Troublesome Tornado



星の子の奇跡 −後編− written by 梓音




朝食を終えて、いつも通りに開店した生花店の売り上げはもう一人の魔法使いのおかげで上々だった。
お昼を過ぎた頃に朝摘んだ花があらかた売れたのを見てマイケルはチェザーリへと行ってしまったのを機に、今日はこれで閉店にすることにした彼女は居間でお茶の支度をする。
「どうにかなりそう?」
砂時計が落ちきったことを確認し、カップにお茶を淹れたソフィーは夫から渡された魔法書を読みふけっている彼に話しかけながら差し出すと、彼は礼を言って少し微笑う。
「何とかね。でも君たちのときとは状況が違うから僕が魔法を使うことはそう無いと思うよ。次元を越えるときに防御として必要なだけじゃないかな。」
「そう? 良かったわ。あの人の話だと上手くいけば今夜にでも帰れるらしいから。」
早々にお帰り願おう
昨夜、そう呟いたハウルの行動は素早かった。珍しく早起きをしたかと思えばカルシファーやマイケルにあれこれと指示を与え、ソフィーには早く帰るよと言い残して王宮へと仕事に行ったのだ。その時の夫の言葉を思い出して口にしたソフィーに目の前の魔法使いは苦笑する。
「さすがだね。まあ、僕もその方が助かるけれど。」
きっと今頃ソフィーが心配しているだろうから
気遣わしそうに続けられた言葉に彼女は彼を覗き込む。
「ねえ。どうしてあなたこんな厄介なことになったの?」
向こうの世界にいるとき、あちらのソフィーが珠の力とハウルの魔力に呼応して呼び出されたことがきっかけで、ふたりのカルシファーの間に道が出来てしまい、今回のことが起こったのだと、ソフィーは夫から説明を受けていた。けれども。
「いくら繋がってたって次元が変わっている以上、簡単にはいかないはずだってハウル・・・いいえ、ハウエルが言っていたわ。いったい何があったの?」
もしかしてまだそちらは戦争をしていたりするの?
脳裏に焼きついたままの赤い炎と荒廃した町の光景に心配そうに顔を曇らせて尋ねるソフィーに蒼い瞳のハウルは困ったように眼を泳がせる。
「そんな大したことじゃないよ・・・ちょっと悪ふざけがすぎただけで・・・」
「そういやあんた、こっちに来たとき何か言ってたよな・・・・」
思い出すように話し出した悪魔の言葉にソフィーも思い出した。ここに来てまるで誰かに突き飛ばされるようにカルシファーから飛び出してきた彼は何て言っていた?
『酷いよ、ソフィー』
「悪ふざけね・・・ハウルはどこでもハウルという訳ね。」
「最低だな。」
何があったか想像がつくわ、と呆れたように彼を見たソフィーとおかしそうなカルシファーにハウルは慌てたように顔を上げる。 「別に無理強いしてたわけじゃないよ!」
ただあまりにもソフィーが可愛かっただけで!
必死に弁明する姿に更に呆れながらもソフィーは肩を竦める。どうだっていいわ、そんなこと
「悪いなんて言ってないわ。疑問に思ったから訊いただけじゃない。」
あなたたちの間についてどうこう言う気は無いから安心しなさいよ
きっぱりと言った彼女の横で暖炉の悪魔がけらけらと笑い転げた。そうして2人の間に浮き上がり、ソフィーの方をからかう様に見た。
「ハウルも結婚する前はあんたに良くちょっかいかけてたもんな!」
「カルシファー、余計なこと言わないでよ。」
顔をしかめて怒鳴りつけると、ハウルは羨ましそうに彼女を見る。
「君と彼は仲が良いよね。」
僕もはやく君たちのような関係を彼女と築きたいのだけれど
「寝室も一緒なんだってね。昨夜カルシファーに聞いたよ。」 「夫婦なんですもの。珍しいことではないわ。」
