Troublesome Tornado
記憶の呪縛 written by 純
霞がかかったその光景は、夢なのか現実なのかわからない。
先程まで、ハウルは戦場を駆け巡っていた。
憐れな魔法使いの成れの果てに吐き気を催しながら。
鼻につく鉄と人の焼け焦げた臭い。
無意味な戦いが激化した原因は、隣の国の王子が行方不明になったからだと聞いた。
それはそれは美しい魔法使いに魔法をかけられたのだとか、美しい女性に求婚して振られ傷心から消えたのだとか。噂は様々であったが、インガリーが絡んでいるということだけは、まことしやかに語られているのだ。
そのせいで激しさを増した戦争は、まったく関係のない庶民を巻き込んで、傷め付け殺し合い、無意味な悲しみを増幅させていくのだ。
時間が交差する。
いつしか、ハウルは初めてサリマンに戦場に送り込まれたその焼け野原に立っていた。
まだ、魔法学校に入学して間もない頃だった。
すでに強い魔力を持っていたハウルの力は、すぐにサリマンの目に留まった。
個別で指南を受け、ハウルは確実に力を使いこなす実力も身につけていった。
「実践で学ぶこともたくさんあるのですよ」
まだ歩くことが可能であったサリマンが、震えるハウルの手を引いて戦場に降り立った。
蠢く怪物は、力を制御できない魔法使い。
謡うように囁くサリマンにハウルは、この時恐怖を感じたのだ。
戦争の意味を問うハウルに対して、妖艶な笑みを浮かべてサリマンは諭す。
「あなたの力は王国の為に発揮するのです。それが私たちの役目。力は有効に使わなくてはダメよ。」
その術をあなたには教え込んだのだから。
そう頭を撫でられて、ハウルはびくりと身体を震わせる。
「さあ、可愛いハウル。私の一番の弟子になるわ。あなたなら、あんな怪物にならずともこの戦局を乗り切れるわ。力を使いなさい。敵に怒りの雷を!炎の鉄拳を!」
目を瞑り両手で顔を隠し首を振るハウルの背中にサリマンは回り、まだ華奢なその両肩に手を置くと身を屈めて耳元で囁く。
「あなたの大好きな叔父様もこの怪物たちに貪り喰われたのよ。ハウル。あなたのご両親は戦争で殺されたんでしょう?」
まるで魔法にかけられたかのように、ハウルの両手は顔から降ろされる。
「目を開けなさい!そして力を使いなさい!」
それは強制。
ハウルの見開かれた瞳には、雷に焼け焦げる人々。
恐る恐る見上げた隣には、満足げに微笑むサリマン。
「あなたは美しいままでいなくちゃね。あんな怪物になっては駄目よ。」
僕はあなたの思い通りにはなりません。
例え魔王になったとしても!
『そうかしら?あなたの大切な、思い出の女性はそんなあなたを愛してくれるかしら?ハウル。今なら間に合います。さあ、私の元へいらっしゃい。』
!!
・・・ソフィー。
揺れる記憶に追いつく現実。
カーテンを開けた先で、安らかな寝息を立てる少女。
意識下に施された強い呪いは、彼女の心に連動して歳をとらせる。
君は、魔物でも、未来で受け入れてくれる?
「!」
顔に冷たいものがあたり、ハウルは驚いて身を起こす。
「・・・いつの間に・・・」
眠ってしまったんだろう?
バスタブは程よい湯加減を保ってはいたものの、綺麗に磨き上げられた窓は明るい青空が広がっている。
白い湯気がたちこめるバスルームは、天井から水滴が滴り落ちる。
その中で、手をバスタブにかけたままハウルはいつの間にか眠ってしまっていたのだ。
「なんて夢・・・。いや、これもサリマン先生の魔法?」
体が震えていることを知って、ハウルは苦笑する。
あの後、敵の魔法使いの急襲にあって彼女は両足に強力な魔法がかけられた。
・・・捨て身の攻撃に、冷笑で燃やしてしまったサリマンの方が、ハウルにとっては怖かった。
いつだって、人心を掌握するのがサリマンの得意とするところだったのだ。
幼かったハウルにとって、それはまるで黙っていても察してくれる母のように感じたこともあったのだ。それは多分、彼女の魔法であったのだろうけれど。今ならハウルにもわかる。それはなんて効果的な方法だったろう?
たった一人の身寄りを失くしたばかりで、拾われるようにサリマンによって王立魔法学校に入学させられた。
叔父が偉大な魔法使いで、戦死したことはハウルにとってかなりの衝撃であった。
叔父は、ハウルを魔法学校へ入れるのを拒んでいた。
唯一人の肉親が、彼の持って生まれた魔力の所為で自分のように王国の道具にされることを危惧したのだ。いつかサリマンの手に落ちることも感じていたのだろうが・・・。
特別待遇で迎えられたそこは、ほどなくしてハウルを縛り付ける檻となる。
見越したように、叔父はハウルに秘密の花畑を残してくれた。
傷付いたハウルが息を付けるように。
「これがトラウマってやつ?」
ハウルは立ち上がり、見違えるほど綺麗になったバスルームに溜め息を漏らす。
「あんな老体で無理して・・・ソフィーってホント綺麗好き。」
まだ頭が混乱していた。
「どうやらサリマン先生の使い魔に変な呪いをかけられちゃったみたいだ・・・」
随分懐かしくて悲しい過去を思い出させてくれるじゃないか。
ハウルは髪を掻きあげて、足元を見つめる。
思い出の叔父は、金色の髪を耳にかけいろんな話を聞かせてくれた。
両親を失くしたハウルにとって、叔父は自慢であり憧れであった。
あんな死に方をしたのは・・・戦争の所為。
何気なく見つめた・・・鏡に映ったハウルの瞳に、見慣れない姿が飛び込んでくる。
大好きな叔父を真似た金色の髪は、何故か市場で見かけるオレンジと同じ橙色。
「な・な!」
なんでこんなことに!?
「ワアーーッ!!!!!!!!!!」
ハウルはよろめいて、あちこちにぶつかりながら、この髪の色の原因を作ったであろう人物の下へ向かった。
サリマンの言葉がまた頭の中で繰り返されていた。
「あなたは美しいままでいなくちゃね。あんな怪物になっては駄目よ。」
August 21, 2005