wish -後編ー
「なめられたものだ。この程度の魔方陣で。あのハウルと一緒に仕事をすることが、どれだけ大変かわかってないようだな。」
王都から少し離れた静かなたたずまいの屋敷前に立ち、サリマンは憎々しげに呟く。
森に囲まれた豪華な邸宅は、公爵が息子の為に買い与えたと聞いたことがある。
堅く閉ざされた門の内側に・・・それは落ちていた。
誰かの為に何かを選ぶなど、したことがなかった。
そんなサリマンが、店主に頬を染めながらレティーの容姿を説明し、照れながら選んだルビーの細工の施された髪飾り。
戸惑いながら、歳の離れた弟子への精一杯の愛情表現。
レティーは翌日から、嬉しそうに美しい黒髪を一房束ねるとサリマンに微笑んだのだ。
レティーの身に何かあったら!?
それは考えたくない、最悪の事態。
手元でまるで宝物を慈しむようにしてきた存在。
掛け替えのない、唯一・・・愛しさを呼び起こした少女。
サリマンは怒りに満ちた表情で、門を握り締めて何事か呟く。
バシン!!
硬質なガラスを砕くような音が辺りに響き渡り、キィと弱々しく門は音をたてて開いた。
無言で大股に門をくぐると、サリマンの胸に今まで押さえ込んだ様々な思いがよぎる。
弟子とか師匠とか。
歳が離れてるとか。
自分がこの世界の者でないことなど、どうでもいいことのように思えた。
何より、レティーを失うことなど考えられない。
屋敷の立派な玄関の扉の前に、髪飾りは落ちていた。
サリマンは大きな身体をまるでかしずくように折り曲げ、そっと髪飾りを拾い上げた。
流れ込む、レティーの残像。
馬車に抵抗しながら連れ込まれる姿。
サリマンだと聞いて駆け寄った笑顔は、驚き恐怖に凍りつき。
不意打ちのように掛けられた、自由を奪う魔法に文字通り声はでなかったのだろうが。
ただひたすら、心の中でサリマンを呼ぶ。
髪飾りを握り締め、サリマンは扉を睨みつける。
魔方陣を張った魔法使いは、たいした力を持ってはいない。
きっと、この屋敷の主にけしかけられたのだろう。
詳しいことなど言われず。
現に馬車はなく、馬すら繋がれていない。まだこの屋敷の主はここを訪れてはいないのだ。
中からは、恐怖と安堵の感情が交差している。
結界を破ったことで、ここにいる魔法使いも脅威を感じていることだろう。
レティーを怖がらせたことに対して、同じだけの代償を払ってもらう必要がある。
サリマンは口端をあげると、扉を開けた。
「レティー!」
貴族の屋敷らしく豪華なエントランスの目の前には、階段があり、そこから愛しい少女の息遣いが聞こえる。
いや、正しくはサリマンには感じ取れたのだ。
レティーが・・・愛しい人の息遣いが。
黒い衣装を身に纏った少年がサリマンの前に姿を現し、震える声で制止を促したが、歩幅はますます大きくなった。
「おまえ・・・・!王室付き魔法使い!?な、なんのようだ!?」
「私を見知っているのか?お前はこの国の魔法使いではないだろう?」
イライラする気持ちに反して、酷く幼さの残る魔法使いに同情すら覚えた。
「何故こんなことを?お前のどこに高等呪文を使えるだけの力が?」
「・・・ぼ、僕は、ただエ、エンリケ様が持ってきた魔法書を・・・・!」
ガタガタと震えて少年は蒼白になり、踊り場で少年の前に見下ろすような形で立つ。
感じ取れる確かな波動。良い力を持っているのに、今までちゃんとした師につかなかったのだろう。
「フェード様も・・・ご子息がしでかした事を知ったらどう思われるか・・・。君は、利用されたんだ。わかるだろう?何故こんなことを?」
少年は両手を握り締めると歯を食いしばった。
「ぼ、僕は・・・母さんを妹たちを・・・父さんのように、魔法を・・・」
ガチガチと歯が音をたてるほど震える少年は、サリマンから目を逸らせずに涙を流した。
「事情はだいたいわかった。それでも、こんなことはしちゃいけない。君には扱うのが難しい高度な魔法を使っていたんだ。
見せてみなさい。さっき私が結界を破ったときに、呪いが跳ね返ったんだろう?身の丈に合わない力は破滅をもたらすぞ。
君の・・・お父様も悲しんでいるだろう」
少年は泣き崩れて嗚咽を漏らす。サリマンはそっと手をかざすと何事かを呟き、怒りの消えた眼差しで少年に告げた。
「私のところに来なさい。君はその魔力を人の為に役立てるべきだ。」
階段を上りきると、一番奥にある扉に手を掛ける。
この扉を開けたら、私はもう感情を隠すのはやめよう。
誰でもなく、私がこの少女を守りたい。
重厚な扉を開けると、そこには目隠しをされ両手を縛られた黒髪の少女がいた。
その姿に張り裂けそうな胸の痛みを感じて苦しくなる。
指を一振りすると縄も目隠しも解け、美しい顔が涙で歪んで露になる。
「サリマン先生・・・!」
サリマンは何も言えず、レティーをきつく抱きしめた。
「先生、来てくださると思っていました・・・!」
レティーは震えながらサリマンの腕の中で小さく息を吐く。
「・・・レティー」
搾り出すような掠れる声に、レティーは驚いて顔をあげた。
サリマンのその表情は、レティーが初めて見る・・・切なさを含んだ顔。
「先・・・生?」
覗き込むその青い瞳に、愛しさが込み上げサリマンは静かに・・・口付けた。
そっと、触れるだけのキス。
「せ・・・」
「レティー、私は・・・君を誰にも渡したくない。君を・・・好きになっていいだろうか?こんな・・・歳の離れた・・・」
ぎゅうっと髪飾りとレティーを抱きしめて、サリマンは告白を続ける。
「私は、この世界の者ではないけれど・・・・」
それでも、愛していいだろうか?
苦しそうに告げるサリマンに、レティーはますます涙が込み上げ、ただサリマンの背中に手をまわし、指先に力を込めた。
「あなたが私を受け入れてくれるのを・・・どんなに待ち望んでいたか・・・あなたにはわからないでしょうね・・・・ベン。」
レティーはサリマンが握り締めた掌を開かせると、髪飾りを取り出して髪にとめる。
「あなたが選んでくれた、それが嬉しい。」
レティーは微笑んで、そして遠慮がちにサリマンの唇に自らの唇を重ねた。
痺れるような、甘い痛み。
互いに感じあう、初めての感覚。
ゆっくりと唇が離れると、サリマンは耳元で告げた。
「今から、エンリケ様に会いに行こうか。どう申し開くつもりか、見ものだろう?」
仮にも、王室付き魔法使いの弟子を攫うとは。お灸を据えてやらなければね。
多分、こんな彼を見るのは自分だけなのだろう。
レティーはぞくぞくする獣のような瞳も持つサリマンにときめきながら、しつこく付きまとった公爵のどら息子に少なからず同情した。
「きっかけを与えてくれたということを考慮して?」
「そうだね、ほんの少し・・・泣かせるくらいさ。私の大切な・・・女性に二度と手出ししないようにね」
初めて強請ろう。わがままに。
私たちが、幸せになる未来を・・・・!
サリマンは腕の中の黒髪に輝く髪飾りに誓った。
end
長々と妄想が過ぎました。あはは。相棒とふじさきさんに捧げます!