Other Story
弱肉強食。
しいていうならそんな世界。
あたしは無力な子猫。あいつは・・・恐ろしい狼で。
それでも、胸を焦がす想いをどうしたらいいのだろう?
誰か教えて。
あの人に愛されるには・・・あの人の食事になるしかないのかしら・・・?
「姉さん!気をつけてよ?今月に入って狼のヤツ猫族ばかり狙ってるらしいのよ!それも美しい娘ばっかり!」
「大丈夫よ、レティー!あたしはあんたと違って美しくないもの。それをいうなら、あんたが心配。」
「ソフィー姉さん!!ダメよ、今日は買い物はやめましょう?ハウルのヤツが獲物を探してうろついてるって、町の人が言っていたわ!」
耳をぴくぴくと動かして興奮するレティーの手を握る。
「あんたは家に居てちょうだい。あたしは大丈夫よ。ね?マーサが熱をだしているのに・・・お医者様に薬をいただかなくちゃ」
「サリマン先生ね!ああ、どうしてサリマン先生たち犬耳族のように、種族を越えて仲良くできる方もいるのに!どうして狼族は野蛮なのかしら!?」
「もしも患者さんが少なければ、訪ねていただけるか訊いてみるからね?」
くすっと笑うと、レティーは真っ赤になった。
「・・・そうじゃなくて!いい?姉さん!ハウルには気をつけるのよ!姉さんは十分美しいんだから!」
・・・心の中で、それでもいいと思う気持ちを隠して、ソフィーは家を出た。
その国には様々な種族が溢れ、混沌とした空気が流れていた。『弱肉強食』な世界。
狼耳族を頂点とした完全なピラミッド型。猫耳族やうさぎ耳族などは、狼耳族にとって恰好の補食種であった。
だから、猫耳族のソフィーたちにとって買い物であっても、命がけ。小さく身を屈めるようにして、見つかりませんように!と心の中で呪文のように唱えながら生きる日々だった。
もともと目立つことは嫌いなソフィーは、普段から慎ましやかに生きてきた。若い娘たちが喜ぶような鮮やかな服も、素敵な出会いも夢見ずに。自慢の妹を無事に成人させることが、唯一の存在意義だと信じていた。
− あの日、狼耳族のハウルが現れるまでは。
俯いて、道の端を、こそこそと目立たぬように。
そんなソフィーの目の前に、派手な色合いが飛び込み頭上から声が響いた。
「あんたはホントに猫耳族?まるで灰色ネズミのようじゃないか!耳だけは猫のネズミちゃん!さあ、僕があんたを食べてあげるよ?」
見上げた先には、目を奪われる美しい・・・獣の瞳。碧眼のその瞳は、多分、食されるその瞬間まで夢を見せてくれそうだった。
狼耳族特有の金の髪をさらりとかきあげて、ソフィーの行く手を塞ぎ、舌なめずりをしている。
俯いていたときにはわからかった・・・ソフィーの顔を見て、ハウルの狩りを楽しむ瞳に何かが走った。
それまで、おかしそうに口の端をあげていたハウルの口が驚いたように歪み、怯えて震えるソフィーに伸ばしかけた指先を止めた。
「・・・驚いた。あんた、なんて・・・」
「あたし、家で妹たちが待っているの・・・!末の妹が体が弱くて。それで、いただいた薬を届けてから・・・それからでいいかしら・・・!?」
ソフィーは瞳に涙を溜めて、必死に言葉を紡いだ。多分、獣の瞳が柔らかくなったことなど気がついていないのだろう。
「あたしは美しくないから、きっと不味いでしょうけれど・・・!」
「・・・あんたを食べるのは・・・また今度にするよ。そのかわり、名前を教えて。」
あかがねいろの髪をすくって・・・静かに口付けると、ハウルは微笑んで言った。
「・・・ソフィー・ハッター・・・」
「ソフィー、いいかい?あんたを食べるのは僕だからね?他の狼に捕まったら言うんだよ?『あたしはハウルの食事よ!』ってね」
「嬉しくない言葉だわ・・・」
「では、今にしようか?」
ソフィーが呟くと、ハウルはぐいっと髪をひっぱり顔を近づける。
「・・・!!」
こんな状況であるのに、胸がどきんと跳ね上がりソフィーは美しいその顔立ちと花の香りに心が奪われる。
てっきり、血の匂いに満ちていると思ったのに・・・この狼からは優しい花の香りが立ち込めていた。
「どうする?」
耳元で囁くその言葉に、ソフィーは体中が熱くなるのを感じた。
「薬を・・・届けさせて・・・」
息も苦しくなってようやくそれだけ呟いた姿をハウルは苦笑して距離をあける。
「怖がらせてごめんよ?今は食べはしない。さあ、行って。ソフィー。でも、次にあったときは・・・僕のものだから」
そう言って、ゆっくりと身を屈めたハウルは・・・ソフィーに口付けた。
ソフィーはあの日から、心を奪われたまま。
初めての想いを胸に秘めて、その日が来るのを・・・待っている。
もう、逃れられない。
自分の心は、すでにハウルに奪われてしまったのだから。
レティーには・・・頼りになる恋人ができたわ。
きっと、サリマン先生ならあの子を大事にしてくれるもの。
マーサだってサリマン先生がいてくれれば安心。それに、あの子には同じ猫耳族の幼馴染がついてる。マイケルはいい子だもの。
あたしがいなくても、きっと大丈夫ね。
最初は悲しむかもしれないけれど、二人には幸せになって欲しいもの。
医者からの帰り道、ソフィーはやけにすっきりとした気持ちで歩いていた。もう、見つからないように、と俯くこともない。まっすぐに前を見て歩いた。
夕闇がせまり、あたりは静けさに包まれていた。
「おや、こんな時間に。美味そうな匂いがする。俺のおかわりかな?」
不意に耳に飛び込んできた台詞に背中がぞくりとした。
血の匂いがあたりに満ちて、ソフィーの足が恐怖ですくむ。
ゆっくりと、口元をぬぐいながら・・・体格のよい狼耳族の男が近づいてきた。
「あ、あたしは、ハウルの・・・!」
「ああ、あんた本当に旨そうだ。体中がぞくぞくする。あんたは極上の匂いがするぞ」
男は嬉しそうに、ソフィーの肩に手を掛けた。
なんてこと!
