Troublesome Tornado



見えてきた夜明け written by 梓音




赤い空は昼間でも暗く、日が落ちた今では更に不気味な色合いを見せている。
「こっちにおいでよ、ソフィー。見てても面白くないだろう。」
黙ったままじっと窓の外を見つめていたソフィーはハウルの声に振り返り、大人しく彼のいるソファに座る。ふと見れば、あれからハウルが置きっぱなしにしている水鏡の向こうの窓の外もやっぱり赤くて溜息が漏れた。
「大丈夫かい、ソフィー」
「ええ。でも戦争って嫌なものね。」
吐き捨てるように呟いてソフィーは再び窓の外を見つめた。遠目からでも判る大きな軍用機と、羽虫のような魔法使いの成れの果て。それらが彼らのいるこの花畑にもおびただしいほどにいて、彼女は顔をしかめた。こんな人の気配もしないような静かな場所にまで攻撃をするなんて馬鹿げた話だわ
そんな彼女の気持ちが伝わったのかハウルも水鏡から見える城の窓の外を見つめた。ゆらゆらと蠢く炎と赤黒い煙。そして城全体を包み込む魔法の気配。
「酷いもんだね。」
「ハウル?」
ぽつりと呟いた傍らの夫を彼女は見上げる。視線の先では水鏡の映像を皮肉げに見るハウルがいた。
「酷いよ。僕たちのとこだって褒められたもんじゃないけど、自国を戦地にしないだけの分別が王様にあることを感謝しないとね。」
それと国を護ることを本分にしている王室付き魔法使いの存在もね
付け足された言葉の冷たさに顔を上げた彼女が、問いかけるように彼を見つめるとハウルは見てごらん、と彼女を窓際へと連れて行く。
「何なの?」
「良いから見ててごらんよ。ああ、ほら。」
不思議そうな彼女にちょうど良いと城の上空に落ちてきた爆弾を指差す。それは真っ直ぐ落ちてきていたが、城の一番高い尖塔に引っかかる直前で木の葉のようにひらりと翻り、そのまま弾かれるように少し離れた場所に落ちて爆音を上げる。
「あれがなに?」
あれはあんたの結界のせいでしょう?
ここに来た当初に教えられたことを思い出しながら尋ねると彼はそうだよと頷いた。それに彼女がますます判らないと眉を寄せているとハウルはほらと再び外を指差した。
「おかしいと思わない、ソフィー?」
「どういうこと?」
「あの魔法使いたちさ。今の爆弾の動きは明らかに不自然だったのに、誰一人こちらに来ようとしない。どういうことか判るかい?」
それどころか近づいてはいけないかのように遠ざかり、爆弾を落としていた軍用機も彼らの城から急旋回をして離れていく。
そのことを指摘されて、確かにそうだわと思った彼女は暫く考え込んではっとした。
「あたしたちがここにいるって知ってるということ?」
「加えて言うなら攻撃することを禁じられている。」
「それって・・・!」
淡々と答えを返してくるハウルの言葉にソフィーは瞳を見開いた。存在を知っていて、手を出すことを禁じている。その盟約を結んだのは、この国の王室付き魔法使いだったはずだ。
『お約束しましょう』
冷たく固い声が耳に蘇る。静かな瞳はハウルだけを見つめていた。
「あの人が・・・・?」
この国を護る役目のはずなのに
「彼女にとって『魔法使いハウル』はそれだけのことをしてでも手に入れる価値があるってことさ。」
ナンセンスだね!
呆然と呟くソフィーにハウルは嘲笑う。まったく怖ろしい。彼もとんでもないものに目をつけられたものだ。
ソフィーは気がついてはいないが、彼らがここを攻撃するのはこの場所が『ハウル』にとって特別な場所だからだろう。先ほど水鏡の向こうで鳥の姿で飛び出していった彼が飛び込んでくるように罠を張っている。そして同時に彼らのいる城の場所に当たりをつけて、ぎりぎりの場所に爆弾を落とすことにより彼らに邪魔をするなと警告してきていた。
たちの悪い魔女だ
思わず浮かんだ思いに舌打ちをした彼は腕を掴んで気遣わしそうに見上げてくるソフィーに気がつくとすぐに笑みを口元に浮かべる。
「心配ないよ、ソフィー。僕たちには何の危害も加えてこないだろうからね。」
「本当ね?」
あたしの魔法は気づかれていないわよね?
