小さなサンタクロース



カルシファーの炎がゆらりと揺れて、作業台に乳鉢や不思議な香りのする根っこや魔法書を広げ格闘していたマイケルが、大きな欠伸をかみ殺す。
「マイケル、もう今日は寝たら?」
ソフィーは編み棒を動かす手を休めて、マイケルに視線を向ける。
「でも、どうしてもこの課題は今日中に終わらせたいんです。」
眠い目をこすりながら、マイケルは再び魔法書を睨みつける。
「この順番がわからないんです。ここに書かれている通りにやった時には、何故か炎が吹き上がって・・・」
マイケルが申し訳なさそうに天井を見上げ、つられてソフィーも黒く焦げた天井を見上げて苦笑する。
「明日掃除を手伝ってね?」
「ええ!もちろんです。すみませんでした!・・・だから順番をもう一度確認しないと・・・」
ソフィーは人差し指に絡めた生成り色の毛糸を確認して、また指を動かす。
マイケルはそのどこか嬉しそうな表情のソフィーの横顔を見つめ、マーサを重ねて思わず微笑む。
「ソフィーさんは何を編んでいるのですか?」
マイケルの問いに、ソフィーは指先から目を離さないようにしながら答える。
「これはね、セーターよ。」
マーサはマフラーを編んでくれると言っていた。
きっとこんな風にマーサも編み棒を動かしているのだろう。
そう考えるだけで、マイケルは胸の奥が温かくなるような気がした。
ふと笑顔を浮かべるマイケルに、ソフィーも微笑む。
舌打ちしながら編み目を数え、大変な苦労をしてるマーサが報われるのが今からわかる気がしたのだ。
「ハウルさんにですか?」
マイケルが不思議そうにソフィーの指先を覗き込むと、いつの間にか暖炉から出てきたカルシファーも同じように指先を覗き込んだ。
編み糸を左手人差し指に掛け編み棒に絡ませていく様は、マイケルやカルシファーにとって魔法よりもっと不可思議で面白いものに感じた。
「こちらの世界では着ないでしょうけどね」
ソフィーはぶつぶつと編み目を数えながら、傍らの視線にくすぐったくなりながら答えた。
「綺麗な生成りですけど・・・そうですね。ハウルさんには地味かもしれないですね」
マイケルは、編みあがっていく規則正しい編み目を眺めて呟く。
「ソフィーの編んだ物なら喜んで着るんじゃないか?浮かれてどこにでも着ていきそうだぜ?」
カルシファーが悪戯しようと手を伸ばしたので、ソフィーは「燃やしちゃダメよ」と苦笑する。
「いいのよ。これはね、ウェールズに来ていけるように作ってるの。」
「ウェールズですか?」
マイケルはハウルがウェールズでは決まってよれよれの服を着ているのを思い出し、なるほど、と頷く。
「でも、これすっごく呪いの力が作用してるのを感じるぜ?」
カルシファーがにやにやと笑いながら、ソフィーの顔を覗き込む。ソフィーはほんの少し頬を赤らめながら、観念したようにカルシファーを見上げると首を傾げて呟いた。
「・・・やっぱり、ダメかしら?」
その姿がやけにしおらしくて、カルシファーが青い顔をほんのりと赤くするのをマイケルは見逃さなかった。
「着てくれないと思う?あんまり思いを込めすぎたかしら?」
ソフィーは不安そうに編み棒を動かす手を止めて、まじまじと見つめた。
「・・・まあ、大丈夫だろ。あいつのことだから、本当の事を言ったら着るのを渋るかもしれないけどな。それにいろんな呪いがごちゃまぜになって入り乱れてるし。」
カルシファーは可笑しそうに、マイケルがどんな呪いがかかっているのか?と編みあがっている前身ごろを手にして見入っているその隣で笑う。
「・・・セーターはダメね。毎日少しづつ時間を見つけて編むものだから、その日の気分で編み目がばらつくのよ。
きつく編んだのは一昨日言い争いをした時ね。もうほどいてやろうかと思ったわ。その編み目には間違いなく、無駄遣いをするなって呪いがかかってるわね!
・・・この少し緩くなっているのは、疲れていた先週ね。目が飛びそうになって何度も自分の頬をつねったのよ。早く眠りたいって思いながら編んだわ。」
だから、確かにいろんな思いがこもっているわね。
ソフィーは困ったようにセーターを持ち上げて溜め息をついた。
「どんな呪いなんですか?」
マイケルは手にとって感じる呪いの欠片を寄せ集めて見たものの『どうしようもないハウル!だけどやっぱり大好きよ』というメッセージ以外感じられず、頬を染めながら訊ねた。
ソフィーはマイケルを見て、それからカルシファーを見て、とりあえず城中を見回した。
城の主はまだ帰って来ないはずだ。
「・・・協力してくれる?あたしの呪いが感じられないように、何か他の呪いを掛けるとか・・・」
「無理ですよ、ソフィーさん。」
「あいつは隠し事が嫌いだぜ。自分はともかく、あんた忘れたのかい?サリマンと殿下の余り物で作られた犬のこと!」
あの時のハウルは、おいら消されると思ったぜ。
カルシファーは嫌なことを思い出した!とばかりに暖炉に戻り薪の下に潜り込んだ。
「あれは単なるヤキモチだったと思いますけど・・・まあ、でも、ハウルさんソフィーさんに嘘つかれたくはないでしょうね。」
