このお話は、誕生日プレゼントでいただいた海が好きさんのイラストをもとに、捏造したサリレティのパラレルです。
あくまでも私のオリジナルに近いパラレルですので、苦手な方はブラウザバックでお願いします><

以下の作品は海が好きさんに捧げます。











天使が舞い降りる



吹き付ける風にくたびれたコートの襟をたて、ベンジャミン・サリマンは古い薄汚れたアパートメントを見上げた。
時計に視線を落とし、溜め息をつく。あたりはすでに人通りもなく、もうすぐ日付が変わろうとしている。
昨晩から待ったが、今回はもうターゲットは現れないようだ。
サリマンはゆっくりと愛車に乗り込み、キーを差し込んだ。
体が棒の様に感じてシートにもたれた。長年愛用している車はシートがボロボロで硬くて疲れはとれそうもない。
冷たく冷え切ったコートを脱いで、助手席に置く。寒いが先程まで降っていた雨でびしょ濡れのコートを着ているよりはましだ。
サリマンは苦笑して、キーをまわそうと再び起き上がると、その車の脇を若い男が年端もいかない少女を抱えるようにして歩いてきた。
男の額には、大きな傷跡。
間違いない、あの男だ。
サリマンはコートの内側に入れた写真を取り出して、今は髭をそり落としすっきりとしたその男と見比べた。
それから再び少女に視線を移し、思わず叫びそうになって自らの口を思わず押さえた。
「・・・・!」
少女はその男にもたれかかりながら、ちらりと車の中のサリマンへ目配せすると「もう歩けない〜!」と可愛らしく擦り寄った。
その仕草に知らず掌に汗をかく。
「何をしているんだ?あの子は!」
シートに沈みながら昨日少女がふてくされたように呟いていたことを思い出していた。

『それじゃあ、この仕事が片付けばデートしてくれるわね?』
青い瞳をキラキラと輝かせ、黒髪の少女━━レティーはサリマンの腕にぶら下がるように甘えた。

「まさか、こんなことまでするとは!」
思いがけずターゲットの男が現れたことにも驚いたが、レティーがターゲットに接触していることに大きな衝撃を受けていた。
「私が居なかったらどうするつもりだったんだ!?」
サリマンは男が古びたアパートメントに入って行くのを確認すると、携帯電話を取り出した。
持たされているものだとはいえ、さっそく彼に頼ることになるとは。
サリマンはたった一つの履歴へリダイヤルすると電話の向こうの聞きなれた━━元同僚に溜め息混じりに話し出した。
「残念だがハウル、私はその誘いには応じられないよ。君の待ってる電話じゃなくてすまないね。そう、私だ。━━ヤツを見つけたよ。目星をつけてたんだ。・・・ああ、すまないが君を待っていることは出来ない。連れが一緒なんだ・・・」
ヤツとね。
視線は今灯された2階の端の窓に釘付けとなり、サリマンは眼鏡を外した。
「それで、悪いのだが依頼は断るよ。」
携帯の向こうで「ちょっと待って!」と大きな声が聞こえたが、サリマンは電源を切った。
「よりによって、ロリータ狂の犯罪歴のある男にレティーをおとりにするなんて・・・」
そうしたのが自分の本意ではないとしても、そうさせてしまった自分の愚かしさを呪った。
今は悠長に反省している場合じゃなさそうだ。
あの男には、幼女誘拐に始まりいつだって卑猥な事件がつきまとっているのだから。
サリマンは頭の中に浮かんだ恐ろしい光景に思わず頭を振り、ハンドルを叩いてドアを開けた。
薄暗い階段を駆け上り、ドアのとってを掴んで鍵がかかっているのを確かめると、錆び付いたドアを深呼吸して静かにノックした。
シンっと何も返事がないが、中で小さなくぐもった声が響いた。
「やっ・・・!」
サリマンはドンドンとドアを叩きながら、心臓が口から飛び出してしまうのではないかと思うほど、緊張と恐怖に支配された。
ドアに近寄る気配も感じられず、サリマンは腕時計を見、焦って大きな声をあげた。
「ここを開けろ!」
彼女がここに連れ込まれて5分は経っている。

いつの間にか頭の中では、一年前の出来事が甦ってきていた。
こうしてドアを挟んだ向こう側で、愛しい人が命を奪われた、あの事件。
助けを呼ぶ声が、聞こえていたというのに!
彼女は、私が必ず助けてくれると信じていたのに!

