Troublesome Tornado



暗闇に灯す明かり written by 純




ソフィーはもう無事に城へたどり着いたかな?
サリマン先生の強引さは相変わらず。
彼女にあの姿を見せることで、サリマンは僕を見捨てさせるつもりだったのだろうか?
そして、僕がサリマンの元に戻るとでも?
笑止。
例え僕が己の中の魔物に憑りつかれて、彼女が間に合わなくても。
あの人の下には帰らない。
その意思表示を気に入らなかったんだろう。
そんな僕ならいらないと、サリマンがこうして追っ手を仕向けることくらい考えていたさ。
それでも、僕は最後まで足掻こう。
ソフィーが未来で待っている。
それだけを信じて。

追っ手は数を増し、姿を変え、獰猛さを増した。
魔物の姿を無理に顕わされた所為で、体中が悲鳴をあげていた。
それでも、怪物になった追っ手のスピードに対抗するには、鳥になるより他はない。
みるみるうちに黒い羽が腕を覆い、身体を覆った。
心まで支配された先ほどとは違い、胸のぽっかり開いた中心で、煩いあのばあさんが腰に手をあてて怒ってる。
「早く戻ってらっしゃい!あんたの帰る場所はひとつよ。」
「わかってる、わかってるよ。ソフィー」
だからこそ、この化け物達を遠ざけたい。
城は無事だろう。
カルシファーにはできるだけの備えをさせた。
カルシファーが隠している、アレは・・・サリマンの物ではない。
悪意は感じられない。それどころか、アレを通して感じる力は、時に威圧し時に優しく。またある時は、別の存在・・・心配したり慈しむような波動までもが流れてくる。
それはソフィーに似ていて・・・もちろんソフィーではないけれど。
それは居心地の悪いものでなかった。
アレが何のためにあそこにあるのかは、わからない。
しかし害がないことは確かだろう。
「まったくいい趣味してるよ。覗き見なんて、よほど螺旋くれた性格だね!」
どす黒い感覚に支配されそうになる自分を誤魔化すように、言い聞かせるように続ける。
「ソフィーを盗み見てるとしたら、許せないね。」
「ぎゃあ!」
「っつ・・・!」
一匹の怪物に腕を掴まれる。爪が食い込み羽根が散る。
スピードは落ち空中に漂い、地獄の底に引きずり込もうとする。あっという間に怪物たちは、まるでえさに群がるハイエナのようにハウルに襲いかかる。
獰猛な牙で喰らいつき、羽根がむしられる。
「サリマンは随分酷いことをさせるんだね。あんたたちにも家族がいただろうに。」
でも、ごめんね。
雷が暗闇を引き裂き、ハウルめがけて落ちてくる。
間一髪で身体を交わし、群がった怪物たちが一塊になって下へ落下していく。
痛みが正気を保たせる。
追跡する怪物たちがいないことを確認すると、ハウルは城へと続く扉を呼び出し、そっとそのドアノブをまわした。

疲れた。

体のあちこちから血が滲む。
力なく歩くその足は・・・人間のものでなく・・・血を滴らせ異形の形を知らしめる。
暖炉でまどろんでいたカルシファーが怯えた声をあげた。
「アア・・・!やばいよ、やりすぎだよ・・・!」
いまだ戻らぬ身体に、ハウルは苦しそうに喘ぐ。
そして、壊れた居間の真ん中で毛布に包まるように眠るソフィーを見つめる。
大切な思い出の少女。ようやく現実に出会えたのに。
「・・・ふうっ・・・っうっ」
「・・・ハウル!」
羽根が覆うままのその顔は、苦痛で歪み、若い娘に戻っているソフィーを見つめながら青い瞳からは涙が流れた。鋭い爪が滴る血を伝わせ、その手で顔を覆う。
「どうした、どこか痛いのか?ああ、おまえあちこちに怪我してるじゃないか!今回はちょっと酷すぎだよ!これ以上、その力を使うなよ!戻れなくなる!今度こそ!!」
炎を煙突近くまで大きくすると、カルシファーは必死の形相で訴えた。
「・・・カルシファー、こんなにソフィーに触れたいのに、僕はソフィーに触れられない!ソフィーを抱きしめたいのに、僕には彼女を傷つける爪しかないんだ!どうしたらいい?僕はおまえもソフィーも失いたくはないんだ!悪夢が追いつく、おまえは永遠に魔王として化け物として過ごすのだ、と頭の奥で声がする。
・・・ソフィーはこんな僕を見たら・・・!」
ソフィーの前に立ち尽くし、涙を流すその姿は人間そのものであるのに、心の空洞がどんどん広がり、まるでブラックホールのように内側から全てを飲み込んでいく。

