Troublesome Tornado
ほこりとクモとがらくたと Written by 梓音
がしゃんがしゃんと音を立てて目の前を横切る物体を二人は見つめていた。
「うちも相当変だけど、これも変ね。」
呆れたようにソフィーが呟くとハウルは酷いなあと苦笑しながら遠ざかろうとしている城をじっと観察する。彼の城と同じく定められた入口以外からは入り込めないように結界が施してあるのが視える。
「問題はどうやってあれを止めるかだな・・・」
「あら、そんなの簡単よ。」
こうすれば良いのよ
考え込んだハウルにこともなげに言ったソフィーは城へと走って行き、落ちていた棒をを拾い上げるとびしっと城に向けた。
「止まりなさい! あたしたちは用があって来たのよ! お客さんが来たら歓迎するのが礼儀でしょう!」
ソフィーの声に反応するように城はぴたりと動きを停止した。ほらね!と得意げに鼻を鳴らして振り返るソフィーに近づくとハウルはしみじみと妻を眺めた。何だか手馴れているように感じるのは気のせいだろうか?
「なによ。」
「あんた僕のとこにもそうやって来たわけ?」
「そうよ。あの時はあたしが原因とは思わなかったけど。でもこっちの城の方が親切よね! 何たって入口が一つだもの。」
きっとこっちのハウルはあんたほど捻くれていないんだわ
楽しそうな彼女にハウルは肩を竦めて僕の方が用心深いだけさ!と嘯くとソフィーの手を引いて入口へと急いだ。
押すとなんなく開いた扉の向こうに入った二人は入口の階段を上って居間らしき場所に立つと辺りを見回した。しんと静まり返ったそこには暖炉の明かりがちらちらと燃えるだけで人の気配はなく、ソフィーに初めてハウルの城に来たときを思い出させる。思い出すと言えばもうひとつ、彼女は夫を呆れたように見た。
「さっきの撤回するわ、ハウル。ここのあんたもあんたに負けず劣らず駄目みたい!」
なんて酷い部屋!
顔をしかめてソフィーはつかつかと台所へ向かった。たくさんの使用済みの食器の詰まれたそこにぞっとする。木のテーブルの上にはいつからあるのか判らないほどの分厚い埃が積もり、天井からはかさこそと何かが動き回る音がした。
「ちょっとソフィー、ここは僕の城じゃないんだから掃除しようなんて思わないでよ!」
箒の場所を探している妻にハウルは釘を刺した。
「だって!」
「駄目駄目。僕たちは何のために来たの、ソフィー?」
きっぱりと言われてソフィーは渋々頷いた。確かにこれはあたしの仕事ではないわ
「納得したかい、奥さん?」
「したわ。これからどうするの?」
「僕はここの僕の部屋に行って魔法書をいくつか見てくるよ。あんたはその間好きにしていていいよ。」
階段を上がっていくハウルを見送ってソフィーは考え込む。好きにして良いって何をすれば良いのよ?
辺りを見回したソフィーはそうだわと今入ってきた入口を振り返った。そこには彼女の予想通り4つに色分けされたパネルがあり、ノブの上の部分にもパネルで指し示された色と同じものが覗いている部分があった。彼女は嬉々として扉にとびついた。さあ、ここの扉はどこに繋がっているのかしら?
わくわくしながら彼女はノブを回して扉の繋がる先を確認していく。一つは海の見える港町でもう一つは行き交う人々の華やかさからキングズベリーだと予想する。そして
「黒はやっぱりウェールズかしら?」
「開けないほうが良いよ。」
聴こえた声にソフィーは驚いて居間に戻った。見回しても誰もいない。あるのは暖炉に灯った炎だけ。
赤々と部屋を照らすそれにソフィーは近寄っていく。色が違うから気がつかなかった!
「カルシファー?」
「おいらを知っているのかい?」
薪の間からひょこりと2つの眼が覗いてソフィーは微笑んだ。そうよ、ここはハウルの城だもの、いなくちゃおかしいわ!
