魔法使いハウルと火の悪魔
*パラレルです!ご注意!





恋なんてしなければ、こんなに切なく、苦しく、あんたは涙を流すことなんてなかったのに。

離れてしまうとわかっていたら、こんなに好きになんてならなかったのに?

ぼくたちの間に流れる時間が、確実に違う未来を刻んでいく。
離れてしまえば。
もう同じ時を刻むことはできない。

ずっとずっと、こうしていられたらよかったのに、ね?




way of the separation




雲間から光が降りてきた昼下がり。
それまでぼくたちが一緒に過ごしてきた幸せな時間が、小さく音を立てて弾けた。

「・・・なんで?どうして教えてくれなかったの?」

いつも気にしている赤茶けた髪に負けないくらい真っ赤になって、ぼくの前で立ち上がったソフィーの目に、涙が浮かんでくるのが見えた。
ぼくはなるべくその瞳を見ないように、ソフィーのぎゅっときつく結ばれた唇に視線を移す。
その唇も微かに震えだすと、いよいよそこすら見ていることが出来ずに、結局彼女の影を黒く落とすコンクリートに視線を固定した。
立ち上がった拍子に彼女の膝の上にあったハンカチとサンドイッチが二つ、足元に転がり落ちた。
その様子がまるで今の彼女の心境を表しているかのようで、ぼくの胸の奥がちりちりと痛んだ。

「・・・なんで・・・かな?」

こんなはずじゃなかったからさ。
ぼくが、ここで君に出会うなんて、愛しくて、少しの間も離れて居たくないなんて思う相手と、出会えるなんて思っていなかったから。

「最初から?」

震える声は体中が震えているからで、ソフィーの足も小さく震えているのがわかる。
ぼくはついに目を逸らす場所も見つけられなくて、大好きで、いますぐにでも胸の中に抱きしめてしまいたい愛しいソフィーをゆっくりと仰ぎ見た。



ソフィーに出会ったのは、もう冬も間近になった11月だった。
付属校の後輩と毎年行われる技術交流会。
その日偶々徹夜明けで研究棟に残っていたぼくは、気がつけば教授とサークルメンバーに連れられて、ソフィーたちの前に立っていた。
ぼくは研究で泊り込んで、もう3日も風呂に入っていない状態で、頭はぼさぼさ着ていた白衣だって教授たちのような真っ白の小ぎれいなものではなく、そりゃあもう最悪で。

(・・・なんでぼくがこんなことしなくちゃなんないのさ?)
(ぼくはただ教授にデータを見せに行っただけで・・・)
(やっと部屋に帰って、風呂に入ってぐっすり眠れるって思ってたのに)

後輩たちがきゃあきゃあと顕微鏡を覗く姿に小さく頭を振った。
サークルのメンバーは、いつも・・・いや、合コンでしか見せたことがないような爽やかな笑顔を振りまいて、とりわけ女の子たちの多いグループで説明をしている。
サークルの奴らも奴らだけど、女の子たちも女の子たちだ。
ぼくらを順番に品定めするかのような目は、好奇心で輝いてる。
まともな恰好をしていないぼくに、彼女たちが見つめる時間なんてせいぜい2〜3秒。

(ぼくが来る必要ってあったわけ?)
(・・・ああそうか。アベルの奴、エリーがぼくに盗られたとか言ってたな・・・)

そっと中心に居るアベルを見れば、案の定ぼくの様子ににこりと満足そうに笑っている。
いつも着飾るのが好きなぼくも、本当はこんな奴だってのをアピールしたかったってわけだ。

「はあ・・・」

思わず溜息が漏れた。
その時までのぼくにとって、女の子とは"気軽に楽しむ"ということが一番で、エリーだって向こうから声をかけてきたんだ。

(どうでもいいけど、さ。)
(とりあえず、寝かせてくれって感じなんだけど)

心の中でぼやきながら、ぼくは教室の片隅でひっそりと、まるで誰にも見つからないように息を潜めているような少女に気がついた。
赤茶けた髪をきっちりと三つ編みしていて、顕微鏡を覗きこんで小さく首を傾げると、小さな背中でその髪がまるでネズミのしっぽのように揺れた。
ぼくは眠気も忘れて思わずくすっと笑みが零れた。
おっかなびっくり顕微鏡を覗き込んでいるその女の子が、妙に気にかかった。

それが、ソフィーとの出会いだった。


それまでどこか人を信じられず、愛情というものに懐疑的だったぼくは、だからこんなにソフィーが好きで仕方なくなるなんて思っていなくて。
何より、ソフィーがぼくを好きになってくれるなんて思ってなくて。
ぼくらはよく言い合って、お互い感情を初めてぶつけ合える相手に出会えたことに、不思議と感謝していた。

だけど。
出会ったときには、すでに決まっていた。
ぼくの研究に興味をもってくれたメディカルスクールへ行くこと。
ぼくにとって、それが一番の望みだったのに、ソフィーと過ごす時間は嘘のように幸せな時間で。

ずっと、言い出せなかった。
こんなに好きになるなんて、思っていなかった。


「・・・い、いつ発つの?」

ぼくの瞳を食い入るように見つめて、ソフィーはようやくと言った感じで、それだけ搾り出すように言葉にした。
感情を隠す術をまだ知らないソフィーは、多分、今初めてその方法を試しているのだろう。
浮かぶ涙を絶対に零すまいと両手をぎゅっと握り締めている。

「・・・あさって」
「あさって!あさってですって!?」

さっきぼくが解いてしまったソフィーの髪を風が可笑しそうに舞い上げる。
小さな肩が悲鳴をあげかけている。

さあ、いつものように思い切り怒って、「あんたなんて知らない」って背を向けて。
いつもと違うのは、今日は・・・ぼくは、もう、追いかけてソフィーを引き止める資格がないってことだ。

