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キスなんて挨拶代わり。
女の子たちが喜ぶキスなんてオテノモノ。
淑女をその気にさせるキスだって、ゲームの内。
そんな僕が、プロポーズした相手にキスもしてないなんて!!??
なんてこと!
戻った心臓が激しく動き回る。
ちょっと考えただけで、くらくら眩暈がしちゃうのに。
一刻も早くキスしたい。あんたの可愛らしい、その唇に!!

「ハウル?どうしたの?」
目を瞑って、あれこれシチュエーションしていた僕の目の前に、あんたの琥珀の瞳が覗いていて、
一瞬、息を呑む。
「!!ソ、ソフィー」
思わず立ち上がると、箒を片手に抱いたあんたが怪訝そうに背伸びする。
「ねえ?どこか悪いんじゃないの?顔が真っ赤よ?」
「なんでもないよ」
額に手を伸ばそうとするあんたから、逃げるように向きを変え、浴室へと向かう。
「おい、ハウル。また風呂かよ!?」
カルシファーがぎょっとした声をあげたけど(無理もない、ここのとこ一日2回は浴室に籠ってるし・・・)、
僕は構わず、「熱いお湯!」とだけ言って浴室のドアを閉めた。

「参ったな・・・・」
呟きが欲室内で響き、僕は溜め息をつく。
なんだか初恋に戸惑う少年に戻った気分。キスでつまずくなんて思わなかった・・・・。
こんな気持ち、ソフィーは知らない。
まさか『若い娘の心臓を食べる』なんて噂された僕が、あんたにキスしたくて思案してるなんて・・・・。
「・・・・・・・・・」
頭がぼーっとして考えがまとまらない。

ソフィー!大変だよ!ハウルが・・・・

ソフィーはキス初めてかな・・・・

・・・ハウル!!

遠くでソフィーの声がする。また蜘蛛の巣でもとってるのかな・・・・。

マイケル!お願い!早く来て・・・・!

目の前に愛しい君の顔を見た気がしたけど、あたりは水面のように揺れ、暗闇に包まれた。




***********




冷たい指先が、僕の額に触れる。
遠慮がちに、そっと、髪を梳く。
・・・・ソフィーの指先だ。目を開けなくても判る。
あんたの手は特別。・・・・僕に心を埋め込んだ・・・指先。
今瞳を開けたら、あんたはその手を引っ込めてしまうんだろうな・・・・。
「のぼせて倒れちゃうほど、お風呂に入っているなんて、どうしようもない人・・・・」
呆れた口調とは裏腹に・・・・ためらいがちな指先が、僕の頬をそっとつついたり、唇をなぞっている。
早まる鼓動が聞こえちゃうんじゃないかな?

瞬間、僕の周りの空気がゆっくり動き、やわらかな感触が唇に触れた。
ほんの一瞬、・・・触れるだけのキス。

カチ・・・と僕の中でスイッチが入り、何かが弾けた。

「ハ、ハウル!?」
立ち上がりかけたその手を掴み、ぐいっと引き寄せる。
あんたは、顔を真っ赤にして僕に驚きと恥じらいの表情を見せる。
「ソフィー、今、何したの?」
ソフィーを抱きしめながら、僕は尋ねる。
「!!あんた起きてたの?」
じたばたと僕の腕の中で暴れながら、ソフィーは悔しそうに呟く。
「答えになってないよ、ソフィー。今、僕に何したの?」

あんたが、自分で起爆スイッチを押したんだよ?

問いには答えず、腕から逃れようとするソフィーが何とも可愛い。
「ソフィーから・・・キスしてもらえるなんて、思ってなかったよ・・・」
耳元で囁くように言うと、体が強張る。あんたは、美しい瞳を勝気に光らせて睨む。
「あんまり綺麗な顔してるから・・・でも起きてるなんて、卑怯よ!!」
恥ずかしさで瞳の淵に涙を溜めながら、怒る君があんまり愛しくて。
もう、遠慮しないよ?
「でも、ソフィー、あれじゃ足りない」
「・・!!!!」
熱にうなされるような堪らない気持ちが支配して、ソフィーの唇を奪う。
思い描いたような優しい気持ちにはなれず、ただソフィーの感触を味わいたくて。
再び始まった抵抗が止むまで、何度も何度も、キスを繰り返した。

ようやく、わかった。
キスだけじゃ満足できなくなるって、最初からわかってたんだ。
初めてのキスでも・・・・
挨拶代わりにできないくらい、本気のキスになるって。



でも、今日は我慢するよ。
あんたからキスしてくれたから、ね?





end