さよならダーリン・・・
大切だからこそ、愛しいからこそ。
繋いだ手を離さなければいけないときがある。
一緒にいることが苦痛で。
離れていることが切なくて。
誰よりも何よりも果てしなく大切なのに。
悲しませることばかりしてしまう。
醜い独占欲とコンプレックス。
空回りなのか?どこまでも寄り添えない魂なのか?不思議なほど重なり合った心が、今はもう遠く遠く・・・。
窓に映る虚ろな顔に吐き気がする。
あたしって・・・、なんて醜い生き物なの・・・!
閉ざされた心に突き刺さる現実。
こんなに近くにいても、抱きしめられる距離でいても。
互いの瞳に宿る感情はどこまでも冷たくて。
いつからこんなことになったんだろう?
ただ、普通の恋人同士のように、もっと理解しあいたかっただけなのに。
涙が零れ、頬に伝う感触にぎくりとする。
ああ、あたし・・・泣いてるのね・・・!
そう感じた瞬間に、今までの出来事が・・・五月祭での最初の出会いも、老婆になって奇妙な生活を共にしたことも、いつの間にか盗み見るようになった碧眼も金髪も笑顔も泣き顔も!全ての想いが駆け巡り愛しさと切なさがいっぺんに押し寄せて・・・ソフィーを飲み込む。
それは、まるで突然水の中に引きずり込まれたように息もできず、ただ締め付けられる胸の痛みに両手を握り締める。どうしていいかわからずに、泣き叫びたい衝動に駆られ、自分でも何故こんなことになったのか検討もつかずに無意識にしゃくりあげる。
「ひいっく・・・!」
思っていたより大きく響いたその声に、・・・中庭に通じる扉を開け放したまま王様の所望した道具を作っていたハウルと、手伝わされていたマイケルと、暖炉でうたた寝していたカルシファーが・・・作業台の前の椅子に腰掛けるソフィーへと視線を移す。
「ソフィー!?」
「ソフィーさん!?」
「なんだなんだ?おいら湿っぽいのは願い下げだぜ!?」
慌てふためくハウルは、大きな鉄の塊に足をぶつけて悪態をつきながら涙目で駆けつける。
「どうしたんだい?ソフィー!」
愛しい人の泣き崩れるさまに、ハウルは動機が激しくなり、勢い込んで肩を掴む。
「・・・ハウル、あたしたち、なんでこんな風になっちゃったの!?」
両手で顔を覆ったままのソフィーの声はくぐもり、ぽたぽたと落ちる涙がソフィーのエプロンに丸い跡をつける。
膝を折って覗き込み、しっかりと両肩を掴みながらハウルはみるみるうちに蒼白になる。
ソフィーはイヤイヤとその手を振り払おうとしながらも、置かれた手の暖かさや大きさ、その手の中で安らいだ日々を思い出し、また涙が零れる。
ああ、どうして!?あたしはこんなに愛しい人と別れなければならないの・・・!?
「ソフィー、頼むから落ち着いて!自分で何を言ってるかわかってるの?」
ハウルは少し苛立ちながら、ソフィーの座る椅子の周りに目を走らせる。
「なんでこんな風になったかだって!?ソフィー、あんた本当にわからないの!?」
ああ、やっぱり怒ってる!あたしたちは・・・もう・・・
「・・・さようなら・・・愛しい人!」
それでも、あたしはあんたを愛してるわ!
ソフィーがそう言って泣き崩れると、ハウルはむっとして・・・先ほどより指先に力を込めて、ぐいっと愛しい華奢な身体を引寄せ抱きしめる。
そして、髪に顔を埋めると心の中で『冗談じゃない!』と叫ぶ。
何で、さよならなのさ!その言葉は僕の心臓を止めるって、なんで忘れちゃうのさ!
「・・・ソフィー、いい加減禁止令だすからね!?」
静かな怒りとともに言葉を紡ぐハウルの瞳は・・・懇願するような愛しさに操られたものであったのだが・・・腕の中のソフィーには見えなかった。
・・・ただ、その声色が酷く強張っていて、ソフィーは『ああ、もう嫌われてしまったのね・・・!』と呟く。
別れのその時くらい・・・愛していてると・・・嘘でもいいから言って欲しかった・・・!
ハウルは大きな溜め息をつくと、足元に転がるものに苦々しげに鋭い視線を送る。ハウルが足をぶつけ崩した鉄の塊で進路を塞がれていたマイケルがようやく駆けつけ、一足早くたどり着いていたカルシファーとハウルの視線の先・・・ソフィーが先ほど持っていたものに手を伸ばす。
「今月・・・」
「2度目だな・・・」
呆れたような、ほっとしたような弟子と悪魔とは対照的に、普段じゃれあうような言い争いを繰り広げる夫婦は、互いに悲壮な表情で抱き合っている。
「今度は誰がソフィーさんに恋愛小説を貸したんですか?」
「レティーだろ?」
やれやれと小説を拾い上げ、今度はどんな話だったのか?とぺらぺらと読みながら引き上げていく弟子と悪魔の背後では、ハウルの声が響いていた。
「あんたね?悲恋の小説読むたびに、無意識に呪いかけるのやめてよ!いい加減にしないと、僕は・・・僕の心臓は・・・本当に止ってしまうよ!自分の持つ魔力をいい加減コントロールしてよ!!!!」
誰が別れてなんてやるもんか!
さあ、早く!呪いを解かなくちゃ!
ハウルが叫んだその腕の中で、呪いの掛かったままのソフィーは・・・一人、切なさと戦っているのだった。
さよなら!さよなら・・・ダーリン!
end
ソフィーにはこんなことも巻き起こしてほしかったんです・・・;