sweet sweet home





僕はぐったりとソファーにもたれ、隣で書類に目を通す生真面目な同僚を見上げる。
「サリマン、そんな書類は明日にしないかい?とりあえず今日は帰ってゆっくり眠りたくない?」
「ん・・・・急な案件がないかだけ確認したいんだ・・・・君は帰ったらどうだい?私以上に君は魔力を使ったんだから」
サリマンは書類から目を離さずに答える。
ホント、仕事熱心なんだよね。

今回は王に付き従う任務でインガリーの北の外れにある、聖なる塔に赴いた。
王の愛娘が1歳になった報告に随行したんだけど・・・・、その塔の封印を解いたり、また封印したりしてめちゃくちゃ疲労した。
途中で王が王女の為に美しさの泉にある透明の花を手に入れたいとか、ジャスティン王弟殿下と言い争いをして仲介したり
(あ、これはサリマンしか働いてないや)と、今まで避けてきた煩わしいことに振り回されてしまった。
「あんたって、ワーカーホリック?こっちに来てまで過労死なんて言葉使いたくないんだけどなあ。」
やれやれ、ほとんど眠らずに王様一家のために結界を張りながら移動したんだ。
あんただって疲れていないわけないじゃないか?
サリマンって僕みたいな人間の放り出したこと全部、一人黙々とやるんだろうな・・・・。
僕がくすくすと笑い出すと、難しい顔から疑問符を浮かべた顔でサリマンは書類から目を離す。
「・・・・・?」
「あんたが部下や弟子に慕われる理由がこの数日でよくわかったよ。でも」
ソファーに座ったまま指をくいっと動かし、書類の束を数枚自分に引き寄せる。
「王が強欲なのはあんたのせいでもあるね。言われたことを忠実にこなし過ぎ。大きすぎる期待をされちゃ迷惑じゃないか。
僕まで同じように強要されちゃう。そんなのごめんだね」
ちらりと目を通して、ぱんぱんと紙を指で弾き呪いを唱える。
「これで5つの案件は解決したはず。2つは王に返した。あ、3つほどは管轄外。さ、もう帰ろう!
あんただって十分消耗してるんだ」
サリマンは驚きと戸惑いと感嘆の表情を浮かべ苦笑する。
「君にかかったら・・・・何でもお手の物だな・・・・」
お手の物?
「とんでもない!!僕は今、自分でもどうにもならないことだらけで頭がいっぱいなんだ。
これ以上仕事なんかの為に時間を割いてやるつもりはないよ。」

可愛くて、愛しくて、どうにか自分だけのものにしたい。
怒った顔も優しい微笑みもずっとずっと見つめていたい。
一番幸せにしてくれて、一番不幸にも落としてくれる。
大切にしたくてめちゃくちゃにしたい。
まったく、これが恋に浮名を流してきた自分かと疑うほど、ソフィーのことになると・・・・コントロールできない。
ダイスキなソフィー。
もう3日も抱きしめてないんだよ?
思い出しただけで、胸が弾む。
早く早く抱きしめたい。あかがね色のあの髪に指を絡ませてキスしたい。

サリマンは僕を未知の生物に出会ったような顔で凝視してる。
そうだろうな。サリマンにとって仕事以上のものなんて、今までなかったんだろうし。
「仕事以上・・・ソフィー嬢か?」
「うっ・・・・」
サリマンが・・・・にやりと笑ったので僕は内心驚いた。
「なるほど・・・・、インガリー1の魔法使いもどうにもならないなんてことがあったんだな」
急にからかうような口調に変わり、サリマンは肩の力を抜く。
「そうだな。今日はもう終わりにしよう。仕事以上に大切なことも・・・ある。」

私にも。

言葉でなく、流れ込む感情。
・・・・サリマンにもそんな存在ができたんだっけ。
「その通り!愛しのレティー嬢が、あんたの帰りを待ってるよ!?」
僕の言葉に、サリマンが静かに俯き赤くなる。彼の部下が見たら仰天しちゃいそうな反応。
「まったく僕たちウェールズ人ときたら、ハッター家の娘さんたちにかかっちゃお終いだね。」
同志は無言で、でも微かに頷いてみせる。ちょっぴりこの堅物をつついてみたくなる。
「堅物サリマンを落とすなんてレティーはどんな恋の魔法をかけたんだい?」
サリマンは、頭を掻き照れて見せるが・・・・精悍な顔に熱を押し込めているのがわかる。そして低く呟く。
「私が彼女に魔法をかけたんだよ。逃がさないように。」
その言葉に・・・どれほどの想いを込めたのか。
「あんたでも、恋に溺れるなんてことがあるんだね。将来、義兄弟になるのか。僕が義兄さんになるわけだ。」
そう言う僕を見て、呆れた様子で声を上げる。
「大丈夫なのかい?・・・・・家中にある魔法の鏡・・・・ソフィーは知っているのか?」
ずるり、と僕はソファーから滑り落ちる。
!気がついていたのか。
「いつから・・・・?」
「君が鏡を使った護衛魔法について構築した後・・・王宮お抱えの鏡職人に声を掛けただろう?研究の為かと
思ったんだが・・・・それからの君の行動はかなり不自然だったし」
確かに打ち合わせ中に抜け出したりしたけれど・・・・何てことだ!!ソフィーにばれてしまう!!それだけはまずいよ!!
「彼女のことだ。鏡からこっそり覗いていたと知ったら・・・・」
「わわわわー!!!!サリマン!このことは、ソフィーには!!!」
僕は泣きたくなる気持ちで、堅物、いや、生真面目、うわー!、融通の利かない?最悪だ!!・・・のサリマンに懇願する。

ソフィーは・・・・・・あのベットカバーを仕上げてる。
鏡を持って行けなかったから、見たわけじゃないけど。ソフィーのことだ。僕の留守中に仕上げて、マイケルの分だって
縫い始めてるに違いない。

あの時、鏡で盗み見て聞いた・・・理性が吹き飛んでしまう言葉。
もう、限界にきてる想い。
ズルイってわかってる。でも、今ソフィーに知られたくない!

僕の慌てぶりに目を丸くしながら、サリマンは溜め息をつく。
「仕方がないな・・・私は気がついていなかったことにするよ」
思いがけない言葉に、思わず抱きついてしまう。
「ありがとう!サリマン!!恩にきるよ!」
「ひとつ聞いていいだろうか?」
サリマンの忍び笑いも今は天使の微笑みに思えるよ!
「なんだって魔法の鏡を?」
「・・・・・僕のフィアンセは自覚が足りないんだ。どれほど魅力的か。それに・・・見ず知らずの人でも、城に入れてしまうんだ。
覚えがあるだろう?」
サリマンは苦笑して見せる。
「君のフィアンセは、そんなに信用ないかい?」
「ただ、いろんなソフィーを知りたいのさ!僕の知らないソフィーも全部!欲張りだってわかってるけどね」
さあ、こうしちゃいられない。愛しいソフィーが待ってる。
ドアに向かって歩き出す僕に「その通りに打ち明けたらどうだ?」と、サリマンが打診する。
「まさか!!そんなことがばれたら愛しいソフィーは当分口を利いてくれないよ!!」
盗み聞きされるのが、ソフィーは一番大嫌いだって知ってるだろう?
僕は、サリマンに「共謀者だよ?」と念を押し王宮を飛び出す。
辺りは闇に包まれている。
僕は愛しい人の待つ家に急ぐ。僕の心に光をもたらす唯一つの場所に。






        end







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