時間差攻撃!ソフィーサイド
「真実と噂の時間差」のソフィーサイド
真実と噂の温度差
人の噂って怖いわね。
あんたのことが噂になってるのよ。
そのひらひらした服、確かに、あんたとっても似合ってるんだけど。
人の目を盗むようなことをする時は、もっと大人しい服にしたら?
いくら偽名を使ったって、その格好じゃバレバレだわ。
「今」のことじゃなくたって。
あたしの心は鉄じゃないのよ。
わかっていたって悲しいわ。
どうせつくなら死ぬまで見破られない嘘をついて。
でもね。
あたしは騙されてなんてやらない。
暴いて、さらけ出して、もっと知りたがって、あんたの嘘を見破るわ。
あんたがつく嘘に騙されてなんてやらないの。
噂の中に潜む真実に、むしゃくしゃして仕方ない。
・・・この気持ちは・・・ただの独占欲なのかしら・・・?
ねえ、ハウル・・・。
まだ、あたしたちのことは噂にもなってないの・・・よ?
知っていた・・・?
「 あんたまた新しい服を買ったの? 」
事の始まりはあたしの怒鳴り声だったかもしれない。
それは、昼過ぎにふらりと帰ってきた、気ままな魔法使いに向けた言葉。
ハウルはきょとんとして、あたしが乱暴にカップを置くのを見つめていた。
今朝、店先で聞いた御婦人方の噂話が頭を駆け巡っていた。
隣町で何人もの美しい女性が口説かれて。
骨抜きにされて、騙されて。
金品を奪われたとか。
家庭を捨てて追い掛けたとか。
久しく浮いた噂話の乏しかったがやがや街のご婦人方は、花を選ぶ素振りで城に続く廊下をちらちらと眺める。
その噂の色男が、花屋の亭主のいでたちに被る所為だろう。
金色の髪に瞳はグリーン。
華美な服装で、美しい青年。
「ソフィーさん、あなたの従兄のジェンキンスさんはどちら?」
いつの間にか、ハウルの従妹にされてしまっていることにも驚いたが、そわそわと落ち着かないご婦人方の好奇な目が・・・まるで知りたがりの自分を見るようで。
気まずくて、そして寂しくて。
なんとも悲しい気持ちになって思わず俯いた。
「店主は今日は店には出ませんよ。忙しい人なんです。」
マイケルがいつもの調子で答えると、妙に色めきたって声をあげる。
「やっぱり!きっとそうですわ!」
「花の香りが溢れていたと聞きましたもの!」
「ええ、なんでも抱えきれないほどの花束をプレゼントしてまわってるとか・・・」
「ああ、でも!ジェンキンスさんなら、私だってお誘いされたいわ!」
噂話の効果だろうか?
それほどの客足を予想していなかったので、いつも通りの量しか花を仕入れていなかったから。
噂に釣られて訪れた女性客のお陰で、昼を過ぎる頃には切り花はなくなってしまったのだ。
「荒地に補充に行ってきましょうか」
笑顔でそう言ったマイケルに、あたしは苦笑して首を振る。
「今日はこのまま店じまいにしましょう?」
あんた課題がたくさんでてなかった?
あたしが言うと、「忘れてた!」と顔をしかめ、マイケルはがっくり肩を落とした。
「甘いものでも食べて、気持ちを落ち着けましょう?」
マイケルに言いながら、それはあたし自信に向けた言葉。
片づけをマイケルに頼んで、昼寝をしていたカルシファーにお願いして、昼に下ごしらえをしていたパイを焼いた。
甘い香りが城に満ちて、ほんの少し気持ちが軽くなったような気がした。
紅茶の用意を始めたその時、ご機嫌な様子で・・・ハウルが帰ってきたのだ。
朝着て出かけた上着を腕に掛け、真新しい上着を羽織り・・・大きな包みをいくつも抱えて。
あたしの説明しがたいイライラなんて、これっぽっちも気づかずに。
「ああ、とっても甘い匂い!ぼく、とってもいい時に帰ってきたんじゃない?」
嬉しそうにはにかみながら、あたしに微笑んで。
悔しい・・・けど。
笑顔に見とれてしまう。
そんなあたしに、ハウルは心底嬉しそうに額に口付けて「ただいま!」と囁いた。
「〜・・・!」
両手の包みを作業台に投げ出して、椅子に座るとハウルは溜め息をついた。
「喉が渇いた!今日はとっても疲れたよ。」
そうぼやくハウルに、あたしの中で混ぜこぜになっていた、いろんな感情が膨らんで、紅茶を入れたカップを持つ手に力が入った。
・・・ハウルは、そんなあたしの気持ちに気づくはずなんてなくて。
売り言葉に買い言葉。
最初はのらりくらりとかわされていた。
あたしはそれも気に入らなくて。ますます口やかましく、言い放った。
「仕事をさぼって、何してたのよ!疲れたですって?買い物で疲れたとでも言うつもり!?」
「もういい加減にしよう!あんたには所詮理解できないよ!ぼくはこれでも一生懸命やってるんだ!」
「理解ですって!?じゃあ、あんたはあたしの何を理解できているの?そんなのお互い様でしょう!」
バン!と机を叩いて立ち上がるハウルに、内心びくっと心臓が跳ね上がる。
ハウルの怒った顔に、本当は、泣きたくなるような怖さを感じてた。
「お互い様!?ぼくはいつだって、あんたの言いなり!ぼくには自由はないのかい?なんてことだ!」
ぼくを自由にしてくれ!と叫ばれた気がした。
あたしは・・・そんなに束縛してるの?
「自由が欲しいの?あたしが居たら自由はないっていうのね?」
出て来た言葉は、否定を求めて。
「そうだね、あんたって一から十まで何でも知ってなきゃ気がすまいんだ!ぼくの気持ちなんてお構いなし!こんな、監視されたような生活まっぴらごめんさ!」
ハウルの冷めた笑いが、絶望的な気持ちに拍車をかけた。
「ああ可笑しい!こんな恋人って!あんた、ぼくのなんなんだい?まさかまだ魔術師ジェンキンの母親のつもり?」
そうね、あたしは・・・あんたの恋人って・・・噂もたたないような・・・同居人。
言葉が痛かった。
何が真実で、何が噂なのか。
凍りついた心では、もう何にも考えられなかった。
まさか、城からこんなに早く飛び出すことになるなんて。
まだ、この姿に・・・娘の姿に戻って10日だというのに。
「ハウルのっ・・・馬鹿っ・・・」
泣きたくなんてないのに、鼻の奥がつんとする。
霞んでしまう目の前に何度も目を擦った。
気がつけば、ここがどこなのかもわからなかった。
すれ違う人が心配そうに声をかけてきたけれど、あたしは顔をあげることすらできなかったの。
end
ハウルsaidはこちら「真実と噂の時間差」
そしてラスト
「温度の伝わる時間」