Troublesome Tornado



最後の願い written by 純




幾つもの爆撃機が群れを成して向かう先は、ソフィーの居る街だった。




真夜中、パリンと空気が割れる音が響いた。
それはあちらのハウルが僕の結界を解いた音。
「・・・で過ぎた真似をしちゃったか」
余計なお世話だったね。
彼が、愛しいソフィーを危険にさらしたりはしない・・・か。
僕と違う世界の魔法使い。
彼女がどれほど彼を愛しているか、心のない僕にもわかる。
未来を切実に欲したのは初めてだった。
あちらのソフィーの中に、夢のように温かな未来を託したかった。
酷い話だ。彼が怒るのも無理はない。
僕も彼のように守りたかった。
勇気を貰いたかった。
弱音を吐く、そんな自分が情けなく感じて、それでも誰かにすがりたかった。
励ます振りをして・・・励ましてもらいたかった。
そんな自分の愚かさが身に染みた。
でも、これだけは信じて欲しかった。
「どうか。無事に君たちが元居た場所へ戻れますように」
呟いて、ハウルは夜空を見つめた。
僕に未来なんてないのかもしれない。
鈍い痛みが頭に走る。指先が震えて力が入らなくなる。
ついに、身体を支配される時が来たのだろうか?
思わず舌打ちする。
神経が集中できずに居る、こんな時に。
「何てことだ・・・!あんな数の戦艦が・・・?」
何とか自らの意識で動かそうと力を入れてみる。思うようにいかないそれは、すでに魔物へと侵蝕されてきているのだろうか。しかし、ハウルは強く願った。
「もう少し、時間を・・・!」
それは、ハウルに施されたあのソフィーの呪いなのか、それとも本当に時間が残されていたからなのか、ようやくハウルは指先に力が入り慌てて扉を開けた。
頭の中に直接流れ込む画像。あちこちに施した防御の魔法が壊されていき、そのたびに痛みが走った。
遠くで鳴り響く警報。
「まだ距離はある・・・止めなければ・・・」
ハウルは花園を駆けながら鳥になり、大空に飛翔した。




夜通し飛び回り、ハウルはその瞬間まで、サリマンが仕向けた内側からの攻撃を・・・気づくことができなかった。まるでそれすら仕組まれた出来事であるように・・・。




幾つもの爆撃機が群れを成して向かう先は、ソフィーの居る街で、ソフィーの居る家を取り囲むようにサリマンのゴム人間が蠢いていた。
そう、荒れ地の魔女の力を吸い取った時に手に入れた呪い。それをサリマンは応用しているのだ。 「ソフィー!」
ハウルは堪らず叫んだ。叫んでも届かない距離であることは十分承知して。
こんな場所からでは、君を守れない。
カルシファーの力が急速に小さくなるのを感じた。
なんてことだろう。
それはハウルにダイレクトに影響した。
ハウルの力も急速に奪われていく。
今まさに、僕の守るべき「家族」が鉄の雨に炎の中に居るというのに!
必死にそこへ向かいながら、また薄れ往くものも感じていた。
防ぎきれなかった幾つもの爆弾が落ちていく。
これは悪夢だろうか?
戦火の中心にソフィーが居る。
それは僕の所為。
僕が、心のない僕が君を好きになってしまったから、これは僕に下された罰の筈なのに、何故君が巻き込まれるのだろう? 炎に包まれ、真っ赤に染まった街を眼下に僕は急いだ。
そして、悲しいことに僕の感覚が狂い始めている!
それでも。
今ソフィーを守れるなら、それでいい。
ばら撒かれた鉄の塊を急降下で追いかける。
まるでその塊は僕の大切な人に向かって放たれた矢のように。
その心臓を狙って、まっすぐに。




