いつもお世話になっている梓音さんへ
愛をこめて
ある日の出来事
ここのところ帰りの遅かった魔法使いが珍しく早く帰り、夕食の準備をする妻に跪き、優雅に指先を捕らえるとキスを落とす。
「ただいま、奥さん。寂しかったよ?」
「ちょっと、ハウル!何してるの・・・!?」
ソフィーは真っ赤になりながら指先を引っ込めようと試みるが、にっこりと微笑む魔法使いはしっかりと握って放さず、一枚の封筒を差し出す。
「奥さん、王様からお預かりしてきたんだけど?」
ソフィーは苦々しい顔でその封筒を見つめて、困ったように小首を傾げる。ハウルは恭しくソフィーの口付けた手に封筒を握らせると、立ち上がって頬にキスをする。ふんわりと抱きしめるともう一度「ただいま!」と囁く。
ソフィーもハウルの腰に手を回し「おかえりなさい」とカワイらしい声で返す。が、すぐにハウルを押しのけ封筒をその碧眼の前に突き出す。
「ハウル、悪いけど、お断りするわ。晩餐会って・・・あたし王宮はやっぱり苦手よ!大体、着ていく服もないわ!」
きっぱりとそういうと、ハウルはくすっと笑い指を鳴らす。ふわっとソフィーの腕の中に若草色のドレスが落ちてくる。
「前回もそう言ったからね。今日は買ってきたよ?」
ソフィーはぐっと言葉に詰まるが、首を横に振りドレスをハウルに突き出す。
「また無駄遣いをして!あんたそれを買うために仕事をさぼったりしていないでしょうね!?」
「あんたがこれを着て一緒に晩餐会に出席してくれたら無駄にならないだろ!ソフィーのあかがね色の髪に映える色を選んだんだよ?出来上がるのに2週間もかかって・・・」
「まあ!ハウル!それじゃあ、この間断ってからすぐじゃない!」
「ドレスがないって言ったのは、ソフィーだろう?ああ、ねえ、ちょっと着て見せてよ!きっと可愛らしいよ!本当は胸元の開いたものにしたかったけど、殿下もいるし、僕以外にサービスする必要はないからね!?」
一人頷いているハウルに、ソフィーは溜め息をつく。
「・・・・苦手なのよ。・・・あの堅苦しい雰囲気とか。」
「ソフィー、毎回一人ぼっちの僕の気持ちもわかってよ!サリマンなんて鼻の下を伸ばしてレティーをエスコートしてくるんだよ!?みんなに『美しい奥方ですね』って言われて、さ!」
僕の奥さんが一番美しいのにさ!とやけに憤慨している様はなんとも可愛らしく、ソフィーは思わず笑ってしまう。ハウルは拗ねたような目をしてソフィーを見下ろす。
あ、やだ。あたしこの顔に弱いんだわ!
慌てて目を逸らすが、ハウルも今日は引き下がるつもりはないらしい。ドレスをソフィーの腕からとると両手を握り締めて囁く。
「ソフィーが一緒に行ってくれないなら、僕は明日は王室に行くのはやめるよ。毎回お断りしてばかりじゃ王様に申し訳ないからね」
「え、あ、それは、ちょっと!ハウル卑怯よ!?」
「僕だって愛する奥さんとのんびり食事をするほうが、どんなに幸せか!今からサリマンに伝令を飛ばすよ!」
「ダメよ!ハウル!仕事は行かなきゃダメ!」
鏡に向かって歩き出すハウルの長い上着の裾を引き、ソフィーは言い放つ。
「ソフィーは酷いね!・・・・僕の願いは叶えてくれないのに・・・」
ハウルの声が急速に弱弱しい声になり、今までいつものやりとりとばかりに無視を決め込んでいたマイケルとカルシファーがぎょっとした顔で振り向く。
「僕は・・・ただ・・・・ジェンキンス夫人として・・・エスコートしたいだけなのに・・・・」
ハウルが力なくうな垂れると、ドレスも床に落ちる。ソフィーはしゃがみこんでドレスを拾いハウルを見つめる。
「酷いよ・・・ソフィー・・・」
辺りが暗くなり、気味の悪い声が響きだす。部屋の四隅から暗い影が浮かび上がる。
「ソフィー!やめさせてくれよ!!」
カルシファーが叫び声をあげて、暖炉から飛び出す。マイケルは間一髪、その上に乗っていい匂いをさせていたシチューの入った鍋の取っ手を掴み持ち上げる。
「ソフィーさん、夕ご飯が台無しになりますよ!!」
マイケルは迫る暗い人型におののく。何度経験しても、このおぞましい声には慣れない。ソフィーは慌ててハウルの腕を掴むと・・・すでに緑のねばねばが指に絡みつく。
