るっぴさんにはいつも温かなお言葉をいただいています。
一周年にも素敵なイラストをいただいて、押し付けSS・・・
酷いいやがらせみたいなことしてますね・・・。ごめんなさい><
以下のお話はるっぴさんに捧げます。





ドール




それは、いつもと変わらぬ夕暮れ時であった。
売れ残った花を抱えたソフィーが城に戻り、がらくた置き場から花瓶の代わりになりそうなものを見繕い、花に話しかけながら活けていた。
「残念だったわね。あんたたちとっても綺麗だけど、生憎今日は、みんな小さな可憐な花をお好みだったのね。でも、ありがたいことに、お陰で我が家が華やぐわね。食卓に彩を添えてくれるわ。ありがとう。」
言いながら、ふと扉の把手を見たソフィーは首を傾げた。
「・・・?おかしいわね。今日、ハウルはウェールズに出かけるって言ってたかしら?」
今日は仕事は休みで、ゆっくりと朝寝坊を楽しんでいたはず。
昼食を食べに戻った時には、「あいつ、荒れ地の水を使い切るつもりだね!」とカルシファーがぶつぶつ言いながら、ハウルが長風呂を楽しんでいることを告げた。
「あれからウェールズへ行ったのかしら?」
暖炉の中でうつらうつらしているカルシファーは、ソフィーの声に気づかなかった。
ソフィーは腰に手を宛てて、一人頬を膨らませると心の中で「なによ」と呟いた。
休みの日は、ソフィーが癇癪を起こすくらいにハウルはちょっかいを出していたのだから、本来は嬉しいと感じてもよさそうなものだが、おしゃれして出て行ったとなると、ソフィーにとってまったく嬉しくない想像が羽を広げたからであった。
「・・・・今度はウェールズでご婦人を口説いているのかしら・・・!」
呟いて、手元を見ると花が心なしか元気がなくなって見えて、慌てて手を離し、優しく話しかけた。
「あんたたちのお陰で、心が暗くならずにすむわ。ありがとうね?」
それから腕まくりをして、ソフィーは夕食の準備に取り掛かった。
胸の中は、どろどろとした感情が渦巻いて、野菜を刻む手に力が入った。
「今日は随分手荒な料理だな?おいらあんたの指が入ったスープなんて、作る気ないぜ!?」
殺気に気づいたかのように、どこか怯えた様子のカルシファーにソフィーは鼻をふん!と鳴らす。
「悪魔のくせに!」
「おいら、悪魔って言ったっていい悪魔だからな!」
青白い炎を誇らしげに高くあげ、カルシファーは受けあった。
「・・・そうね、あんたはいい悪魔だわ。あんたの相棒が酷いオトコなだけよ!」
「なんだよ、またあいつが何かやらかしたのかよ・・・」
火の悪魔はやれやれと薪を抱きかかえると、細い腕を組んで溜め息をついた。
「でも、頼むからスープで毒殺なんてやめてくれよ?おいら、片棒を担ぐのはごめんだね!」
ソフィーはそんなカルシファーに苦笑して、大鍋に野菜を放り込む。
「そんなことはしないわよ。マイケルが可哀相だもの。」
随分物騒な話をしているな・・・と、マイケルは思わず柱の影に身を潜めた。
これは、ハウルさんがまた無駄遣いをしたせいかしら?と昨晩のことを思い出しながら、とりあえずは自分の夕食の無事を確保しようと、ソフィーの手伝いをすることに決めたその瞬間。
「ただいま!」
問題の主が能天気にも明るい声をあげて、城の扉を開けた。
その手には、大きな包みを抱えて。
マイケルは「なんてこと!」と思わず天を仰ぎ見た。これで今夜の夕食はお預けだ!とがっくりと肩を落とした。
カルシファーも振り向かずに鍋を火にかけるソフィーの表情を見つめながら、ハウルにしきりに目配せをした。
そんなことにはまったく気づかず、ハウルは包みを作業台の上にぽんと載せると、ソフィーの後姿に嬉しそうに抱きついた。
「今日の夕食はなんだい?ソフィー。ぼくは今日まだ一食も食べてなかったことに気がついたよ!お腹がすいた。」
そう言いながら、ソフィーの髪に口付けて華奢なソフィーの肩に顎を乗せた。
「・・・重いわ、ハウル」
静かに言ったソフィーとは裏腹に、カルシファーは鍋を倒さないように気にしながらも、しきりに腕を振り回しハウルに何か伝えようとしていたが、今だその本人は何も気づかず、ソフィーの体を腕に閉じ込めて居ることで満足していた。
ソフィーはぴくり、と体を強張らせ、もう一度告げた。
「重いの、ハウル。どいてくださらない?」
その冷たい声色に、ハウルはようやく煤をあげるカルシファーと、柱の後ろで何かジェスチャーしているマイケルに気づき「ん?」と不思議そうにソフィーを見下ろした。
