howl少年2
諸人こぞりて
「ねえ、こんなとこじゃイヤよ。私の部屋へ行きましょう?」
鼻にかかった甘ったるい声に吐き気がした。
やっぱり彼女も同じなんだ。
思わず忍び笑いが漏れ、やっぱり腰の軽い女だな、と可笑しく感じた。
昨日まで、ぼくの腕に胸をこすりつけるようにしていた彼女が、目の前で新しい男を誘っている行為より、それに少しもショックを受けていない自分自身にショックを受けた。
冬休み。
大学の構内はシンと静まり返り、それぞれ家族の待つ温かな家庭に帰って行く。
ミーガンから「今年の冬は帰ってくるの?」と手紙をもらっていたけど、ぼくは「大学の仲間と過ごすから」と素っ気無い返事をカードに書くと、まるでゴミを押し込むようにポストへ入れた。
本当は、こちら側に居ないのだけど。
ミーガンはここ何年も、ぼくが冬に戻らないことを黙認していた。
カードに書かれた「Merry Christmasu」の文字に温かな気持ちになれない自分が悲しかった。
ぼくはこの休みを利用して、ペンステモン先生の元で思い切り魔法を学ぶ。
長い休みの中で、ぼくは冬休みが一番こちら側に居たくなかった。
それは。
この季節はぼくを・・・・一人、マッチ売りの少女になった気分にさせるから。
こっそり窓から幸せそうな団欒を覗き、寒さに凍えながらマッチを売る少女。
幸い、あちらにはクリスマスは存在しない。
せめて新年のお祝いがある程度で、こちらの神さまはあちらにはお住まいじゃないらしい。
「ハウエルに知れたら、どうするんだよ」
この声はニックだろう。
フットボールのキャプテンだ。ブロンドの美少年。確か、学園に多大な寄付をしてくれるような素晴らしい父上がいるんだっけ。
今はブロンドの髪だけしか見えないが、白い歯が眩しい様な笑顔が思い浮かんだ。
なるほど、彼女は然るところ全てのクラブにボーイフレンドがいるわけだ。
「だって!彼ったら、クリスマスのパーティーに誘ってもくれないのよ?」
カーラはプラチナブロンドの長い髪を肩で払って立ち上がると、乱れた着衣を手で素早く直した。
「私のことなんて、なんとも思ってないのよ!」
ぼくは静かにその場を離れた。
ほんの数日ぼくに逢えないのがどれだけ寂しいか、昨晩ベットで恨みがましく言っていたのは誰だい?
そう言って、彼女の前に出て行こうかとも考えたがやめた。
彼女の先ほどの言葉に反論できないと思えたから。
『私のことなんて、なんとも思ってないのよ!』
・・・そうさ、ぼくは君の事なんてなんとも思っていない。
ぼくが居なければ、すぐに新しい男が見つかるような彼女に?
誰でもいいんだ。何でもいい。
空虚な心を一瞬埋めてくれるなら。
例え、それが女の子との戯れであれ、ラグビーであれ、勉強であれ。
そうやって、ここでの生活を乗り切ってきたんだから。
隠し通してきたんだから。
ただ一人の肉親ミーガンに呆れられながら・・・。
それでも、この世界全部がぼくをマッチ売りに変える冬だけは、その寂しさに耐えられなくなる。
ここに居たくない。
ミーガンからの手紙には、珍しく続きがあった。
「私、結婚しようと思うの。相手はわかるでしょう?
だから、あなたがもしクリスマス休暇に来れるなら、ガレスの家族と食事会があるから。
どうか、おかしなことだけは口走らないでね。」
これで。
ぼくは本当の独りぼっちというわけさ。
ミーガンがぼくのカードを受け取って、ほっとしているのが目に浮かぶよ。
「なんてこと!」
ぼくは仮にも付き合っている彼女の浮気より、ミーガンのことを考えていたことに苦笑する。
まるで、姉さんを奪われるのが寂しいみたいじゃないか。
参ったな。
舌打ちして、ぼくは両親の残してくれた車に乗り込む。
「今度の休みには、大きな試験をするって言われてるのに」
ペンステモン先生の厳しい声が耳元で聞こえた気がした。
神経を集中させて、もういちど読み解いていかなければ。
「今夜、行こう」
ぼくの居るべき世界へ。
エンジンをかけて、ぼくはハンドルにもたれながら呟く。
「カーラ、君の見たがってたピンクの雪をプレゼントしてあげるよ。お別れのプレゼントだ。
・・・君が見ていれば、だけどね」
呪文を呟き、ぼくは指先を指揮者のように振って車を出した。
壊れかけのカーステレオからは賛美歌が流れていた。
end
・・・19歳ハウエル君・・・。