初めての猫話。まひるさんに捧げます!
まひるさんの素敵な絵チャイラストにSSをつけさせていただきました!
猫な夜
風が動きを止めて城の中の空気は、湿気を含み重く体に纏わりついてくる。
いつもであれば、夜風が風呂上りの火照った体の熱を心地よく冷ましてくれるだが、今日は余計に熱が増し不快指数がどんどん高くなる。
熱がこもった室内に一歩踏み込み、ソフィーは溜め息をつく。
・・・どうして、この人は。
この暑い中、ハウルはクローゼットの中から上着やら小物やらを引っ張り出している。きっちり畳んだ洋服も季節外れの厚手のコートも。何を探しているというのか、ハウルはぽいぽい手にした物を放り投げていく。一日がかりで掃除をした、ソフィーの苦労などお構いなしだ。
ソフィーが腕を組んでその様子を眺めていると、その足元にころころと毛糸が転がってくる。冬に編んだ手袋の残りだ。その毛糸を追いかけるように、ハウルの視線が辿り、ぶつかって止ったソフィーの爪先を見てぱあっと笑顔になると、その足元から顔を上げる。
「やあ奥さん。お風呂は気持ちよかったかい?」
先程までぶつぶつと何か言いながらクローゼットを荒らしていたハウルであったが、ソフィーにとびきりの笑顔を向ける。
乱れた金髪をさらりと耳にかけるとピアスがきらりと光り、ゆらゆらと揺れる。淡い翡翠色の瞳が優しく細められ、ソフィーを見つめて怪しげに揺らめく。風呂上りのソフィーからは甘い香りが立ち込めて、ハウルの鼻腔をくすぐった。まだ濡れているあかがね色の髪に指を入れて梳きたいと思わず立ち上がり、ハウルは足元の洋服を面倒くさそうに大股で越えると、吸い寄せられるように近づいた。
ソフィーはフンと鼻をならすと、するりとハウルの伸ばした指先をかわす。
「これは一体なんのつもり?」
宙を泳ぐ指先は凝りもせずに、今度は腕組みをする愛しい妻の腕に伸びる。
ソフィーの言葉はぴしゃり!とその指先を遮断して、ハウルは拗ねたようにソフィーの寝間着の端を摘む。
「ソフィー、僕の猫耳しらない?」
「はぁ?」
「ネ コ み み !今度パーティーで使うんだ」
ハウルは大きな体をしなやかにくねらせると、両手を耳の上にのせてぴくぴくと動かして見せる。
そんな姿はとてもソフィーより9つも年上には見えず、ソフィーは一瞬吹きだしかけ、思わず顔を背けて口元を押える。
ハウルは目の端でそんなソフィーをしっかり捕らえ、くすっと笑い猫のように静かに忍び寄る。
「ウェールズで一度使ったんだ。」
にゃあ!と鳴き声をあげて、口元の綻びを見つけられまいと苦労しているソフィーを抱きしめる。
「なっ・・・!ハウルっ!まだあんた見つけてないんでしょう?」
「んー。そうなんだ。どこにおいたんだっけ??」
すでにハウルの興味は猫耳にも散らかった部屋にもない。腕の中に閉じ込めたソフィーだけ。
ようやく髪に触れることができ、ハウルは心底幸せそうに、髪を一掬いして口付ける。
「必要だったんじゃないの!?猫耳!!」
こんなに散らかしたのよ!?
腕の中で憤慨するソフィーの頭に口付けて、甘い香りを思い切り吸い込むと、ハウルは腰に廻した指先をくるりと振って、くすくすと笑う。
「もう、いいや。」
「いいやって、ちょっと!ハウル!!」
「猫耳は、もういいんだ♪」
「そうじゃなくて!だったら片付けて頂戴!!」
「ああ、今日はホント蒸し暑いよねえ」
のんびりと、目の前で揺れるものを眺めながら、ハウルはソフィーの頭の上にふっと息を吹きかける。
「きゃっ・・・!」
耳に息を吹きかけられ、ソフィーは思わず小さく声を漏らす。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!
ソフィーは恐る恐る、ハウルの腕の中から自分の頭に手を伸ばすと頭の上でぴくぴくと動くものに触れて、悲鳴を飲み込む。
背後にも違和感を覚え、もう察しはつくものの揺れる尻尾が自らの頬をかすめ、ぶるぶると体が震える。
「うっかり、忘れていたんだ!僕は魔法使いだってね!」
見つからなくても、何にも問題なかったよ!
ふるふると怒りを蓄積しているであろうソフィーのカワイイ猫耳に、ハウルはそっと囁く。
「ソフィー、とってもカワイイよ」
びくっと背中を強張らせ、今にも爪を立ててきそうなソフィーに先手を打つ。先に混乱させてしまえばいいのさ、と不埒なことを口走りながら。
「・・・あたしばっかり・・・!」
「なんだ、そんなこと♪」
ハウルは嬉しそうにソフィーを抱きかかえ、ベットに降ろすとウィンクして自らの髪をツンと引っ張ると、その場所に猫の耳が飛び出す。
「な・・・・!」
驚くソフィーの膝にごろんと横になり、声を失っている妻に微笑む。
「ここのとこ、忙しかったから・・・。ねえソフィー甘えさせて?」
寂しかったよ、残業続きで。
膝の上から見上げる瞳と寂しそうに耳を折る姿に、ソフィーは逆立てた尻尾を降ろし、確かにそうね、とハウルの髪を撫でる。
「何もこんな恰好しなくても・・・」
「こんなじめじめした不快指数の高い夜には、お楽しみが必要でしょ?」
ごろごろと甘える美しい金色の猫に苦笑しつつ、部屋の中のめちゃくちゃな様子に溜め息がでる。
「・・・あんたはなんでこうなのかしら・・・」
涼やかな風が窓辺のカーテンを揺らす。
夜は始まったばかりなのだ。
2匹の猫は互いに見つめ合って、くすっと笑う。
まあ偶には、こんな夜があってもいいでしょ?、とハウルが呟いて。
「ちゃんと片付けてよね!」
ソフィーは言いながら、キスをした。
end