お口に運んで。





「ソフィーさん!ハウルさんがおかしいんです!」
「あら、マイケル。あの人がまたとんでもない買い物でも隠していたの?」
中庭で、洗濯物を青空の下で干し始めたソフィーの元へ、マイケルがぎょっとした表情で駆け寄ってくる。
「違うんです!今、朝食を摂りに起きてきたんですけど・・・!」
「あら、今日は珍しく一人で起きたのね。そうね、確かにおかしいわね。」
ソフィーはタオルを広げると、背伸びをしてロープにかける。エプロンのポケットから洗濯バサミを取り出すと、恐々摘む。
ついこの間、洗濯バサミだと思って摘んだそれはマイケルの発明品だとかで、自動で洗濯物を挟んでくれる・・・予定だったらしく、しかし予定通りにはいかず、ソフィーの人差し指に喰いついたのだ。
あれからソフィーは内心びくびくと洗濯バサミを摘んでいるのだ。
「よかった、今日は普通の洗濯バサミだわ。」
ほっと胸を撫で下ろし、風で揺れるタオルを挟む。
「それで?あの人、今日は仕事だったのかしら?」
昨晩、明日はお休みだって浮かれていたようだったけど?
「そうじゃないんです!いえ、確かにソフィーさんが起こすまでわざと起きてこないのに、今日は珍しいですけど。」
マイケルを転がり起こして洗い上げたシーツを気持ちよさそうに広げて、ソフィーはマイケルの言葉に苦笑する。
「じゃあなあに?髪の色がおかしいとか?そうそう、昨日風呂の棚の包みを入れ替えちゃったかも!ああ、あたしったらハウルに伝えるの、忘れてたわ!」
シーツの端を思わず握り締め、抱えるように口元まで持ち上げると困ったように眉根を寄せる。
「ねばねばを出していた?」
「違いますよ!ソフィーさん!ハウルさんが、ハウルさんが」
もどかしそうにソフィーの言葉を遮ると、ほっとシーツから手を離したソフィーの左手を掴み、マイケルはダイニングへと駆け込んだ。
「ちょっと!マイケル、洗濯物が!」
「とりあえず、ハウルさんをどうにかしてください!!」

いつもどおりに、色とりどりの花と野菜と焼き立てのパンの香りがするその食卓で、ハウルは嬉しそうにフォークを握り締めて、 とろけるような笑顔を見せていた。
マイケルにしっかりと手を握られ駆け込んできたソフィーにも気づかず、呆れたようにげんなりした表情で暖炉の薪の下に潜り込むカルシファーにも目もくれず、ハウルはただうっとりとフォークを・・・その先に突き刺さったパプリカを眺めていた。
ね?おかしいでしょう?と目配せするマイケルに無言で頷き、ソフィーはハウルの隣まで歩いて行くと、覗き込むように声をかける。
「おはよう、ハウル。今朝は早かったのね。」
ソフィーの声に気がつかないとでもいうように、ただフォークを持ち上げたり指先でパプリカをつついたりしては、悩ましげな溜め息を漏らす。
「ずっとこうなんです。時々意味のわからない言葉を紡いでは、こうして見つめているんですよ!」
マイケルはソフィーの後ろに隠れるようにして、その背中から不安そうに見つめていた。
「ハウル?一体どうしたって言うのよ!?」
ソフィーがハウルの肩に手を置くと、それがスイッチであったかのようにハウルの口が開かれた。
「ああ、どうしてあんたはこんなに滑らかな肌なんだろう。そんなに赤くなって!僕を挑発してるのかい?今日は随分積極的じゃないか!でも、いいのかい?朝からそんな、あんたを食べちゃって!いつもは恥ずかしがって、ちっともOKしてくれないのに!」
ソフィーは急に紡がれる言葉に呆気にとられ、二つの視線が自分に向けられていることに気づいて真っ赤になる。
「な・・・なに言ってるの!!ハウル!!」
「ああ、そうだよ。僕はいつだってあんたを食べちゃいたいのさ!朝も昼も夜も!あんたを考えない日はないのさ!なんでこんなに魅力的なの。あんたのこの赤さが可愛らしくて溜まらないんだ!」
ハウルはぺろりとパプリカを舐めると、ちゅっと口付けを落とす。
「あんたが望むなら、僕はいつだってあんたを食べるよ。もう我慢できないしね!」
「ソフィーさん!ハウルさんに何したんですかっ!?」
マイケルの震えるような叫び声に、体中が真っ赤になったソフィーがようやくはっとして、食卓に並んだサラダボールを抱えると、慌ててマイケルを振り返る。
「あたし、朝食の準備中にピーマンにこう言ったのよ。『あんたたちを嫌いな人があんたたちを見たら、あんたたちはその人の一番好きな食べ物と同じくらい魅力的に映るのよ。どうしても食べずにいられなくなるくらい、大好きなものにね!』って。」
ソフィーはサラダの中で彩りよく刻まれたピーマンとパプリカを覗き込む。
「ああ!もう我慢できない!今すぐ寝室に行こう!ソフィー!」
ハウルはフォークを握り締めたまま、夢見るような顔で立ち上がりうっとりとパプリカを見つめている。
「馬鹿だな、ソフィー!あいつにとって一番のご馳走は、あんただって気がつかなかったのかい?」
いつの間にか薪の下から顔を出したカルシファーが、ごぉっと青い炎を捩らせる。
「ソフィーさんっ、どうにかしてくださいよっ!」
今日はマーサが遊びに来るのに!
マイケルの泣きそうな声が響く中、寝室へと軽やかに向かうハウルの背中に、ふるふると身体を震わせるソフィーは、いっそう赤くなり鼻を鳴らすと呟いた。
「・・・あんたパプリカもダメなのね。」







end