメリカモード界の中心地ニューヨークと世界モード界の中心地パリが出てくるのも見所の一つではないか。
女性のサクセススト−りーとして観た女性も多いのではないだろうか。
深刻なところがなく、久しぶりに楽しかった。
昨夜観た「フランス軍中尉の女」に出ていたメリル・ストリープと今夜観たメリル・ストリープの20ン年の時間差のことなど考えるともなく考えてしまった。
メリル・ストリープの悪魔ぶりがとにかくすごい。
もちろんこれによって2006年のゴールデングローブ賞主演女優賞を受賞したわけではないが、そんな結果が出ているのもおもしろい。
<<あらすじ>>
大学を卒業したばかりのアンディの夢は、ジャーナリストだ。しかしそんな彼女が、ひょんなことから就いたのは、ニューヨークの一流ファッション誌の編集長アシスタント。多くの女性が憧れる職業かもしれない。でも当のアンディには興味ゼロの世界。果てはジャーナリストになるため!と職場に向かったのは良いけれど、彼女が手にしたアシスタント職は、生易しいモノではなかった。超カリスマ的な存在として君臨する編集長のミランダは、まさに「プラダを着た悪魔」だったのだ。
◎「フランス軍中尉の女」(The
French Lieutenant's Woman) (2008.2.3)
アメリカ 1981年 上映時間 124分 カラー ビスタサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:カレル・ライス、製作:レオン・クロア、原作:ジョン・ファウルズ、脚色:ハロルド・ピンター、撮影:フレディ・フランシス、音楽:カール・デイヴィス、美術:アシュトン・ゴートン、編集:ジョン・ブルーム、衣装(デザイン):トム・ランド
(キャスト[役名])メリル・ストリープ(Sarah and Anna)、ジェレミー・アイアンズ (Charles and Mike)、レオ・マッカーン(Dr.
Grogan)、リンジー・バクスター(Ernestina)、ヒルトン・マクレー(Sam)、ペーシャンス・コリアー(Mrs. Poulteney)、シャーロット・ミッチェル(Mrs.
Tranter)
事前にこの映画に関する情報をよく調べていなかったので主人公の男女二人が一人二役を演じているとは知らなかった。そのため最初の出出しのところで別の映画の予告編でもやっているのか戸惑ってしまった。
鑑賞中にDVDのジャケットのキャッチコピーを見ると
【映画の中で、現実で、”男と女”はふたつの愛に堕ちていく−−−演技はメリル・ストリープ&ジェレミー・アイアンズが巧みに挑む同名ベストセラー小説の映画化!】
とあった。
それからは現代と19世紀中頃の時代の交錯がわたし自身の頭の中で平行して進行していった。
ある港町で、アメリカ人女優アンナとイギリス人俳優のマイクが映画「フランス軍中尉の女」の撮影に入っていた。考古学者のチャールズは研究で訪れていた漁村で権力者の娘と婚約をする。しかし、偶然出会ったフランス軍中尉の愛人と惹かれあい、結ばれてしまう。一方、演じるマイクもアンナを愛しはじめており、実生活で不倫関係にある。映画の撮影が進むに連れて交差する2つの禁じられた愛の行方が気になるところである。
観終わってふた組の男女のラブストーリー(メロドラマ)が落ち着くところに落ち着いているので正直ホッとした、と一応言っておこう。
映画の中である意味で鉄道王国であるイギリス(イングランド地方)の19世紀の鉄道と現代の鉄道の車両が出てきたり、片田舎の美しい景色が出てきたりするのがわれわれの目を楽しませてくれるのもうれしい。
地名などからもミステリーの女王アガサ・クリスティの作品を読んでいるような気にもなれた。
<<あらすじ>>
