1周年記念
感謝の気持ちを込めて^^
・・・といいつつ、クリスマスSSの後日談です。







恋を知った魔法使い




「お、帰って来たぞ。」
そろそろ寝ようと、伸びをして立ち上がったマイケルに、カルシファーは声をかけた。
同時に城の扉が乱暴に開かれ、マイケルたちは一瞬身体を強張らせた。
しかし、そこに立つ城の主の様子を見て、手が塞がった状態であったことを知り、幾分胸を撫で下ろした。
「ハウルさん、一体どうしたんです?」
生成りのセーターを着たこの城の主は、その腕に2人分のコートと・・・・ぐったりとしたソフィーを抱き上げていた。
「ああ疲れた」と肩で息をするハウルは、少し壁に寄りかかりソフィーを抱き直すとマイケルとカルシファーに笑顔を向けた。
「ただいま。留守に何かあったかい?」
腕の中のソフィーを心配そうに見下ろしたマイケルは、ハウルの腕からコートだけ受けとると長身を見上げて訊ねた。
「いえ、何も変わりありませんでした。・・・ところでソフィーさん、大丈夫なんですか?ウェールズで何があったんです?」
ハウルの機嫌がやけに上機嫌なことから察するに、深刻な事態ではないとわかっていたが、カルシファーもソフィーに近づいて覗き込んだ。
「ソフィーは酔っ払ってしまっただけさ。飲めないのに、3杯は飲んでいたからね。」
それも流し込むように、ぐいぐいと。
「ほんとだ!ソフィーもお前もアルコールの匂いが凄いぞ!ちぇっ!おいらだって飲みたいってのに!」
カルシファーが面白くなさそうに呟くと、ハウルは肩を竦めてマイケルに顎を使って戸棚を示した。
「あの中に、ぼくのとびきりのブランデーが入ってるから。カルシファーに少し分けてあげて。さあ、お姫様を寝かせて来るよ。」
「やけに機嫌がいいですね。あちらから戻って、ハウルさんが不機嫌じゃなかったりふらふらの足取りでないなんて、珍しいですよね。」
階段を上りかけるハウルに独り言のように呟き、マイケルは戸棚を開けて琥珀色の液体の入った古めかしい瓶を取り出す。
「早く!あいつの気が変わらないうちに、おいらにおくれ!」
急かすカルシファーの声に、マイケルは苦笑しながら暖炉に向かった。
マイケルの言葉に、ハウルは立ち止まって振り返り、腕の中で眠りこけるソフィーを見つめた。

酷く緊張していただろうに。

ハウルはソフィーの額にそっと口付けると、少しだけ目を閉じた。



ミーガンからどういう風の吹き回しか━━まあ、ソフィーの品定めという感は否めないのだが━━クリスマスディナーに招待され、ハウルとソフィーはウェールズに出かけた。
案の定、夕食ではあれこれソフィーの家族やら出身やらを、ミーガンとその夫でハウルの義理の兄にあたるガレスは尋ねてきた。
どう答えたものかと思案しながらも、差し障りのないような事だけをかいつまんで話すソフィーと適当に受け流すハウルに、ミーガンの言葉が少しづつ苛立ち始めたのを感じ、ハウルは溜め息を百回ほど飲み込んだ。
そんなミーガンが、ソフィーの年齢を聞いた瞬間、ハウルを睨みつけた時には思わず「カメラを用意しておくんだった!」と声に出しそうになるくらい、予想通りの恐ろしい形相だった。
「あんた!自分の歳わかってるの!?こんな若いお嬢さんを・・・!この間は一っ言もそんなに若いだなんて言わなかったじゃない!」
「姉さん訊ねたかい?」
しらっと答えるハウルに、ミーガンは今や今日がクリスマスだということすら忘れているようだった。
「あんたには常識ってものはないの!?いつだって、私たちの・・・」
「面汚し?」
すかさず言い返すハウルの言葉に、ミーガンは真っ赤になって両手を握り締めた。クリスマスの温かな優しい空気が険悪なものに変わりだすと、マリが不安そうにハウルのセーターの裾を引っ張った。
「ハウエルおじちゃん・・・」
「大丈夫だよ、マリ。さあ、これも食べてごらん。ソフィーが作って持ってきたんだよ!」
笑顔でマリを見つめると、マリは少し安心したように頷いて見せる。
二ールは我関せずとばかりに、視線を逸らしてフォークを口に運んでいた。
ガレスもミーガンの次の言葉を今日ぐらいは防ごうと、話題を変えて話しかけた。
「ハウエル、今日着ているそれは・・・もしかして手編みかい?」
「そうだよ義兄さん。ソフィーが編んでくれたんだ」
ソフィーが・・・こんな事にならないようにって願いながらね。
ハウルは心の中で呟くと、気味が悪いほど黙りこくったままのソフィーをちらりと見つめた。
先日廊下で聞いた、ソフィーの言葉が頭の中でリフレインした。

