恋酔いハウル





「ハウルの馬鹿!」
そう言って城を飛び出したまでは良かったが、扉はどうやら先ほどハウルが帰って来たまま、ウェールズに繋がっていた。

失敗した!あたしったら、ウェールズに来ても、行く当てがないってのに。

ソフィーは自分のそそっかしさを舌打ちして、腰に手をあてる。
選択の範囲は非常に狭い。目の前の扉を開けて城に戻るか、ドアをノックして義理の姉・・・ミーガンの嬉しくなさそうな顔を見るか。

・・・どっちも・・・今はイヤだわ!

ソフィーはぐるりと周囲を見回し、暗闇の中で思案する。
こんな時間に訪れる義妹に、あのミーガンが何を思うか想像がつく。

ああ、なんでこんな時間に飛び出しちゃったんだろう!ハウルを追い出してやればよかったわ!

【車】がぶるると低いエンジン音を響かせて通りを走ってくると、ソフィーは背筋を伸ばしそのライトから逃れるように背を向ける。

ここにずっと立ってるわけにもいかないわね・・・。

車が通りすぎると、ソフィーはとぼとぼと歩き出す。
そもそもの原因は、ハウルがウェールズでラグビーのメンバーの結婚前独身最後のパーティーとやらに参加して、酔っ払って帰ってきたことだ。『独身最後のパーティーは男だけで楽しむんだ』とかなんとか言っていたのだが、何故かハウルの頬や首筋に口紅がついていた。問い詰めようにも、当のハウルは雲の上を歩くような気持ちらしく、浮かれた様子でソフィーに抱きつき『僕のカワイイ奥さん!』と、その唇でキスをせがんだ。

他所のご婦人とキスした、その唇を重ねようとするなんて!

突き飛ばして、怒鳴り散らして、ソフィーは飛び出してしまった。

今頃ハウルは、そのままぐーぐーいびきをかいて眠ってるわ!

そう思うと余計に腹が立つ。そーっと戻ろうか?とも考えたが、あの憎らしいオトコの顔は見たくない。仕方なく、夜のウェールズの住宅街をとぼとぼと歩いた。
真夜中を過ぎているというのに、どの家も一つか二つ窓の明かりが点いている。道は固く、地面特有のクッションがないせいかしばらく歩くと疲れてきた。時折通りすぎる【車】の眩しすぎる明かりにいちいち緊張するせいかもしれない。何度か自分の隣で車が止まり、親切に(?)送って行こうかと申し出されたが、行く場所がないソフィーは丁重に断り、逃げるように歩いた。小さな公園を見つけ、ベンチに腰掛けてふう、と息を吐く。

忌々しい!何でこんなことしてるのかしら!

鼻をならしてみるが、胸の隅に芽生えた心細さが大きくなり、ソフィーはベンチの上に足をのせ、両膝を抱いて頭を乗せる。
「ハウルの馬鹿!」
そう声にしてみるが、やけに弱々しく聞こえてより心細くなる。ここはソフィーの知らない、ソフィーを知る人も居ない場所。そう考えると堪らなく寂しい。
キキーッ!と聞きなれない、空気が擦れるような音がし、続いてバン!と何かを閉じた音の後、駆け寄る靴音が響く。
ソフィーは怖くなり、ベンチの上でぎゅっとと膝を抱えて目を瞑る。
「ソフィー!ああ、やっと見つけた!」
聞き覚えのある声が響き、あっと思った時にはもう抱きかかえられていた。
「あんた、飛びだすんならこっちの世界はやめてよ。迷子になったらどうするのさ。ああ、よかった!」
ソフィーは目頭が熱くなるのを感じたが、まだアルコールの香りの残るハウルの胸をどんと叩き睨みつける。
「降ろして!探してくれって頼んでない!」
「随分だね!僕を飲酒運転させておいて!イヤだね。離してやるもんか。あんたのヤキモチをこんなに間近で見れるんだからね!」
「ヤキモチですって!?他のご婦人のキスをそこらじゅうにつけて何を言ってるのよ!」
ハウルは大きな溜め息をつくと、ごつんと暴れるソフィーの額に自分の額をぶつけ、涙の溜まった瞳をじっと見つめる。
「勘違いもいいとこさ!これは、あいつら・・・友人たちのおふざけ!わざと口紅をつけて結婚前の友人に付けまくったんだよ。僕も結婚を知らせなかったから巻き添えをくっただけ!」
「そんなの、信じられない・・・!」
「・・・そうだ!ねえ、ソフィー!今からパブに行かないかい?もうあいつらはいないだろうけど、マスターに聞けばいいよ。」
声が明るく響き、緑の瞳が可笑しそうに輝く。
「知りたがりのソフィーは、行きたいはずだよね?」
誰も見てないよな?と呟き指を鳴らすと車は消えてソフィーのスカートが短くなる。
「な・・・!?」
そのまま、ハウルが軽く地面を蹴ったと思うと、住宅街を抜けて少し大きな通りにでる。ピカピカと文字が光る看板が目に入り、ソフィーは地面に降ろされるとハウルの腕にしがみついた。
「さあ、奥さん。僕の行きつけの店を紹介するよ」
ソフィーは、怒っていたのも忘れ、わくわくする自分に気づき苦笑する。

これは、ハウルの言っていたことが本当かどうか確かめるだけよ!?