寂しそうに微笑う姿に余計なことをとカルシファーを睨んだ彼女は異世界の魔法使いに視線を戻す。昨日気の毒にと呟いた夫の言葉の意味が漸く判って溜息をついた。あの人の思考も偏っているけど、このハウルも相当偏っているわ。今のあたしたちと比べるなんて!
「あなたたちはまだ始まったばかりじゃない。」
俯く黒髪が頼りなく見えて彼女は抱え込むように抱きしめる。背後で騒ぐ火の悪魔にあの人には黙っていなさいよ、と釘を刺して。
「言ったでしょう? あなたは絶対に幸せになるって。」
揺れる瞳は蒼だというのに、透けたその先に緑が見えた。
この人は彼。そして彼女はあたし。それならば。
「あなたはあなたの望む未来を必ず手にするわ。必ずね。」
だから馬鹿な考えは捨てなさい
囁くように耳元に落とすと彼は身体を震わせる。
「・・・・ありがとう、ソフィー」
消え入りそうな声に彼女は口元に笑みを浮かべ、するりと離れると時計を見上げた。もうすぐハウルが帰ってくる。今夜は彼を元の世界に帰すために出かけるようなことを言っていたから今のうちに夕食の支度をしておいた方が良いかもしれない。
そう結論付けたソフィーは彼女の周りをふよふよと飛び回るカルシファーを急きたてて台所へと向かい、彼女の行動を不思議そうに見ている彼に理由を話した。先ほどの礼なのか手伝おうかと訊かれたが、彼女は首を振って夫が帰ってくる前に下準備だけでもしておこうと動き始める。
一通りの準備を終えてソフィーが居間へと戻ると、タイミングよく玄関の扉がばたんと開き、カルシファーが叫んだ。
「キングズベリーの扉!」
「ただいま、ソフィー」
「ハウエル! マイケルも!」
夫のキスを受けながら一緒に入ってきた彼の弟子をソフィーは驚いたように見つめた。
「あんた、チェザーリじゃなかったの?」
「行ってきましたよ。その後ハウルさんに呼ばれたんですよ。」
「そういうこと。さあ奥さん、準備は良いかい?」
「あたしは構わないけど、ハウルとカルシファーは?」
にこにこと促す夫に振り返ると、もう一人の魔法使いと火の悪魔も後からついてくる。全員が玄関前に辿り着いたのを確認してハウルは小さく呪文を唱えて扉を開いた。
「ここ・・・ポートヘイヴン?」
広がる景色にソフィーは呆然と呟く。
「そうだよ。ちょうどシーズンで助かったよ。」
さあ、行こう
そう言って彼が促した先の沼は空から降ってくる無数の流れ星できらきらと光り輝いていた。
「こっちにもこんな場所があるんだ。綺麗だね。」
感心したように見つめるもう一人のハウルは近くに寄ると身を屈めて何かを拾った。手のひらに載せたそれを彼は暫く黙って見つめていたが彼らのもとへと戻ると、ハウルの目の前に差し出した。
「必要なものはこれかな?」
「そう。魔法書は役に立ったみたいだね。」
「初めて見たよ。カルシファーが大切にしていた訳が判った。壊したら恨まれるだろうな。」
「だろうね。」
苦笑して覗き込む2人の魔法使いの言葉にソフィーとマイケルも彼の手のひらを覗き込んだ。そこには円い球体が一つ。それは以前彼女の夫がこの魔法使いの悪魔へと渡したものと瓜二つの水晶球だった。
不思議そうな妻と弟子の様子にハウルはおかしそうに笑って、彼の手の上を指差す。
「これはね、死んだ星の子、流れ星の結晶なんだよ、ソフィー」
「流れ星の結晶って最高の魔法石じゃないですか!」
本で読んだことあります!と興奮したように叫ぶマイケルの横で、カルシファーが大切に扱えよと念を押している。
「結晶・・・?」
「うん、意思の疎通に使うならやっぱり同属のものが相性が良いからね。」
今回は良すぎることが仇になったようだけど
肩を竦めて説明したハウルの向こうでマイケルが沼の近くの地面を必死に探している姿が見える。
その様子を見ていた魔法使いたちはしばらくして傍で浮く炎を同時に見た。
「カルシファー」