・・・・ハウルはそりゃ凄い魔法使いだけど・・・・ミーガンの・・・・義姉さんの前だと、うなぎ具合に拍車がかかるのよ。それだけならいいのよ?時々義姉さんが見せる嫌悪感が・・・ね・・・その、あたしも悲しくなるくらい・・・あの人を悲しませてるように思うのよね。
ウェールズのハウルは、本当の家族と一緒なのに・・・いつも怯えるうさぎのような瞳をしてるんだもの・・・
だから、これには【あの人のいいところがみんなにわかってもらえますように】・・・って願いながら編んだのよ。

ソフィーは真っ直ぐにミーガンを見つめ、震える両手をテーブルの下で握り締めていた。
「ハウエル、あなた話を聞いている・・・・」
ソフィーの様子をわざとそ知らぬ振りで、明るく声を張り上げ、セーターを誇らしげに見せるハウルに向かって、ミーガンがヒステリックに叫んだ瞬間。
それまでの沈黙を破って、ソフィーが立ち上がった。
「・・・あの!あたし・・・私が年若いことで・・・・お義姉さんは怒っているのでしょうか・・・?」
ソフィーは震える声でそう言うと、唇を噛み締めた。
突然のソフィーの言葉に、イライラを募らせていたミーガンもさすがに一瞬声を詰まらせた。
「そういうことを言ってるんじゃないわ。」
バツが悪そうにグラスに手を伸ばすと、ミーガンはワインを一気に喉に流し込んだ。
「貴女が気に入らないとか、そういうことじゃないのよ。愚弟が常識から外れた行動をしていることを・・・」
「常識?お義姉さんにとって、常識ってなんですか?私との結婚が・・・常識から外れてると・・・そう言いたいのですか?」
震える肩がハウルの瞳の端に入り、抱き寄せようと手を伸ばすと、ソフィーは目の前のワイングラスを掴み、一気に飲み干した。
「ソフィー!」
ぎょっとしたハウルを見つめ返すソフィーの瞳は燃えるような輝きを見せ、その大きな瞳には涙が滲んでいた。
「常識という言葉で・・・ハウルを縛るのはやめてください。お義姉さん、貴女の弟は・・・そんなちっぽけなものでは計り知れない、素敵な力を持ってるもの!」
「ちゃんとした仕事もしていないで、偶に顔を見せに来たと思ったら「結婚したんだ」なんて言う弟が、どんな素敵な力があるっていうの!?」
「いいんだ、ソフィー。もういいから。」
ハウルがソフィーの腕を掴むと、ソフィーはそれを振り切りハウルのグラスのワインを煽った。
グラスをテーブルに置くと、ソフィーはゆらりと一瞬身体を揺らし、両手をテーブルについて声を張り上げた。
「誰よりも独創的で、想像も出来ないくらい凄い事ができるんだから!あたしには、あたしたちの国では、ハウルは英雄だわ!そりゃ、浪費癖はあるし、派手好きで、臆病者で、ぬるぬるうなぎで、どうしようもないオトコかもしれないけど!」
それまでつまらなそうにナイフとフォークを動かしていたニールは、そっとワインクーラーに手を伸ばすと空になったソフィーのワイングラスに真っ赤な液体をなみなみと注いだ。
その表情は、これから何かが起きるぞ!と好奇心で一杯で、混乱を期待する顔であった。
肩で息をするソフィーは、自分の目の前のグラスがまだ空になっていないことに腹が立つ!といったようにグラスを掴むと、再びワインを流し込んだ。
「ソフィー、あんた酔っ払ってるだろう?」
持ち上げられたり、突き落とされたりで肩をがっくりと落とし片手で顔を覆うハウルに、マリは思わずくすくすと笑い出した。
ガレスも呆気に取られていたのだが、マリの忍び笑いにつられるように笑い出すと、ゆっくりと立ち上がり、わなわなと体を震わすミーガンの肩に手を置いた。
ソフィーはぽつりと呟いた。
「・・・今日は・・・家族で神さまに感謝する日なんでしょう・・・?」
先程威勢良く張り上げた声とは異なり、ソフィーが紡ぎだす言葉は優しい声でどこか寂しそうな響きを持っていて、その場にいた全員がソフィーを見つめた。
「・・・悔しいけど、ハウルにとって、ここはやっぱり大切な場所なのよ。お義姉さんのことだって、何を言われたって、やっぱり好きなのよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だって、ハウルの寝室の窓からは・・・」
ソフィーはそこまで言うと、急に糸の切れたマリオネットのようにその場に倒れこんだ。
「ソフィー!」
すぐに腕を伸ばしたハウルがしっかりとソフィーを抱きとめたことに、ミーガンはほっと胸を撫で下ろし、そんな自分に驚いた。
ガレスはハウルにすまなそうな視線を送ると、ミーガンの耳元で囁いた。
「そのこの言う通りだ。・・・今日はクリスマスだよ、ミーガン。」
ミーガンは頬を染め、弟夫婦を見つめた。
ソフィーを抱きしめるハウルは、今までミーガンに見せた事もないような柔らかな優しい微笑をソフィーに向けていた。
「あなたでも・・・誰かをそんな風に見つめることがあるのね。」
思いがけないミーガンの言葉に、ハウルは驚いて心の通い合わない・・・通い合わせようとしなかった姉を見つめた。
そこには呆れたように、しかし、微笑む姉が居た。
「・・・今夜は・・・私が悪かったわ。私が招待したのに、ゲストをこんな風にしてしまったんですもの。」
勝手に飲んだのは彼女だけどね。
肩を竦めて立ち上がると、ミーガンはガレスの傍らに寄り添った。
「あんた、変わったわね。・・・ちゃんとこのこの『夫』の顔してるわ。・・・それに、そのセーター、とっても似合ってる。あんたが一番似合う色を知ってるのね。・・・それに、そのこ・・・ソフィーがあんたをとても愛していることも・・・。」
「姉さん・・・」
ガレスがミーガンを促すように前に出ると、ミーガンは苦笑しながらハウルの頬に手を伸ばした。
「・・・またいらっしゃい。今日のパーティーのやり直しをしましょう?・・・ソフィーにも、伝えておいてね」
メリークリスマス・・・。
姉の呟いたその言葉に、ハウルは意識のないソフィーをぎゅっと抱き寄せ、振り絞るような声で同じように呟いた。
「メリークリスマス・・・・・ミーガン、ガレス」