1976年。考古学研究のために、イングランド南西部の小さな漁村ライム・レジスに滞在中の考古学者チャールズ(ジェレミー・アイアンズ)は、地元の権力者の娘アーネスティナ(リンジー・バクスター)との結婚を決意した。彼女は、喜んでプロポーズを受けると、早速彼と共に海岸線へと散歩に出た。そして、荒波が吹きよせる埠頭の先端に人影を見るチャールズ。「あれがサラ・ウッドラフ(メリル・ストリープ)、フランス軍中尉の女よ」。アーネスティナが冷やかに言った。「気をつけて」思わず声をかけたチャールズに目を向けた黒マントの女サラは、蒼白で悲しみに沈んだ表情をしていた。その日から、チャールズの胸裏にサラのことが焼きついていった。一方、雇い主に死なれたサラは、厳格で知られるポートニー夫人(ペーシャンス・コリアー)のもとで働くことになった。やがて、化石の宝庫であるアンダークリフと呼ばれる場所でチャールズは再びサラを見かけた。そこは、サラにとって唯一の安らぎの場所だったのだ。初めて言葉を交わす2人。アンダークリフに来たことを内緒にして欲しいと告げて去るサラ。そして数日後、ポートニー夫人と共にアーネスティナを祝福するパーティーにやって来たサラは、チャールズに手紙を手渡し、その夜彼を墓地に誘い出した。そこで数日後にアンダークリフで会うことを約束したチャールズは彼女の行動を理解できないまま、医師グローガン(レオ・マッカーン)を訪問し、相談した。グローガンは、単に孤独を楽しんでいるサラの愛の犠牲者にならぬようにと忠告した。翌日、アンダークリフで、フランス軍中尉との悲恋を告白したサラに、チャールズは愛しさを感じた。自分を抑えてサラには会わないと決意する彼だったが、サラがポートニー夫人に追い出され失踪したという知らせを聞いて動揺した。納屋にいる彼女を見つけ、ロンドンヘと逃がし、彼は彼女を追ってロンドンへ発った。町の宿で初めて結ばれる2人。そこでチャールズはサラが処女であったことを知り茫然とした。彼はライムに戻り婚約を破棄するとサラの元へと急いだ。しかし、すでに彼女はいなかた・・・・・。
◎「アトランティスのこころ」(Hearts
In Atlantis) (2008.1.28)
アメリカ 2001年 上映時間 101分 カラー パナヴィジョン シネマスコープサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:スコット・ヒックス、製作:ケリー・ヘイゼン、製作総指揮:ブルース・バーマン/マイケル・フリン、原作:スティーヴン・キング、脚本:ウィリアム・ゴールドマン、撮影:ピョートル・ソボシンスキ、音楽:マイケル・ダナ、美術:バーバラ・シー・リング、編集:ピップ・カーメル、衣装(デザイン):ジェリー・ウェイス
(キャスト[役名])アンソニー・ホプキンス(テッド・ブローティガン)、アントン・イェルチン(ボビー・ガーフィールド)、ホープ・デイヴィス(リズ・ガーフィールド)、ミカ・ブーレム(キャロル・ガーバー)、デイヴィッド・モース(ボビー・ガーフィールド(成人))、アラン・テュディック(モンティ・マン)、ほか
この映画は少年の家の2階に住むことになった老人との心の交流を描いたもので、まだ幼年期の少年少女たち仲良し3人組がやがて迎えるであろう大人への一つのステップとして過ごした短い時間の経過を淡々と描いている。このような思い出を持つ大人もいるのではないだろうか。
原作のスティーブン・キングというとすぐに思い出すのは「グリーンマイル」といういい映画である。「グリーンマイル」には霊力を持った黒人が出てきていた。
「アトランティスのこころ」に出てくる老人もある種の霊力を持っているとして描かれている。それが伏線となって少年が老人の逃亡を助けるために一歩大人に近づく冒険に踏み出すのである。
少年と少女のかわいいといってもいいような感情の交流もいい。たとえそれが結果として結びつきには至らなかったとしても。
【キャッチコピー的解説】
