のりこさんへハガキ企画で捧げたものです。
残酷なエメラルド
「随分と逃げ回ってくれたじゃない?僕を避けるなんて、いい度胸だよ?」
耳に金糸をかけて、ハウルは冷笑を浮かべた。
眼鏡の奥に隠されたエメラルドは怒りを含み、ソフィーはハウルの前の椅子の上で冷や汗が背中を伝うのを感じた。
「本気で逃げ切るつもりだったの?あんた、このままでいいと思ったわけ?」
「あ・・・それは・・・・」
ソフィーは慌てて言葉を紡ごうとハウルを見つめるが、まったく話を聞く気がないことをイヤというほど感じさせる空気に押し黙った。
ちらりとソフィーから目を逸らし、ハウルは長くしなやかな指先を握ったり伸ばしたりして向き直る。
そんな仕草にほんの少しときめいて、ソフィーは慌てて頭を振った。
今はそれどころじゃない!
今すぐ逃げ出したいのだから。
「やっぱり・・・」
「さあ、あんたはもう逃げられない。大人しくしてもらおうか?」
くすっと笑い、ソフィーをその場に寝かせると、ハウルは嬉しそうに頬へと手を伸ばす。
先ほどの冷笑から一転して、妖艶な笑み。
ソフィーが何を言わんとしていたのか百も承知している顔で、ソフィーの言葉を封じ込める。
「あんたは僕を怒らせた。僕はそれだけは許せないんだ。わかっているだろう?それに・・・」
ぐいっとソフィーの顎を掴むと上を向かせ、顔を鼻先まで近づける。息がかかるくらいに接近する美しい男に、本来なら激しくときめきもするのだが、今日のソフィーは泣きたくなるような恐怖感を味わった。
もう、逃げられない!
それでも何とかこの悪魔のような男から逃れようと、一瞬身を捩る。
「動くな!」
激しい声があがり、ソフィーはびくっと身体を強張らせた。
「さあ、大きく開いて。自分から。それとも、僕に無理やり開けて欲しい?」
「そんな・・・!」
瞳は大きく見開かれ、その端には涙が溜まって今にも流れ落ちそうであった。
「もう待てないんでね。さっさと済ましちゃいたいんだけど?」
いい加減開いたらどう?
ソフィーは恐怖に震えながら言われた通りにゆっくりと開き、ハウルが覗き込むのを見つめていた。
「・・・こんなになって・・・!あんた、どういうつもりだい?」
「ふぅっ・・・!」
指先を絶え間なく動かし、ハウルは執拗に開かれた場所へと刺激を与える。
その指先には、心地よくしてやろうなどというう優しい考えはまったくなく、代わりにあるのは嗜虐心だけ。
「痛かったら・・・泣いていいから」
嘲るような言い方に、かあっと頭に血が上る。しかし突然挿し込まれたものに体中が貫かれ、ソフィーは悲鳴を上げた。
「ひぃっ・・・・・!」
「ああ、ごめんよ?馴らしてあげたいけどね?あんたの体が悪いんだから、仕方ないね。」
容赦なくハウルは動かし続け、痛みについに耐え切れずソフィーは堅く目を閉じる。
目を閉じて尚、ソフィーの瞼には白色光が眩しかった。
頬を涙が伝い、恍惚の表情を浮かべるハウルとは対照的に、ソフィーは苦痛の表情。
「あんたには、まだまだ僕が必要だろう?もう自覚してもいいころだけど?」
そういいながら笑う姿は、ソフィーでなくても思っただろう。
・・・この鬼畜・・・!
言葉に出来ないもどかしさと痛みに、ソフィーは二度とこの男の手にはかかるまい、と決心した。
「ソフィー姉さん。今日の治療は終わりよ。麻酔の効かない体質って可哀相ね。」
椅子を起こしながら、この歯科に勤めるレティーが心配そうに覗き込んだ。
「それにしても、どうしてこんなに酷くなるまで放っておいたのよ?」
しばらく放心状態であったソフィーは、渡されたコップでうがいをすると、そっと背後で書類にペンを走らせるハウルを盗み見た。
く・・・くやしい・・・・!
あれほど憎らしく思った相手なのに、決心した心が揺らいでくるのは何故だろう?
悔しいことに、この辺りで一番の腕を持つハウル。あの治療時の性格さえなんとかなれば、麻酔の効かないソフィーにとって、腕の良さはやはり魅力なのだ。
治療された場所がまったく痛まなくなっているのも真実なのだ。
「でも、変よね。ハウル先生、姉さんが相手だと人が変わったようになるのよね・・・」
そんなレティーの呟きは、ソフィーの耳には届いていない。カルテを片手に、眼鏡を胸ポケットに入れながら覗き込む、歯科医に息を呑む。
治療後に見せるとびきりの笑顔も・・・捨てがたいのよね。
「ソフィーさん。まだ後2本処置が必要ですから。来週来てください。」
「え・・・」
「あ、もう予約を無断でキャンセルしないでくださいよ?あなたがツライだけですからね?」
そう言って。
微笑んだ眼鏡の下は、また残酷なほどの美しいエメラルドの輝きを見せていたのだった。
end
こんな二人が出会うまで。
「エメラルドの秘密」