目の前に広がる惨状に今更ながらに夫やカルシファーが騒いでいた訳を知って彼女は念を押した。
この約束が万が一にでも破られたら、この人はこの火の海の中で魔法を使わなくてはいけなくなるわ、それだけは絶対に駄目。
真剣な瞳で訴える妻にハウルは苦笑する。
「本当だよ、ソフィー。それにもしばれていたら、もっと前から何がしかの攻撃を受けているよ。」
だから安心しておいで
優しい響きで抱き寄せる夫の胸にもたれかかって、ほっと息をついたソフィーは、背後で2人を呼ぶマイケルの声に慌てて駆け寄った。
「どうしたのよ、マイケル」
驚いたように水鏡を見つめているマイケルの横でカルシファーが怖ろしそうに体を震わせる。水鏡は何故か真っ暗で何も映してはいなかった。
「なあに? 魔法が切れたの?」
「ちょっと奥さん、僕の魔法を不良品みたいに言うのは止めて欲しいね。何があったんだい、マイケル」
失礼な、と騒ぐハウルがそれでも具合を見ようと手を伸ばし、状況を聴くためにマイケルに向き直る。
「荒地の魔女があっちのハウルさんの心臓を見つけてカルシファーから取ろうとしたんです。それで魔女も炎まみれになっちゃって。」
「燃えて死んでしまったの?」
魔力を失くしてあんなに老けてしまったのにお気の毒!と肩を竦めたソフィーにマイケルはとんでもない!と首を振った。
「死にませんよ! 魔女はそれでも離そうとしなかったんですから。そうしたらソフィーさんが・・・」
「あっちのおいらに水をぶっかけたのさ! 見てるこっちまで身震いがしたよ!」
「なんだって?」
カルシファーの言葉に持っていた水鏡をハウルは無言でいじり始める。それをソフィーとマイケルは上から覗き込み、カルシファーは未だに落ち着かないのか部屋中を怖ろしい怖ろしいと飛び回っている。
「・・・・ついたよ。良かった、生きてるみたいだ。」
暫くして顔をあげたハウルがほっとしたように水鏡を宙に浮かせる。そこには映像が大きくブレてはいるものの、どこかの景色を映し出していた。
「あんたの魔力のおかげだね、ソフィー。助かったよ。ここから帰るときにあの悪魔の力がどうしても必要だからさ。」
ああ、危なかった
どさりとソファに座り込んで息をついたハウルにご苦労さまと返しながら、ソフィーは水鏡を覗き込んだ。何かが遮ってところどころしか風景が見えない。
『おばあちゃん、カルシファーを離して! ソフィーを助けなきゃ!』
泣きそうなマルクルの声が聴こえ、それに被さるように老婆の泣き声が響く。
「・・・・どこなのかしら。」
「ソフィーさんに何かあったみたいですね。」
首を傾げる妻と弟子を呆れて見ながら、ハウルはいつのまにか暖炉に戻っていた悪魔をちょいちょいと手招いた。それにふわりと近づいた炎はいよいよだと耳打ちする。
「やっぱりね。」
「どうなるかまでは知らないよ。」
「知る必要は無いよ。でもカルシファーには生き残ってもらわないと。」
「あんた、それソフィーに言ったら殴られるぜ。」
「殴られるくらいどうってことないさ。」
そう嘯いた彼はちらりと妻を窺った。弟子の少年と共に何か情報はないかと真剣に見つめる表情に溜息が出る。
「・・・早く帰りたいな。」
何もかもが片付いた僕たちの世界に
ぽつりと呟いた声はソフィーには届かない。しかし傍にいた火の悪魔はしっかりと聞き取りぽっと炎を吐き出しす。
「カルシファー」
「なんだい?」
「何かあったらすぐに僕に教えてくれ。」
僕はもう休むから
そう言って立ち上がった彼は通りすがりにソフィーを捕まえて2階へと引きずっていく。驚いたソフィーの声が消える頃、残されたマイケルは暖炉の悪魔を振り返った。
「ハウルさん、どうかしたのかな。」
「ただの感傷だろ。」
過去の再現にあいつが一番怯えているのさ
馬鹿なんだ、と続けた悪魔の言葉に納得したマイケルは一度だけ窓の外を見ると僕も休むよと言って自室へと戻るのだった。










未来へ続く過去(written by 純)に続く


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November 08, 2005