Troublesome Tornado



散らばった欠片 written by 純




ビリビリと稲妻が走るような衝撃を感じ、王子は意識を取り戻す。
どれほどの時間こうしていたのか検討もつかず、ふらふらする頭に力が入らなかった。
入らないのではなくて、体中が何かで押さえつけられているような不思議な感覚。自由を奪われた手足、目を閉じているつもりであったのに、まぶたを閉じることすらできない瞳。そして自分が茂みに頭から突っ込んでいることに気がつく。それは自分の体が小さな球体に閉じ込められたような感覚。その中で必死に体を捩るが、その振動が僅かに伝わるのみで、起き上がることは叶わない。
両手を使おうにも堅い添え木をされたようであったし、足もまるで一つに束ねられてしまったように動かせない。せめて、と頭を左右に振ろうとするが、やはりぴくりとも動かずに見える景色も代わり映えのしない草むらであった。
王子は何故このような事態になったのか整理することで、このどうしようもない事態を打破する糸口を掴もうとした。
お忍びで出歩いていた王子は不安そうにしていた美しい女性を見つけ、そのまま見過ごすことができずに声を掛けた。
美しいその女性はソフィー・ジェンキンスと名乗ったな、と王子は記憶を遡る。
ソフィーが膝に抱いた金髪の長身の男が、突然眼下で碧眼を開きその瞳に剣呑な光りを宿すと、不機嫌そうに指が振られ王子の体中に稲妻が走るような衝撃が襲った。思わず目を瞑ったつもりであったのに、両目はしっかりと固定され全てが見えていた。
その直後、ソフィーが自分を見上げた時の、恐怖に満ちた顔が王子の頭から離れなかった。
その大きく見開かれた瞳に映った姿は・・・人に似せてあるものの、自分の顔ではなかったのだ。そう、あれは、カカシと呼ばれるものだ。しかも頭は、大きくなりすぎて市場でも売れ残るような大きな・・・腐りかけたカブだ。
驚いて声を出そうにも口は開いてくれない。
刹那。
思い切り、体がバラバラになるのではないかというほどの力で吹き飛ばされ・・・今に至る。

何と悲しい運命か。ああ、きっと私は一生カブ頭のカカシのまま、誰にも気づかれず、雨風に晒されていずれは朽ち果てるのだろうか?
これは何か政治的な陰謀か?それとも戦争に恐怖する国の民を無視する我が父を止めようともしなかった僕に対する天罰なのか?

そんな風に考えて、悲しみのあまり身体を大きく(自分にとっては、だが)揺り動かす。涙も流せず、何故こんな仕打ちを受けるのかどうしても納得できず、それでもこの状況が嘘でなく、あの男は・・・ハウルと呼ばれた長身の男は、魔法使いであることには間違いないだろうと考え、ぞっとする。
それはすなわち、魔力を持つ選ばれし者。王子という肩書きこそあれ、特別な力など持ち合わせていないカブ王子にはどうしようもないことなのだ。
魔法使いに掛けられた呪いは、その魔法使いに解いてもらうか、より強力な魔力もしくは魔法解除魔法が必要なことくらい、お抱え魔法使いから聞いていた。残念ながら、彼の国ではインガリーのサリマンや、今日出会った魔法使いのような強大な力を持つ魔法使いはいないのだ。
ビリリ!と再び稲妻が体を駆け抜けるような痛みを感じ、それは己の体の中に留まる魔力が反応しているのだと、気がつく。自らに掛けられた呪いは、強力だ。王子に掛けられた魔法よりずっと大きな魔力が近づいてきていることを感じ、王子は心の中で叫んだ。

助けて!このまま逆さになっているのだけはごめんです!

「ちょっと太いかしらね」
ピシリと空気が硬質なものに変化したかのように震え、なにかが弾ける。互いに掛けられた呪いが強力ゆえに、反応しあう。
王子の一本足にしわくちゃで骨ばった手が触れる。頼りなげに持つその手は明らかに老婆のもの。それでも、王子はその両手を掴んで感謝のキスを降らせたいと思った。まあ、もちろんそんなことはできないのだが。
老婆はまさか今、自分が掴んでいる枝が王子の足であるとは、露ほども感じていないだろう。
「ウン、ウ〜ン・・・!アイタタ・・・はぁ、頑固な枝ね」
王子はこの老婆のしわくちゃの手が、自分にとって最後の望みであることを・・・直感していた。
「ソフィーばあちゃんを甘く見ないで!!」
老婆は渾身の力を振り絞るように、関節の痛みにも耐え、ついに王子を・・・カブ頭のカカシを茂みから引きずりだした。
真っ青な空が見開かれたままの瞳に映ると、王子はほんの少し呪縛が解けたのを感じた。ゆらりと老婆の前に立つと、未だ体中に走る同質の魔力のほとばしる先を見据える。老婆のスカートのポケットの中から、同じ波動を掴みあらためて老婆を見下ろす。

あの魔法使いの力を感じる!

しかし、この老女からはまったく異なる魔力を感じる。この老女も呪いを掛けられているのだ。
助けてもらいありがたいという気持ちと、この魔法を解くことは無理そうであることを悟りがっくり肩を落とす。
同じ波動であったので、てっきりあの魔法使いが近くにいるのではないか、と思ったのだ。
老婆は一人で勝手に立っているカカシ王子をいぶかしみ、魔女の手下ではないか、と不安げに見上げている。
質の似通った魔力は、小さいながらも強大な力を秘めていた。
ビリビリと反応した魔力は、やがて空気に溶けるかのように柔らかくなり静かに王子を包み込んだ。幾分体が軽くなり、ぴょんぴょんと飛び跳ねることが可能になる。
気がつけば、老婆は岩肌が剥き出しの丘をよたよたと登っていた。よほど急いでいるのだろうか?足元は大きな石が転がり、急な坂道に腰を折り辛そうにしているのに、風が強く吹き付ける中を必死に登っていくのだ。
せめて杖を!と考え、王子はぴょんぴょんと飛び回ると、またあの強烈な稲妻のような魔力を感じ、気がつくとその腕に杖が掛かっていた。
一体どこから?と辺りを見回そうにも思うように首は動かず、それよりも老婆に一刻も早く杖を届けたくて、王子は追いかけた。

カツンカツンと岩肌を蹴り、老婆を追いかけると背中を丸めて風に向かう頼りない丸い背中が見える。老婆は背後にただならぬ気配を感じ振り返る。
先程振り切ったはずのカカシが追いかけてきたのを見て取り、老婆は声をあげその場に留まるように訴えるが、カカシは必死に追いすがる。
老婆の前に一足飛び立つと、その目の前に杖を落とす。
「これはぴったりの杖だね、ありがとさん」
そして、再び同質の魔力を感じ、くるりと向きを変え慌てて飛び跳ねる。

これは、あの魔法使いの魔力。この近くで確かにあの魔法使いがいたのだ!

欠片を集めていくように、カカシは自分に呪いを掛けた魔法使いの魔力を辿り奇妙に動く不思議な物体を見つける。そこからは、あの魔法使いと、異なるようでシンクロする他の魔法使いの力も感じる。
しかし、これでいいのだ。
散らばった欠片がここに集まるように、細く切れかけた呪いの糸が張り巡らされている。

老婆がその扉をくぐるまで、王子はその場で飛び跳ね続けた。










束の間の休息(written by 梓音)に続く


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July 03, 2005