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懐かしい夢を見た。
幼い頃よく遊んだ荒れ地の花畑・・・。色とりどりの花が咲き乱れ、柔らかな空気に包まれる場所。
「マーサおねちゃ、きれいだったね!」
母さんよりも鮮やかな赤い髪を可愛らしく結い上げ、青い瞳とお揃いのドレスをふんわりと広げて座り、ブーケを手ににっこりと微笑む。その姿はまるで天使のようで、僕は思わず見とれてしまった。
「マイケルにーちゃもカッコよかった!けっこんしきってすごくきれいなんだね。」
僕の瞳を覗き込むように、ね?と小首を傾げる。そんな仕草も母さんにそっくりで、とってもどきどきした。
「パパとママもきれいだったけど・・・ハウルおじちゃまとソフィーおばちゃまもすごくきれいだったね!またけんかしてたけど。」
喧嘩の理由は・・・もう一回ウェディングドレスが着たいわね、と母さんと叔母さんが話していたのを父さんが聞きつけて急にわめきだしたんだ。確か・・・僕と別れてまた結婚するつもりなのか、とか。僕はいつものことだから耳を塞いでいたけれど。
・・・あの時・・・一番キレイなのは・・・君だと思ったんだ・・・。
そう母さんより。
はにかんでいる僕に君はブーケを差し出して。
「モーガンもとってもきれい!おおきくなったら、わたしたちもあんなドレスきて【オヨメサン】になろうね!」
期待に満ちた瞳。意思の強さを表す輝き。
柔らかな日差しが差し込む寝室で、モーガンはぼんやりと天井を見上げる。
くすっと笑い、モーガンは起き上がると幼い自分達を思い出す。
あの頃・・・マイケル兄さん(癖でそう呼んでるんだけど)とマーサ姉さんの結婚式の準備で、母さんも叔母さんも毎日この城でドレスを作ってた。僕らは花畑で遊んでいたっけ。 結婚式の後、花畑でパーティーをして。僕らはいつものように遊んだ。
「僕と花嫁衣裳を着るつもりだったんだな。」
あの時の屈託のなさがまぶしい。
モーガンは髪を掻きあげ、ベットを降りる。
「今、あの夢を見るなんて、ね。」
昨日、泣かせてしまった所為だろうか?
胸がちくりと痛む。自分の両手を見つめ指先に残る感触を思い出し、碧眼を歪め苦笑する。
赤い髪に口付けると泣きそうな顔に変わった。何故そんな顔をするのか僕はよくわかっていた。それでも彼女の求める言葉は口にできない。彼女に嘘は通じないから。誰よりも僕と近いから。
『モーガン、私たちってよく似ていると思わない?』
不意に君が真面目な表情で告げる。
『私たちは・・・同じ境遇を生まれた時から分け合っているのね?』
父親はこの国で最も尊敬と畏怖の念を抱かれる魔法使い。それも王室付き魔法使いという最高の地位にあり、その二人ともが・・・こちらの世界ではなく【ウェールズ】という世界から来たのだ。理由はよくわからないけれど、何度かあちらへ行った感じでは、【ウェールズ】には魔法は存在しない。そしてこちらの事をあちらの家族(父さんの姉家族)は知らないのだ。
そして僕らの母さん。彼女の母さんは僕の母さんの妹。2人とも同じく魔法使い。それも強大な力を秘めている。
・・・その所為だろうか。僕も彼女も生まれつき魔力を持つ。
この力は望まざるとも、様々な揉め事や争いに引き込む。僕らの父さんの仕事柄でもあるけれど。
僕も生まれたのは猫の姿だったとか・・・。命に関わるような事件もあった。
僕らの周りは愛情深い人ばかりだけど、もちろん世間は幼い僕に恐怖や妬みを持つ人も少なくなかった。
・・・それは、彼女も同じ。
『魂の半分は君と共有しているね』
僕が言ったら、君は笑ったけど。
多分、僕の心からの笑顔を知るのも・・・心の中に渦巻く黒い部分を知っているのも・・・父さん以外には君だけだろう。
母さんには知られたくない。母さんにはいつでも笑顔で居て欲しい。そんな僕の気持ちもお見通し。
誰よりも僕の魂に近いから。だから嘘は通じない。全て暴かれる。
そして・・・僕はそれに甘えてしまう。
傷つけると判っていて、そして傷つくと知っていて、彼女は僕の痛みを引き受ける。
「とうとう・・・ベン叔父さんも・・・気がついてしまったしな・・・」
モーガンはドアを開け、ソフィーが鼻歌交じりにカルシファーの上で作るベーコンエッグの香ばしい匂いを吸い込み、笑顔になる。何よりも強い魔法。ソフィーの存在がモーガンの内面の暗黒部分を浄化する。
モーガンが駆け出そうとすると、隣室からハウルの声が響く。
「ソフィー!」
モーガンは苦々しい思いで、隣室を睨みつける。すぐに階下からソフィーが「なんなのよ!」とブツブツ言いながら階段を上ってくる。ふっと顔を上げた先に息子の笑顔を見つけ、零れんばかりの笑顔で抱きしめると頬にキスをする。
「おはよう、モーガン!朝食はできてるからね?」
モーガンはくすぐったそうにソフィーのキスを受けると自分もソフィーの頬にキスをして、抱きしめる。
「おはよう、母さん。・・・また父さんの我侭?」
耳元で囁くと、ソフィーは肩を竦めて困ったように微笑む。
「そう。困った人ね。先にモーガン食べていて?」
