恋愛談議 王室付き魔法使い's&ジャスティン殿下の場合
マイケルは重そうな箱を膝を曲げて下から支えると、左手で王室付き魔法使いの執務室の扉をノックしようとして、振り下ろしかけた手を寸前で止めました。
中から楽しそうに漏れてくる話し声は、マイケルにとって聞きなれたメンバーの声でしたが、その会話の内容は思わずノックを躊躇するものだったからです。
「じゃあ殿下はいつも寝たままなんだ?」
扉から漏れる声は師匠の声に間違いありません。信じられないね!と言いたげなひどく驚いたような言い方です。マイケルは振り上げたままの手を下ろして、その会話に頬を染めました。
「そうだが・・・?なんだ、ハウルは違うのか?」
こちらも驚いた声で、とても砕けた感じがしますがどこか気品が漂い、それでいて凛として厳しさが滲む声です。ジャスティン殿下であることは間違いないでしょう。
ここのところ殿下が入り浸っているとは聞いていましたが、まさかまだ昼前から訪れているとは知りませんでした。
「僕は寝たままでも、どっちでも好きだけどね?サリマンはどう?」
マイケルは思わず辺りを見回して、こんな会話が誰かに聞かれはしないかと、内心冷や汗が流れる思いでした。この部屋に辿り着くまでには、兵士やら小姓やらの案内でいくつもの長い廊下を通ってくるのですが、この部屋へ通じる廊下には誰も近寄らせないかのような雰囲気があり、一番端に近衛兵が立っているだけでした。
どうやらこの国の中枢で、この国の行方を左右する人物たちが、とんでもない会話を繰り広げているようなのです。
マイケルはハウルに頼まれた魔法の薬の入った箱を両手で持ち直すと、静かに扉に寄りかかりました。
「私は・・・そうだね、私もどちらでも構わないな。」
この話題を止めてくれると信じていた、頼みの綱であったサリマンまでが話しに加わったことで、マイケルはますます中に入るタイミングを失い困惑したように俯きました。
「レティーは、するのもされるのも好きなんだよ。」
「いいなぁ!サリマンあんた幸せ者だね!」
ハウルの羨ましそうな声がなんとも気恥ずかしく感じて、マイケルは慌てて立ち去ろうとしましたが、衛兵が廊下の端から不審そうに盗み見ているのを感じて、マイケルは観念したようにそのままその場に立ち尽くしました。
「ビアトリスも喜ぶだろうか?」
「偶にはいいんじゃないか?私もレティーには時々せがまれるよ。」
「僕なんて毎日お願いしてようやく、だよ。ソフィーはイヤがるからね!でもさ、お互い気持ちよくなれるんだから、イヤがらなくたっていいと思わない!?」
「ハウル、お前しつこいんだろう!」
くくくっと忍び笑いが漏れ聞こえて、マイケルはますます赤くなりました。今ではこの役目を引き受けたことを後悔していました。
そんなマイケルのフクザツな心境とは裏腹に、扉の向こうの、本来は尊敬の眼差しで見つめられているであろう顔ぶれは、奥さんとの・・・・・・の話に興じているのです。
「何それ!?殿下はちょっと封建的なんじゃない?そんなんじゃ奥さんに逃げられちゃうよ!?」
「な・・・!ビアトリスは・・・上に乗るのが好きなんだよ・・・!」
「でもさ、それって凄く疲れるんじゃない?今晩は、殿下が上になってみたらどう?喜ぶんじゃない?やっぱり、結婚生活ってお互い思いやらなくちゃいけないんじゃない?恋愛はフェアじゃなくちゃね!」
「お前にそれを言われるとは思わなかったけどな。」
「ハウルはフェアかどうかは別として・・・いい考えかもしれないぞ?殿下。まあ、私は座ったままが一番いいのだけれど。」
大真面目に続けるサリマンに、マイケルは思わず扉の向こうから突っ込みを入れたい衝動に駆られていました。
ああ、サリマンさんやジャスティン殿下まで・・・!きっとハウルさんが皆さんを洗脳してしまったに違いない・・・!
・・・それとも。
大人の男性は昼間からこんな話くらいできなくちゃダメなんだろうか・・・!?
いや、でもここは王宮で・・・!?
マイケルが必死に考えていると、扉の向こうで誰かが立ち上がる気配がして、慌てて扉から身を起こそうとしました。
「それなら、今すぐ実行するとしよう!善は急げだ。」
ジャスティン殿下の声が凛と響いて、コツコツ大理石の床を踏み鳴らすブーツの音が扉に近づいてきました。
がちゃりと扉が内側に引かれ、体制を整え損ねたマイケルがよろよろと執務室に倒れこみ、ジャスティン殿下が慌てて肩を支えました。
「おや、マイケル!」
「殿下、昼間からはお控えくださいっ!」
お礼を言うのも忘れて、マイケルは思わず大きな声で訴えました。
そして、ハウルをきっと見やると箱をドスンと床に降ろしました。
「こらこら、マイケル!殿下に何を言ってるの!?それにその中の薬は衝撃に弱いものもあるんだから・・・」
「ハウルさんっ!王宮で何の話してるんですか!?」
弟子の珍しく険しい顔つきに、ハウルは心底驚いたように目を見開きました。
「何の話って・・・決まってるじゃないか!」
ハウルは事も無げに肩をすくめて見せ、サリマンもジャスティン殿下も普段穏やかなマイケルが取り乱す様子に驚いています。
「ああ、そうだ!マイケル、君たちはどうなんだい?」
ハウルは何か閃いた!という顔をして、マイケルににこやかに話しかけました。マイケルはぐっと言葉に詰まったようでした。
「するのとされるの、どっちが好きだい?寝そべって?それとも座ったままで・・・」
「わああああああああああ!ハウルさんっ!僕たちはまだそんな・・・!」
「マッサージされるのがいい?」
「へっ!?」
腕組して真剣に聞いているジャスティン殿下と。ソファーに腰掛けたままじっと見つめるサリマンと。
・・・にやにやと笑うハウルの視線に囲まれて・・・。
「紛らわしい話をしないでくださいよぉ・・・!」
少年から大人へなりかけのマイケルは、がっくりと膝を折ったのでした。
end
ビアトリスに背中を踏み踏みしてもらっているジャスを想像したことから・・・。そうですか、歪んですまね。皆さんお疲れなんですよ。あはは。