自分のことしか頭にない母と二人で暮らす11歳の少年が、不思議な力を持つ老人と出会い、人生という現実の感動と悲しみを体験する奇跡の物語
しばらくしたらまた観てみよう。
<<あらすじ>>
50歳の写真家ボビー・フィールド(デイビッド・モース)は、二度と戻らない11歳の夏を思い出す。当時、父を幼い頃に亡くしたボビー(アントン・イェルチン)は、若く美しい母リズ(ホープ・デイビス)と小さな田舎町で暮らしていた。リズは自分の装飾品にはお金をかけるが、ボビーにはかまわなかった。二人の家の二階に、テッド(アンソニー・ホプキンス)という老人が下宿することになる。驚くほど知的な彼は、どこか謎めいた男だった。目の悪くなっているテッドは、ボビーに新聞を読む仕事を頼む。そして、「よく周りを見て、感覚を敏感にしておくこと」とい言う。実はテッドは人の心を読む超能力者で、その力を利用しようと企む政府の機関から逃げていた。テッドは能力を求められているが、それを重荷に感じていた。歳の離れたボビーとテッドだが、二人は心を開き合いかけがえのない友達になった。「小さい頃は楽しいことばかりで、アトランティスのような幻の国にいるようだ。大人になると幻の国は消える」とテッドはボビーに今を大切にすることを伝えるが、リズの密告によって政府の機関にテッドは連れ去られてしまう。
そのあとまもなくボビーはリズと引っ越すために、その思い出の町を離れたのだった。
◎「わらの男」(L'uomo
di Paglia) (2008.1.10)
イタリア 1958年 上映時間 108分 モノクローム スタンダードサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:ピエトロ・ジェルミ、製作:フランコ・クリスタルディ、原案:ピエトロ・ジェルミ/アルフレード・ジャンネッティ、脚本:ピエトロ・ジェルミ/レオ・ベンヴェヌーティ/アルフレード・ジャンネッティ/ピエロ・デ・ベルナルディ、撮影:レオニダ・バルボーニ、音楽:カルロ・ルスティケリ
(キャスト[役名])ピエトロ・ジェルミ[Andrea]、ルイザ・デラ・ノーチェ[Luisa]、フランカ・ベットーヤ[Rita]、エドアルド・ネヴォラ[Giulio]、サーロ・ウルツィ[Beppe]
いい映画ですね。
ピエトロ・ジェルミといえば多くの名作を送り出しているイタリアの映画監督である。そして俳優としてもあの渋い容貌が忘れられない。
ジェルミの作品は20本あまりあるようであるが、日本では「鉄道員」、「刑事」、「街は自衛する」、「わらの男」などが有名である。
「越境者」で1951年のベルリン国際映画祭銀熊賞、ヴェネチア国際映画祭セルズニック賞を受賞した。また同じ年に、「街は自衛する」でヴェネチア国際映画祭最優秀イタリア映画賞を受賞している。
そのほか自ら主演も兼ねた「鉄道員」(1956年)、「刑事」(1959年)は、映画音楽がヒットするとともに国際的な評価も高まった。
その後、寓意的コメディに路線を転向し、「イタリア式離婚狂想曲」で1962年のアカデミー脚本賞、カンヌ国際映画祭コメディ賞を受賞している。1966年には「蜜がいっぱい」でカンヌ国際映画祭グランプリを受賞し、国際的名声を確かなものにした。
今回観た「わらの男」は昔観た記憶があるのであるが細部についてはほとんど覚えていなかった。
イタリア語は分からないが原語は案山子の意味だという。どのような寓意が隠されているのか観た人それぞれが感じるべきことではないだろうか。
恋愛映画として観るものの心に深くしみこむものがあるが、許されない恋はいたずらにするものではないという気持ちにもさせられる。特に若い娘と妻の両方に誠実であろうとするのは所詮は両立しない命題であるから。
でもこんな恋をしてみたいなどと叶わぬ夢を見る気になってしまったのも事実である。
<<あらすじ>>