「ハウル!ハウル!悪かったわ!あんたの気持ち、よくわかったから!ただ煩わしかっただけなのよ!?王宮のしきたりや、煌びやかな世界に気後れしただけなんだから!だから、コレはやめて〜!!」
「本当?ソフィー・・・一緒に行ってくれる?」
緑のねばねばからドレスを守ろうとするソフィーと、シチューの鍋を持ち上げるマイケルには、ハウルがにやりと笑うのは見えなかったようだ。カルシファーだけは、溜め息をつき相棒のやり方を眺めていた。
「まったく。大人気のないヤツだ。『どっちの奥さんがより美しいか?』って賭け事にされてるって憤慨してたくせに!」
真相を知るのはこの悪魔だけ。ハウルはカルシファーを見上げウィンクしてみせる。
『だって悔しいじゃないか!ソフィーが一番可愛いんだからね!』
そう瞳を輝かせて。カルシファーは炎を大きく上げると、ハウルに叫ぶ。
「ほら、あんた歩けるだろう!?早く風呂場に行ってくれよ!!」
「ねえ、奥さん!約束だよ!?5時に噴水の前だからね!ああ、でも心配だな。あんたってキングズベリーでいっつも迷子になるんだから。やっぱり僕が迎えに来て・・・」
城の扉の前でハウルはソフィーに向かって、何度も同じ言葉を繰り返す。ソフィーは呆れ顔でぎゅうぎゅうとハウルの背中を押しながら、子どものように浮かれている夫に鼻をならす。
「大丈夫よ!今日はレティーと行くって言ったでしょう!?ここまで迎えに来てくれるのよ!ちゃんと王宮まで連れて行ってもらうから!あの子だって招待されてるんだから!」
心配ないでしょう?と念を押すと、ハウルはくるりと振り向いてソフィーの肩を掴むと「なんたる絶望!」と大声をあげる。
「それじゃあ、もっと心配だ!あんたらがキングズベリーを・・・・!?冗談じゃないよ!あんた一人だって悪い虫がつかないか心配だっていうのに!やっぱりマイケルに送らせて・・・」
「何言ってるの!マーサとマイケルに恨まれちゃうわ!ようやく休みがとれて、今日はのんびりとデートを楽しむって喜んでいたのをあんただって知ってるじゃない!あたしのことが信じられないのかしら?さあ、とにかく仕事に行ってちょうだい!それとも晩餐会を欠席するつもり?」
ソフィーがエプロンから封筒を取り出すと、ハウルはちょっと顔をしかめて見せる。
「晩餐会はどうでもいいんだよ。僕はあんたが『ジェンキンス夫人』として招待されて、ようやくエスコートできるのが嬉しいのさ!あんたの美しさを自慢できる僕の嬉しさがわかるかい?」
今でもあまり乗り気でないソフィーは、肩をすくめる。
「・・・ハウル。もう、とにかく仕事に行ってちょうだい!!あんたが昨日ねばねばを出したせいで掃除しなくちゃいけないとこがあるのよ!」
気がつけば、すっぽりとハウルに抱きすくめられ頬にキスをされ、ソフィーは真っ赤になってハウルの胸を押す。
「・・・・!!!だから、なんで、あんたは・・・・!」
「ああ、やっぱり心配だ。僕、仕事休もうかな。あんた掃除に気をとられて時間を忘れそうじゃないか!!ソフィーもそのほうが安心・・・」
「誰のせいなのよ?早く仕事に行ってちょうだい!!もう、行くのやめるわよ!?」
ソフィーがいよいよ癇癪を起こしかけると、ハウルはソフィーの唇を塞ぎ鼻先にもキスを落とすとにやりと笑う。
「ああ!愛しい奥さん。あんたがドレスを着て王宮に現れるのを楽しみにしているよ!」
颯爽と扉を開けて城を飛び出して行く魔法使いを見送りながら、ソフィーは溜め息をつく。
そんなソフィーを見ながら、火の悪魔は苦笑する。
ねばねばまでコントロールするようになったなんて、性質が悪い・・・。ソフィー、あんた知らずにあいつをパワーアップさせてるよ・・・。
「もう!掃除が終わらなかったら、ハウルのせいなんだからね!」
腕まくりするソフィーが、それでも嬉しそうなのを火の悪魔は知っている。
end
梓音さんリクは「強気ハウルのハウソフィ」でしたのに・・・・。
全然強気じゃなく、へタレ全開!でした><ごめんなさい!!