「ハウルさん?どうかしましたか?」
もっとあげちゃって構わないんですか?これ、空になっちゃいますけど?
マイケルが不思議そうに訊ねると、ハウルははっとして暖炉を見つめた。カルシファーが大きく炎を捩じらせて、嬉しそうにフライパンの唄を口づさんでいる。
「・・・いいよ。全部その酔っ払いの火の玉にあげちゃって。」
「ええ!?それじゃあ、明日の朝、カルシファーは眠りこけてるんじゃ・・・!?ソフィーさん朝からパーティーの準備するって言ってたのに・・・・」
ぶつぶつと呟くマイケルの声が聞こえなかったように背を向け、ハウルは満ち足りた気持ちで階段を上り始めた。

この娘さんときたら!。

「・・・・。」
しかし、何かを思い出したように振り返り、まだ悩んだ様子でボトルを傾け始めたマイケルの背中に声を掛けた。
「マイケル!言っておくけど、ぼくはヤキモチで機嫌が悪かったわけじゃないからね!」
「え!?なんのことですか!?」
驚いたマイケルが思わずブランデーをどぼどぼとカルシファーにかけ、カルシファーはギリギリのところで炎を捩って直撃を避けた。
「何すんだよ!おいらを消す気か!?」
火の悪魔は暖炉いっぱいに炎を吹き上げて、憤慨する。
「アチッ・・・!ごめんよ、カルシファー!そんなつもりじゃ・・・!」
そんな様子に笑いもせず、ハウルは拗ねた口調で話し続けた。
「ぼくがあの時・・・犬(パーシバル)が殿下とサリマンの寄せ集めだってわかって怒ったのは、荒れ地の魔女の呪いがどう作用するかわからないのに、ソフィーが勝手に城に入れてたことに腹をたてたんだからね!?決してソフィーがオトコを匿っていたからとか、ぼくに内緒にしてたからとかじゃないんだよ!?ましてその犬を可愛がっていたからとかじゃ、決してないからね!?」
一段、また一段と階段を降り、煤けたマイケルの前に立つと、再度念を押すかのように詰め寄った。
「だから、ぼくは別にヤキモチ妬いたわけじゃないんだからね?」
いいね、誤解は解いておくように!
ぽかんと口を開けたままのマイケルに、真剣に話していたハウルは、急に真っ赤になって踵を返し、ソフィーを抱きあげたまま階段を2段飛ばしに駆け上がり、寝室へと飛び込んだ。
「・・・だから、それがヤキモチって言うんだって・・・あの馬鹿に教えてやれよ?」
カルシファーが呟いた一言に、マイケルは拍子抜けしたようにその場に座り込んで・・・笑い出した。







end