ローマに住む機械熟練工アンドレア(ピエトロ・ジェルミ)には、妻のルイザ(ルイザ・デラ・ノーチェ)との間に8歳の一人息子のジュリオがあった。日曜日に狩りにつれて行って雨に当ったことから、ジュリオが肺炎をおこし、その療養のためにルイザはジュリオをつれて田舎の実家に帰った。妻と子のいなくなったアパー卜で一人暮すようになったアンドレアの生活は、何か空虚だった。日曜ごとに海に近い田舎の実家を訪れることで、彼は自分の心をなぐさめた。そんなある曇った日曜日、実家近くの海岸で、彼はふと何か淋し気な一人の女に出会った。町に帰るバスの中でも彼女といっしょになって、アンドレアは彼女に話しかけた。その女、リータ(フランカ・ベットーヤ)は、アンドレアの向いのアパートに住むビジネス・ガールだった。リータの弟を自分の務める工場に入れるよう計らってやったりして、二人はよく会った。お互に離れられなくなるのを知りながら。そしてある晩、残業で一人タイプを打つリータのオフィスにアンドレアが訪れた夜、二人は結ばれた。だが、やがて全快したジュリオと妻が、アパートに帰って来る日がやってきた。こうなるとは解ってはいたものの、リータはアンドレアと別れ難かった。なるべく彼女を忘れようとするアンドレアを、リータは郊外のカフェに呼び出したりした。最後にもう一度会ってくれというリータの電話に、アンドレアは散歩をよそおって出かけた。その後をジュリオ少年と愛犬が追った。父親のあとから少年が声をかけて走りだした時、愛犬がトラックの車輪にかけられた。泣き叫ぶ少年の姿とアンドレアを見て、リータは自分と彼の関係が終ったのを悟った。クリスマスも近いある晩、リータはアパートのバルコニーから身を投げて死んだ。苦しみに耐えられず、アンドレアは、リータの死の原因が自分にあることを教会で妻に告白した。妻はジュリオをつれてアパートを去り、田舎に帰った。年の瀬を迎えて、アンドレアは酒に酔いしれた。親友べッペのなぐさめも空しかった。新年を迎えて町中が花火でさわぐ夜、アンドレアは打ちひしがれたように一人アパートの階段を上った。アパートの部屋に、妻と子は帰っていた。三人は抱きあった。しかし、夫と妻は、今や自分たちの間から、一番大切なものが失われてしまったことを知るのだった。
◎「殺しのドレス」(Dressed
to Kill) (2008.1.10)
アメリカ 1980年 上映時間 105分 カラー シネマスコープサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督・脚本:ブライアン・デ・パルマ、製作:ジョージ・リットー、撮影:ラルフ・ボード、音楽:ピノ・ドナッジオ
(キャスト)マイケル・ケイン、ナンシー・アレン、アンジー・ディッキンソン、キース・ゴードン、デニス・フランツ
正直いってこういう作品についてコメントすることは難しい。
というのは単なるサスペンス映画ではなく、アメリカなど海外でよく取り上げられる精神分析医などの絡む心理サスペンスの要素が入っているので、ストーリー的にじっくり観ていないとどこまでが主人公の直面している現実で、どこからが主人公の見ている夢なのか分からなくなってしまうことがままあるからである。
不勉強で恥ずかしいのであるが、デ・パルマ監督がヒッチコック監督の不肖の息子だといわれるような評価があることを知らなかったのである。
あるサイトにそのあたりところが書かれていたので参考にさせて貰ったところ、あらためてゆっくりストーリーを追うことができた。
DVD化されたのがいつかしらないが、購入したのは6年くらい前であった。それを今回観直したということである。
サスペンスとしても面白いし、セックス描写についてもそれほどいやらしい感じがしない。剃刀で被害者を襲う残虐な場面についても被害者の恐怖を観客の側から体験しているような気になるようなつくりになっているように思った。
公開当時、この作品はデ・パルマの代表作であり、同時に傑作として推す声もあったという。
