love letter
「もう!キングズベリーって、どうしてこんなに入り組んでいるのかしら!」
ソフィーはぶつぶつとぼやきながら、義弟の屋敷を探す。
やみくもに捜し回ってもどつぼにはまるだけなので、道を尋ねようと思うのだが、がやがや町と違い皆よそ行き顔で
ソフイーは声を掛けるのをためらう。
忌々しい!なんて分かりづらい道かしら!
肩を怒らせながら歩いているせいで、声を掛けそびれている若者がいるとも知らず、ソフィーは鼻息を荒くする。
「何度もハウルに連れて来てもらってるんだから、あんたは覚えてるでしょう?あたしをレティーのとこまで案内して頂戴! 」
ソフィーは足元の履き慣れた靴に話しかける。
しばらく行くと、みなれた門構えを目にして、ソフィーはほっと息をつく。
「ありがとう、あんたのおかげよ」
立ち止まり、自分のつま先に微笑むとソフィーは門をくぐり、ドアノッカーを掴み乱暴に叩く。
ゆっくりとドアが開き、細面の召し使いが顔をだす。
「こんにちは、マンフレッド!レティーはいるかしら?」
マンフレッドと呼ばれた召し使いは、やれやれ、という表情を浮かべるとお辞儀をしてソフィーを招きいれる。
「奥様はアフタヌーンティーを楽しんでいらっしゃいます。ソフィー様、今月は2度目でございますね」
マンフレッドは先に立ち、サンテラスへとソフィーを案内する。
「・・・ベンも一緒?」
ソフィーが尋ねると、マンフレッドは首を振る。
「ご主人様は、来客があって応対しております。」
ほっと、胸を撫で下ろしサンテラスへと足を踏み入れる。
「まあ、姉さん!?また兄さんと喧嘩したの?」
レティーはマンフレッドの後に現れたソフィーに少々呆れた声をあげる。
ソフィーは憮然とした面持ちで椅子に座ると「フン」と鼻を鳴らして目を瞑った。
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「で、今回は義兄さんは何をやらかしたの?」
運ばれてきた紅茶をソフィーに勧めながら、レティーはソフィーに尋ねる。
「いつものことよ。くだらない言い争い。」
ソフィーはカップを手に取ると紅茶に口をつける。
「ふうん?それで?」
「・・・ハウルの手紙・・・封が開いていて、宛名書きがされてなかったから・・・」
「読んじゃったのね?」
レティーはからかうように言う。
「ええ。そうしたら、ハウルへの熱烈なラブレターだったのよ。『あなたが離れた場所にいてもその香りがするだけで
ときめいてしまいます』とかなんとか・・・・」
「まあ、随分ロマンチックなのね。」
今や、レティーは身を乗り出して聞いているが、ソフィーは気にも留めずカップを置くと溜め息をつく。
「別にいいのよ。ハウルが魅力的なのは知ってるし、おしゃれは病気みたいなものだもの。実際はぬるぬるうなぎで、
臆病なんだって知らない娘さんがときめくのも仕方がないわ。」
「それじゃあ、姉さんはなんで義兄さんと喧嘩したのよ?」
てっきりそのラブレターを貰って持っていたことが原因だと考えたレティーは、不思議そうにソフィーを見つめる。
つい最近、サリマンにラブレターを貰ったと生真面目に報告され、それだけでヤキモチを焼いたばかりのレティーは、
姉の気持ちを推し量りかねていた。
「いつもは・・・貰った手紙を・・・読む人じゃないのよ?ハウルは。」
ソフィーは頬杖をついて、また目を瞑る。
「それも、わざわざ目に付くような・・・寝室のベットの上に置いて・・・・」
「・・・義兄さんたら、どうしちゃったの?」
あれだけソフィー姉さんにべた惚れだったハウルが心変わりでもしたって云うのかしら!?