・・・最初から、本当はそんな資格なかったんだ。
だけど、ぼくは少しの時間でも、ソフィーと一緒に居たかった。

こんな感情は初めてで。
傷つけるとわかっていたのに。
いや、本当にわかっていたわけじゃない。
今まで、こんなに好きになる人に出会わなかったのだから、その人を傷つけるということが、こんなに苦しいなんて知らなかったから。

「なんで?もっと早く教えてくれてたら!」
「ぼくに着いて来てくれた?無理だね。ソフィーはまだ17歳で・・・ぼくをぼくだけを選ぶなんて無理だよ。
それに言ってあったて、確実にその日は来るんだから。」

ぼくがわざとおどけた口調で言って両手を少し持ち上げ肩を竦めて見せると、ソフィーはぎりっと唇を噛み締めて、ぼくのよれよれのトレーナーの襟首をむんずと掴んだ。
もう感情を隠すなんてことはできなくなったように、ソフィーの瞳からは涙が1粒零れ落ちる。

「・・・ハウル!本気で言ってるの?」
「本気だよ。今日でさようならだ。ぼくはアメリカへ行くよ。ソフィーも元気でね?」

明るい声で言って、ソフィーの頬に流れた涙を指で掬った。
指に触れたソフィーの涙は、ぼくの指を冷たく凍らせる。

恋なんてしなければ、こんなに切なく、苦しく、あんたは涙を流すことなんてなかったのに。

「離れてしまうとわかっていたら、こんなに好きになんてならなかったのに?」

ぼくたちの間に流れる時間が、確実に違う未来を刻んでいく。
離れてしまえば。
もう同じ時を刻むことはできない。

「ずっとずっと、こうしていられたらよかったのに、ね?」

思わず俯いてぼくが零した本音。

握り締めていたトレーナーから、ソフィーの指がゆっくりと離れる。
ぱたんと両手が落ちて、同時に力が抜けたようにその場にソフィーは座り込む。

「あたしのことが、もう嫌いになったの?」
「嫌いじゃないよ」
「あたしのこと、すすす、好きっていったのは?」
「・・・ふふ。」
「何よ?」
「ソフィーって、そういう言葉弱いよね」
「あたし、は、言いなれてないのよ!」
「・・・うん。」

そうだ。
ソフィーにとっても、多分初めての恋だったんだ。

「それで?ハウル・・・答えは?」
「・・・嫌いじゃないよ」

「好き」と言うのは怖かった。
もうソフィーと一緒に居れないのに、その言葉を残して行くことはできないと思った。

「・・・・・だったら、こうしていましょうよ。」
「こうしてって・・・あさってにはもうぼくは・・・」
「だから、あたしは離れていても、こうしてハウルの傍にいるから」

思いの他しっかりとした声が、でも涙交じりの声であることには変わりなくて、ぼくはソフィーを見つめた。

「ぼくは臆病者だから、傍に居ないで、ソフィーの気持ちが離れていくのを待ってるなんてできないよ」

そう言ったぼくに、ソフィーはぎゅっと抱きついて「離れてなんかあげない」と呟く。

「今は行けなくても、必ず追いかけていくもの。」
「ソフィー」
「だから、さよならする方法じゃなくて、あたしたちが二人で歩いていける方法を考えて?」

ソフィーの体温が冷たく冷えきったぼくの心を温かくする。
見てくれじゃなく、いつだってそうやって、あんたはぼくの心の中に入り込んでくる。

「君は、この狭い世界しかしらないから。」
「ねえ、どうしてあなたのその素晴らしい頭は、離れてしまうことばかり考えるの?
隠れるように生きてきたあたしに、世界を広げてくれたのはあなたなのに。」

苦しいくらいの抱擁に、ぼくはそっとその小さな背中に手を回す。
思わず息を吐いて、それが安堵のものだったことに、苦笑した。

「・・・やっぱり、ぼくは臆病者。きみを突き放すことすらできやしない」
「臆病者でよかった。・・・あたしは頑固者だからちょうどいい。」
「そのうえ知りたがりで?」
「そうよ!これからいろいろ貴方のことを知っていくの。まだまだ知らないことだらけ。
・・・離れているのは寂しいけれど、あたしだってじっと待ってるなんてしないんだから。すぐに追いつくから!」

言って、おでこをこつんとぶつけた瞳には、また涙が浮かぶ。
だけど、覗き込んでいるぼくに、君は顔をしかめて言った。

「・・・あたしが行くまで、部屋は自分で掃除してね?ガラクタだらけにしたら承知しないんだから。」
「ソフィーが来た時に、片付け甲斐があるようにしておくよ」

離れてしまっても、同じ時間を過ごせなくても、多分、どこかで繋がってる。
同じ未来を信じる限り。


Not a way of the separation.
way that there can be together.


「でも・・・やっぱり寂しい」と小さく零した君に「大好きだよ」と囁いた。







2008,1,10





399999リクでいただきました。
「ハウソフィで 喜ばしいことなんだけどもう少ししたら確実に離れてしまう二人のちょっと寂しい情景。なんだか切ない学生物」
というリクをるうくさんよりいただきました。
むむ難しかったよ・・・・!
本当は大学とか受験関係で離れる二人、という設定も言われていたのですが、私の中で激しくキャラが崩れたことと、学生=同い年?1〜2歳の年の差?と悩んだのですが、17歳(ソフィー)と21〜22歳(ハウル)くらいしか考えられず・・・こんな結果に。
ごめんなさい。
ハウルがあまりにもへたれてしまった・・・・。
そして切なさも・・・いまいちでしたね。