逃れられない魔法の・・・。





この城には不思議なものがたくさんあって。
あたしは怒られたり呆れられたりしながら、老婆にされた腹いせをするかのようにあちこと暴いてまわったんだけど。
たった一つ、暴けなかった物があったのよ。
それは、多分老婆のあたしにはひどく優しく、今のあたしにはひどく危険なもの。
すべてを投げ出して、何も考えず。
本来は癒されたり、体の力を思い切り抜いて。
だから老婆だった頃はそこがお気に入りで、心底安心してたんだけど。
特にこの城のソレは、心地よくて。
粗末であったのに、使うたびに身体に馴染んで。

今から思えば、それは彼の魔法だったんでしょうけど。

とにかく、これほど心地よいものはない!とさえ思えたの。
老婆で過ごしたあの時は。
・・・でも。
今はなんて心もとない。
一番緊張して、下手したら死んでしまうんじゃないかってくらい。
ココは心乱れて落ち着かないの。
心臓が狂いだすからたまったもんじゃない。

あたしは、そんなものが潜むとは知らず。
危険が潜むソレへいつものように、すべてを投げ出す。

ああ、そうね。
あたし考えなしだって、あんたに言われたんだわ。

「ソフィー、どうしてそんなに怖い顔してるの!?」
ホントはなんでもお見通しって顔で、不思議そうに訊ねるあんたが憎らしい。

ぎゅっと口を引き結んでいると、あんたがぎしっとスプリングを鳴らしながら猫のように左手を前に出す。
あたしは同じようにスプリングをしならせて、後ろに身体を捩る。

「こんな広いんだから、もっとそっちに行って!」

そう言いながらも近づいては遠ざかるを繰り返し、ついにその端に追い詰められてあたしは慌てて背後を見つめる。
そこは張り替えたばかりの淡いグリーンのひんやりした壁で。
背中にその冷たさを感じて身を硬くする。
突然、あんたは両手であたしを閉じ込めるみたいに壁に手をつく。
「もう、逃げられないよ。」
碧眼の瞳が鼻先で笑う。

髪にかかる吐息が、まるで熱を帯びたように頬を火照らせる。
ここはこの人の魔方陣の上なの?
思うように体が動かない。
押しのけて、蹴り倒して、逃げ出したいのに。

「このまま心臓が止ったら、あんたのせいだわ!」
「嬉しいことを言ってくれるじゃない、奥さん?」
「はっ?」
「ぼくの為に心臓を止めてくれるの?そうだね、そうしたらぼくは毎晩、心臓の止ったあんたを抱きしめて眠ってあげるよ。そうして、あんたが目を覚ますまで、ぼくはあんたに口付けるんだ」
「ばっ・・・!」

冗談なのか本気なのかわからない。
熱を帯びた瞳で見つめられて、あたしは視線を逸らす。
あんたの言葉に居たたまれなくなって、壁とあんたの腕から逃れたくて身を屈めてすり抜けようと試みる。
「ダメ」
逃がさないってば。
そんなあたしの動きを素早く察知して、すり抜けたと思ったあたしの腕をあんたはぎゅっと掴む。
そして、結局ベットに沈められる。

このベットは魔法がかかってる。
掃除をするとき、ベットメイクするときはあまりの大きさに辟易するのに。
なんで?
今はとても小さくて身動きするのも苦しいくらい。
逃げ場所が奪われて、あたしは目をしばたかせる。口の中が乾く。心臓がイタイ。
「もう少し離れてよ!」
「何言ってるの?こんなに狭いんだから、あんたと密着してないと落ちてしまうよ。」

ゆっくりと動く空気に、あたしは思わず固く目を閉じる。
くすっと、あんたが可笑しそうに笑うと、唇に冷たい感触。
冷たい唇の、その内側には、体中を溶かす熱を隠してる。

「っ・・・!狭いんでしょう!?そんなに動かないでよ!」
「残念だね、ぼくはあんたと思い切りこの上で睦みあえるように、キングサイズを選んだんだから!」
「あ、あんたさっきと言ってること違うじゃない!んっ・・・!」

爪先から頭のてっぺんまで、あんたのキスが送る強すぎる感覚は、あたしを深く深くこのベットに縛り付ける。
このオトコは魔法使い。
このベットに掛けた魔法はいったいどんな魔法なの!?

「ソフィーを素直にする魔法だよ」

くすっと笑ったその瞳が。
あたしにも魔法をかけるんだわ。
この魔法使いをどんどん好きになるように・・・。
逃れられない魔法のベットの上で。





end