千鶴さんが一周年のお祝いにくださったイラストに押し付けSSです。
素敵なイラストを穢さないといいのですが・・・。





Cold medicine




「いいかい!?今日一日は何があっても起きちゃダメだよ!?ぼくが戻るまでの間、あんたがじっとしている訳がないって思うけど、今日は王さまに朝から呼び出されちゃったんだ!こんな紙切れ一枚で、あんたを置いて行かなくちゃいけないのが、本当につらいよ!いいかい!絶対に寝ているんだよ?わかったかい、ソフィー!?」
ようやく長い台詞を言い終えたというのに、ハウルまだベットの周りをウロウロとして歩き回っています。どうやったら王宮に行かずにソフィーの傍に居れるかを、ぶつぶつと呟きながら今朝届けられた召喚状を片手でひらひらさせています。
ソフィーはベットの中で眉根を寄せながら、溜め息を一つ零しました。
その台詞はもう2度目・・・もっと聞いたような気がしたからです。
そして、意を決して顔を出すと掠れた声で告げました。
「・・・わかったから、ハウル。早く王宮に行ってちょうだい?うるさくて眠れやしない。あたしに早くよくなって欲しかったら、黙って仕事へ行って。」
いつかの老婆の頃のような声に、ハウルは真っ青になりながらベットに飛び乗ると、ソフィーの両手を取りました。
「ああ!ソフィー!そんなお婆さんのような声になって・・・!あんたまさか、また変な呪いを掛けていないだろうね?」
こめかみに指を滑らせ、ソフィーのあかがね色の髪をすきながらハウルは瞳をうるませて言います。
しかし、ソフィーはうっとりするどころかますます眉を顰めます。
「だからね、ハウル・・・・」
「ああ、いいんだよ。もう何も話さないで!あんたのその声を聞いていると、ぼくの胸は張り裂けそうに苦しいんだ!あんたについていてあげられないぼくを許しておくれ。その代わり、今日一日あんたが何もしなくていいように、よくマイケルに言っておくからね。」
ハウルはソフィーの力の抜けた体を抱きしめると、頭のてっぺんにキスをしました。
ソフィーは呆れて脱力していたのですが、ハウルはそう思わなかったようで「ああこんなにぐったりして、可哀相に・・・!」と耳元で呟きました。
「・・・・大丈夫だから、早く仕事へ行ってちょうだい。王様があんたの来るのを首を長くして待ってるわ。」
「伸ばしておけばいいのさ。きっと王様はきりんのように長い首を手に入れて、さぞかし見聞を広められることだろうよ!」
ソフィーには「きりん」がどんなものなのか、ちっともわかりませんでしたが、今日ばかりは、得意の知りたがりの虫もうずきはしませんでした。
変わりに頭がずきずきとしてきて、おまけにくらくらと世界が廻るような気もします。
早朝花を摘みに出かけた時は、そこまで悪くなるとは思っていませんでした。
「ソフィー、あんたの首がそんな風になってしまう前に、ぼくは早く帰ってくるからね。いいかい、今日は一日寝ていなくちゃダメだからね!?」
言いたいことは山ほどありましたが、今はただソフィーはこくんと頷くだけで精一杯です。
とにかく、ハウルに仕事に行ってもらいたかったのです。
「ちょっと気分がよくなったからって、起き上がったりしちゃダメだよ?何かあったら、カルシファーを呼んで。あいつにもよーく言っておくから。」