まさかソフィーさんが可愛がってる(とハウルさんは思っていたわけだし)犬が、人間の男だったなんて、あのハウルさんが本当に怒っていたんですからね。
あの時のハウルの拗ねたような表情を思い出して、マイケルはくすっと笑った。
ソフィーもあの時のハウルの剣幕を思い出して、さてどうしたものか、と弱りきって俯いた。
あの人は、きっとまた「お節介!」って怒るにきまってるわ・・・。
「・・・そんなに知られたくない呪いなんですか?」
ソフィーの深刻な表情に、マイケルはくすくす笑いをやめて訊ねた。
ソフィーがこんな風に所在なさそうにしている姿は、ハウルのいる時には見せないものだ。
大概考えすぎであったり、大人げなさそうで実はちゃんと大人なハウルと、しっかりしてそうで実はやっぱり少女のソフィーが、あれこれと互いを想い合うばかりにすれ違っていたりで、客観的に見ているマイケルには微笑ましくなるような、そんな悩みであるのだが。
マイケルはこんな時は、ちょっとばかり年上のソフィーが妹のように感じたりするのだ。
「あいつのことだから、あんたの呪いにかかることなんて気にしないと思うぜ?むしろ、それを隠される方がイヤだと思うぞ。」
カルシファーはくるりと弧を描いて浮かび上がると「散歩に行くぞ」と花屋へ続く廊下へ漂って行った。
「カルシファー!」
ソフィーは困惑した表情で一瞬立ち上がりかけるが、カルシファーがフライパンの唄を歌いながら飛んで行く後姿に、諦めたようにソファーに座りなおして俯いた。
「なんとなく、気にせずに着て欲しかったのよね。その・・・。 ・・・・ハウルはそりゃ凄い魔法使いだけど・・・・ミーガンの・・・・義姉さんの前だと、うなぎ具合に拍車がかかるのよ。それだけならいいのよ?時々義姉さんが見せる嫌悪感が・・・ね・・・その、あたしも悲しくなるくらい・・・あの人を悲しませてるように思うのよね。」
ソフィーはなんとかそこまで言うと、ようやく顔をあげてマイケルを見据えた。
「ウェールズのハウルは、本当の家族と一緒なのに・・・いつも怯えるうさぎのような瞳をしてるんだもの・・・」
だからね、とソフィーは編み棒をぎゅっと握り締める。
「だから、これには【あの人のいいところがみんなにわかってもらえますように】・・・って願いながら編んだのよ。」
マイケルはソフィーの話を聞いているうちに、鼻の奥がつんとしてきていた。
「ちょうど、クリスマスという家族が揃って神さまに感謝する日があるんだけど、今年はミーガンに招待されてるのよ。」
ソフィーはじっとセーターを見つめて、苦笑する。
「・・・でも、やっぱりやめておこうかしら?ハウルはどんなぬるぬるうなぎでも・・・やっぱりハウルだものね。」
あたしったら、魔法でよく見せようなんて。馬鹿なこと考えちゃったわ。
「あの人、気持ちを覗くような魔法は使うけど・・・誰かの気持ちを左右するような魔法は使わないものね・・・。」
力なくうな垂れるソフィーに、マイケルは笑顔で肩を叩いた。
「ソフィーさん、ぼくの師匠はこのインガリー1の魔法使いなんですよ?」
マイケルは誇らしげに胸を張ると、嬉しそうに言葉を続けた。
「もちろん、ソフィーさんの呪いは強力ですけど、ハウルさんの呪いはやっぱり凄いです。だから、ソフィーさんのその呪いすら楽しんでしまうかもしれないですよ!それに、ハウルさんのいいところならぼくたちがたくさん知ってるじゃないですか。
もちろん、ウェールズで本当の家族と上手くいって欲しいと願うソフィーさんの気持ちは・・・痛いほどわかりますけどね。」
ソフィーの瞳を覗きこんで、マイケルは苦笑する。
「どんな願いが・・・呪いがかかっていようと、それが大好きな人が想いをこめて作ってくれたものなら、幸せな気持ちになれるはずですよ。だから、ソフィーさん。ハウルさんにセーター渡してくださいね。ハウルさん、ぼくとカルシファーとで暮らしてる間、一度もクリスマスの話なんてしたことなかったですよ?・・・愛しい人と初めて向かえるクリスマスに、ソフィーさんからの心のこもった贈り物。それだけで、ハウルさんは喜ぶと思いませんか?」
ソフィーはマイケルの優しさに満ちた表情に、笑顔で頷いた。
「そうね。ハウルのいいところを・・・あたしが伝えればいいんだわ。あたしもミーガンは・・・どうも苦手なんだけどね?」
おどけて見せるソフィーに、マイケルは再び出来上がっている前身ごろを手にして、くすっと笑う。
「これを着ていれば、ハウルさんはミーガンさんの言葉なんて耳に入りませんよ!だってハウルさんが好き!って毛糸の一本一本から聞こえてきますからね。」
真っ赤になって、それでも瞳の端に輝くものを溜めながら、ソフィーはわざと怒ったような顔をした。
「あの人も馬鹿ね。あの人をこんなに慕ってくれる家族がここに居るのに!・・・マイケル、あたしたちがウェールズから帰って来たら、ここでクリスマスパーティーをしましょう?あ、あの人には内緒よ?びっくりさせてやりましょう!」