「カルシファーでしょう?」
「あんた誰だ?」
「あたしはソフィー、上に上がっていったのはハウルよ。」
「ハウル?・・・・ソフィー?」
炎は二人の名前を口の中で転がすように繰り返した。そう、と答えながらソフィーは近くの椅子を引っ張って彼の前に座り込む。
「良かった、あんたがいて! ハウルは本を読み出すと何をしても無駄なのよ。掃除も出来ないし、どうしようかと思ってたの。」
「あんた不思議な力を持っているね。おいらたちの世界には無い力だ。」
じっと見つめる瞳にソフィーはハウルの言葉を思い出した。目の前の炎は考え込むように薪を抱え込んで彼女を見る。
「ハウルの魔法のせいだね。」
「どういうこと?」
「今朝ハウルが魔女避けの魔法が失敗したって言ったんだ。だけどおいら嫌な予感がずっとしてた。あんたたちは違うところから来たんだろう?」
「判るの?」
「判るよ! おいら言ったじゃないか、あんたの力はこの世界には無いって!」
それに名前がソフィーだ
意味ありげな言葉に彼女は首を傾げた。ここのあたしはもうハウルと知り合っているということ? その割にはこの城は汚すぎるけど。
「さっきのやつがハウルなんだな。ハウルと随分違う。」
「そう? でもあんたって賢いのね、カルシファー。ちょっと待ってて、あの人を呼んでくるわ!」
本なんて読んでいる場合じゃないと言い残してソフィーは階段を上がっていく。
「ハウルー、ハウル、どこ! 出てきてちょうだい!」
「・・・ソフィー? なんかあったの?」
出てきたハウルは手に大きな魔法書を抱えていた。
「ハウル、カルシファーを見つけたわ!」
「ああ、いたね。あんたは気がついてないみたいだったけど。」
それがなに?
怪訝そうに見てくるハウルに、だったら教えてよ、と思わず怒鳴りそうになったが彼女は気を取り直して一部始終を話す。聴き終ったハウルはすぐに居間へと降りるとソフィーには判らないことをカルシファーに質問しだした。話が済むと傍らの彼女を振り返る。
「ソフィー、糸口が見つかったよ。やっぱり探し物はあんたに限るね!」
「何とかなりそうなの?」
「ああ、カルシファーの話だと彼の部屋に基本の呪文書があるらしい。カルシファー、何色だって?」
「赤だったよ。」
「ほらね。僕はそれを探してくるからあんたはここにいるんだ。」
「手伝うわ、ハウル」
「大丈夫だよ。それにあの部屋は呪いだらけであんたには無理だ。あと少しだから良い子で待っておいでよね、奥さん?」
「ハウル!」
おかしそうな笑い声を残して階段を上っていく夫にソフィーは怒鳴りつける。もう、とぶつぶつ悪態をつきながら彼女は暖炉の炎の前に腰を降ろした。目の前の炎は二人のやり取りに目を円くしている。
「どうしたの?」
「ハウルっていつもああなのか? おいらのところと大違いだ。」
おまけに心臓もある
続いた呟きにソフィーは炎を覗き込んだ。ああやっぱり。薪に隠れているけれど僅かに見える紅い塊が何なのかを彼女は気づく。
「あんたも流れ星だったの、カルシファー?」
驚いたように炎は赤く膨れ上がってソフィーを見た。そんな彼に彼女は彼女の世界のカルシファーの話を簡単に話した。真剣に耳を傾けている悪魔は話が進むごとに瞳を輝かせていく。
「おいらも自由になれるかなあ・・・」
夢見るように身体を揺らす火の悪魔にソフィーは微笑む。
「なるわ。あんたと同じ名前の悪魔は成功しているんだもの。あんただって自由になって千年も生き続けられるようになる。」
言い含めるようにソフィーは彼に語りかけた。ここには彼女のような力が存在しない。だけどハウルのように使えないわけじゃない。それなら
「だからそのときまであんたは何があってもハウルを護るのよ。」
「ソフィー・・・」
何かを感じたらしい炎に彼女は満足そうに微笑う。カルシファーはじっと彼女を見つめ続けた。暫く無言で見つめ合っていたが背後で聴こえた足音に振り返ると数枚の紙束を抱えたハウルが降りてくるところだった。