そう自分に言い訳をして、フンと鼻を鳴らしハウルの腕に廻された指先に力をこめる。
「あんたの浮気相手に挨拶してあげる!」
ハウルはくすくすと笑うと、重い扉を開ける。薄暗い店内ではカウンターの中で初老の男性がグラスを磨き、ハウルの顔を見て驚いたように声をかける。
「ハウエル!?どうした?忘れ物かい?やつらはみんな次の店に行ったよ。」
空っぽになったボックス席はパーティーの名残か、グラスや皿がそのまま残っている。壁にはたくさんの【写真】が飾られていてる。ソフィーはぐるりと店内を見回し、カウンターの中にいる男性の瞳とぶつかり慌てて頭をさげる。
「あの、こんばんは。」
「僕の愛しの奥さん。ソフィーっていうんだ。」
「ハウエル、随分カワイらしい奥さんじゃないか!どうりで、やつらに紹介しないわけだ!」
カウンター席に座りながら、ハウルはにっこり微笑みソフィーにも席を勧める。
「カクテルがいい?それともワイン?ブランデー・・・はまだ早いね。」
ハウルは慣れた手つきでワイングラスを手にすると、ソフィーの前に置く。
「夫婦で初めて飲むんだから・・・ワインがいいかな。マスター、飲みやすいものお願いしていい?」
「あんた、かなり飲んだんでしょう?また飲むの?」
「あんたがウェールズに向かったってわかった瞬間に、ぜーんぶ抜けちゃったよ。」
マスターがワインのコルクを開け、ハウルに手渡す。ハウルは魅惑的な笑顔でワインをグラスに注ぎ、ソフィーの手に握らせる。
「こうして、あんたと二人きりでグラスを合わすのは初めてだね。」
「あたし、ワインなんて飲んだことないわ!」
すでにアルコールの入っているハウルの瞳は、うっとりするような艶かしさでソフィーは思わず目を逸らす。
「大丈夫。少し口に含んで香りを楽しめばいいんだよ。」
そう言って、グラスをソフィーの瞳の前に掲げる。
「愛しの奥さんとのウェールズの夜に!」
ソフィーのグラスに軽くぶつけると、ウィンクして口をつける。
どきんとする自分の胸の高鳴りを誤魔化すように、ソフィーはワインを一気に流し込む。
「・・・!」
口の中で甘さと渋さが広がり、喉の奥がかぁっと熱くなる。飲み込むと、胃の中も熱い。
「ソフィー、そんなに慌てて飲んじゃダメだよ。ワインはゆっくり味わうものだよ?」
くすくすと余裕たっぷりに笑うハウルは、空になったソフィーのグラスに再びワインを注ぐ。とても楽しそうに。
「苦味と甘さが丁度いいでしょ?」
確かに、一気に飲み干すものではないらしい。体中が熱くなり喉が渇く。
今度はゆっくりと一口含む。

何かこの感覚に覚えがあるような気がする。甘く苦い。鼓動が激しく打ちつけて苦しい。何だったかしら・・・?

「ソフィー、気に入った?」
ぼんやりとしてくる頭の中でハウルの嬉しそうな声が聞こえる。
ふわふわした心地よさと心もとなさ。
肩に廻されたハウルの腕に安心して身を預ける。
「ハウル・・・何だかへんなカンジ。」
潤んだソフィーの瞳はハウルを誘うように揺らめく。
「マスターに確かめなくていいの?」
「・・・うん?・・・何・・・?」
「カワイイ、ソフィー。」
ハウルはソフィーの額にキスを落とし、握り締めるグラスにワインを注ぐ。
ソフィーはふにゃ、と額に片手をあててハウルを見つめる。

こんなに甘えてくる無防備なソフィー初めてだよね。
ああもう、ホントにカワイイんだから!

「あんたは僕以外とお酒飲みにいっちゃダメだからね♪」

今日は朝まで楽しめそう?!張り切っちゃおうかな・・・!

ハウルの嬉しそうな顔を見て、マスターは複雑な心境を吐露した。
「・・・ハウエル、本当に奥さんなんだろうな?」
「もちろん!・・・って、マスターどういう意味さ?」
完全に身体を預けた状態のソフィーを愛しそうに抱き寄せながら、肩をすくめるマスターに微笑む。
「どんなアルコールより酔わせてくれる、僕の愛しい奥さんさ!」







        end








マスター、一応夫婦なんです(笑)
相棒の絵チャにつけたSSです。酔いハウルを〜!(笑)