トワイライト
「・・・あなたたち、一体何をしてるの?」
アリスの呆れたような声に、僕はただ壁に寄りかかって俯いた。
聞かなくてもわかる。
アリスの心の声は『馬鹿じゃない?』と付け加えているのだから。
「・・・とりあえず、君が"見た"最初の危険はどんなもの?」
約束違反だとべラが聞いたら怒り出すだろう。
だけど僕は、腕組をして僕を見上げるアリスにそっと訊ねた。
Mischievous urge
「あのね、エドワード。明日一日、あたしを自由にして欲しいの。」
ベットの中、傍らで酷く体を硬直させていたべラが、唐突に切り出した。
ベットに入ってから、ずっと何か言いたそうにしていたのは、このことだったらしい。
彼女の言葉の意味を頭の中で反芻して、僕は首を傾げる。
「もちろん、僕には君がしたいことを制限する権限なんて持っていないけど?」
髪を優しく梳いて、目じりに口づけるとべラは一瞬うっとりとして、僕の首に腕を回す。
「そうなんだけど、そうじゃないのよ・・・ええとどう言えばわかるかな?ここのところ、あたしはずっと命の危険に晒されていたでしょう?」
僕の首筋に顔を埋めてべラが囁くようにして話す。噛み付く真似をして。
"命の危険"とは、ヴィクトリアやヴォルトゥーリ一族であることを示す行動。
――僕にとっては、そこに狼の遠吠えも付け加えて欲しいところではあったけど。
「今は、とりあえず、もう危険は去ったわけよね?だから、ずっとエドワードに守ってもらわなくてもいいと思うのよ。」
「・・・僕は一緒にいたいからいるだけだけど?・・・彼のところへ行きたくなった?」
「彼」が誰を指すのか、べラには名前を言わなくてもわかるだろう。
すると、少し驚いた顔で僕を見上げ、べラは「いいえ」と首を振った。
「違うわ。ジェイコブは・・・そりゃ驚くほど早く回復してるって言っても、あたしの所為で怪我させてしまったんだし、気にならないわけじゃないけど・・・そうじゃなくて、本当に、ただ一人で買い物行ったりしたいなって思っただけなの。エドワードだって、あたしと離れてゆっくりしたいでしょう?」
ずっと一緒だったんだし。
時々、べラの言葉に、僕の心の中をすべて見せてあげたくなる時がある。
べラと離れて、ゆっくり?
そんなことを僕が本当に考えると思っているのだろうか?
どれほどの長い時間を、一人で耐えてきたと・・・?
そう考えて、頭を振る。
べラにわかって欲しいわけじゃない。
こんな寂しさを、恐ろしさを、べラには遭わせたくないと思う。
知らずに居て欲しい。
「買い物に行きたいの?一人で?」
「買い物というか、そう、一人で出かけたいの。ねえ、だって、あたしのこの一年近く、必ず誰かが傍に居たのよ?そりゃ、あたしの命を守ってくれるのはありがたいことだけど、でもね、わかって欲しいんだけど、あたし、もう子供じゃないのよ?」
べラの拗ねたような口調に、僕は笑いが込み上げるのを我慢して「子供だったら、こんなキスはしないよ」と尖らせた唇にキスを落とす。
触れただけで、血が騒ぎ出す。
体が渇望する、甘美なまでの血の誘惑。
それ以上に、今では愛しさから体中がべラを欲している。
触れるだけの口付けから、力を抑制しながら徐々に深さのある口付けへ。
思い切り抱きしめたい衝動と、何よりも大切にしなければ、ガラスのように砕いてしまう恐怖。
べラが我を忘れてキスを返すようになると、欲望に火が灯る。
それが今はツライ。
上手く自分を飼い慣らして、その直前で唇を離す。
「・・・それで、べラは明日一人で出かけたいんだね?」
僕の囁きをくすぐったそうに耳に受け、べラは「うん・・・」とどこか他人事のような感じで返事をした。
だけど、急に頭を振って僕のシャツをぐいっと掴むと、深呼吸をして息を整えて、べラは真剣な表情でこう付け加えた。
「"絶対についてきちゃ駄目"?あのコそんなこと言ったの?」
壁に寄りかかったまま、昨晩のことを話した僕に、アリスは人差し指を唇に押し当てて聞きながら溜息をついた。
「それで、私はあんな未来を見ちゃったってわけ?」
「それなんだけど、君の見えたそのビジョン・・・家を出てすぐってことだよね?」
「そうね、すぐね。ねえ、エドワード?・・・・・・危険は去ったわよ?でも、ベラッたら、根本的なことを忘れてると思うわ」
壁から身体を起こして、僕はアリスの言葉に思い切り頷く。
「彼女はトラブルを引き寄せる。」
「で、もちろん、そんな約束反故にするんでしょう?」
じゃなきゃ、今晩にもあのコ吸血鬼にしてあげなくちゃならないわよ?
