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他愛もないケンカ。日常茶飯事の出来事に、当事者以外は気にもしない。そんないつもの口喧嘩。
「もう!どうしてあんたって、いっつもそうなの!!」
あかがね色の髪よりもっと頬を赤くして、魔法使いの妻は腰に両手をあてる。
「あんたが勝手に片付けたりするからさ!お陰で余計な時間を費やしてしまった!」
金色の髪をうるさそうに掻きあげると、王室付き魔法使いは妻に背を向け、弟子に声をかける。
「マイケル!また作り直さなくちゃ。手を貸してくれ。あーあ、せっかくあと少しで完成だったのに。」
「ふん!大事なら、がらくたと一緒に置いておかないでよ!」
ソフィーはがちゃんとバケツを置くと、扉の取っ手をがやがや谷に合わせ勢いよく飛び出した。
「ハウルさん、いいんですか?」
マイケルは腕まくりして作業に向かうハウルに声をかける。
「いいんだよ。まったく、片付けるのが趣味みたいなもんなんだから!」


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がやがや谷の車寄せは、ソフィーが一生懸命手入れをした甲斐があり、雑草はなくかわりに花が咲き乱れる。
花の香りがイライラする気持ちを・・・少しずつ軽くしていく。
「何よ!あんたが見つからないって言ってたから・・・・探したんじゃない!」
ソフィーは親指を噛みながら、歩く。

帰ってくるなり、慌てて作業部屋に駆け込んだと思ったら・・・いきなり「絶望だ!!」って叫びだすんだもの!!
・・・確かに、なんだか訳がわからない・・・組み立てられた・・・背丈ほどもある金属の塊が置いてあったけど・・・。

探し物をするには邪魔だったので、上から順に外したり「くっついてないで離れなさい!じゃないと全部捨てちゃうわよ!」
と脅したりしながら解体してしまった。

城を飛び出した時は足音が聞こえるほど勇んでいたのに、一足ごとに頼りないものになって行く。
「・・・そんなに大事なものだったのかしら・・・・。」
ぴたり、と足が止まりそろそろと振り返る。
「あたしの悪い癖ね・・・片付ける前に・・・マイケルに声を掛ければよかった・・・・・。」
傾きかけた日差しが照らすがやがや谷は、どこかもの悲しい。
城の扉の一つは、ここの豪壮な邸宅に繋がっている。
「でも・・・あんな言い方しなくても・・・・」
ソフィーはまた前を向き歩き出す。

・・・帰れない。

ソフィーはとぼとぼと日の傾きかけた道を歩いた。


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「ハウルさん・・・もう真っ暗ですよ?ソフィーさんを迎えに行ったほうがいいですよ」
マイケルは両手で金属の棒を押さえつけながら、ハウルに声を掛ける。
「どうせレティーのところさ。マイケル、その棒をそっと離してみて。」
ハウルは、ぐいっと顔の汗を腕で拭うと何事か呟きながら、最後の仕上げに入る。
「完成ですか?」
マイケルも恐る恐る棒を離し、後ろに下がると汗を拭く。
「ああ。完成だよ。・・・結局、前の試作品は欠点があったみたいだ。あのままでは暴発していたかも・・・・」
ハウルはくすり、と笑い、縛っていた髪を解く。
「・・・ソフィーに助けられたってことかな?」

やれやれ、奥さんを迎えに行くとしますか。

ハウルはマイケルに「後片付けを頼むよ」と言うと、作業場から居間へ向かう。
そこで・・・ハウルは机の上にある・・・古めかしい銀細工の・・・懐かしい写真立てを手にとる。
「これは・・・?」
「ソフィー、それを探してたんだぜ?」
カルシファーが、イライラしたように火の粉を散らす。
写真立てには・・・・幼い自分とミーガン・・・そしてもう二度と会うことのできない・・・両親が微笑む。

この世界に移るときに、なにもかも捨てて来るつもりだった。
でも、この写真だけは・・・。

そのことを思い出して・・・ソフィーに話したんだっけ。
・・・・それで?

