Vanilla - マイマー編 -





久しぶりのデートは予想もしなかった展開で、僕はマーサの手をぎゅっと握り締める。

どどどどどどうしよう!ととととととにかく、落ち着かなくちゃ・・・!

気がつけば、手のひらは汗をかいていて僕は慌てて手を離す。今朝ソフィーさんが皺を伸ばしてくれた洗い立てのハンカチを取り出して手を拭く。そんな僕を見てマーサはくすっと微笑んで、僕の手の上のハンカチをソフィーさんのこしらえたバックにしまう。
「あたし、気にならないのに。・・・それより・・・マイケルと手を離すほうが不安。」
ね?と小首を傾げ、右手を差し出すマーサの可愛らしさ!!なんてカワイイんだろう。一瞬ここがどこかを忘れて見惚れてしまう。
「それにしても・・・あたし初めてだわ!ウェールズに来るの!」
好奇心に満ちた瞳を輝かせ、マーサは辺りをぐるりと見回す。こんな仕草はソフィーさんにそっくりで。・・・!

そ、そうだった!ここはウェールズ!

僕は再び途方もない不安な気持ちになって、マーサの右手を握り締める。
ここが何て通りなのかもわからず、おろおろする僕とは対照的に、マーサはうきうきとした様子で町中を眺める。
「マイケル!あれ、何かしら?随分大きな建物ね?それに言葉が聞き取りづらいわ。訛りがあるのね!」

何故今僕たちがウェールズに居るのかは・・・1時間前にさかのぼるんだ。



久々に3姉妹が顔を揃えた週末の城。少し遅れて到着したマーサを僕が迎え入れると、ソフィーさんとレティーさんはウェールズの「あいすくりーむ」について話していた。
「冷たくておいしかったでしょう?溶けないようにって、あたしの呪いは効いてたかしら?」
ソフィーさんがマーサにも紅茶を勧めながら、今朝焼き上げたアップルパイに手を伸ばすレティーさんに問いかける。
「甘くて、口溶けがよくて・・・!とっても美味しかったわ、姉さん・・・」
そう言ったレティーさんの頬がほんのり赤く染まったのをマーサはしっかりと見ていて、出された紅茶を飲みながら不思議そうにソフィーさんへと視線を移した。そしたら、ソフィーさんまで頬を染めて苦笑していた。
・・・僕はその理由を知ってるから、思わず暖炉のカルシファーに視線を移す。僕の一番の親友(?)は、眠ったフリをしながら片目を開けて様子を伺っている。僕と目が合うと『まったく!おいらは食べれなかったんだぞ!』ケッ!と吐き捨てるように身を捩り、また瞳を閉じる。
「なぁに?姉さんたち!なんでそんなに赤くなってるの?」
マーサは一人蚊帳の外なことを酷く不満そうに頬を膨らませ、可愛らしく二人の姉を睨みつける。
「ああ、マーサ!あんたにも食べさせてあげたらよかった!ウェールズのデザートなのよ。長くは取って置けなくて。」
「ウェールズって本当に不思議なものがいっぱいね。ほんの少し置いておくだけで、どろどろに溶けちゃうの。チェザーリのケーキよりおいしいわ。冷たくて甘くて、口の中でとろけるの。それがまるで・・・」
夢中に話すレティーさんが思わず手で口を覆うのを・・・マーサはますます不機嫌そうに頬を膨らませて。
「なんで!?ずるいわ!あたしだけ食べてないなんて!それに姉さんたちったら、とっても意味深だわ!ねえ、マイケル!」
「え!?」
僕は急に自分に向けられたマーサの声に、思わず飛び上がる。
「・・・・マイケルも?マイケルも食べたの?」
「うっ・・・その、ハウルさんが買ってきてくれて・・・」
「ずるい!あたしも食べたかった!」
マーサの大きな瞳に見つめられて、僕が言葉に詰まると背後から楽しそうな声が響いた。
「おやおや、珍しいじゃないか!マイケルとマーサが喧嘩してるなんて!」
「ハウルさんっ!」
僕が振り向くと、ハウルさんがにっこり笑って髪をかきあげながら、ソフィーさんの隣の席にすとんと腰掛ける。
「喧嘩の原因はアイスなの?」
厭味なくらいの美しい微笑を浮かべながら、ソフィーさんの髪に口付ける。
「あんた仕事はどうしたのよ!」
そう言いながらも真っ赤になるソフィーさんをハウルさんは楽しんでいるんだ・・・。
「ああ!僕としたことが、すまないね。カワイらしい義妹たちに挨拶もしないで!こんにちは。レティー、マーサ。アイスがどうかしたの?ソフィーが勘違いした話?」
ハウルさんがウィンクしてソフィーさんの顔を覗き込むと、ソフィーさんは机の下でハウルさんの足を思い切り踏みつけた。
「マーサは『あいす』を食べれなかったのを悔しがってるのよ!」
ハウルさんの瞳から逃げるように、ソフィーさんはツンと顔をそむける。魔法で堪えたのか?それともやせ我慢してるのか、ハウルさんは表情を変えずに、ふーんと頬杖をつくとマーサににっこりと微笑んで。
「それじゃあ、今から行っておいで!マイケルと二人でウェールズでデートなんてどうだい?アイスクリームでも食べながら。」
驚く僕を無視して、大喜びするマーサを誘って、ハウルさんはにこやかに扉のとってを黒に合わせて、扉を開けたんだ。
「あとで迎えに行くから、安心して楽しんでおいで!」