ああ、もうじき、僕はこの暗闇に一人閉じ込められるのだろう。
ソフィー、君に触れることが許されるなら。
僕はその瞬間のためだけに、あの流れ星を飲んだときから・・・それだけを夢見て。

ほんの一瞬、時空の狭間で叫んだ少女に、僕の掌で命を吹き込まれた火の悪魔が呟いた。
『おまえの心臓が凄い速さで動いてるぞ!』
あの瞬間から、君が僕の空っぽの胸を埋めてきたのに。
「・・・ソフィーが僕のとこに来た未来は・・・僕がこの暗闇に捕らわれてからかもしれない。それでも、カルシファー、僕はソフィーを求めてしまう・・・!」
流れる涙がぽたりとソフィーの頬に落ちる。
火の悪魔は「湿っぽいのは嫌いだ!」と毒づきながらも、ハウルの涙に背を向ける。

こんなの、おいら望んでないやい!
ハウルがおいらを助けたことで、こんなに苦しむのを見たかったわけじゃないぞ。
ただ、あの時おいらが落ちた先でハウルの手が心地よさそうで。
おいらが死んじゃうのを可哀相に思ってくれたハウルの綺麗な瞳に、もう少し生きたいと願った。
ハウルが魔王になることなど、望んでいない。
それで、おいらがハウルと同化して、比類ない力を手にするとしても・・・、おいらそんなのいらない!
ハウルとマルクルと、あの時ハウルの心臓がときめいたただ一人の存在・・・ソフィーと暮らせることが・・・おいらの願いだ。

静かにソフィーの元から立ち去ったハウルを背中で感じながら、カルシファーはソフィーに語りかける。
「今から・・・ハウルの本当の姿を見せる。・・・夢の中で。
・・・どうか、どうか受け入れてやってくれ!」
その夢の中で、魔物のあいつを受け入れられたら、おいらあんたらの為になんでもするよ!

疲れきった体はたやすくカルシファーの呪いを受け入れた。
・・・ソフィーがそれを待っていた所為だろうか?
夢の中でソフィーはハウルの心の中を彷徨っていた。心の中で暗いトンネルは少年時代のまま。
見つけてくれ!とカルシファーは強く願う。
ソフィーは蝋燭の明かりで暗闇を照らす。
その小さな灯火が、多分、みんなの希望の光りであることを・・・ソフィーは分かってくれるだろうか?
やがてソフィーは最奥でうずくまるハウルを見つけた。
『・・・苦しいの?怪我をしてるのね?』
『私、あなたを助けたい。あなたに掛けられた呪いを解きたいの!』
『だって私、あなたを愛してるの!』
『ハウルーーーー!!』

湯を張る音に、慌てて飛び起きたソフィーは辺りを見回す。

あれは、夢?
私は、まだあの人を失うわけにはいかないの。
例え、あの怪物のような姿が・・・ハウルの本来の姿でも・・・!

「ハウル帰って来たのね」
薪の上で小さくなりながら、伺うように息を殺しているカルシファーにソフィーは訊ねる。カルシファーは、初めて見せる必死さで炎の勢いを上げるとソフィーに訴える。
「ソフィー!早くおいらとハウルの契約の秘密を暴いてくれよ!」
そして懇願するように見つめると、ソフィーに告げる。
「おいらたち、もう時間がないよ」
「ハウルが魔王になるってこと?そうなの?」
「そんなこと言えるかよ!おいらは悪魔だぜ」
告げられないことがもどかしい。

夢で見たあの姿が・・・ハウルを待つ未来・・・。

ソフィーはカルシファーとの話を終えると、朝露に濡れる荒れ地に立った。
夜明けの空気がソフィーの心を静かな決意を後押ししていた。城の浴室からはシャワーの音が響く。
浴室では、同じように夜明けの空を眺めながらハウルが悲痛な決心を固めていた。

例え僕が居なくなっても・・・ソフィーが幸せになれるように。
限られた時間を・・・ソフィーの笑顔の為に。
できる限りのことをしよう。
あの・・・僕の秘密の花畑をソフィーに。
今の僕にできるありったけの想いを・・・。
君に。










彼女と彼の邂逅(written by 梓音)に続く


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September 12, 2005