Troublesome Tornado
そして紡ぎだす、光り輝く未来へ! written by 純
「生きてる!」
ハウルの胸に吸い込まれるようにして入っていったカルシファーが、星の子に戻りその胸から嬉しそうに飛び出してきた。
「おいら自由だ!」
一気に上昇して、カブ頭のカカシの周りをぐるっと回ると、カルシファーは慌ててもう一人のソフィーのもとへ向かった。
「今しかないよ!条件が揃った!」
ハウルとカルシファーの間で長い間交わされ続けた契約は、終わりを告げたのだ。
「んっ・・・!」
苦しそうに呻いて、ハウルの瞳がふるふると震えるのをソフィーは息を殺して見つめた。
「動いた、生きてる!」
マルクルが嬉しそうに声をあげたのと、最早板切れ一枚となった城がガタンと傾くのはほぼ同時であった。
「カルシファーの魔法が解けたんだ!!」
ギシッと大きく傾いだと思うと、鈍い音が響き渡りついに城の住人が載った板切れは、谷底に向かって滑り出した。
「きゃあああ!!」
・・・今ここで。
私は、私を助けてくれた老婆・・・すでに少女の姿になった・・・ソフィーを助けなくてはいけない。
同じ魔力で縛られた、この少女を!助けるのが私の使命だ。
カブは身体をぐるぐると回転させて一行を載せて落下してしていく板の前に飛び出すと、つっかえ棒の代わりをするように一本足で踏ん張ろうとした。
ガリガリと摩擦で棒が削られて、それはカカシにされてしまっても、骨を削られていくような痛みを彼に与えた。
それでも、カブの胸に宿った「助けたい」という思いは弱まらなかった。
王子として、何不自由のない生活をしてきた彼にとって、誰かの為に、この身を投げ出そうと思えたのはこれが初めてであった。そう、自分の為に命を投げ出されることはあっても、自らの命を引き換えにしても!と思ったのは生まれて初めての経験だったのだ。
どうか、どうか!みんな!
今は己がカカシにされたことすら感謝していた。
こんなに素晴らしい出会いがあったんだ、と。
だから、自分も含めたこのちぐはぐな家族を、必死で守ろうとしたソフィーとハウルを助けたかった。
「カブ!」
そう、ソフィーに呼んでもらえるだけで、心がたまらなくドキドキすることを知ってしまったから。
最後の力をふりしぼるように、カブが岩肌に力いっぱい食い込もうとする。
一瞬、落ちることをやめた板は、やがて押さえていたつっかえ棒を跳ね上げるようにカブを押し出すと、再び落下し崖の途中で飛び出した岩にぶつかり、止った。
重なるように倒れこむ一行の上に、カブが落ちてくる。
「カブ!」
ソフィーはそのぼろぼろになったカカシを抱き上げた。
「大丈夫?すぐに新しい棒を見つけてあげるね。」
カブは薄れ逝く意識の中で、その柔らかな優しい声を聞いていた。
もう、私には、棒は必要ありません。
あなたの腕に抱かれて、永遠の眠りにつきましょう。
もう少し早く、私はあなたに出会いたかった。美しい女性を口説きまわるなんて、馬鹿なことをしていて、父王が戦争を始めることにすら興味を持たずにいたんだから。
これは、当然の報いなのかもしれない。
しかし、永遠の眠りは訪れなかった。
ソフィーが、腐りかけたカブ頭に優しくキスをしたのだ。
そう、それは呪いを解く唯一の方法。愛するもののキス。
カブに掛けられた呪いは今解かれたのだ。
「うるさいなぁ、なんの騒ぎ!?」
カブが人の姿に戻ると、ようやくハウルが目を覚ました。
それはまるで、何事もなかったかのように突然手に入った開放感と、鉛のように重い身体。それといつも一緒だったものを失った喪失感。
ハウルは何が起こったのかわからなかった。
ただ頭がガンガンとして、思うように手足に力が入らなかった。
でも。
ソフィーを見つめると胸が高鳴った。
胸が高鳴る!?
鼓動を感じて、ハウルは苦しくて切なくて愛しくてソフィーに手を伸ばした。
そこには、カルシファーと契約を交わした夜に出会ったあの少女・・・ソフィーが居た。
「ああ、ソフィーの髪の毛・・・星の光りに染まっているね」
追い求めていたその輝きを指に絡める。
僕のたった一つ、暗闇で輝いていた星。
幾つの夜を君を求めて来ただろう?
