隠し味は?   3姉妹話





澄んだ青空の広がったその日は、昼からとても賑やかでした。
空飛ぶ城のキッチンで若い娘特有の弾むような笑い声と、少々甲高い話し声が響いています。
娘たち・・・ハッター姉妹は、それぞれの旦那様や恋人の気になる癖や、こっそり悪口なんかも話したりして、それは楽しそうに料理の下ごしらえをしています。
今日は末の妹のマーサが久々にとれた休日でした。
姉妹水入らずでのんびり過ごしましょう、とソフィーが提案したのです。
生憎、ソフィーとレティーの旦那様、王室付き魔法使いたちはどこか視察に出かけるとかで、朝早くに王宮へ出向いて行きました。
マーサの恋人、マイケルは昨日から師匠のハウルの変わりに、呪いを届けに山間の小さな村まで出かけていました。
七リーグ靴で出かけていったものの、着いた先で呪いを欲しがる人が多くて、簡単な呪いを作ってくることになり、帰りは今夜の予定でした。
ですから、本当はこの休日をマイケルとの1ヶ月ぶりのデートを予定していたマーサが、寂しそうにマイケルからの伝言を聞いているのを見て、ソフィーがレティーを呼びつけたというわけです。
「3人で料理をしたことなんて、あったかしら?」
レティーは手際の良い姉の指先を見つめながら呟きました。
とはいえ、手を動かすしているのは、もっぱら長女のソフィーだけでしたが。
マーサは大きな瞳をくるんとまわして天井を見つめ、「そういえば初めてかも」と漏らしました。
「レティーもマーサも、料理の下準備が苦手なのよね?他の事は何でも挑戦するのに。
昔から台所に来るのはつまみ食いの時だけだったわ。」
ソフィーは人参の皮を剥くと、水を張ったボールに入れました。
「私は苦手よ。魔法薬のように書かれた分量を混ぜるのと違うもの。
料理は火加減も大事だし、何より分量とか味付けとか本の通りにやってみても、思い通りの味にならないんだもの。」
レティーは頬杖をついて溜め息をつきました。
「あら、でもレティーはいつも料理にぴったりの皿を選んできてくれるじゃない!」
こんなに見事な皿、初めて見たわ!
ソフィーはテーブルの上に置かれた繊細な金と銀と深緑の縁取りが美しい皿を見つめました。
「あたしも食器を見に行くんだけど、どうもコレ!と思うものと出会わないよね。あんたはいつもいいものを選ぶわ。」
ソフィーが感心したようにレティーを見つめると、レティーは嬉しそうに微笑みました。
「レティーは目が肥えてるのよ。昔から、貢物が多かったもの。」
マーサがからかうように言うと、レティーは「そんなの関係ないわ!」と少しへそを曲げたように言いました。
「良いものに目が利くのはいいことだもの。お陰でこんなに素敵な食器で食事ができるわ!それに」
ソフィーはとんとんとリズミカルに玉ねぎを刻みながら、目をしばたかせながら続けました。
「マーサは盛り付けるのがとっても上手いのよね。これはとっても重要よ?
おいしそうに見えるかどうかは、お客商売のあんたなら大切さがわかるわよね?」
ああ、染みる!
ソフィーはエプロンで涙を拭うと、困ったように首を傾げ続けます。
「あたしはこれも苦手。きっとセンスがないのね!」
マーサはほんのり赤くなりながら、
「あたしがショーケースに入れたケーキが一番よく売れるのよ」
と呟きました。
「そうね、昔からマーサは盛り付けるのが上手かったわ。嫌いな野菜でも、マーサが盛り付けるとおいしそうに見えたもの。」
レティーも頷きながら、思い出すように天井を見上げてくすっと笑いました。
ソフィーはカルシファーに薪を渡すと、まるで息を吹き込むように囁きました。
「あんたがいつも細心の注意を払ってくれるから、あたしの料理は失敗しないのよ?あんたは本当に頑張ってくれてる。」
「おいら、言われた通りにしてるだけさ!」
ぱちっと照れたように薪を爆ぜて、カルシファーは青い顔を少−しばかりオレンジに変えました。
「さあ、今日はあんたには一仕事よ!煮込み料理はあんたも動けなくてツライものね?」
労わるように声をかけると、カルシファーはごおっと炎の勢いをあげて見せました。
「あんたが話し相手になってくれるから、おいら平気さ!」
「今日はあたしだけじゃなくてレティーとマーサもいるからね。」
退屈はしないわよ?
そんな風に話すソフィーとカルシファーを見つめて、レティーもマーサも微笑みました。
「ソフィー姉さんは気づいてないのかしら?私の持ってきたお皿も」
「あたしがどんなにおいしそうに盛り付けられるとしても」
「姉さんの作った、愛情たっぷりの料理がなきゃ意味がないわ。」
二人の姉妹は珍しく気が合うわね、と笑い出しました。
「多分、姉さんは気づかないわね。」
「何?どうしたの?」
ソフィーが不思議そうに訊ねると、マーサが金髪を揺らして立ち上がり、ソフィーに抱きついて答えました。
「姉さんのとびきりおいしい料理を毎日食べれるマイケルがうらやましいわ!」
鍋を持ったまま驚くソフィーに、レティーも抱きついて頬にキスをしました。
「こんなに素敵な奥さんをもらった魔法使いが、憎らしいわね!」
面食らったようなソフィーに、マーサは言いました。
「今日は義兄さんにも、マイケルにも残してやらないことにしましょうよ!」
「ええ!?」
「それは、みどりのねばねばだな!」
カルシファーの言葉に、それだけはイヤ!と頭を振るソフィーにレティーが耳打ちしました。
「そうよね、姉さんの料理の隠し味は、ハウルへの愛情だものね!」
「そっ・・・!」
真っ赤になって口ごもる姉をまた二人で抱きしめて。

普段言えない、最大限の愛の言葉を料理に託す。

しばらくして、空飛ぶ城からはおいしそうな匂いが漂いだしていました。
その匂いに釣られるように、3人の男が城の扉を叩いたのは、ちょうどテーブルに料理が並んだ時でした。







end