それじゃあ、言ってくるよ。
そう言いながらも、ああそれから!とベットに戻り、また行きかけては「あんたがこんなに苦しんでいるのに!」とベットサイドの椅子に座り込みました。
痺れを切らした王様が、書状を直々にサリマンにもたせ、マイケルと共に寝室前に現れると、ハウルはウェールズの言葉で悪態をつき、渋々ながらにようやく王宮に出向いたのでした。
ようやく静かになった寝室を見回して、ソフィーは溜め息をつきました。
昨日まで、ハウルは風邪を引いて寝込んでいました。
王様の呼び出しは3日も前からでしたので、痺れを切らしたのも仕方がありません。
さすがに焼けた石のように額も体も熱かった3日前は、ソフィーが王宮に乗り込んで「ハウルは現在危篤状態ですから、仕事はさせられるわけありません!」と王様にまくしたてました。熱も下がり、体調も元に戻るまで、召喚しないでほしいと直訴しに出かけたのです。
しかし、そんな状態も昨日にはかなりよくなり、ソフィーはほっとしていました。
「あんたはウェールズに、お酒を飲みに言ったの?それとも風邪をひきに行ったの?」
ラグビー・クラブの同窓会に出かけて、恐ろしく酔っ払って帰ってきたその翌朝熱を出したので、ソフィーは鼻をならしていいました。
口も利けないような高熱がようやく下がってからは、体中が痛いだとか、だるいとか、頭が痛い、喉が痛い、と大騒ぎを始めました。
「こんなに元気な病人なら、明日からは仕事に行けるわね!」
ソフィーがハウルの額に手を宛てて、熱が下がったのを確認して話すと、ハウルは不服そうにベットに潜り込んだのです。
・・・・どうやら、そんなハウルの風邪をもらってしまったようです。ソフィーの喉も、何かが引っかかっているような感じがしますし、体中、どことはなしに重い気がします。
ですから、ソフィーは静かにぐっすりと眠りたかったのです。
「・・・・やっと、ゆっくり眠れるわ・・・」
頭痛と眩暈、ハウルは熱もあるだろう!と大騒ぎしていたのですが、多分微熱程度でしょう。
すこし静かに横になっていれば、昼過ぎには元気になっていることでしょう。
ハウルが大騒ぎして中々王宮に出向かないので、少し悪化したかもしれません。それなら、夕方まで眠ればいいのです。
いずれにしても、寝間着に着替える必要はないわね、と本当は体中がだるくて動きたくない気持ちを誤魔化しました。
「この城は本当にいつだってうるさすぎなのよ!」 ソフィーは頭痛の原因はハウルの大声と心配そうに歩き回る靴音の所為かもしれないわね、と苦笑しました。
ソフィーの声がこの城では一番大きな音をたてているとは、今のソフィーには思いつかないようです。
「ハウルが城に居たんじゃ、ちっとも休めやしないんだから!」
言いながら、ソフィーは悪寒が走るのを感じて、ベットの中に深く潜り込みました。
「本当にハウルは心配性なんだから。少し休んでいれば、きっとすぐによくなるわ。」
自分に言い聞かせるように呟いて、ソフィーは瞳を閉じました。
よくならなくちゃ困るのよ。
一人でゆっくり眠れば、きっと・・・。
ソフィーは震えが起きる体を小さく丸めるようにして、眠りに落ちました。
心配して寝室前に来たマイケルやカルシファーの声も気がつかないほどに、ぐっすりと。