あたしは、ハウルに食べられるはずだったのに!
こんな時間にうろついたのは、あたしの間違いだったわ!
・・・ハウルに会いたいからって・・・!
「どこから食べようか?やっぱり、その旨そうな心臓か?」
下卑た笑いが響き、町中がソフィーにさよならと目を瞑った。
「ダメだ!その子は僕のものだ。卑しい手をどけろ!」
鋭い声があたりに響き、さっとソフィーは風に攫われた。
花の香りに包まれて、ソフィーは抱き上げられていることに気がつきその腕の持ち主を見上げる。
月明かりが金の髪を照らしていた。
「ソフィー、遅くなってごめん!」
柔らかく微笑むその姿に、ソフィーはほっと胸を撫で下ろす。そして、同時に湧き上がった熱い感情の塊に突き動かされるように、その首元にしがみついて涙を流しながら、名前を呼んだ。
「ハウル!ハウル!ハウル!もう会えないかと思った!」
あんた以外の狼耳族に食べられてしまうんだと!
ソフィーの髪を愛しそうにすき、額に口付けを落とすと抱きしめる腕に力がこもった。
「一族を抜けてきたんだ。あんたと一緒に暮らすために・・・!」
食事を奪われて逆上する屈強の男が、ハウルに飛びかかるのを爪先で蹴り上げると、ハウルは唸るように喉を鳴らしまるで一族中の優位さを知らしめるように、冷たく笑う。
「一族を抜けても、お前ごときに仕留められると思うかい?」
その瞳から放たれた瞳の鋭い輝きに、男は耳を折り暗闇へと走り去った。
ソフィーはただずっと、ハウルを見つめていた。
さきほどのハウルの言葉を頭で反芻しながら、ゆっくりと地上に降ろされる。
ハウルはその後ろから、大切な宝物を抱くように抱きしめる。
「・・・ソフィー、僕はあんたに心臓を奪われたんだ。」
ぎゅうっと抱きしめる腕に力がこもり、ソフィーの耳元に囁く。
「僕は、もう狼耳族を抜けてきた。ソフィー、あんたが欲しい。種族を越えて・・・あんたと一緒に・・・生きることを望んだんだ。」
苦しそうに紡ぐ言葉に、ソフィーの胸がキツク締め付けられる。
そして、ようやく働き出した頭は、なんとか言葉を見つける。
「あんたは・・・あたしを食べるんじゃなかったの・・・?」
なんとか引っ張り出した問いは、言葉を震わせた。
ハウルはくすっと笑って、耳に口付ける。
「これから・・・食べるよ?・・・心も体も。それは心を満たす為に。・・・一生ね。」
「一生・・・?」
甘い囁きに身を委ね、ソフィーは静かに聞き返す。
「ソフィー、僕と暮らしてくれるかい?僕は・・・お尋ね者になったけど。あんたを攫っていいかい?」
ハウルの腕に抱かれながら、ソフィーはハウルの腕を掴んだ。
まさか、こんなことが奇蹟が起こるなんて
「あんたが・・・あたしを・・・?」
「ソフィー、僕を愛してくれる?」
それじゃあ、ダメよ。ちゃんと言って。
「それは・・・どうかしら?あんたがどう思っているのかも・・・計りかねているのに?」
「ソフィー!僕は、一族も捨ててきたんだよ?」
「あたしを食べる為に?」
「あんたを・・・愛してるからさ!それじゃダメかい?」
ソフィーはゆっくりと向きを変えて、恥ずかしそうにハウルに向き直ると、そっとハウルの顔に触れた。
「あんただから、食べられてもいいと・・・思ったの。あたしも・・・大好きよ?」
「僕の心を食べたソフィー、あんたがこの世界で一番のツワモノってことだね・・・!」
その唇で、僕を狩ったんだ。
微笑んで、ハウルは深い口付けを施した。
「ソフィー、ソフィー!!大丈夫?」
優しく揺り動かされて、ソフィーは涙を流していることに気がついて、慌てて涙を拭う。
あたし、何で?
「白昼夢かい?鍋が焦げちゃうよ?」
「おいらがそんなドジなことするもんか!」
いつもの風景が目に飛び込み、あたしは握っていたレードルに目を向けたあと、心配そうに覗き込むハウルとカルシファーに苦笑する。
「何でもないわ。不思議な・・・夢を見ただけ。」
「鍋をかき回しながら?」
身を屈めていぶかしむハウルに笑顔を見せて、ソフィーは空いている片手をそっとハウルの頭にのせる。
「よかった。あんたと出会えて。」
「うん?出会えてよかったよ?愛しい奥さん??」
「あんただったら、あたしを食べてしまったでしょうね?」
「??」
とんでもない白昼夢は・・・やっぱり、レティーと昨日話した・・・内容のせいね。
動物に例えたら・・・。ハウルは狼。ベンは犬。
あたしの妄想?それとも、どこか違う世界の、あたしたちだったのかしら?
end
(2005,7,18up)