Troublesome Tornado
再会へのプロローグ written by 純
とうに日の昇った筈の城の中は酷く薄暗く、窓から差し込む明かりもどこかくぐもって感じる。
煤と蜘蛛の巣で覆われた天井からは様々なものがぶら下がり、いつからそこにそうしてぶら下がっているのかもわからない。机の上には山積みの書物に開いたままの魔法書。飲みかけのカップに食べかけのパン。走り書きのされた羊皮紙は床に散らばり、液体の入った小瓶や様々な色の粉の入った瓶がある戸棚は、蓋が開けっ放しのものもある。流しも使ったままの皿や鍋やフォークなどあらゆるものが放置されている。
そんな空間を引き裂くように。
ーパシッ!
突然、乱雑なその室内の中央で、床に描かれた魔方陣から閃光が走り衝撃波と強い風が巻き起こる。暖炉の炎が激しい風に吹き消されそうになる。その脇に立っていた・・・魔法使いハウルは、眉間に皺を寄せ金色のさらさらの髪をかきあげた。
「ハウル、おまえ何したんだよっ!?」
薪にしがみ付き身を乗り出しながら、おいらを消しちゃうつもりかよ!と不満気に火の粉を散らす火の悪魔を見つめてハウルは苦笑する。
「ごめん、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだよ。失敗しちゃったんだ。カルシファー。魔女を追い払う呪文だったのに。」
そう言って魔法陣を足で消すと、俯いて溜め息をつく。
「余計なことに気を取られてるからだろ。どうせ若い娘のことでも考えていたんだ!」
カルシファーは細い腕を伸ばし、炭になっていく残り少ない薪を見ながらハウルに薪を催促する。
「・・・あのこのことを・・・考えてたんだ。」
暖炉の脇に積んである薪に手を伸ばし、カルシファーの口に3本放り投げると、ソファーにドサッと倒れこみハウルは天井を見上げた。
「・・・未来で・・・待っててって言っていたよね?」
その声はどこか物悲しくピシリッと薪のはぜる音が、今では失くしてしまったハウルの心の張り裂ける音のように聞こえ、カルシファーは慌てて薪を抱え込む。
「・・・未来って・・・どれくらい先なんだろう?まだまだ遠い?」
「・・・おいらだって・・・わかんないよ・・・」
ハウルは長いまつげを微かに震わせ瞳を閉じ、あの夜のことを思い出す。
不思議な色の髪を持つ少女。
歪んで裂けた空間に飲み込まれる瞬間、確かに聞いた声がいつまでも鮮明に耳に残っている。
『待ってて!私きっと行くから!』
「でも・・・あのこは・・・」
カルシファーはそこまで言って言葉を飲み込む。
あのこは・・・きっとおいらたちを助けてくれる。この契約を見破ってくれるはずだ!
しかし、それは確信でなく希望ではないか?カルシファーは炎をくゆらせながら、悪魔ともあろうおいらがなんて夢見たいなことを考えてるんだ!と舌打ちする。
ハウルも敢て問いたださず、両手で顔を覆い苦しそうに息を吐く。
「・・・ソフィー・・・」
あの時少女が叫んだ名前をそっと呟くと、空っぽのはずの左胸がざわつき言いようのない焦燥感に襲われ、慌てて立ち上がる。知らない、忘れてしまった感情に、ハウルは戸惑う。
「な、なんだよ!?どうしたんだよ!?」
カルシファーがぎょっとしたように声をあげると、かきむしるように髪をぐしゃぐしゃにするハウルを見つめる。
「とにかく!僕は彼女のことを考えて、失敗しちゃったんだ!せっかく恐ろしい魔女たちから上手く逃げ切れる方法だと思ったのに・・・!」
ハウルは、あーもー!と声をあげ、くるりとカルシファーに背を向けると階段を上りだす。
「カルシファー!お湯を送って!うんと熱いやつ。」
「ちぇ!なんだよ!今日はおいらゆっくりできると思ったのにさ!」
なんて悪魔遣いの荒いヤツだ!そう毒づくカルシファーの声を背中で聞きながら、ハウルはくすっと笑って手をひらひらと振る。
「魔法使いなんて、みんなそんなヤツばっかりだよ!知ってるだろう?カルシファー!」
浴室の扉を幾分乱暴に閉め寄りかかると、深く沈んだ水面から這い上がろうとするように天井に手を伸ばす。
「・・・僕が、・・・になる前に・・・!ソフィー、君に会いたい・・・!」
街は戦地へ赴く兵士たちを鼓舞するように、人が溢れかえる。生死を分ける戦地へ向かうパレードの喧騒をハウルは腹立たしく感じていた。
何でこんな戦いをしなくちゃいけない?
その人込みの中から、見えない力で強引に引寄せられるかのように感じ、ハウルは周囲を見回す。ハウルを追いかける二つの大きな魔力に吐き気すら覚える。どちらもハウルの力を欲し、利用しようとするもので、忍び寄る使い魔に知らぬ顔で歩き出す。
それでも。
この世界のどこかで、まだ再会を果たせない彼女が居る。
それは嬉しくて悲しい現実。
戦火が拡大する中で、まだ出会えぬ人を守れない歯痒さにハウルは再び胸を押える。苛立ちの原点など、見に来なければよかった!そう後悔しながら、皆が手を振るパレードから目を背ける。そんな人込みに嫌悪をいだきつつも、自分の災いに巻き込まないように細心の注意を払う。
ー一人の少女が。
同じようにパレードの喧騒に眉をひそめ、路地裏へと入っていくのが見えた。それは、特に特別なことではなかったのだろうが、何故かハウルの空っぽの胸に・・・。
風が吹いた。
その風に背中を押されるように、ハウルの足は自然と少女の後を追う。
目深に被った帽子の下の髪は長く、あかがね色。
違う!あれは、僕の捜してるソフィーじゃない!
ソフィーの髪は・・・!
今まで幾度となくソフィーの面影を追いかけてきたハウルにとって、今回も出会えなかった衝撃が闇の精霊を呼び出すことになるのだろう?!と自嘲的な気持ちになりながら。
それでも得体の知れない落ち着かない気持ちに苛まれる。
「通してください!」
「!」
少女の声が響き、その聞き覚えのある声に、ハウルは確信する。髪の色も長さも違うけれど、彼女はあの時のソフィーだ!と。
目の前で繰り広げられる兵士とのやり取りに知らず足が動く。
「やあ、ごめんごめん。」
今はまだ、あの時のソフィーではないけれど。
「捜したよ」
僕たちはようやく再会のプロローグに入ったんだ。あの夜の過去の僕に、未来のソフィーへと向かって!
背後に迫る黒い陰を十分に察知しながらも、ソフィーとの未来を手繰り寄せるようにハウルはその華奢な肩を抱きしめた。
June 22, 2005