全身から冷や汗が拭き出し、眩暈もしてきた。
あの時響いた銃声が頭の中で聞こえた気がした。
サリマンは咄嗟に上着の中に手を伸ばし、リボルバーのグリップを握った。
しかし、急にドアが開けられ、目の前にあの額に傷のある男が、ハンドガンの銃口をサリマンの額に向けて立っていた。
その顔は苛立ち、目は異様なまでに鋭く口元はだらしない笑みを浮かべていた。
「死にてえのか?おじさん。何の用だってんだ?俺は今お楽しみの最中なんだよ!」
目がおかしい。こいつ、クスリもしてるのか?
男の背後で赤い影が動く。レティーは赤い帽子を被っていた。
銃口を向けられていることにも構わず、サリマンは室内へ入ろうと足を踏み出した。
「聞いてるのかっ!?」
カチッと無機質な撃鉄を下げる音が響いた。
「俺はなあ、あんたには用はないんだよ!」
サリマンは瞳をさっと走らせ身体を捩ると男の背後に回り、銃を握る手に大きな手を伸ばし銃を奪った。
通路に声が響いたのは、まさにその瞬間だった。
「動くな!ロンドン警察だ!」
聞きなれた声に一瞬笑みが浮かぶ。駆け寄ってきた警官たちが男を取り押さえた。
「なんだよ!チクショウ!!」
サリマンは安堵の息を漏らすと、またどっと汗が背中をつたっていくのを感じた。
「あんたぼくが休暇中だって知ってて電話したんだろう?」
不機嫌そうなその声の主は、サリマンを覗き込んで目を見開いた。
「驚いた。あんたでも冷や汗を流すなんてことあるんだね!」
「君からの仕事・・・ふいにしてしまってすまない」
サリマンが頭を下げるのを金髪を揺らして可笑しそうに見ていた青年は、肩を竦めると「何のことさ?」とおどけて見せる。
「ぼくはあんたに性犯罪歴のあるこいつが転居の申請をせずに行方をくらましたから探すのを依頼したわけで、こうして身柄を拘束できたんだから思い切り役にたってるんだけど?それに、まさか麻薬まで手を出していたとはね。」
室内に踏み込んだ警察官が、白い粉の入った袋を差し出す。
「ジェンキンス警部、中には少女も居ました。」
「ああ、私の連れなんだ。」
警察官に肩を支えられながら俯き加減で歩いてきたレティーは、複雑な表情で見下ろしているサリマンを見つけると駆け寄って抱きついた。
「考えなしで、ごめんなさい!」
「ベンジャミン警部!警部のお連れの方だったのですか?」
「もう私は警部ではないよ。」
驚いたように敬礼をする警察官たちに、サリマンはレティーに抱きつかれたままの姿で苦笑する。
「今はしがない探偵だからね。」
サリマンが何故警察を辞めたのか、ここには知らない者が一人も居ない━━レティーを除いてだが━━だから、皆どこか哀しげに目を伏せた。
「ところで、そのお嬢さんは?」
ハウル・ジェンキンス警部は、そんな辛気臭さはごめんだね!とばかりにサリマンの上着にしがみ付く少女を覗き込んだ。
「まさかあんたの?」
「ああ、この子は、なんだ、私の助手だよ。レティーというんだ。」
ハウルのからかうような視線にサリマンは真っ赤になって、しどろもどろに答えた。弾かれたように少女が顔をあげ、サリマンの襟首を掴んでまばゆいほどの笑顔を見せた。
「今言った事、本当!?私を助手にしてくれるのね!?」
その青い瞳は涙で潤んでいて、サリマンは呆れた笑顔から慈しみの表情に変わり、優しく頭を撫でた。
「今日のような無茶はなしだ。約束できるかい?レティー?」
「もちろんだわ!貴方の側に居れるなら、私とてもお行儀よくしているわ!」
見つめ合って微笑む二人に、ハウルはやれやれと溜め息をつき空を見上げた。
「あーあ。雪が降ってきちゃったよ。今夜はそんなロマンチックでなくていいのにさ。」
見上げたレティーが手を伸ばす。
「・・・明日は・・・一緒にお祝いしましょうね?」
意味がわからず首を傾げるサリマンに、ハウルはばしんと背中を叩き吐き捨てるように言った。
「あんた、今日がクリスマス・イヴだって知らなかったのかい?」
「え?」
止っていた時が動き出す。
そうか、あれから、ちょうど一年になるのか。
「ぼくがコレの鳴るのを祈るような気持ちで待っていたわけがわかったかい?」
携帯を取り出して、拗ねたような口調でハウルは言うと瞳の奥で「もう忘れなよ」と言っているのがわかった。
でも。
彼女を忘れることなんて、一生できない。
私が彼女を助けられなかったことは・・・事実なのだから。
サリマンが首を振ると、ハウルは諦めたように夜空を仰いだ。
「いいなあ。ぼくは休暇に呼び出されて、愛しのソフィー嬢からは電話一つもかかってこないのに。あんたには天使が舞い降りてきてるんだからね。」
ハウルがそういうと、携帯電話からクリスマスソングが流れ出す。
驚いたように皆が見つめるその携帯電話を、ハウルは慌てて開くと少し震える声で話し始めた。
「ああ、こんばんは。・・・・君からの電話を凍えるような気持ちで待っていたよ!・・・ぼくの可愛いソフィー!」
サリマンは内心そんなハウルの動揺ぶりに驚きつつ、不安そうに見上げるレティーの視線に気がつきふわりと微笑んだ。
「明日、というかもう今日だね。」
サリマンはレティーを抱き上げると、悲しみを胸の中に仕舞い込んで呟いた。
「メリークリスマス。可愛い天使さん」

動き出した時間は、ほんの少し温かな気がした。







(2005,12,18up)


end