ハウルが呼びかけるとカルシファーは紫の口を開く。するともう一人のハウルがそこに持っていた珠を放り込んだ。口を微妙に動かして入り込んだ珠の位置を決めていた火の悪魔の動きが止まるとハウルは呪文を唱え始める。徐々に眩しく輝いてくるカルシファーの体が大きくなり、照らし出された光の中に通路が見えた気がしてソフィーは口元を手で押さえた。
「ありがとう。」
ゆらゆらと揺れる入口が固定されたことを確かめて呪文を止めた夫にもう一人のハウルは穏やかに言った。
「アクシデントではあったけど、貴方たちには一度会って見たかったんだ。」
「そりゃ良かった。僕もあんたが望む未来を手に入れられることを祈ってるよ。」
「ハウエル!」
ひらひらと手を振って面白くもなさそうに返された返事にソフィーは驚いて叫ぶ。どうして? まだ帰ってきてなかったのに! 「僕に隠し事なんて甘いね、ソフィー」
ぼそりと囁かれた声音にぞくりとした。あとでゆっくり話そうと続く夫の言葉に彼女の悪寒は増すばかりとなる。いったいどうして!
「ほら、ソフィー」
お別れだよ?
言われて見上げると光に包まれるようにして黒髪の魔法使いは2人を見ていた。
「ハウル」
「さよなら、ソフィー」
幸せに
最後にそう言って異世界の魔法使いは消えてしまった。その光を吸い込むようにしてカルシファーが元の姿に戻ると静けさが戻ってくる。流星も一段落してしまったのか辺りは真っ暗闇だった。
「なんだか呆気なかったわね。」
「こういうのは早さが大切だからね。」
向こうからも呼びかけがあったから大丈夫だろう
消えた場所を見つめ続けるソフィーに答えた彼はそのままカルシファーへと寄っていき、手を差し出す。それに一瞬嫌な顔をしてはいたものの悪魔はすぐにまた口を開いて先ほどの珠を吐き出した。
「壊してしまうの?」
そんなに綺麗なのに。
暗闇でもほんの少しの明かりできらきらと輝くそれにソフィーが残念そうに尋ねるとハウルはじっくりと眺めた後にマイケルを呼んで彼に渡した。魔法石としての力はなくても、宝石としての価値はあるからマーサにプレゼントすると良いよと言われた彼は嬉しそうに城の扉へと駆け出していく。
「これでいいかい、奥さん」
悪戯っぽく覗き込まれてソフィーは笑う。粋なことも出来るんじゃない!
「言うこと無しよ、旦那さま」
おかしそうに返す彼女を城へと促してハウルも笑う。これで城は元通り。彼に限らずあちらの世界の住人がこちらに紛れ込むことはもう二度とないだろう。
「幸せになれると良いわね。」
「そりゃなるよ、あんたの呪いもあるし。」
当然というように返された言葉にソフィーは話を蒸し返してしまったことを後悔した。せっかく良い雰囲気だったのに、台無しだわ
助けを求めるように見回せばいつの間にかマイケルもカルシファーもどこかへと消えていた。そうして鎖のように巻きつく夫の腕。
「とりあえず僕のことをミーガンみたいに呼ぶのを止めてもらおうかな。」
「・・・・呼んでみたかったのよ。」
こんな機会じゃないと呼べないんだもの
そう言って俯いた妻にハウルは瞳を見開いた。そうして嬉しそうにほんのりと染まった彼女の耳朶に囁く。
「だったらもう少しこのままでいようか?」
「いいえ、もう十分!」
くすくすと笑う夫の言葉にソフィーは叫び返して城へと駆け出していく。
きっとこの後はからかわれるんだわ!
だんだんと近づいてくる夫の足音に確信した彼女は盛大な溜息をつく。そして夕食で彼が何もかもを忘れてくれることを祈りながら、台所へと向かうのだった。






END








ジブリサイド番外編はこちら→『オトコノコ・オンナノコ」


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December 07, 2005