「まだ、クリスマスは嫌いかい?」
暖炉の前で賑やかに話す二人の声が花屋へと続く廊下でも響いていた。
カルシファーはからかうように一回転すると、その場に立ち尽くす・・・王室付き魔法使いの顔を覗き込んだ。
「あんた話したことがあったよな。あっちの神さまは不公平で、あんたにはクリスマスに嫌な思い出ばかりくれたって。それなのに、サンタクロースってヤツは何一つプレゼントをくれなかったんだろう?」
ハウルの頬に涙が伝うのを、カルシファーは満足そうに眺めた。

誰かを想う尊い気持ち。
無条件の愛と心の安らぎ・・・それらを神さまが与えてくれるというクリスマス。
ぼくにそれを与えてくれたのは・・・ソフィー。
そしてぼくを慕ってくれるマイケルと、この神さまとは縁のなさそうな火の悪魔。

「そうか・・・ソフィーは・・・サンタだったんだ・・・!」
ハウルは思わず声に出し、カルシファーを見つめた。
その顔は無邪気な子どものようだと、カルシファーも思わず笑う。

真っ赤な衣装に身を包んで、ぼくに素敵なプレゼントを運んで来てくれるサンタクロース!

涙でぼやけるハウルの視界には、あかがね色の髪が広がるソフィーの姿が、ちょうど真っ赤な衣装を身につけている・・・サンタクロースのように思えた。

ぼくの腕の中に仕舞い込める、小さな小さなサンタクロース。
あんたが編んだセーターを着て、ぼくは初めて心から、ミーガンに「クリスマスおめでとう」って言えそうだよ。
ああ!ぼくからは、何をプレゼントしよう?

胸の中が静かに幸せで満ちていく感覚に、ハウルはまた涙が零れた。

エメラルドグリーンの瞳を閉じて、魔法使いはそっと呟いた。
「あんたたちに感謝してる。」
We Wish You A Merry Christmas !




end


And Happy New Year!