XXX
キスなんて挨拶代わり。
女の子たちが喜ぶキスなんてオテノモノ。
淑女をその気にさせるキスだって、ゲームの内。
そんな僕が、プロポーズした相手にキスもしてないなんて!!??
なんてこと!
戻った心臓が激しく動き回る。
ちょっと考えただけで、くらくら眩暈がしちゃうのに。
一刻も早くキスしたい。あんたの可愛らしい、その唇に!!
「ハウル?どうしたの?」
目を瞑って、あれこれシチュエーションしていた僕の目の前に、あんたの琥珀の瞳が覗いていて、
一瞬、息を呑む。
「!!ソ、ソフィー」
思わず立ち上がると、箒を片手に抱いたあんたが怪訝そうに背伸びする。
「ねえ?どこか悪いんじゃないの?顔が真っ赤よ?」
「なんでもないよ」
額に手を伸ばそうとするあんたから、逃げるように向きを変え、浴室へと向かう。
「おい、ハウル。また風呂かよ!?」
カルシファーがぎょっとした声をあげたけど(無理もない、ここのとこ一日2回は浴室に籠ってるし・・・)、
僕は構わず、「熱いお湯!」とだけ言って浴室のドアを閉めた。
「参ったな・・・・」
呟きが欲室内で響き、僕は溜め息をつく。
なんだか初恋に戸惑う少年に戻った気分。キスでつまずくなんて思わなかった・・・・。
こんな気持ち、ソフィーは知らない。
まさか『若い娘の心臓を食べる』なんて噂された僕が、あんたにキスしたくて思案してるなんて・・・・。
「・・・・・・・・・」
頭がぼーっとして考えがまとまらない。
「ソフィー!大変だよ!ハウルが・・・・」
ソフィーはキス初めてかな・・・・
「・・・ハウル!!」
遠くでソフィーの声がする。また蜘蛛の巣でもとってるのかな・・・・。
「マイケル!お願い!早く来て・・・・!」
目の前に愛しい君の顔を見た気がしたけど、あたりは水面のように揺れ、暗闇に包まれた。
***********
冷たい指先が、僕の額に触れる。
遠慮がちに、そっと、髪を梳く。
・・・・ソフィーの指先だ。目を開けなくても判る。
あんたの手は特別。・・・・僕に心を埋め込んだ・・・指先。
今瞳を開けたら、あんたはその手を引っ込めてしまうんだろうな・・・・。
「のぼせて倒れちゃうほど、お風呂に入っているなんて、どうしようもない人・・・・」
呆れた口調とは裏腹に・・・・ためらいがちな指先が、僕の頬をそっとつついたり、唇をなぞっている。
早まる鼓動が聞こえちゃうんじゃないかな?
瞬間、僕の周りの空気がゆっくり動き、やわらかな感触が唇に触れた。
ほんの一瞬、・・・触れるだけのキス。
カチ・・・と僕の中でスイッチが入り、何かが弾けた。
「ハ、ハウル!?」
立ち上がりかけたその手を掴み、ぐいっと引き寄せる。
あんたは、顔を真っ赤にして僕に驚きと恥じらいの表情を見せる。
「ソフィー、今、何したの?」
ソフィーを抱きしめながら、僕は尋ねる。
「!!あんた起きてたの?」
じたばたと僕の腕の中で暴れながら、ソフィーは悔しそうに呟く。
「答えになってないよ、ソフィー。今、僕に何したの?」
あんたが、自分で起爆スイッチを押したんだよ?
問いには答えず、腕から逃れようとするソフィーが何とも可愛い。
「ソフィーから・・・キスしてもらえるなんて、思ってなかったよ・・・」
耳元で囁くように言うと、体が強張る。あんたは、美しい瞳を勝気に光らせて睨む。
「あんまり綺麗な顔してるから・・・でも起きてるなんて、卑怯よ!!」
恥ずかしさで瞳の淵に涙を溜めながら、怒る君があんまり愛しくて。
もう、遠慮しないよ?
「でも、ソフィー、あれじゃ足りない」
「・・!!!!」
熱にうなされるような堪らない気持ちが支配して、ソフィーの唇を奪う。
思い描いたような優しい気持ちにはなれず、ただソフィーの感触を味わいたくて。
再び始まった抵抗が止むまで、何度も何度も、キスを繰り返した。
ようやく、わかった。
キスだけじゃ満足できなくなるって、最初からわかってたんだ。
初めてのキスでも・・・・
挨拶代わりにできないくらい、本気のキスになるって。
でも、今日は我慢するよ。
あんたからキスしてくれたから、ね?
end