きらり、と何かが光り、次いでソフィーの怒りに満ちた瞳がハウルを振り返った。
その手に握られていたのは・・・・
「ちょっと・・・・!ソフィー!何さ、それ!!!!!」
ナイフを鼻先に向けられ、ハウルは慌ててソフィーを囲っていた腕を解き、驚いて尻餅をついた。
「ソフィーさん!早まらないでくださいっ!ハウルさん、これでも本当にちょっぴりはいい方なんですから!」
マイケルも慌ててハウルの前に飛び出すと、涙ながら訴えた。
「ひどっ・・・!マイケル!」
「・・・なんのことよ?今チーズを切って入れていたとこなの。ナイフを使ってるのに、抱きつかれたら危ないでしょう?」
むすっとしたまま、ソフィーはハウルとマイケルを見下ろした。
「・・・あんたたち、あたしを何だと思ってるよ」
ナイフをテーブルに載せ、ソフィーは溜め息をついた。
「それで?ハウル、あんた今日はどこに行ってたの?」
マイケルに助け起こされたハウルは、裾を払いながらソフィーを見つめた。
「どこって、ぼくは・・・」
ハウルは視線を彷徨わせ、バツが悪そうに作業台の上に載せられた包みを見つめた。
その視線に促されるように、一同は包みへと視線を移した。
「・・・・あんた・・・・ウェールズで何を買ってきたの?昨日だってガラクタを買い漁ってきたってのに・・・!」
「ガラクタって・・・!ソフィー、あんたそのガラクタをしっかり使ってるじゃないか!それは紛れもない花瓶だよ!」
「これは、偶々あそこにあったから使っただけよ!」
確かに、売れ残った花を入れた物は、ハウルが昨日買ってきたがらくたの一つだった。
「あんたが使った時点で、ガラクタじゃないだろう?」
ソフィーは唇を噛み締め、悔しそうにハウルを睨むとまた瞳を逸らして包みに歩み寄った。
「・・・じゃあ、これは?ウェールズで、一体何を買ってきたのよ!」
「あ、それは!待って!ソフィー!!」
ソフィーはハウルの手が掴もうとした包みを取り上げると「開けるわよ!」と宣言して、包みを破いた。
「あ!」
「おお!?」
「うわっ!」
破れた包みから出てきたのは・・・なんとも可愛い人形だった・・・。
「ハウルさん人形なんて、どうしたんですか!」
「おい、その人形って・・・誰かに似てないか!?」
いつの間にか鍋を下ろしたカルシファーが、作業台の上に漂って来ていた。
「ああ、これ・・・ソフィーさんにそっくりなんですねっ!」
呆気に取られ、人形を手にしたまま言葉を無くすソフィーに、マイケルが「ね?」と覗き込む。
あかがね色の髪がふうわりと広がり、微笑むその表情も、可愛らしいエプロンドレスも、まるでソフィーをそのまま人形にしたかのような愛くるしさだ。
ハウルは顔を左手で覆って、溜め息をつくと、指の隙間から窺うようにソフィーを見た。
ソフィーはじっと人形を見つめたまま、しばらく黙っていたがマイケルの「この人形、どこで手に入れたんですか?」との問いに、ぱっとハウルに視線を戻した。
「ああ、ええと、これはね、ウェールズで買ったんだよ。向こうにはこう言った人形を専門に取り扱うお店があるんだ」
しどろもどろになりながらも、ハウルはマイケルに話した。ソフィーの視線を避けるように、背を向けて。
「ハウルさんが人形に興味があるなんて知りませんでしたよ!」
マイケルがますます人形に食い入るように見つめ「本当にソフィーさんにそっくり!」とまた呟く。
「これ、どうしたの?」
ようやく口がきけるようになったソフィーが、人形をハウルに掲げて訊ねると、ハウルは大事そうに人形を抱えて苦笑した。
「マリがね、人形が欲しいって言ってたのさ。だから二人で買いに行ったんだよ。その店は全て手作りで・・・一点ものなんだよ。そんな中で、この子は売れ残って・・・ええと、だからつまり」
「あたしに似てるこの子が売れ残っているのが、可哀相になったから買ってきたってこと?」
言いながら、ソフィーは大きな溜め息を吐いた。
ハウルはこくんと頷いて、人形を腕に抱きながらソフィーを覗き込んだ。まるで小さな子供のようなその姿に、ソフィーは思わずくすりと笑ってしまった。
「まったく、あんたって!・・・仕方ないわね。この子は・・・あんまり可愛くなくて売れ残っていたのかもしれないわね。あんたが見つけてくれたのも何かの縁でしょう。」
ハウルはほっとして、ソフィーの頬に口付けた。
「ぼくのソフィー、あんたは一番可愛いよ!」


