きみに花束を





「今回は僕からは謝ってやるもんか!」
ハウルは店先のバケツを思い切り蹴飛ばそうとして、思い止まりました。

魔法使い夫婦の口げんかは日常茶飯事で、城の住人は誰も心配する素振りはありません。
言い争って、ソフィーが飛び出して行ったまでのことです。ここではよくある日常でしかないのです。心配するほうが馬鹿をみるような仲直りをすることを見越しているからなのですが。ですから、ハウルが大声で叫ぶまで、マイケルはまったく気にせずに店先の掃除をしていました。

「マイケル!おまえは今回の喧嘩の原因はどっちにあると思う?」
そう問われて、マイケルは「うーん、そうですねえ」としばらく考え込みます。どちらがと言われても、そもそもお互いに意地を張っている所為だと・・・マイケルは感じているので答えにくそうに顔をしかめます。
「・・・ハウルさんは、ソフィーさんの体調を気遣ったんですよね?」

顔色の優れないソフィーにゆっくりと休むように言ったハウルが、そう言いながらまったく店の手伝いをしないことにソフィーは腹を立ててしまいました。でもそれはハウルなりの方法で、客を追い出してしまおうと考えたからだったのですが、その方法がまずかったようです。ソフィーにとっては、いつもの迷惑なハウルのやきもちと変わらなかったのです。

ふらふらの足取りでそれでも意地を張るソフィーは、常連客を追い払ったハウルを怒鳴って城を出て行ってしまいました。
『ハウルとはしばらく口を利きたくないわ!』
そう言い放って。

結局、僕とソフィーが喧嘩を繰り広げたから、店は開店休業のような状態になってしまった。
ソフィーは花が売れ残ってしまうのをひどく悲しがるのに・・・。
こんなに花が売れ残ったと知ったら・・・きっとまた怒るな・・・。
それに。

「・・・ソフィー、倒れちゃいないだろうね・・・?」
不安になり席を立ちかけますが、マイケルの視線とぶつかり何でもない風を装いました。
マイケルはそんなハウルに心の中で苦笑します。
「僕は悪くない!今回は謝るのはソフィーのほうさ!」
まるで自分に言い聞かせるようにそう言って溜め息をつきました。
「・・・ソフィーさん、どこへ行ったんでしょうね・・・?」
マイケルがぽつりと呟くと、ハウルのやせ我慢していた心臓が震えます。

どこが悪いのかも確認していないのに・・・。

「・・・でも、ソフィーは・・・僕と口を利きたくないって言ってただろう!?」
マイケルは売れ残った花を片手に、しばらく考えて、憐れな店主に提案しました。
「ハウルさん・・・こうしたらどうです?」

中折れ谷の屋敷の前で、ソフィーは膝をかかえていました。

確かにだるくて・・・どうやら微熱があるようだわ・・・。気がつかないフリで仕事をこなしていた間は何とかなりそうだったのに・・・。

ソフィーが溜め息をつくと、頭の上から花々の香りが漂います。
・・・そっと顔をあげると、目の前に花束が差し出されていました。
「・・・まあ。どなたから?」
ソフィーは花束を受け取りながら、添えられてあったカードに手を伸ばしました。そのカードには見覚えのある下手くそな文字でこう書いてあります。

『愛する奥さんへ
        いつもぼくらのために働きすぎる奥さんへ愛をこめて。
たまにはのんびりお茶でもいかがですか? 花束より美しい笑顔を見せてください。
とりあえずは、ベットで休んで。

追記 奥さんがツライ顔しているのは、見ているだけでつらくなります。
                    ・・・ たった一人の最愛の夫より』


体調が悪いせいか、ソフィーは瞳を潤ませていて赤く、口もきゅっと結ばれていました。
それでも、そのカードを読み花束に鼻を寄せると微笑みました。
「・・・奥さん、許してくれるかい?」
花屋の店主がバツが悪そうに尋ねると、ソフィーはやれやれと肩をすくめ、花束の中に顔を隠して呟きました。

「もうとっくに許しているわ!」





end