果てしない世界へ
ベットから抜け出して、ぼくはカバンにしまい込んだ分厚い古びた皮表紙の本を取り出して抱え込む。
明かりの落とされた室内は、寝息が響く。
静寂が重くのしかかる。
夜は嫌いだ。
まるでぼくの心の中をみんなに覗き込まれてる気がする。
ぼくには何にもない。
毎日がたまらなく窮屈で、ここがぼくの居場所じゃないことが悲しくて・・・安堵する。
ぼくはただ。
ここに生まれてきただけ。
何もない。
見つけられない。
見つけてほしくない。
寮の窓辺に腰掛けて、ぼくはガラス越しに夜空を見上げる。
手を伸ばせば、星も掴めそうだ。
だけど、窓は開けない。
ルームメイトが「寒いっ!」て起きだすだろう。
ぼくはこの重く暗い静寂を壊されるのもイヤなんだ。
独りがいい。
この真夜中だけは、本当のぼくで居たいから。
「・・・なんでこっちに居なくちゃいけないんだろ・・・」
抱え込んだ、あちらの世界からこっそり持ち帰った魔法書を膝の上に置き、そっと表紙をめくる。
ぽつりと呪文を唱えて、手元に光りを起こす。
「ペンステモン先生のお考えは・・・ホント真意を測りかねるよ」
ここは・・・ウェールズは、ぼくを受け入れない。
ぼくの過去も未来も、ここにはないんだ。
思い出すのは哀しいだけの過去・・・捨てきれずに抱えるだけの記憶。
そんなぼくを受け入れてくれる・・・ようやく見つけた・・・本当のぼくを受け入れてくれる場所。
どうやって辿りついたのか、悲しみの中でその扉は開かれた。
「ええと・・・137章までは・・・もうクリアしたから・・・」
前回向こうに行ったときに、教えてもらったくだりまでページをめくる。
ペンステモン先生は、ぼくのこちらでの生活も大事だと、どうしてもウェールズで学生生活を送ることを強要した。
『ここで魔法を学びたければ、あちらで学べるだけの全てを吸収していらっしゃい』
年を感じさせない凛とした声は、ぼくに反論する機会も与えずに。
『こちらとそちらを行き来する鍵を渡しましょう。でも、向こうで魔法の存在を気づかれるようなことは、おやめなさい?貴方はそれでなくても、不思議な力を持つことでいろいろと苦労して来たでしょう?』
口元を引き結び、厳しさを滲ませたその横顔は・・・それなのにぼくの心にいいようのない安堵感をもたらす。
理解者がいるということは、それだけで気持ちが楽になる。
ウェールズでは隠してきた秘密の力を唯一解放できる場所。
見えるものを見えると言っていい場所。
偽らなくていいというのは、なんて心の軽いことか!
ようやく手に入れた場所。
ぼくはこちらとあちらを行き来している。
「・・・早く・・・向こうで思う存分魔法を勉強したいな・・・」
暗い室内の片隅に、じっとぼくを見つめる暗い影。
それは、いつでもぼくを狙ってる。
ぼくを飲み込んで、引きちぎって。
いつか戻ることの出来ない暗闇へ連れ去るだろう。
幼い頃から怯え続けた影。
その暗闇も、暗い影も。
本当は・・・ぼくを映し出した姿だから。
だから、夜は嫌いだ。
怖いから、眠れないから、夢はぼくを暗闇に閉じ込めるから・・・・。
閉じ込めて、そうしてぼくを暴こうとする。
夜の静寂は、ぼくのすべてを曝け出してぼくを泣き虫のハウエル坊やに戻してしまう。
ミーガンに『何を夢見たいなことを!』と怒らせるだけの、空想好きのハウエル坊やに。
ぼくは首を振り、魔法書を見つめる。
「こっそり先に進んで、先生を驚かそう!」
もう、ぼくは、泣き虫なだけのハウエルじゃない。
あちらのことを考えると、ぼくの心がうきうきしだす。
さっきまで感じてた寂しさも、恐怖も薄れていく。
部屋の片隅に、小さくうずくまる影は・・・ぼく自身。
「さあ、おいで。あと少しはこっちで勉強しなくちゃならないんだよ。」
呼び寄せて、隠れていたぼくを受け入れよう。
重く暗い静寂。
夜は嫌いだ。
でも、ぼくはもう怖がるだけはやめたんだ。
ぼくはただ。
ここに生まれてきただけ。
何もない。
見つけられない。
見つけてほしくない。
ぼくを認めてくれた、あの世界で。
ぼくの本当を見つけてくれる誰かに出会うだろう。
そう、果てしない魔法の世界で。
end
・・・捏造しすぎです。少年ハウル君。