凛さんへ
最大限の愛をこめて。





あんたは気がついていないけど、ぼくたちは離れることはできないんだ。
それは、初めから仕組まれていた運命のように。
あんたとぼくの間には、見えない引力が働いている。
S+N。
どんなに遠く引き離されようとも。
ぼくらはまた、一つになる。



S + N





「ああもう!あんたはなんでぼくの言うことが聞けないの!?今回はダメ。何がなんでもダメったらダメ。」
ひしひしと感じる強大な力に、ぼくは体中が冷たくなっていくような気がした。
それなのに、ぼくの愛しいひとは。
「あたしだって、イヤよ!あんたと離れるなんて、絶対にイヤよ!」
髪を振り乱して、ぼくの胸をどんと叩く。
ぼくの服を両手でしっかりと掴んで、離さない。
その握り締めた手が微かに震えていることも、必死な形相でぼくを見上げていることも。
あんたは感じているのか、いないのか。

今回の敵は厄介だ。
ぼくの手に負える相手ではない。

ぼくだって、それくらいはちゃんと理解してる。
だから、この人だけは逃がさなければいけない。
ぼくの愛しいソフィー。
あんたは、あんただけは。
「ソフィー、落ち着いて聞いて。いいかい?正直言って、今回、ぼくとカルシファーは自分たちのことで精一杯で、あんたを無傷で守りきれる自信がないんだ。」
屈みこむようにソフィーの瞳を覗き込めば、その瞳は涙でいっぱいで、すぐに噛み付かんばかりの勢いで食ってかかってきた。
「だったら!尚更、あなたから離れる訳にはいかないわ。」
「あのね、ソフィー。あんたが居たら、ますます不利なんだよ?ぼくの城に乗り込んでくるヤツが、ぼくの奥さんに手を出さないわけないだろう!?マイケル!!」
「はい、ハウルさんっ」
びりびりと震える城は、結界がもうもたないことを示している。
「ハウル!もう、持たないぜっ!!」
カルシファーが、定位置で必死に魔力を増幅させて守りを突破されまいと炎を吹き上げる。
「マイケル!早くここから逃げるんだ!いいかい、絶対に振り返るな。引きずり込まれないように、二人で結界を張りなさない。いいね!?」
「はいっ」
「師匠・・・!」
不安そうな弟子たちを振り返る余裕もなく、ぼくはマイケルたちを送り出すための呪文を唱える。
「ソフィー、あんたも行くんだ!」
何とか扉を安定させると、マイケルがあうんの呼吸で扉を開いた。
「あんたの妻だと判らなければ、いいんでしょ!頭の色、早く変わりなさい!あたしはハウルのあかがね色の髪の妻じゃないわよ!!」
「ソフィーさんっ!!」
ぐらり、と城が篩いにかけられたように揺れて、マイケルは閉じかけた扉を掴んでいる。
ぼくの目の前で、ソフィーの髪の色が見事な金色に変わるのを見ながら、マイケルたちに向かって叫んだ。
「行きなさい!ソフィーもすぐそちらに送るから!」
「わかりましたっ!」
切羽詰った声が響き、扉の向こうへマイケルたちは消えた。
「ハウル!早くしろっ、おいらこれ以上は無理だぞ・・・!」
カルシファーの悲鳴に似た声は、これから対峙する「神」に対する恐怖で震えていた。
なんとか、この悪魔も無事に逃がしてやりたいのに!
「ソフィー、あんた正気?髪の色が変わったところで、ココにあんたが居ることになんの変りもないじゃないかっ!ミーガンの所に行くのが一番いいんだ・・・!あそこなら・・・」
こちらの神も手は出せない。
ぼくがそう言いかけると、ソフィーが思い切り頬を打った。
「イッターーーーーーーーーーーーーーッ!!」
「イタクしたの!当たり前でしょ!なんであたしがあんたから離れなくちゃならないの!?あたしはここに残るわよ!!物置にでも潜んでいれば、隙を見てあんたに加勢できるかもしれないし・・・!」
「ソフィー!お願いだよ。そんな甘い相手じゃない。ぼくの言うことを聞きなさい!あんたはここに置いておけない。あんたのお腹には、もうすぐ生まれる赤ん坊が居るんだよ!?」
もう、ソフィーの瞳からは涙が止めどなく溢れていて、ただ無言で頭を振っている。
イヤだ、と。
離れないと。
ぼくの胸が締め付けられる。
ぼくだって、こんなところであんたとお別れなんてするつもりなんて、ない。
離さない。
でも、今はあんたたちを傷つけない方法が他にない。
生きて、生きて。
ぼくらは、まだこれからだ。
「ハウル、ハウル!」
「ソフィー、あんたが生きている限り、ぼくは生きる。わかってるだろう?ぼくたちはこれからもずっと一緒だ。」
「今も、よ!」
「もう、黙りなさい!」
涙で濡れた唇を塞ぎ、ぼくは心の中で「愛してる」と呟く。
ソフィーは喉の奥で嗚咽を殺し、瞳を閉じて体中を震わせた。

「ハウル、あいつ、もう来るぞっ・・・・!」
カルシファーの声と同時にぼくらは唇を離し、思い切り抱きしめながらぼくは叫んだ。
「もうちょっと堪えろ!相棒!」
引きちぎらんばかりの力で服を握り締める小さな手を、無理やり引き剥がし、ぼくはソフィーを突き飛ばした。
「・・・・っ!ハウル、許さないわよ!?」
「そう、それでいい!ぼくを思い切り怒るんだね!」
ぼくは、あんたを失うわけにはいかないんだ・・・!
ソフィーをここから逃がす方法、すでに扉は閉まりかけてる。そしてソフィーは臨月だ。
「イヤよ!なんの呪文!?やめて・・・・!」
ぼくが唱えだした呪文に耳を塞ぐように、ソフィーは叫んだ。
「あんたがっあたしたちを置いて先に逝くことは許さない・・・!あんたは必ず、この子を抱きしめるのよ!いい!?ハウルっ・・・!」

ばりばりばりっーーーーーーーーーーーー。

全てを引き裂くような音が響き渡り、ぼくは慌てて黒い塊になったソフィーを空気の膜で包み込む。
「もう、扉が安定してないぞ・・・!」
カルシファーの声が狂ったように響いた。
「ソフィー、ぼくらは必ず生きて再会する。あんたの呪いは、強力だから。ぼくらは、必ず・・・!」
光りの膜は、開かれた空間が安定していない扉から急降下していった。
いつの間にか、不敵な笑みが零れた。
先程まで感じていた恐怖はいつの間にか消えていた。
ソフィーの最後の呪いが、ぼくを守ってくれている。
なんて強力な呪いだろう。
そして、ぼくは感じている。

ぼくたちは、互いに離れていても必ず一つになるって。
目に見えない力が、ぼくたちを引き合わせる。
それは、お互いの心の中に知らず埋め込まれているもの。
ぼくらはまた、必ず出会う。
反発することがあったとしても、同じ力で、同じ磁力で。
ぼくたちは、S極とN極。

あんたは気がついていないけど、ぼくたちは離れることはできないんだ。
それは、初めから仕組まれていた運命のように。
あんたとぼくの間には、見えない引力が働いている。
S+N。
どんなに遠く引き離されようとも。
ぼくらはまた、一つになる。

「そうしたら、もう二度と離れないよ」
ジンを目の前にして、ぼくはそっと呟いた。




end









凛さんがこれからも、たくさんの素敵な出会いと幸せに包まれますように!