絶望と希望





いっそ、声が聞こえなければいいと思う。
姿が見えなければ。

- こんな悲しみも気がつかないのに。

触れようと思えば触れられる、そんな距離は苦痛でしかなくて。
その瞳が自分を映しているときは、穏やかな気持ちの中で幸せ以外を感じないのに。

あんたの瞳に映るのは・・・今は他の誰か。
笑顔で囁き、あまつさえ聞いたこともないような甘い言葉を紡ぐ。
わかってる。
あんたの気持ちは縛れない。あんたの心はあんたのもの。
一瞬でも、手に入れた、と思ったのが間違いだったんだ。

- 心はカタチなきもの。

時には熱くどろどろに。時には冷たく頑なに。
そして今は・・・。
悲しみと怒りで、いびつなカタチに生成された心は、ざくりざくりと内側から切りつけて。

ああどうしてだろう?
僕だけを見て生きてはいけないの?
僕だけじゃ足りない?

あんたが向ける笑顔の先に僕が居ない。
ただそれだけのことが、胸を切り裂く。

僕の心が戻ったとき、まるで、あんたのことだけしか考えられないようになったみたいで。
あんたを目で追っては、悲しみに打ちひしがれる。

- ソフィー!僕を見て!僕だけに微笑んで、優しい言葉をかけて?誰も見ないで、誰も触れないで。

大きな【絶望】という見えないバリアーに包まれる。
想いととも重さも変わる。あんなに軽やかだった心は、今は立ち上がることも出来ないほどに重くなり僕を動けなくする。

吐き気がする。眩暈がする。
心が寒くて・・・
悲しくて・・・
目の前は・・・緑に包まれる。



「ソ、ソフィーさんっ!!!!!ハウルさんがカウンターの下でねばねば出してますー!!!」
出来る限り声を抑えて、マイケルがソフィーの耳元に告げる。
ソフィーはぎょっとした顔でカウンター下の緑の塊を確認すると、店内の客に気づかれないように、笑顔で伝える。
「皆さん、ごめんなさい!あの、今日仕入れた珍しい蘭の中に虫がついていたようなんです。危害を与えないとは思いますが、今日はお引取り願えますか?」
そう言いながら、バケツの中の花を手にしてはお詫びにとばかりに渡し、扉に追い立てる。
男性客が一様に駆除を申し出たが、その虫がねばねばゼリーになった店主であると知られてはならない。
幸いなことに、闇の精霊はまだ部屋の四隅で蠢いていて店の中の花々に上手いこと隠されている。
「明日はいつも通り、店を開けますからね!」
とびきりの笑顔で最後の一人を見送ると、慌てて札を【close】に反しカウンターの下を覗き込む。
「ハウル、どうしたのよ?ほら、もうやめてちょうだい!」
「男性客が多かったからでしょうか?」
マイケルがよいしょ、と腕を持ち上げ、ソフィーは反対のハウルの懐に入り込み大きなゼリーの塊を支える。
「カルシファー!お湯をお願いねー!」



ソフィーの声を・・・どこか遠くで聞きながら、ハウルはほんの少し幸せな気持ちを・・・丁度心臓のあたりにあるソフィーの頭を眺めながら・・・絶望の終結を感じた。

- この人は・・・まったく何を考えているのよ・・・。

ぽたぽたと滴り落ちるゼリーの下で、ソフィーは溜め息をついた。






end

一人勝手にシリアスに浸るハウエルさん。この後ソフィーにこっぴどく叱られます。あたりまえ!