ソフィーはそう言いながら腕まくりをして歩き出す。その後姿はどこかウキウキした雰囲気が漂う。結局、この人騒がせな夫婦はなんだかんだ言いながら、互いにこのやりとりを楽しんでいるのだ。
「OK。頑張ってね、母さん。」
モーガンはその後姿に溜め息をつくと、階段を降りる。背中越しにソフィーの呆れた声を聞きながら。
階段を降りると暖炉から、からかうような声が掛かる。
「モーガン、そんな顔してると、あいつに昨日のこと見抜かれちまうぜ?」
そうか、もう一人(?)僕の全てを見抜くヤツがここにいたんだ。
「・・・母さんには言わないでよ?僕・・・口利いてもらえなくなる。それに、父さんにはとっくにバレてるよ・・・」
モーガンは椅子に座ると、冷たい微笑みを浮かべる。
「ハウルのヤツ、サリマンの先読みの呪いに・・・わざわざ曇らせるようなちょっかいを出してたからな!」
カルシファーがモーガンの隣に漂ってきて、覗き込む。
「・・・父さんは・・・もう手に入れてるから」
気がついているんだ。父さんは・・・居場所を見つけられず・・・こちら側に来たのだから・・・。持て余す感情を、魔力を注ぎぶつけ合うことのできる者が必要だと。・・・僕には彼女が必要になること。そして彼女にも同じように僕が必要だってことも。
結局、父さんには敵わない。
どんなに馬鹿なことしてみせても、それは母さんに関することだけで・・・。全身全霊をかけて守っていることはわかってる。もちろん、僕やカルシファーのことも何だかんだ手を回しているんだ。
モーガンがカルシファーにベーコンをあげながら、朝食を食べ始めると2階でバタバタと賑やかな走り回る音がする。しばらく2人で見上げているが、やがて静かになり不気味なくらいの静けさが漂う。
「・・・カルシファー、どれくらいで降りてくると思う?」
「んーでも・・今日は仕事だからな・・・5分くらいじゃないか?あんたも起きてることだし?」
それからきっかり5分後、真っ赤になったソフィーが悔しそうな表情で階段を下りてくると、その後ろからにこにこ顔のハウルが足取りも軽く下りてくる。何事もなかったようにモーガンに「おはよう」と声をかけ、カルシファーに「相棒!お湯を頼むよ!」と浴室に入っていく。
「母さん、放って置けばいいのに・・・」
モーガンがソフィーの顔を覗き込んでそう言うと、こほん、と一つ小さな咳払いをして「おかわりはどう?」と苦笑した。
一時間ほどでハウルが浴室から出てくると、中庭で忙しそうに洗濯を干そうとしているソフィーを見つけ、後ろから抱きしめ怒らせて、ひとしきり大騒ぎしてから城へ出掛けて行った。
「まったくあの人はどうしていつも同じようにしないと出掛けていかないのかしら?」
ソフィーがぐったりした顔で扉を閉める。
「あ・・・」
テーブルの上にいくつかの小さな箱が置いてあるのを見つけ手に取ると、モーガンはにやりと笑う。
父さんまた口実を作って行ったね?
ハウルは時々こんな忘れ物をわざわざして行く。城に戻る口実を作って出掛けて行くのだ。
モーガンはカルシファーにシャワーのお湯を頼むと浴室に入った。
「母さん!タオル忘れちゃった!持ってきてくれる?」
シャワーを止めてそう叫ぶと、すぐに浴室のドアがノックされる。
「ありがとう母さん。僕忘れちゃって」
モーガンはドアを開け、ソフィーの頬にキスをする。びしょ濡れのままで抱きついてくるのは誰かさんもよくする手口であるので
ソフィーは胸の前にタオルを押し付け「ちゃんと拭いて!風引いちゃうわ!」と咎める。
と、後ろでガシャンと金属質な物が落ちる音がしてソフィーは振り向く。上半身裸の息子にすっぽりと抱き込まれる妻を見て王室付き魔法使いは顔面蒼白で震えている。ソフィーは不思議そうに小首を傾げ、大きな瞳をくるりと回す。
「あら、ハウル忘れ物?」
「ああ、父さんどうしたのさ?ちっとも気がつかなかったヨ」
モーガンがそう言うとハウルは大股で近づき息子から大人気なく母親を奪うと、きっと睨みつける。
「忘れ物?壊れちゃったみたいよ?大丈夫?」
ソフィーはしがみつく夫の腕をするりとすり抜け、ちらばった破片を集めだす。
「平気だよね?これ・・・虫除けだろう?ベン叔父さんに頼まれた。」
知らず自嘲的な笑みが浮かび、散らばる破片を見つめながらタオルを肩にかける。ハウルは聞こえないフリをして、何たる絶望!と嘆いてみせる。
「失敗作だね?だって僕には効かなかった。・・・それとも父さん・・・わざと・・・?」
その問いにハウルは何を思ったか、急にモーガンを抱きしめて頬にキスすると驚きできょとんとする鼻先を弾いてにっこり笑い、耳元で囁く。
「障害のある恋が好きだろう?モーガン。ああ、ソフィーは渡さないけどね?久しぶりに花でもプレゼントしたらどう?ちゃんと泣かせた埋め合わせはしないとね?」
パチンと指を鳴らし欠片を集めると一瞬で元通りになる。
驚くソフィーを立たせると、キスをしてサリマンに怒鳴られる!と喚きながら扉を閉めた。
ああやっぱり、父さんには敵わない・・・・。
end・・・?
素敵な漫画を描いてくださった凛紅桜さん!大好きです^^