「参ったよ、ソフィー」
「どうかしたの、ハウル?」
立ち上がった彼女の傍に近づいて椅子にどさりと腰を降ろした彼は恨みがましそうに火の悪魔を睨む。
「何で言わなかった、カルシファー? これは条件魔法じゃないか。」
「条件魔法?」
「詠唱時の条件を設定して行う魔法だ。解除するときにも同じ条件を要求するから破られにくい。」
気温、湿度、天候その他の自然に起こりうる事象を条件として行う条件魔法はハウルの世界にも存在する。条件が多いほどに完成度の高まる厄介な魔法の一つだった。
「おいらそこまでは知らなかったんだ!」
「だったら思い出してくれ。ハウルは何を設定した?」
じっと見つめる緑の瞳は厳しくソフィーは彼が強大な力を持つ魔法使いなのだと改めて思い知る。カルシファーも眼をあちこちに移動させて考えていたが不意にポン!と音を立てて空中から一枚の紙を落とす。受け取ったハウルにハウルがいつも使っている設定書だよ!と悪魔は叫んだ。
覗きこんだソフィーには汚すぎて読めなかったがハウルには読めるらしく、箇条書きされたそれを読んでいくうちにさらに難しい顔になる。
「カルシファー、これはいつのことか判るかい?」
「当分来ないよ。近くならないとおいらにも判らない。」
自信が無さそうに縮こまる火の悪魔に溜息を落としてハウルは立った。とりあえず収穫はあった。
「じゃあ、お前には責任をとって時季を図ってもらおう。ソフィー、一度城に戻ろう。マイケルたちがお腹を空かせているだろうしね!」
「条件って何なの? そんなに難しいの?」
説明がないことに心配そうな妻の様子にハウルは肩を竦める。
「条件的には難しくない。どうやら彼は天候だけに設定したようだからね。ただそれが多すぎるんだ。」
温度、湿度、水温、風速。それらが全て同じにならないとどうにもならない。
「今の僕やカルシファーじゃそれを見極めるのが不可能なんだ。だからこっちのそこの赤びょうたんに協力してもらわないと。」
「赤びょうたん!!」
驚いたように叫ぶ火の悪魔をハウルは皮肉そうに見遣った。
「なんか不服かい? ちょっといない間に僕の奥さんと見つめ合ってるんだからお前なんかそれで十分だね。」
うちの青びょうたんだけでも腹立たしいのに!
黙って見ていたソフィーは珍しく静かだと思っていたのに、と呆れて夫を見た。この非常時にこの人は何を考えているのかしら
「おいらそんなつもりじゃ・・・」
「僕のところもよくそう言うよ。とにかくお前には僕たちの眼の役目をしてもらう。お前のハウルに見つからないようにこれをどこかに置いてくれ。」
小さなビー玉くらいの水晶玉を渡すとハウルは念を押すようにカルシファーを覗き込んだ。
「判ってると思うけど今日のことはハウルには言わないように。」
「言えないよ!」
慌てる火の悪魔は不意に顔を上げた。
「ハウルが帰ってくる!」
「じゃあ僕らは帰ろうか。また来るよ、カルシファー」
行こうか、ソフィー
傍らの妻の手を引いてハウルは入口へと向かった。動かした椅子や舞い上がった埃を彼らが来る前の状態に魔法で戻した。
「またね、カルシファー」
またあたしと話しましょう
手を振るソフィーは嬉しそうな火の悪魔に微笑みかける。扉は閉まると同時にカチ、という音がして押しても開かなくなった。
「ハウルが帰って来たのね。」
「僕たちも帰ろう。くたくただし、お腹も空いたよ!」
早く何か作ってくれと甘える夫にソフィーは苦笑した。そういえば朝から何も食べていなかったわ。今頃マイケルも同じことを言ってるに違いない。
「そうね、帰りましょう、ハウル」
ああでもその前に買物をしていかないと!
そう言ってがやがや町へと戻った二人は当面の食料を買い込むと彼らの動く城へと戻るのだった。
June 29, 2005