その晩、ソフィーは寝室で一人人形を眺めていた。
ハウルはマイケルの課題の進み具合と、新たな課題の解き方を教える為に作業台に本をいっぱいに広げて魔法を享受していた。
あまりにそっくりな人形に、ソフィーは今や親近感さえ覚えていた。
「あんた、ハウルに見つけてもらってよかったわね。」
滑らかな頬を突付いて笑いかけると、人形も心なしか嬉しそうに思えた。
「あんたを見つけたとき、あの人はどんな顔をしたのかしら?・・・大体、マリと会う約束なんていつしてたのかしら?」
ソフィーの声に反応するように、人形は仄かに光りソフィーは驚いて立ち上がった。
「・・・どういうこと?」
その光りは優しくソフィーを包み、脳裏に映像が飛び込んできた。

窓の外━━ウェールズの庭で、マリが泣いていた。
ミーガンに叱られたのだろうか?
一人ぼっちで。
ハウルはそれをしばらく眺めて、小さく舌打ちすると頭から被っていたタオルをベットに放り投げた。

瞬間、目の前で光りが増し、ハウルはよれよれのトレーナー姿でマリを抱きかかえていた。
「ママの大事なネックレス・・・マリが遊んでいて壊しちゃったの・・・!」
泣きじゃくるマリの握り締めた小さな手から、ちぎれたネックレスの鎖を取り上げ、ハウルはそっと何事か呟きながらキスをした。
小さく閃光が走って、「あ!」と目を瞑ったマリが次にその涙でいっぱいの瞳を開けたときには、鎖は元通りになっていた。
「ハウエルおじちゃん!凄いっ!どうやったの!?魔法使いみたいっ!」
きらきらと瞳を輝かせるマリの額にキスをして、ハウルはウィンクをして囁いた。
「ミーガンには内緒だよ?」
頷いたマリを下に降ろすと、ハウルは頭をくしゃくしゃと撫でまして、急にぽんと手を打った。
「そうだ、マリにいいものを買ってあげるよ。」
ぼくに怒りの矛先が向くように、マリにいいものを買ってあげるね!
そう言って、ハウルはマリと手を繋いで歩き出した。

そこはレンガ作りの古めかしいお店。小さなウィンドウにはちょこんと人形が座っている。
「ホント!? ハウエルおじちゃん!?ここのお人形、凄く高いってママが言ってた。マリがお誕生日に欲しいって言っても、絶対買ってくれないんだよ?」
不安そうな瞳は、しかし、店内の愛くるしい人形を前にして、先程魔法を前にした時同様輝きだしていた。
ハウルは笑顔で頷いて、マリの背中を押した。

「・・・ハウルったら・・・。まったく肝心なことはちっとも言わないんだから・・・」
ソフィーはマリに対するハウルの思いを感じて、目頭が熱くなった。
光りはまだソフィーを包んでいた。

「あ、これ!ソフィーに似てる!」
マリが嬉しそうに抱き上げた人形は・・・先程ハウルが抱えてきた人形。
「マリ、これがいい!」
そう言って見上げると、ハウルは急に顔を強張らせた。
「ダ、ダメだよ、マリ。ソフィーにそっくりの人形なんて、あの家に置いておけないよ!」
慌てて違う人形を見繕うハウルに、マリが口を尖らせながら棚に返す。そうして、また別の人形を手にとる。ハウルがほっとしたのも束の間、今度はマリよりもっと大きな手がソフィーにそっくりな人形に伸ばされて、ハウルは悲鳴をあげかけてさっと人形を手にした。
「この人形は生憎先約済みなんだ!ぼくが買うんだ!誰もこの人形を持って帰ることはできないんだ・・・!ソフィーはぼくだけのものだからね・・・!」

・・・光りはゆっくりと弱まり、人形の内側に吸い込まれていった。
「・・・なんて人・・・!!」
ソフィーは真っ赤になりながら、人形を抱きかかえて扉を見つめた。

呆れるマリの横で、ハウルは嬉しそうに人形にキスをしていた。
「たとえ人形でも、あんたはぼくだけのものだよ」

「・・・これじゃ、ハウルを怒れないじゃない・・・」
ソフィーはぎゅっと人形を抱きしめた。





end








翌日から、ハウルは仕事にこの人形を連れて行くとか・・・(笑)