ねがい
荒地の外れ、サリマンが始めた魔女の力を弱めるために作った花畑。
今は色とりどりの花々が咲き誇り、ジェンキンス生花店の仕入れ場所になっている。
そして、ようやく元に戻ったハウルとソフィーが散歩を楽しむ場所でもある。
夜半過ぎがふたりのお気に入りだ。
静かに揺れる花々の中、ふたりは昼間の凄まじいケンカを「あの時のマイケルの顔を見たかい?」
「あたしがカルシファーの中に除草薬を投げ入れると思ったのよ」といたずらっぽく笑ったり
-マイケルとカルシファーが少々気の毒だがー
「だいたいハウルが女性にばかり声をかけるからよ!?」などとケンカを持ち込んだりして過ごす。
月には魔力が宿るといわれているが、そのせいか、ここでのふたりは昼間のような壮絶な争いをすることはなかっ た。
優しい月の光と甘くかぐわしい花の香りは、ふたりの距離を近づける作用があるようだ。
今日もハウルはシロツメ草の上に寝転び、ソフィーはその隣に座り、月明かりに照らされる月光花を眺めて居 た。
いや、正しくは・・・ハウルは右手に何かを握り締め・・・そわそわとソフィーを見ていた。
―ソフィーは花たちに負けない可憐さでいることに気がついているのだろうか?
戻ったばかりの心臓は、柔らかな月明かりに浮かび上がるソフィーに反応するかのように力強く胸を叩く。
時折自分でコントロールできなくなるほど、狂おしい。
―・・・心臓ってこんなに騒々しかったかな?
その騒々しさすら心地よい。誰かを想って胸を焦がすなんて。今まで煩わしいと思っていたのに。
「ここは本当に素敵よね。この先の荒地までずうっと花が咲いて、荒地も花で覆いつくすといいわね」
ソフィーが微笑みを向けると、ハウルは「じきにそうなるさ」と笑う。
「まったく、あんたがそういう人でよかったよ」ハウルはいつになく緊張した面持ちで、ソフィーの前に跪く。
「ハウル?それってどういう・・・」
意味?と問いかけるソフィーの口にハウルはそっと人差し指をあて言葉を遮り、左手をとる。
珍しく黙りこくるハウルを不思議そうに見つめ、ソフィーは小首を傾げた。
まるでガラス細工を手にするかのようにハウルの手はひどく緊張していた。
握り締めていた右手をそっと開き・・・不思議な色に輝く指輪をソフィーのほっそりとした薬指にすべらす。
「これは・・・?」
「あっちの世界ではね、結婚の証として互いにリングを交換する習しがあるんだ。」
ハウルはソフィーの手の中で輝く指輪にキスをして。
「ソフィー、ずっと一緒に居ようね?」
上目遣いでソフィーを捕らえる。ハウルのいつものおねだりポーズ。
「・・・どんな時も?」ソフィーが笑う。
内心、ハウルの仕草に胸が高鳴っていたのだが。
「僕は、90歳のお婆さんになったあんたも愛せると思うよ?」
「あたしだって、あんたが緑のねばねばにつつまれたとしても、結局放っておけないもの」
二人は見つめあい、一緒に笑う。
そして。
柔らかな月明かりの下、ソフィーはハウルに抱きついて・・・
「ずっと、ずっと・・・一緒に居ましょうね?!」
お互いの鼓動を感じながら、ね?
そう呟くソフィーは耳まで赤くして・・・
ハウルの、その愛しい頬にキスをした。
end