風光る
深 想 い
一見このにこにこと笑みを浮かべて歩く外面のよい男が、"泣く子も黙る"新選組一番隊組長、沖田総司であると耳打ちしたところで、誰がそんなことを信じようか?
一度剣を交えればその面持ちは一変し、剣気で相手を震え上がらせるほどであるにも関わらず、普段の彼はにこにこと人懐こい男である。
嬉しそうに口元を緩めながら市中を歩く姿は、偶々隠密行動中だった彼の同僚をイラつかせるには充分であったようだ。
(・・・沖田さんは一体何をしてるんだ?)
町人体に扮した、新選組三番隊組長、斎藤一は、緩みっぱなしの顔で歩く沖田を遠目で確認すると首を傾げた。
そんな顔をして歩いているときには、決まってその傍ら、鬼の棲家と恐れられる新選組の隊士とは思えないほど、華奢で可愛らしい顔立ちの少年 ― と斎藤は信じているのだが ― が付き従っているのだが、今日は見当たらない。
(刀を持たせればその名を余すことなく市中に響かせる上に、普段は抜けている風でいて肝心なところでは勘の鋭い沖田さんが。)
(あれだけ一心に沖田さんを慕う神谷の『恋しい』という気持ちに、面白いほど気がつかないというのは、不思議なモノだ。)
(敢えて気づかぬふりをしているのか、それとも・・・)
(神谷の気持ちには気づいているが、己の気持ちには気づかぬと?)
(いずれにせよ、"野暮天"の"野暮天"と言われる所以か)
斎藤は沖田の後ろを距離をとりながら歩いた。
自らも、神谷への憎からぬ想いを自覚している斎藤にとって、この男の神谷に向ける並々ならぬ想いには気がついている。
自覚がないのは本人と、特別だと気がついていない神谷なのであるが、沖田本人にそんなことを教えてやる気はさらさらない。むしろ一生気がつくな、とさえ思う斎藤である。
それでも、やはり沖田の傍らに、いつもある筈の存在が居ないというのは、なんだかしっくりこないのだった。
沖田が己の想いにいまだ"恋"と気づかないことに安堵しつつ、神谷が苦しんでいる姿を見ると、なんだかんだと助け舟を出してしまうのだから始末が悪い。
(兄上、兄上と慕われて、つい己の想いより神谷の気持ちを応援したくなってしまう)
そんなことを考えながら、なるほど、そろそろ月に一度三日間ほど休暇をとり妾の下へ行く頃合だったのだと斎藤は思い当たる。
それでは、と斎藤はますます首を傾げ、うきうきと歩く沖田の後姿に疑問を抱く。
(いくらなんでも浮かれすぎだろう?)
神谷がらみのことでないとすると、一体なんだというのだろう?
「兄上」と無邪気な笑顔を見せる神谷を思い浮かべる。
(先日の、女子姿に扮した神谷は、何ゆえそれほど可愛らしいのだ、と問いただしたくなるほどに美しかった)
(如心遷に悩みつつ、あのように女子姿に変装してまで・・・)
沖田の見合い話が持ち上がったときに、神谷が女子姿に扮してまで出かけたことを思い、斎藤はなんとも言えない胸苦しさを覚える。
もう、あのような辛そうな顔は見たくはないのだ。
そんなことを考えているうちに、沖田の軽やかな足取りは黒谷の方に向いていることに気がついた。
(会津藩本陣に何かあるのか?)
少しばかりほっかむりを目深に被りなおし、歩を進める。
沖田個人が黒谷に呼ばれることなど、聞き及んでいない。
しかし、そんな斎藤の一瞬の緊張などそ知らぬ沖田は、近くの茶屋に腰を据えると相変わらずのにこにこ顔で団子を頼み、ほくほくと運ばれてきた団子を頬張っている。
「んーおいしい!ここのお団子は本当に美味しいですね。今度、神谷さんにも食べさせてあげたいです!」
茶屋の娘に満面の笑顔で言う沖田に、斎藤はずるりと肩透かしをくらう。
(・・・な、なんなんだ・・・)
がっくりと肩を落とし、何故、のこのことこの男についてきたのか・・・と己の行動に溜め息を漏らしながら、茶屋にくるりと背を向ける。
お気に入りの茶屋で一人団子を食べる為に黒谷近くまで来ただけなのか、と隠密故の深読みで行動してしまったことにうな垂れた。
「沖田さん、お待たせいたしました」
しかし、聞き覚えのある声に、斎藤は振り向いた。
「古川さん、お忙しいのにすみません!」
「いえいえ、私も楽しくて仕方ないのですよ。沖田先生からのご指摘は、毎回楽しみでもあるのですから」
(驚いた、古川清右衛門ではないか)
再び茶屋に向き直った斎藤は、会津肥後守御抱刀工の古川と語らう沖田へ視線を戻した。
古川は勧められるままに隣に腰を下ろし、柔和な笑顔で運ばれてきた茶碗を口元に運んでいる。
(新しい刀でも・・・?)
「試作ができる頃かと思いまして、こうしてまた性懲りもなく来てしまいました。」
「今度は自信がありますよ、これからすぐに向かいますか?」
「ええ、お願いします。」
にこっとこれまた本日一番の笑顔を見せると、沖田はすくっと立ち上がる。
「何度も何度も足を運んでいただいて、沖田先生の熱意には頭が下がります」
「あの人が動きやすい物を・・・と思っているのですが、やはり難しい注文ですよねぇ」
「難しいからこそ、やりがいがあります。それに、手勝手を熟知されているので刀を鍛つ時も、それらを考慮しながら鍛えられますから。」
「"神谷流"にあったものを、と想った時に、古川さんしか思い浮かばなかったんですよ」
「ふふふ、沖田先生にそこまで思われて、神谷さんは本当に幸せですね」
古川の言葉に、ほんの一瞬、沖田の瞳が変化した。
困ったような、そんな自分に戸惑うような、揺れる瞳。
そして、すぐに、神谷の姿を思い描いたであろう細められた瞳。
それは紛れもなく、愛しいものを想う眼差し。
「!!」
斎藤は思わず大声をあげそうになって、口を両手で押さえた。
(あんなに浮かれて歩いていたのは、神谷の為にと拵えている刀を想うが故なのか)
この男は、無自覚ながらどれほど神谷を想っているのだろう?
甘やかしているだけだ、と冷静な声が聞こえていたが、ほんの一瞬垣間見た「男」の沖田に、斎藤は胸騒ぎがしたのだ。
(これで、己の気持ちに気がついたとき、沖田さんはどうするのだろう?)
考えた所で詮無いことだ、そんな風に想いながらも古川と共に去って行く沖田の背中をじっと見つめた。
(結局、あんたがそんなににこにこと笑うのは、神谷に関することだったというわけだ)
――傍らに居ずとも、常に想う
出した結論に思わず腕組し、刀を受け取る神谷の嬉しそうな笑顔を思い浮かべた。
(そも、神谷の心(しん)の笑顔もまた、沖田さんあればこそ、か)
とんだ隠密行動だ、とぼやきながら、そんな二人ともに、どうにも愛しく感じてしまっていることを。
(気づいてなどやるものかっ。)
2007,10、2
17〜18巻の間のどこかのお話・・・(笑)ということで。
*突発絵チャ中に派生したお話ですー。その素敵なログはこちら!
まひるさん・海が好きさんへ捧げます♪