相棒とふじさきさんからいただいた素敵コラボにお返しのSSです。
wish
−前編−
どうにもやりきれない。・・・そう感じるのは私の頭が堅いからなのだろうか?
どうして、私はこんなにも年の離れた弟子に心が揺れるのだろう?
君の気持ちを知っていて、私は答えることができずに、それでも手放すこともできず、こうしていつでも見つめられるポジションを保っている。
こんな時、自分がどんなに大人か思い知る。
わがままになることも、強請ることもできない。
それでも。
年の離れたこの少女を誰にも触れさせたくない。
傷つけたくない。
守ってやりたいと切実に思うのだ。
「先生、この呪文は謎解きが3つで合っていますか?」
城から戻ったサリマンが、書斎の椅子に深々と座ったその頃合を見計らったように、黒髪の少女はドアをノックする。
レティーがこの屋敷へ弟子入りして、1ヶ月が経とうとしていた。
「お疲れなのに、ごめんなさい」
サリマンが、レティーの持ってきた羊皮紙に目を通そうと眼鏡をかけると、少女はぽつりと呟くように漏らした。
その声がどこか悪戯っぽさを含んでいて、眼鏡をずらしてその顔を覗くと、なんとも幸せそうにその仕草を見つめるレティーの瞳とぶつかった。
「・・・いつも起きて待っていなくてもいいんだよ?」
サリマンと目が合うと、慌ててうつむくレティーにそっと告げる。途端にレティーは顔をあげて、必死の表情で訴える。
「無理してるわけじゃありません!待つことは苦じゃないもの!」
こんなに冷静さを失うレティーは、レティーの信者たちでも見たことはないだろう。
熱っぽく訴えて、レティーははっとしたように冷静さを取り戻そうと唇を噛み締める。
大人っぽいとはいえやはり少女。サリマンにしてみれば、くるくると変わる表情が愛しくてたまらない。
「私は嬉しいけれどね」
「え?」
思わず呟いて、サリマンは慌てて背を向けるように羊皮紙を机の上に開いた。
ほんのりと頬を染めるレティーが、その背中をそっと見つめていた。
穏やかな空気が書斎を包んだ。
一通り謎解きと新しい魔法の構築の確認をした後、レティーが名残惜しそうに口を開く。
毎晩のこととはいえ、レティーにとってはサリマンと唯一過ごせる時間を少しでも一緒に過ごしたかった。
しかし、レティーは自分を見失ってしまえるほど愚かでなかった。
疲れているサリマンを独占する権利は、本来0に等しい。
それでも、追い出したりせず、丁寧に対応してくれる師匠に感謝する。
だから、いつもそうするように、一瞬無言の時間が流れたときにレティーは挨拶をした。
「ありがとうございました。サリマン先生。それでは、おやすみなさい」
ぺこりと頭を下げると、にっこりと微笑む。
一日の最後に、笑顔の私を。
言葉にはできない、密かな想い。
「おやすみ」
穏やかな口調で扉を閉める。
いつもならそうするサリマンであったが、今日はせわしなくポケットに手を入れて口ごもっている。
「先生?」
訊ねるレティーに、サリマンは意を決したように右手を差し出すと、真っ赤になって左手で顔を押さえていた。
「?」
差し出された右手にそっと自らの右手を差し出したレティーは、不思議そうに長身の魔法使いを覗き込んだ。
そっと、レティーの掌に置かれたそれは。
「・・・?これは?」
「君の・・・黒髪に似合うと思ったんだ。その、よければ、受け取ってもらえないかな?」
ゆっくりと離れた大きな手が残していったのは・・・小さな・・・髪飾り。
「サリマン先生が・・・選んでくれたの?」
胸がより甘く疼いたのは、どちらだったのだろうか?
「若い娘さんの喜ぶものは・・・わからないのだけど。」
照れくさそうに話すサリマンに、レティーは首を横に振る。
「嬉しい!・・・恥ずかしかったでしょうに、大事にします!」
この大きな身体で、王室付き魔法使いという身分で。
一生懸命選んでくれたのかと思うと、嬉しくて仕方なかった。
遠慮がちに背中を抱く掌にどきりとしながらも、レティーはそっとサリマンの胸を押して離れる。
「大事にしますね、サリマン先生」
おやすみなさい。
そう言うと、サリマンの腕をぐいっと引っ張って、頬にキスして廊下を走り去った。
その後姿を扉に寄りかかるようにして、サリマンは見送った。
「レティーが帰らない?どういうことだ?」
帰宅したサリマンに、執事のマンフレッドが蒼白になって報告した。
「夕方、サリマン様の使いと申す者が馬車でお迎えにあがったのです。サリマン様が王宮でお待ちになっているからと。
私は魔法薬の行商からの買い付けで同席しておりませんでした。召使の話では、王室の紋章の入った馬車であったというのですが・・・。」
サリマンは鏡の間へ駆け込むと、目を閉じて魔法陣の中心の水晶を覗き込むが、魔術の心得のある者の仕業であるのだろうか?さっぱり追跡魔法も効かない。
しかし、目を凝らすと水晶には暗闇に小さく光る物が映し出される。
「これは・・・・!」
数日前、サリマンがレティーにプレゼントした髪飾り。
赤い小さな花はルビーでできていて、そのルビーが暗闇の中でまるでサリマンを呼ぶように光っていた。
・・・まるでレティーの落とした涙のように・・・。
「ここは、どこだ!?」
大きな結界が張られ、場所の特定ができない。
「ハウル様に連絡いたしましょうか?」
マンフレッドが珍しく冷や汗を流している。
この執事は、召使の一人や二人、行方不明になったところで、取り乱すことはない。
どこか冷たく感じるものもいるようであるが、それは冷静なだけで・・・特に、このサリマン邸で働くには一番必要なことは、好奇心をやたら持ち合わせないことで、この執事ほどそれに適任な者はいないだろうと、ジャスティンが考えて寄こしたのだから。
その男が取り乱すのは・・・レティーに対する主人の想いに気づき、かつ見守っているつもりだったのだろう。
「・・・ありがとう、マンフレッド。しかし・・・。」
この世界で、結界の張られている場所なんて・・・限られている。
それが、手がかり。
王宮であるはずがない。
ハウルの空飛ぶ城?まさか。
魔法使いの屋敷?いや、この国の魔法使いなら一度は面識があるだろう。この魔力の波動は知る者ではない。
「考えられるのは・・・流れの魔法使いを雇える・・・貴族?」
「そういえば!侯爵家のご子息が、レティー様に毎日のように手紙を寄こしていました。」
「フェード侯爵家!」
先月の王室主催のパーティーで見た。
20代前半の蛇のような目をした、男。
たしかエンリケという名・・・。
サリマンはマントを羽織るのも忘れ、マンフレッドが息を呑む前で、掻き消えるように姿を消した。
後編へ続く