ハウルは、柔らかな気持ちに包まれ、同時に胸が掻きむしられるような焦燥感に駆られる。
「カルシファー、キングズベリーに・・・」
「ソフィーならがやがや谷だぜ?」
ハウルは扉に手をかけると、振り向いてにっこりと笑う。
「ありがとう、相棒!!」
ハウルは「行ってくるよ!」と扉を閉めた。


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辺りは静かな藍色に染まり、星が瞬きだす。
大きな木の幹に寄りかかるように、ソフィーは膝を抱え家々の明かりを見つめる。

「・・・どうしてこうなっちゃうのかしら?」

ぽつりと呟く自分の声が夜の空気に溶ける。

わかってる。あたしが考えなしなんだってことも、素直に謝ればよかったってことも・・・。

ここのところ、何かと王室に縛られていることの多い夫が、久しぶりにソフィーを抱きしめて話した昔話。
過去を捨てきれず、唯一持ってきたもの。
でも飾って置くことも出来ずに、仕舞いこんだ。・・・・・・・・・家族の写真。
今、大切な存在が近くにある愛しさ・ありがたさ。それを感じて思い出したモノ。

「あの写真を撮ったとき、両親が着なさいって言う上着を妖精が隠しちゃって、そう言ったらミーガンが
『あんたはまた馬鹿なこと言って!!』って怒ってさ・・・あれ、どこにやったんだっけ?」

珍しくウェールズの話をするハウルが・・・ちょっぴり寂しそうだったから・・・あちこち探しまわった。

・・・余計なことしちゃった。仕事で作った物だったなんて・・・・

冷たい風が・・・ソフィーの頬をかすめる。ぶるる、と体が震え両手で肩を抱く。
「凄く、大事なものだったら・・・どうしよう?・・・あたし、ハウルに嫌われちゃう?」
らしくない弱音。遠くの家で灯る暖かそうな明かりが・・・感傷的な気分に拍車をかける。
「嫌いになれる訳、ないだろう?」
不意に闇の中から声がして、ソフィーは涙が零れそうになる。
見上げた先には・・・星より輝く金色の髪。
走って来たのだろうか?肩が上下している。
「やっと見つけた・・・僕の愛しい奥さん」
ふわり、と抱きすくめられ微かな花の香りに包まれる。
「ハウル・・・なんで?」
ソフィーは体を少し押しのけ、ハウルの腕を解く。
「あたし、大事なものを壊しちゃったわ・・・」
優しい腕に甘えようとする自分に、罰を架すように・・・ソフィーはハウルから身をよじる。
消え入るような声にハウルはくすっと笑い、抵抗する腕を無視して抱きしめる。
「僕にあんたより大切なものなんてないね」
優しい、優しい呟き。

冷たい家族が、僕に与えてくれなかった・・・愛情・・・それでも断ち切れなかった想い。渇望した感情。
僕にはもう手に入れられない、欠落したモノ。
諦めていた感情。
それを・・・この小さな体が僕に教えてくれた。

「まったく、僕の奥さんは知らないトコで僕の為にいろんな事をしてるんだから」
ハウルはソフィーを抱き起こすと、苦笑して見せる。
ソフィーはハウルを見上げ「悪かったわね!」と頬を膨らませる。
くるくると変わる表情。
今度はまっすぐに碧眼を見つめ、ソフィーはバツが悪そうに顔をしかめる。
「ごめんなさい、忙しいあんたの足を引っ張っちゃって。」
「あんたになら、引っ張られても全然構わないね」
おどけるハウルに、「ウソばっかり!!」とソフィーは軽く胸を叩く。
「僕はあんたにとびきり甘くできてるんだ。さあ、僕らの家族が待っている!城に帰ろう?」
冷たくなった指先に触れ、優しく握る。
互いに見つめあい笑顔になる。
「ありがとう」
小さな声でそっとハウルは呟く。
「何?」
ゆっくりと歩きながらソフィーは見上げる。
急にハウルがおでこにキスをし、ソフィーは慌てて手を離す。
暗がりでわからないが、多分真っ赤になっているのだろう。
「もう!ハウルったら!」
ソフィーはそう言いながら、先を歩く。その後ろ姿にハウルは囁く。
「あんたが僕に温もりを与えた。・・・愛する気持ちを・・・教えたんだ」
ソフィーはくるりと振り向き、ハウルに手を伸ばす。
「暗くて歩き辛いわ!」
ハウルは笑って手を握る。
「僕に心を与えた奥さん?あんた以外、愛せない!覚悟してね?」
暗がりで、きらり、と碧眼が輝いた。






        end








ココさんとお題を提供してくださった方に捧ぐ(笑)