優しい嘘
がやがや街で一番の帽子屋【ハッター帽子店】には、それはそれは可愛らしい娘が3人いた。
どの子もとても可愛らしく、先妻との間に授かったソフィーとレティー、後妻との間に授かったマーサもそれはそれは大事に育てられた。しかし、この街一番と噂される美少女に育ったレティーとマーサは何故か口喧嘩が絶えず、ハッター氏も後妻ファニーもほとほと呆れていた。長女のソフィーは、帽子屋の切り盛りで忙しい両親の代わりに二人の妹の面倒をよく見ていたので、この二人が何故折り合いが悪いのかもよーく知っていた。
二人とも負けん気が強いのよ。
罵りあいを背中に聞きながら、ソフィーは3人分のスープを皿によそう。
髪をひっぱったり、服を破りにかかったら止める事にしよう、と考えながらスプーンを3本用意して食卓に並べる。
レティーがぐいっ!とソフィーの腕を掴んでかなきり声をあげたのは、ソフィーが椅子に座ったときだった。
「姉さん!聞いて!!マーサったら嘘をついてるのよ!!」
黒髪を振り乱し、勝ち誇ったようにマーサを見下ろすとフン!と鼻をならす。マーサはというと、涙を堪えてスカートの端を握り締めている。
「いったい、どうしたっていうの?」
ソフィーは溜め息をついて、レティーの右手とマーサの左手を握り交互に目を向ける。
レティーはきっとマーサを一瞥し、だってね!と座っているソフィーに思い切り正当だとわかるように、はっきりと話し出した。
「マーサったら、私のレースのリボンを勝手に持ち出したのよ!私の一番のお気に入りをよ!?自分のものみたいに髪につけて、そして私たちのリボン同盟に勝手に入ってきたのよ!!」
片手を腰にあてて、レティーは高らかに宣言するとマーサが握り締めるリボンを見るように、顎を使ってソフィーの視線を促す。ソフィーはゆっくりとマーサの右手の中で、しっかりと握られたレースのリボンを見つめる。
そういえば、先月、レティーも帽子の材料を仕入れに行くのについて行って、父さんに強請って買ってもらっていたわね。マーサが悔しそうに「あたしも行くんだった!」って言っていたっけ。
「自分のだって嘘をついたのよ!?それにね、姉さん!私の後ろをこっそりついてきて私たちの秘密の隠れ家に来たのよ!私たち、ちゃんと掟を守っていたのに!リボンに誓ったのよ!?もう、私がみんなに伝えたのに、私が破っちゃったのよ!マーサの所為なんだから!」
「だって、レティーたらいくらお願いしても連れて行ってくれなかったじゃない!!それなのに、いっつも自慢げに交換したリボンを見せびらかすのよ!」
「まあ!嘘つきが何いってるのよ!」
もしもソフィーがしっかりと二人の腕を握っていなかったら、今度はつかみ合いの喧嘩になっていただろう。
「とにかく!私のリボン、返して頂戴!」
レティーが勝ち誇ったようにツンと顎をそびやかした。
ソフィーは大きく息を吸い込むと、マーサの手を優しく握り返し、少し強い口調でマーサの瞳を見つめながら話す。
「マーサ、そのリボンはレティーが言うようにあんたのものじゃないの?」
マーサは可愛らしい顔を酷く歪めてレティーから目を逸らして反対の方向を見ていたが、そおっとソフィーを盗み見て小さく頷く。レティーが「ほらね!」と声をあげると、マーサは再び唇を尖らせそっぽを向く。ソフィーはやれやれと肩をすくめると、マーサの腕をひっぱり、自分の方に向かせ静かに諭す。ソフィーに握られた右手とリボンを掴んだままの左手はせわしなく動き回る。ソフィーはさりげなく末妹の指先を見つめ、親指をこねくりまわすのを確認する。
「そのリボン、あんた持ってて嬉しい?それでもやっぱりそのリボンが欲しいの?」
「・・・ううん・・・。いらない。」
「じゃあ、やっぱり人のものを盗るのは良くないことだと思うわ。あんたはどう思う?」
「いけないと・・・思う。」
「それじゃあ、今からそれがあった場所へ戻しておいで?ああ、その前にレティーに何か言わなくちゃね?」
わかる?と小首を傾げて尋ねると、マーサは涙を瞳いっぱいに溜めて苦しそうに「ごめん・・なさ・・い!」と言ってソフィーがそっと離した手を振りほどくように、慌てて走り出した。
ソフィーは苦笑してマーサを見送ると、嬉しそうなレティーを椅子に座らせ「でもね?レティー」とまっすぐに美しい妹を見つめる。
「あたしは、そんな嘘をつかせたあんたもいけないと思うわ。」
「どうして?姉さん!だってマーサは私のリボンを盗ったり、黙って後をつけたりしたのよ!?」
心外だわ!とソフィーに抗議の視線をぶつけ、レティーも真っ赤な薔薇のような美しい唇を尖らせると「嘘をついちゃいけないでしょう!?」と反論する。ソフィーは大きく頷いて、そうね、と答える。
「でも、あんたのやり方はちょっと酷くはない?あんただけが買ってもらったリボン、マーサだって凄くほしがったてたわ。それに、あんたたちの作った同盟の話。マーサが毎晩どれほどうらやましそうに聞いていたか、あんた判っていたはずよ?それなのに、リボンをがなきゃ入れてやらないだとか、それはちょっと可哀相じゃない?」
ソフィーに言われ、レティーはバツが悪そうにそっぽを向く。自分でも自覚しているようで、ソフィーは微笑むとレティーの両手を持ち直し、優しく握る。
「嘘はいけないわね。ひとつの嘘はまたもう一つの嘘を呼ぶもの。まして黙って人のものを盗るなんて、本当にしちゃいけないことよ?・・・でもね、そんな嘘をつかせなくちゃいけないあんたもいけないんじゃないかしら。マーサは何度もあんたに頼んでいたんじゃない?」
「でも!みんなで決めたのよ?それに、マーサは私たちの中で一番小さいのよ!リボンだってたくさん持ってるわけじゃないし。」
「じゃあ、言うわ。そのリボン、あんたどれくらい強請って買ってもらってるの?あんたが自分で働いて買ったものがある?確かにあんたは盗ったりしてないし、自分たちが決めた同盟の掟を守りたい気持ちもわかる。でも、あんただって父さんに『失くしちゃった』って嘘をついて買ってもらってるわよね?それで交換してるのは・・・どうなの?」
図星を指され、レティーはぐっと言葉を呑み込み瞳をおろおろと彷徨わす。
「マーサの嘘は、あんたをそんなに傷つけた?」
ソフィーはレティーの手を離すと囁くように言う。
「じゃあ、何か言うことがあるんじゃない?マーサに。」
レティーは立ち上がり、ソフィーをちらりと見つめる。ソフィーも立ち上がり、スープ皿をお盆に載せながら背中越しにレティーの戸惑う視線を感じて、思わず微笑み「仕方がない妹たちね!」と大仰に言うと振り向いて。
「冷たくなっちゃったわ!温め直している間に、行ってらっしゃい。」
と腰に手をあてて怒った顔をして見せた。
パタン、と扉が閉まりパタパタと廊下を駆けて行く音がきこえなくなると、ソフィーは鍋にスープを戻し溜め息をついた。
「あんたたちは、どっちもリボンが似合うくらい可愛らしいんだから。」
あかがね色の髪をそっと撫でて、ソフィーは苦笑した。
end