key of life





ある晴れた、気持ちのよい休日。
「今日はピクニックに行きましょう!」
ソフィーが洗濯物を干し終え、高らかに宣言する。
「さあ、片付けて!あたしがサンドイッチを作っている間に、用意して!」
ソフィーはそう言うと、パンパンと手を叩いて呆気にとられる男たちを急かし、キッチンに迎う。
あかがね色の髪を揺らしてくるりと振り向き、暖炉でうとうとしているカルシファーに「あんたもよ?カルシファー!」と声を掛ける。
ここのところずっと家に籠もって、王様に頼まれた呪いの調合をしていたハウルとマイケルは、
ソフィーの言葉にきょとんとしたが互いの顔を見合わせすぐに笑顔になる。
「何かいいことがあったんでしょうか?ソフィーさん」
ソフィーはすでにハミングしながらレタスをちぎっている。
ハウルは優しく目を細め、机の上の呪いの本や薬の入った瓶を抱える。
「さあね?奥さんの考えはいつも突然だからね」
マイケルもくすくす笑って頷く。
「案外、忙しくてハウルさんにかまってもらえなかったからじゃないですか?」
普段、邪魔だ、くっつかないで!と怒っているものの、いざかまわれないのは寂しいのではないか?
「あぁ、もしそうならどんなに素敵だろうね!」
ハウルは手にしていた薬草の束をマイケルに押し付けると、
「ソフィー奥さん、僕も手伝うよ!」
と愛しい妻の隣に並ぶ。マイケルは「やれやれ」と苦笑して残りを片付けた。


「久しぶりに、ヒースの丘に行ってみましょう」
ソフィーの一言で、行き先は懐かしいヒースの丘にきまった。
城を花屋に移してから、しばらくぶりになる。
「老婆にされたあの時は、この道がもっとキツク思ったのよ」
ソフィーとカルシファーは軽やかに先へ進むが、ハウルとマイケルは荷物を持っていることと、
寝不足が祟って、丘に辿りつく前にかなり息があがっていた。
それでも、丘を登り終えると一同は胸いっぱいに懐かしい香りを吸い込む。
「気持ちいいですね!!」
マイケルはバスケットを下に降ろすと、太陽の光を浴びた谷を一望し、一面の野原を見渡す。
「さあ、お昼にしましょう。」
ソフィーは嬉しそうにハウルに声をかけた。


ほどよく体を動かし、お腹もいっぱいになり徹夜続きだったマイケルは、心地よい眠りにまどろむ。
カルシファーはいつのまにか散歩を決め込んだようだ。
ハウルはマイケルと同じように寝転びながら、そよ風になびくあかがね色の髪に手を伸ばす。
「?ハウル、起きてるの?」
眠っていると思っていたのか、ソフィーは驚いてハウルを見下ろす。
その表情は、太陽の逆光でよくわからないが・・・・どこか悲しそうに感じる。
「ソフィー?」
ハウルは上半身を起こそうとするが、反対にソフィーがハウルの胸に両手を添え、そこに頭を乗せた。
「・・・・何かあったのかい?」
ハウルからはソフィーの表情は見えなかったが、ソフィーがハウルの鼓動を確かめるように胸に頬を寄せて
いることはわかる。その瞳が濡れていることも。
「あのね、昔・・・父さんも、あたしを生んでくれた母さんも生きていた時、こうしてピクニックに来たことがあったの」
ソフィーはゆっくりと呟く。ハウルは優しく髪を梳く。
「毎日お店に籠りきりの父さんに、母さんは言ったのよ。」
今日のあたしのように。
「ちゃんと、お日様にあたらなくちゃダメよ。そして、家族との思い出を増やしましょうよって。」
ソフィーはきゅっとハウルの服にしがみつく。
「今日、洗濯を干していて急に思い出したの。こんな天気の日だったなーって。・・・なんだか懐かしくって・・・」
くすっとソフィーは笑って。
「あんたたちときたら、もう3日3晩ちゃんと寝てないし、食べないし。何よりこんなによい天気に籠りきり!」
これでも、邪魔しちゃいけないって黙ってたのよ?
そう言いながらハウルの方に顔をあげる。琥珀色の瞳が微かに赤い。
ソフィーなりの気分転換-かなり強引な-。
ころん、とハウルの胸から隣に寝転んで、ソフィーは空を見上げる。
ハウルはそんなソフィーに悪戯っぽく微笑んで。
「白状しなよ、奥さん。かまってもらえなくて寂しかったって」
わざとおどけて言い、額にキスを落とし、ソフィーの瞳を覗き込む。
「・・・・・っ・・・・・そうかもね」
ソフィーは真っ赤になり、肩をすくめて笑って見せる。
「ねえ、ハウル。忙しくてもご飯は食べて。そして眠らなくちゃ。・・・あんたたちの体が心配なのよ?」
「今日からは、そうするよ。でも、一つだけ、僕もお願いがあるんだ。」
ソフィーはうつ伏せて、上半身を起こし、首を傾げハウルの碧眼を見つめる。
「なあに?」
「あんたが寂しいときは、ちゃんと僕の胸に甘えること」
あんたの為に僕の心臓は動いてるんだから。
ハウルはそう言うと、ソフィーを思い切り抱きしめた。
「とりあえず、カルシファーが戻るまで、ちょっと眠ろう。あー、ソフィーを抱きしめて眠るの久しぶり!」
やたら嬉しそうなハウルの声が太陽に向かって響いた。






end