元は荒れ地の魔女のものであったはずのゴム人間が、味方であるはずの国軍の制服を着て、ソフィーに襲い掛かってきた。 ソフィーは慌てて店の扉を閉めると、城へ続く中庭に飛び出した。
ゴオオオオオっと騒音を間近に聞き、ソフィーは頭上を見上げた。
見上げた先に大きな軍艦の腹が迫り、まるで狙い済ましたように凶器が投下され、ソフィーは思わず身を固くして息をのんだ。
頭の中は真っ白で、ただ瞳は貼り付けられたようにその凶器が迫るのを目を逸らせずに見つめた。
何かが、それに向かって飛んできた。黒い羽が舞い落ちてくる。
「!!」
そこに、愛しい人の姿を見つけてソフィーは叫んだ。
「ハウル!」
ビュウウという風を切る音がやけに大きく響き、ドウッ!と近くで炸裂した爆弾が激しい爆音と爆風を巻き起こす。
それは幾つも幾つも幾つも降り注ぎ、激しい地鳴りと熱と恐怖を巻き起こす。
ソフィーは爆風で飛ばされた煉瓦から身を守るように身体を捩り目を閉じた。
思いが駆け巡り、ハウルを守れなかった自分を責めた。
カルシファー、マルクルとおばあちゃん、そしてヒンを守ってね・・・!
私は、何の力にもなれなかったんだわ・・・!
貴方のこと守るって、決心したのに・・・!護られるだけでいないと誓ったのに。
固く瞳を閉じて、ただ愛しいハウルを思った。
ハウル!ハウル!
しかし、自分目掛けて落とされたはずの凶器が炸裂しなかったことに思いあたり、はっとして目を開けた。
「!」
そこには恐ろしい凶器を抱き留めたハウルが・・・微笑んでいた。
「・・・っハウル!」
思わず駆け寄って、真っ黒な羽で覆われたハウルにしがみ付く。
ハウルはただ微笑んで、その鉄の塊から手を離すとソフィーに歩み寄った。
ソフィーはその存在を確かめるように柔らかな羽のハウルをぎゅうっと抱きしめた。
「すまない・・・今夜は相手が多すぎた・・・」
顔を埋めたハウルの胸から、ソフィーはハウルを見上げその青い瞳を見つめて愛しい名前を呼ぶ。
「ハウル・・・ああ、ハウル・・・!」
その声が、空っぽの胸に染み込んでハウルは泣きたい気持ちでソフィーを抱きしめた。
辺りは炎に包まれ、火の粉が舞っていた。
ハウルはその不気味なまでの大きな黒い羽でソフィーを守るように、そっと包み込んだ。ほんのつかの間、柔らかな空気が二人を包んだ。
ぐちゃぐちゃと嫌な音をたてて、ゴム人間が中庭に流れ込んでくるのを気配で感じながら、震えているソフィーを抱きながら促すと独りでに開いた扉をくぐり城の中に飛び込んだ。
後を追い、ゴム人間が入り込んでくるが、まるで何かに引っ張られるように扉の外側に引き戻され、扉はパタンと静かに閉じた。
「ハウルさん!」
マルクルが荒れ地の魔女の隣で立ち上がり、目の前に降ろされたソフィーの元に駆け寄って「ソフィー!」とエプロンにしがみ付いた。
室内はおかしな匂いのする煙で充満していた。
・・・これは魔法使いの感覚を狂わせる煙。
ハウルはちらりと目を回すヒンに視線を送り、羽をばさりと降ろすと暖炉に向かい、弱々しく炎をくすぶらせるカルシファーに手をかざした。
まだ、ダメだ。
こんな状態で、くたばるわけにはいかない。
「カルシファー、しっかりしろ」
引きずり出すように、サリマンの覗き虫をカルシファーから引き離す。それは膨らみすぎた風船のように破裂して光りを飛び散らせて消滅した。
次いでハウルは美味しそうに煙草をふかす荒れ地の魔女に向き直ると、恭しく胸に左手を宛て、ゆっくりと言葉を紡いだ。 「マダム、それはサリマン先生のプレゼントですね?」
「そのばあちゃんが、おいらに変なものを食わせたんだ!」
背後でカルシファーが、ようやく元気に炎をあげる。
荒れ地の魔女は吸い込んだ煙を思い切りハウルに吹きかけると「あら、ハウルじゃない。あなたとはゆっくり話がしたいわねえ」と頬杖をついた。
ハウルは「私もです、マダム」と丁寧に答えて妖艶に微笑み、再び煙を吸いこもうと唇に煙草を寄せた荒れ地の魔女に左手を差し出した。
「でも、今は時間がありません」
魔女は瞳の奥で遊びを終わらせることに、少しばかり残念そうな色を浮かべたが、ハウルの瞳に悲壮なまでの決意を垣間見て、煙草の火をその羽で覆われた掌に押し付けた。
「っ!」
ソフィーは思わず悲鳴を上げかけて口元を押さえると、煙草を握り締めるハウルと魔女との間に流れる見えない魔力のやりとりに気圧されて、そのまま動けなくなった。
「珍しいわねえ。あなたが逃げないなんて」
その表情にはハウルを追い求めていた頃の怪しい香りがまだ色濃く残っていたが、仕方ないわね、と目を閉じる。
「では、また」
優雅に一歩引き、ハウルはマルクルの隣で動けなくなっているソフィーの肩を抱いた。
もう、これが最後になるかもしれない。
ハウルの頭によぎった不吉な影は、それをソフィーに気づかせたくないという思いのほうが優先された。
慈しむような瞳で見下ろされ、ソフィーはただ胸の前で手を握り締めるしかできなかった。
「ソフィーはここにいて。カルシファーが守ってくれる。外は僕が守る」
ハウルはどこか虚ろな表情の笑顔を貼り付けたまま、ソフィーの肩から手を離した。
「待って!」
ソフィーの言葉は素通りし、ハウルは無言で歩みを進める。
「ハウル!行ってはダメ!」
二度と会えない!
そんないいようのない焦燥感に駆られて、ソフィーはハウルの背中にしがみつくと、精一杯の願いを込めて「ここにいて・・・!」と腕の力を込めた。
ハウルは背中で小さく震えるソフィーをただ愛しく、そしてその感情も蝕まれてきていることを感じ悲しく微笑んだ。
「・・・次の空襲がくる。カルシファーも爆弾はふせげない」
「逃げましょう。戦ってはダメ!」
今なら、まだ、この人を守ることができるかもしれない!
そんな想いが駆け巡った。
しかし、ハウルは微笑んで訊ねた。
「何故・・・・・・?僕はもう充分逃げた」
一緒に逃げようと言ってくれるソフィーが、たまらなく愛しかった。
きらりと翡翠色の耳飾が光り、ソフィーを見つめる瞳に僅かな光りが輝く。
「ようやく守らなければならない者ができたんだ・・・・・」
心のない僕がずっと求めていたのは、ソフィーだった。
僕は守りたい。
誰かを愛する歓びを教えてくれたのは・・・
「・・・君だ」
「!!」
ソフィーはハウルを離すまいと、必死に抱きしめていた指先から力が抜ける。
ハウルが私を?
その瞬間、ハウルは羽を大きく広げ、ソフィーを振り切るように扉から飛び出した。ソフィーの目の前で扉は無情にも閉じられた。
「ハウル!!」
慌てて扉を開け、ソフィーは中庭から頭上を見上げた。
ハウルはすでに空高く舞い上がっていた。

もう僕には時間がない。魔物になる時がついに訪れた。
ソフィー、僕は君を守りたい。
今はもう、それだけが、僕の願い。
僕は魔王になる前に・・・君を愛する歓びを・・・知ったよ・・・。










見えてきた夜明け(written by 梓音)に続く


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November 01, 2005