アリスの頭の中の言葉に一瞬牙を剥きかけたけれど・・・あながち嘘ではないだろう。
彼女の見たビジョンは、べラが愛車に乗って出かけてすぐに、何故か近所の子供が飛び出してくる。
べラはそれを避けようとして、道路脇のあの大木に激突する、というものだ。
即死でなかったとしても、手の施しようがなければ、その方法しかないかもしれない。
「べラの・・・可愛い・・・無謀なお願いを守ろうと思っていて、君がそんなビジョンを見たのなら、反故にするしかないだろう?・・・・で、次その危機を回避したら?次は何が起こる?」
思わずそう聞いてしまう自分が可笑しい。
アリスは目を閉じて、僕がこっそりその子供を抱きかかえてピックアップの前からジャンプするのを確認すると、ほっと息をつく。
「これであのコが慌ててハンドルを切る必要はなくなったわね。」アリスはそう言って、しばらく口を噤む。
しかし、すぐに眉を顰め「ああもう!」と小さく罵りの声を上げる。
「どうしてそんな連中のたむろしてる場所に足を踏み入れちゃうの?」
「・・・それも問題ない。僕が先回りしておくよ」
「おお怖い。そうね、普通の人なら私たちの気配ですら、"危険"と感じるんだから・・・ああ、そんなに威嚇しちゃ可愛そうだわ。エドワード、怖いわよ!」
集中しているはずなのに、アリスはどこか楽しそうな声をあげて目を閉じている。
「やだ、そのお店は駄目。ほら、裏のガソリンスタンド、ブレーキの効かないトレーラが突っ込んでくる・・・!」
「・・・アリス、悪いんだけど・・・今日ジャスパーとのデートキャンセルしてくれるかな・・・?」
ちらりと時計を見ると、先ほどアリスが見たというビジョンで、べラが家を出る前に見た時計の時刻が近づいてきている。
「それはかまわないけど・・・ねえ、それじゃあ貴方たちの結婚式でもう一つ、あたしの考えたイベントを採用してくれる?」
「それについては・・・アリス、そんなことしようとしたら、べラは怒ってドレスも脱いでしまうよ・・・」
並んで玄関ホールを抜けて、風のようにさっと僕の愛車に乗り込む。
どんなに急いでいても、キィを回す瞬間だけは用心することを忘れない。
じゃないと、すぐに壊してしまうから。
「エドワード兄さんが幸せになる為ですもの?もちろん、私は精一杯お手伝いさせていただくわ」
アリスは大きな瞳をくるりとまわして、含みのある笑顔で口元を綻ばせた。
思い切り踏み込んだアクセルに、エンジンが嬉しそうに音をあげる。
「べラはあんまり派手なことは嫌いなんだから・・・」
「でも、引き寄せることはいつも"派手"よね。それもちょっと悪質で」
「・・・僕たちも含めて、ということかい?」
「あなたが引き寄せたの?それともべラ?」
アリスのからかうような声に、僕は溜息交じりで呟いた。
「災いある衝動が、導いてくれたのさ」
この日、べラが玄関のドアを開けてまたあのドアの向こうに帰るまで、僕は何度もその言葉を呟いた。
2008,1,21
9巻後数日・・・と思っていただけたら、幸いです。
ギャグでもエドxべラでもなく、"ある一日"ということで。
手元に本がないので、言葉遣いなどが怪しいです・・・。
リクエストありがとうございました!