【DVDジャケットのキャッチコピー】
凶器は剃刀、詩的ともいうべき殺人シーン、殺人犯像を無意識に刻み込んでおいて、裏切りを用意する、デ・パルマの演出がひかるサスペンスの金字塔。
<<あらすじ>>
ケイトは、夫との性生活に悩み、精神分析医エリオットのところへ通う主婦。しかし、彼女はある日見知らぬ男と情事にふけった帰り、エレベータの中で金髪の女に剃刀で切りつけられて殺されてしまう。エレベータを待っていて偶然その現場を目撃した娼婦リズは、その後金髪の女に尾けられるが、危機一髪ケイトの息子、ピーターに助けられる。母親を失ったピーターは独自に犯人の追跡をしていたのだ。ボビーという金髪の女がエリオットの患者であること突き止めたピーターは、リズと協力して彼女の正体を暴こうとするが・・・・・。
◎「イン・ハー・シューズ」(In
Her Shoes) (2008.1.4)
アメリカ 2005年 上映時間 131分 カラー シネマスコープサイズ ドルビーディジタル
(スタッフ)監督:カーティス・ハンソン、製作:リサ・エルジー/キャロル・フェネロン/カーティス・ハンソン/リドリー・スコット、製作総指揮:トニー・スコット、原作:ジェニファー・ウェイナー『イン・ハー・シューズ』(アーティストハウス刊)、脚本:スザンナ・グラント、撮影:テリー・ステイシー、プロダクションデザイン:ダン・デイヴィス、衣裳:ソフィー・デラコフ、編集:リサ・ゼノ・チャージン、クレイグ・キットソン、音楽:マーク・アイシャム
(出演):キャメロン・ディアス(マギー・フェラー)、トニ・コレット(ローズ・フェラー)、シャーリー・マクレーン(エラ・ハーシュ)、マーク・フォイアスタイン(サイモン・スタイン)、ブルック・スミス、アンソン・マウント、ほか
わたしの記憶ではこの映画が公開されたときそれほど大きく取り上げられ話題になったことはなかったように思う。
観終わったいま、それぞれが離れて暮らす姉妹、祖母、父という家族の絆がもとになってお互いに理解し合うようになり人間として自立の道を歩むようになるという心温まる人間ドラマになっていることを知った。
映画館で観たかったという気にさせられた。
DVD−ROMのキャッチコピーに、「何度もすりむいて、それでも幸せを諦めないあなたへ送る感動作」、「対照的な2人の姉妹が恋に仕事に、それぞれが人生の転機を迎える姿を描くハートフル・ヒューマン・ストーリー」とある。
監督は「L.A.コンフィデンシャル」、「8 Mile」のカーティス・ハンソンである。」
またDVD−ROMのおまけとして収録されている解説の中で監督自身、「イン・ハー・とシューズ」いうのは「彼女の立場」ということだと言っている。これを頭の片隅に置いていて観るとまた作品の流れをよく理解できるような気がする。
ゴールデングロー賞助演女優賞の祖母役のシャーリー・マクレーンがマギーがひとりの人間として歩み出せるように徐々にサポートし、いまの高齢社会における高齢者の生き方を明るいものに感じさせる役を演じている。
<<あらすじ>>
周りが羨むスタイルと美貌を持ちながら、難読症というハンディキャップがコンプレックスとなっているマギー。一方姉のローズは弁護士として成功しているものの、自分の容姿に自信が持てずにいた。定職にも就かず、ローズの家に居候していたマギーは、ある時、ローズの留守中に訪ねてきた彼女の恋人にちょっかいを出してしまい、怒ったローズに家を追い出されてしまう。どこにも行く当てのないマギーは、仕方なく亡くなった母方の祖母エラのもとを訪ね、彼女が世話役をする老人たちの施設で働かせてもらうのだが・・・・・。

わたしが参加している研究会:ネット研21(ネットワークやパソコンの研究会)

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