僕を支配していた暗闇は、もう今はない。
あちらのソフィーが掛けてくれた呪いは、僕をちゃんとソフィーのもとに導いてくれたんだ・・・。
きらりと昇り始めた朝日に照らされて、ソフィーの髪が輝く。
「きれいだ・・・」
「ハウル、大好き・・・!」
ソフィーが瞳に涙を浮かべて、思い切りハウルに抱きつくとそのままハウルを押し倒した。
「イタ!」
ソフィーの重さが心地よかった。
ハウルはソフィーを思い切り抱きしめた。
「もう、僕の側から離れないで。」
「離れないわ。あなたはずっと待っていてくれたんだもの。」
ハウルの指がソフィーの星色に染まった髪の中に滑り込み、力がこもった。
ゆっくりと、ためらいながらハウルの顔が近づいてきて、ソフィーは胸が締め付けられるような愛しさに、たまらず目を閉じた。
重なった唇から、互いの熱が伝わって震えた。
ソフィーの中に残っていた、最後の呪いも消えていった。
ゆっくりと名残惜しそうに離れた唇に、ソフィーはそっと指を宛て、そしてゆっくりと胸に耳を寄せた。
ドキドキと強く叩きつける鼓動に、ソフィーは嬉しくて涙が溢れた。
ハウルはそっと、焼き付けられた刻印の残る掌を見つめた。
ゆっくりと、それはまるで朝の光りに溶けるように消えていく。
そうか、あちらの世界に帰るんだね?
あちらの仕組みの違う魔力の欠片を集めた、荒れ地の魔女の魔法が薄れてゆく。
ハウルは大きな力の塊が巻き起こっているのを感じていた。
最後の・・・条件を提供しよう。
あの時、僕が本当に願った・・・魔法陣での呪い。
「ソフィー、君に光り輝く未来を!」
ああ、ソフィー。
あなたも、そしてあちらの僕も。
どうかどうか幸せに!
ハウルの体から閃光が走り、それはまるで竜巻のように風を起こすとハウルたちを谷底から山の頂へと運んだ。光りは天に届き、そのまま山間へと飛んでいく。
「ハウル?」
ソフィーが驚いたような心配そうな表情でハウルの顔を見上げた。
「僕らが出会うために、次元を超えてやってきた・・・厄介な竜巻(トラブルサム トルネード)にお別れをしたんだよ」
ハウルは立ち上がると、ソフィーの両手を掴みゆっくりと立ち上がらせた。
「きっと、僕の願いに・・・引寄せられたんだ。ソフィーに出会わせてくれって。」
「?」
不思議そうに見上げるソフィーの鼻先にキスを落として、ハウルはカブを見つめる。
「君に魔法をかけたのは、あかがね色の髪の可愛らしい奥さんのいる魔法使いだろう?」
「ええ、どこか貴方に似たところがある、ね?」
くすっと笑いあい、二人は握手を交わした。
「君は、僕の厄介な家族の一人だ。・・・いつでも遊びにおいで。」
「随分心が広いのですね?」
「まあね。マダムも待ってるだろうから。」
ウィンクをする荒れ地の魔女に、それでもカブはしっかりと頭を下げて、ハウルの魔法がかかった棒を掴んだ。
「悪いね、こんな方法しか思いつかなくて。」
苦笑するハウルに、カブは頭を横に振る。
「いいえ、ぴょんぴょん跳ねることに慣れましたからね」
王子を見送りながら、ハウルはヒンに頭の中に話しかける。
『さあ、お前はどうする?先生の元に帰るかい?』
ヒンはふるふると頭を振ると、乾いた鳴き声を響かせてマルクルに擦り寄った。
皆が王子を見送る背後で、竜巻が起こりそして消えていくのをハウルだけが感じていた。
どうか、無事に帰れますように、そう願わずにいられなかった。
そして、ハウルは大きく息を吸い込むと、カブを見送るソフィーを見つめて呟いた。
「ソフィー、僕たち、これから一緒に末永く幸せに暮らすべきだと思わない?」
突然の告白に、ソフィーは慌ててハウルを見上げた。
青い瞳が真っ直ぐにソフィーを見つめていた。
「それって、ぞくぞくするような暮らしでしょうね!!」
マルクルが嬉しそうに声を上げる。
「あたしゃ、のんびりとあんたたちの赤ちゃんを待つとしよう」
荒れ地の魔女がくすくすと笑う。
ソフィーはただ、黙って頷いた。ハウルの瞳から目が離せなかった。
「カルシファーだ!!」
マルクルが言うと、カルシファーがハウルとソフィーの目の前に飛び込んできた。
「戻ってこなくてもよかったのに」
やっと、自由になれたんだから!
ソフィーがそっと手を伸ばすと、星の子から火の悪魔に戻りカルシファーは恥ずかしそうに告げた。
「おいらみんなといたいんだ。雨も降りそうだしさ・・・!」
「ありがとう、カルシファー」
あなたが居なくなったら、ハウルは寂しがるもの。
辛い時も哀しい時も、ずっとあなたと一緒だったんだもの。
ソフィーはカルシファーにキスをして、微笑んだ。
ハウルの胸が、またトクンと跳ねる。
こんな幸せが僕に待っているとは思わなかったんだ。
厄介な竜巻が運んできた、暗闇から手を伸ばし続けた光り輝く未来。
涙が出そうな幸福感に、ハウルは思い切り大きな声をあげて宣言した。
「さあ、僕らの城を作り直そう!僕ら家族の新しい城だ!」
<END>
星の子の奇跡 −前編− written by 梓音
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November 27, 2005