僕はハウルさんから渡された紙切れを握り締めて(これで買い物ができるらしい)、人に尋ねながらアイスクリームを売ってる店に案内してもらった。
花屋と同じ大きさくらいのその店の中には大きなガラスのケースがあり、この前ハウルさんが持ち帰った何倍もの大きなアイスが入っていた。20種類ほどの色とりどりのアイスが並び、僕もマーサも思わず「わあああ!」と歓声をあげる。初めて見るアイスにマーサは興味津々でケースに張り付いている。
「ねえ、君。どこの子?かわいいね!」
突然、マーサの前にエプロンを付けた店員とおぼしき・・・金髪の少年が笑顔で声をかけてきて、マーサを嘗め回すように見つめて・・にやりと笑った。
「何が食べたいの?おごってあげようか?君たちって兄妹?二人で随分レトロなかっこうしてるじゃないか?」
訛りのキツイ早口で言われ、おまけにくすっと嫌な感じで笑われて、僕はちょっとかっとなる。
ここは、あのハウルさんの故郷だった!
僕は冷や汗を流しながらマーサを庇うように腕を引いて、その店員と対峙する。けれど、マーサはそんな僕の前にずいっと歩み出ると、にっこりと笑った。
「あなた、ここの店員さんでしょう?あなたのお店はお客さまをナンパしていいの?ご主人に尋ねてみたいわ!それにあたしたち兄妹じゃないの。デート中よ?」
はっきりとそう言うと、それでおいしいのはどのアイス?と事も無げに尋ねる。店員の少年はぽかんとしてマーサを見つめ、ゆっくりと僕を見ると、くしゃっと顔を歪めて笑い出す。
「あはは!お金はいいよ。おごってやるさ!悪かったな。待ってな、今トリプルを作ってやるよ!」
見たこともない銀色の不思議なスプーンのようなものを持ち、ケースを開けるとがしがしとBOXからアイスをすくい、三角の不思議な入れ物の上に載せる。それを3回繰り返し、金髪の店員は笑顔でマーサに手渡した。
「楽しいデートを!」


「へんな人ね?チェザーリであんなことしたら後でおかみさんに怒られちゃうわ!」
念願のアイスをおそるおそる舐めると、マーサはぱあっと笑顔を見せる。
「・・・!アイスっておいしい!とっても。甘くて冷たくて。」

・・・他の男のプレゼント・・・。


情けないけど・・・僕がフクザツな表情でマーサを見つめていると、屈託ない笑顔ではい!とアイスを差し出す。
「マイケルも食べてみて?この間のとどっちが美味しいか教えて?」

僕は急に。
ハウルさんがアイスを口移しで食べさせたシーンを思い出して顔が赤くなる。

・・・ハウルさん、僕が二階から下りてくるのを知っていたかのように・・・!

「マイケル?」
どきんとして、目にとまったのはマーサの唇。

アイスクリームより、マーサの唇のほうが・・・甘くて美味しそう・・・!

そんな風に考える僕は・・・やっぱりハウルさんの弟子だからかな?

「マーサと一緒に食べれるなら、それが僕にとっては一番美味しいものだよ」
なんとか理性を総動員させて微笑むと、マーサは背伸びをして・・・僕の頬に口付けた。
「あたしも、マイケルと一緒ならなんでも美味しいわ!」

アイスクリームがぼたっと落ちて。

僕らは二人で見詰め合った。



end