しばらくして、ソフィーは目覚めました。
明るかった室内が、すっかり暗闇に包まれていて、本当に夜まで眠ってしまったようです。しかし、そのお陰か、幾分体の違和感は薄れていました。酷く喉が渇いていましたが、頭痛や悪寒はありませんでした。
「ああよかった。何とかよくなったみたい。」
ソフィーは半身を起こすと、改めて周囲を見回しました。
しん・・・と静まりかえった室内は・・・いえ、城中がまるで息を潜めているように静かなことに、ソフィーは不思議そうに足を床に下ろし立ち上がりました。
「・・・?誰も居ないのかしら?」
まだふらつく足元を気にしながらも、壁伝いに歩き、扉を開けました。
「カルシファー?」
小さな声で呼んでみましたが、返事はありません。ソフィーが起きてこないので、つまらなくなってどこか遊びに出かけたのでしょう。
「マイケル?」
暗い廊下をソフィーはやはり壁を伝って歩きました。階段から下を眺めても人の気配はありません。暗くなる前に花屋は閉めていますので、マイケルも留守のようです。
ゆっくりと階段を降りながら、静まり返った城の様子に、ソフィーは次第に寂しさが込み上げてきました。
ようやく辿りついたランプに火を灯そうとして、カルシファーが居ないことにまた気づき、ソフィーはますます心細くなりました。
「みんな・・・どこに行ってしまったのかしら・・・?」
ぽつりと呟いた自分の声が、あまりにか細くてソフィーは瞳の奥がジンと痺れるような気がしました。
あたしったら、また何かしでかしてしまったのかしら? ソフィーはランプを抱えて、くらくらとする頭で余計な呪いをかけてしまっていないかと、あまりはっきり覚えていない眠る前のことを思い起こそうとしました。
「・・・やだ・・・」
思い出せる範囲で、ソフィーは今朝からのことを考えているうちに、自分が強く願っていたのは『一人になりたい』ということだったことに気がつきました。
それでは、その所為でみんなこの城を離れているのでしょうか?
「・・・あたしったら、なんでいっつもこうなのかしら・・・」
何だか情けなくて、心もとなくて、ソフィーはその場に座り込みました。
目が覚めて、誰も居ないことがこんなにも心細いということが、ソフィーをどこまでも明けることのない暗闇の世界に連れ去るようなそんな恐怖感と、みんなにもう会えないではないかという焦燥感を感じさせました。
瞳の奥をジンと痺れさせた感覚は、次第に鼻の奥まで広がり、涙腺を刺激するのを感じました。
「どうしよう、あたしの呪いの所為で・・・みんな帰って来れなかったら・・・」
真っ暗闇に沈むような気持ちで呟いた、その瞬間。
「ただいま!ソフィー!」
乱暴に扉が開かれると、ソフィーの胸をきゅっとさせるほど嬉しい声が城の中に響きました。
「ハウル・・・!」
泣き声になりそうな声でソフィーが名前を呼ぶと、ハウルは「なんで真っ暗なの!」と大声をあげて声のするほうに駆け寄ると、うずくまるソフィーを抱き上げました。
真っ直ぐに、違わずに辿りついたハウルに、ソフィーは驚いてハウルを見下ろしました。
「あんた、何してるの?かくれんぼのつもりかい?」
暗闇でもきらきらと輝くその髪の色を、ソフィーはこれほど嬉しく思ったことはありませんでした。いつもは、こうして誰から見ても美しく思えるハウルの呪いが、どこか悔しく思っているのですから。
「ハ・・・」
名前を呼ぼうとして、ソフィーはハウルが呟いた呪いで辺りが明るくなったことに、思わず言葉を飲み込みました。
それが、自分の寂しかった心まで明るく照らしてくれたように感じたのです。
「あんた、どうしてこんなところで座り込んでるのさ!ああ、まだ調子が悪いのに、起き上がってきたんだね!」
むっとした声でそう言われて、ソフィーはそれでもハウルが来てくれたことが嬉しくて、ただ彼にぎゅうっと抱きつきました。
言葉は、何もでてきませんでした。
ハウルはまだ何か言いたい様子でしたが、小さく震えるソフィーが必死にしがみついてくる姿にそっと息を吐き、ぽんぽんと背中を叩きました。
「カルシファーから鏡に伝言が届いたんだよ。あんたがまったく起きてこないし、返事もしないって。よく寝てるだけだろうから、そっとして置くように言ったものの、やっぱり心配になって帰ってきたんだよ。」
穏やかに話すハウルは、抱き上げたまま暖炉の前のソファーまで歩き、そこに座ってソフィーを横抱きにしました。
「マイケルも心配してね、わざわざぼくのとこまで来たんだよ。王様の呼び出しはもう終わって執務室にいたからね、マイケルがサリマンを手伝うってことで、ぼくは早く帰らせてもらったんだ。」
あかがね色の髪を梳きながら、ハウルは泣き出しそうなソフィーの額に額をつけ、覗き込むようにソフィーの瞳を見つめました。
「熱は・・・さがったみたいだね。そんなに悲しそうな顔をして。辛かったのかい?やっぱり傍に居ればよかったね。」
くすっと笑いながら、ハウルはソフィーの鼻先にキスをしました。ソフィーは恥ずかしさと悔しさと、そして何より愛しさで胸がいっぱいになって、またハウルの首にしがみ付きました。
「カルシファーのやつ、ぼくが帰れないって思ったのか、あんたに元気を出してもらおうと、レティーのとこに出向いたみたいだよ。きっともうすぐ、あんたの大好きな妹たちが、血相変えてやってくるよ。『姉さん、大丈夫!?』ってね!」
レティーの声色を真似てハウルはそう言うと、またソフィーの髪を優しく梳きました。
ハウルはくすくすと笑いながら、ソフィーの耳元に囁きました。
「ソフィー、もう大丈夫だから」
「・・・・あたし、やっとわかったわ。」
ソフィーはそっと呟いて、ハウルの胸に手をおいて首筋から離れると、ゆっくりとハウルを見上げました。
「風邪をひくと、心細くなるのね・・・あんたが我儘言う気持ちが、ようやくわかったわ・・・」
びっくりしたようなハウルの顔に、ソフィーはまた恥ずかしくなって首筋にしがみ付きました。
今度ハウルが風邪をひいたら、もう少し優しくしてあげよう・・・。
ソフィーはそう思いながら、ハウルの肩に頭を載せて目を閉じました。





end








風邪薬は、あなたの愛情。