レティーは頭の中でハウルの自慢の顔を引掻いてやりたい気分になる。
「あたしはそれを読んだあとも知らんぷりを決め込んだわ。そしたら、ハウルったら・・・・・・」
ソフィーの情けない沈んだ声を聞き、レティーはガタンと椅子を倒して立ち上がる。
「姉さん!今すぐハウルを問いただしに行きましょう!!」
姉さんを悲しませるなんて許せないわ!とテーブルを叩くレティーに、ソフィーは慌てて腕を掴む。
「レティー、最後まで話を聞いて頂戴!?ハウルは『僕を愛してないんだね!』ってわめきだしたのよ」
「へ?」
毒気の抜かれたレティーはすとんと椅子に座る。
「ようするに・・・あんたのように嫉妬して欲しかったみたいね」
腕を離し、レティーの瞳を覗き込んで・・・ソフィーはくすくすと笑っている。
「?どういうこと・・・?」
レティーは面食らった顔で、ソフィーに問いかける。
「つまりこうよ。」
サリマンがラブレターを貰ったことを年下の義兄に相談したらしい。
この義兄は気にも留めずに言った。
「捨てちゃえばいいじゃないか、君が浮気したわけじゃない。相手が勝手に思ってるだけなんだし」
「まず、受け取らなきゃいい話だ。君も普段はそうしてるだろ?こんな風にこっそり書類に紛れ込ませるものは
気がつかなかったフリをして読まなきゃいい」
「第一、愛する奥様が心配しちゃうだろう!?」
しかし、生真面目なサリマンは愛しい妻に隠し事をするなんて出来なかった。すべて打ち明けると、妻はたいそう取り乱し
「私を愛しているなら・・・お願いだから・・・隙を見せないで。あなたが誰より素敵だって知っていて、こんな我儘を言う
自分が憎らしいけど・・・」
と涙ながらに訴えたとか。
「ベンは珍しく、『ハウルの言う通りだった』って報告したようね。それを聞いたハウルが・・・・・・・・考えそうなことでしょう?」
ソフィーが話す間、どんどん真っ赤になっていくレティーは頬を両手で押さえる。
「『あんたは僕がどんな熱烈なラブレターを貰っても気にもならないくらい、僕のことなんてどうでもいいんだ!!あんたは
僕を愛してくれちゃいないんだ!!』って怒り出したのよ!あたしの話なんてちっとも聞かないで。」
ソフィーはまた「フン」と鼻を鳴らし、・・・・・・・・・・少し寂しそうに呟く。
「そんな訳ないじゃない?あたしを・・・試したって云うのよ?」
レティーは深呼吸して自分を落ち着かせると、姉の手をそっと握る。
「それで、飛び出してきちゃったのね?」
「ええ、『あんたなんて、愛しちゃいないわ!』って・・・」
なるほどね。珍しいと思った。
私も大概・・・ベンのことになると取り乱してばかりだけれど・・・義兄さんには脱帽しちゃうわ。
レティーが黙り込むと、ソフィーは不安そうに尋ねる。
「そんなにあたしって・・・ハウルが愛されてないってわめくほど・・・酷い扱いをしているかしら?」
確かに甘えるのは苦手だし、しょっちゅう怒ってばっかりなんだけど。
レティーは大きな溜め息をついて、ソフィーを覗き込む。
「ソフィー姉さん、・・・なんで義兄さんと結婚したの?」
「・・・こんな人と二度と付き合うもんですかって思ったからかしら・・・?それならとことん付き合おうって。
それに、あのハウルとやっていける女の人なんて・・・あたし以外いないでしょう?」
こんなに愛されていているのにハウルには呆れてしまう。姉さんは義兄さんの全部を愛しちゃってるのに。
・・・でも・・・今回は私のヤキモチも原因の一つみたいだし・・・
「義兄さんのこと、もう愛してない?」
「そんなはずないでしょう?理解ある妻を・・・演じてたって言うのに」
ソフィーはレティーを見つめて苦笑する。
「ですって、義兄さん!気が済んだ?」
「えっ?」
レティーが美しい笑顔をソフィーの背後へ向ける。ソフィーもつられて、振り返る。
「ハウル!!」
身体全部から幸せを感じているのがわかるくらいに、ハウルは笑顔でソフィーに抱きつく。
目が赤いのは・・・泣いたのだろうか?
「よかった!!ソフィーが僕のこと愛してくれてて!!」
「な・・・なんで、あんたがここに・・・」
困った顔のサリマンがレティーに歩み寄り、驚きと恥ずかしさの入り混じったソフィーに告げる。
「君に愛してないって言われて、慌てて私のところに来たんだよ。」
「ごめんよ、ソフィー。あんたを試すようなことして。ソフィー、ソフィー愛してるよ!!」
ソフィーはしばらく放心し、静かに息を吐くと立ち上がり、呆れた笑顔でハウルを見つめる。
「・・・・ソフィー、怒ってる?」
恐る恐る尋ねるハウルに、ソフィーは・・・微笑む。
「もちろんよ?!・・・・・・・・当分の間、香水を付けて出歩かないで!!」
【しっかり嫉妬してるじゃないか?よかったなハウル】
サリマンがハウルにだけ聞こえる声で呟いた。
end