カイト





「ねえ、ソフィー。散歩に行かないかい?」
「そうね、洗濯物をとりこむにはまだ早いし・・・」
ちょっと身体を動かした方がいいわね。
あたしがそう言うと、あんたは可笑しそうに笑って。
「カルシファー聞いたかい?ソフィーはあんなに働いても、まだ動きまわっている実感がないみたいだ!」
カルシファーは薪を引き寄せながらちらりとソフィーを見る。
「お腹の中でびっくりしてるかもな。」
「お言葉ですけどね?身体を動かしていたほうが安産なのよ?それに、あたしがこの城の中のことをしなかったら
誰がしてくれるって言うの?」
腕組をして、相変わらず美しい魔法使いと、相変わらず暖炉に留まる火の悪魔に尋ねる。
「もちろん、あんたさ。」
二人は憎たらしいくらいに同時に答えた。



ウェールズにしてはめずらしく、青空のひろがった昼下がり。
「ねえ、ソフィー機嫌を直してよ」
ひどく寂しそうな声。でも、それはあんたの得意技よね。
あたしが、ひとりでずんずん歩いていくと、ハウルはその後ろからついてくる。
「ああ、風が気持ち好いね」
ハウルは空を見上げて足を止める。
「ソフィー!見てご覧!」
ハウルの声が嬉しそうにはしゃぐ。あたしは内心イライラしながらも・・・結局、ハウルを振り返る。
ハウルの見つめる空には・・・
「 あれはなぁに?」
とりのようにまう、色とりどり不思議なもの。
尋ねるあたしに、あんたは懐かしそうに微笑んで。
「 あれはカイトって言うんだ。ほら、下で糸をひいてるだろう?」
ハウルが指差したその方向には、ニールと同じ年頃の少年が三人、歓声をあげている。
「 風にのせて、糸で引いたりしながら高くあげていくんだ 」
カイトは風に乗り、心地よさそうに左右に揺れる。太陽の光があたり、きらきらとまぶしい。
意外と難しいんだ。そう言って、ハウルは手で太陽の光を遮るようにしてカイトを見つめる。

風が・・・急に吹き抜け、カイトが大きく上下する。
「あーっ!」

-ぷつん!
少年達とカイトを繋いでいた糸が切れ、まるで風にさらわれるように舞い上がる。
カイトは自由に嬉しそうに空を舞う。
でも・・・風が止むと・・・
カイトは急降下して、地面に叩きつけられる。

・・・ あたしは思わず、ハウルの腕をぎゅっとつかむ。
なぜか、・・・急に涙がこみあげる。
「 ソフィー、どうしたのさ!? 」
あんたは驚いて顔を覗き込む。

-カイトは・・・ハウル、あんたに似ている。そう思ったから・・・きらきらと輝いて、軽やかに舞って、あたしは必死に糸をつかむ。
だけどあんたは、糸が切れたとたんどこか遠くへ行ってしまいそう・・・。

あたしは必死に涙をこらえ、ハウルの視線から逃げるように、つかんだ腕の後ろにまわりこむ。

- あたし、どうかしてる。きっと・・・マタニティーブルーってやつね。
もうすぐ赤ん坊が生まれるっていうのに、悲しいことなんてないはずよ。

「・・・昔、ミーガンに・・・あんたは糸の切れたカイトのようだって言われたっけ。
ふらふら飛び回って、最後は地面にぶつかってめちゃめちゃになっちゃうんだわ!ってね。」
ハウルはあたしの気持ちを見透かしたかのように苦笑する。
「 でも・・・」
そっと後ろからあたしを抱きしめて。
「僕は飛んで行きはしないよ。ずっとあんたに繋がっていたいからね」
「糸がきれちゃったら?」
-きっと、あんたは喜んで飛んでくわ。
「無理矢理態勢をかえて落ちる。たとえ、めちゃめちゃになってもね。あのカイトのように」
少年達はカイトを大事そうに抱え、あたしとハウルの方にむかって歩いてくる。

「二ヶ所も折れてるよ!破れちゃったし 」
「でも、家に帰ってなおせばまた飛ばせるよ!」

「あのカイトも、離れたくなかったのさ。きっと。」
あんたは心ごとあたしを抱き締めて。
「ベビーが歩けるようになったら、三人でカイトをあげよう」
耳元で、優しく囁いた。






end