自爆した15万打のリク件をいち早く申請してくださったふじさきさんのリクです^^





胸に刺さった小さな棘  - 1 -





幼い頃から泣くことを恥ずかしいと思っていたわけじゃないと思う。でも。
『お姉ちゃんは泣いちゃダメ』
そう思っていたのは事実。
お母さんの腕の中安心して泣いたのはもう遠い昔。
それから何年、涙を意識的に封印してきたのだろう?
まったく泣かなかったわけでなく、堪えてしまう。悲しさより悔しさより、常に優先されるのは【長女】としての自分。
泣いたりする暇なんてなかったし、いつだって必要とされたのは物分りのよいソフィー。
同じように、甘えることも忘れてしまった。
甘えられることはいつもだったけれど、甘えることはできなかった。
『我慢しなくちゃ、お姉ちゃんなんだから』
『頑張らなくちゃね、ソフィー。ちゃんと妹の面倒を見るんだよ?』
『ソフィーはいい子だね』
そんな言葉が知らずに身体に染み付いて。
いい子でいなくちゃ!ということが最優先されていた。
自分のことより相手の気持ちを。
思いを口にすることができるようになった今も、胸の中のもやもやは解消されない。
自分のことよりも誰かのことで一生懸命になるのは・・・もう、あたしの性格なんだわ。
そう言い聞かせて。
まして、今は人一倍手のかかる人が、あたしの恋人。
そりゃ、優秀な魔法使いなのは知ってる。
何と言うか・・・老婆で過ごしたからだろうか?
今更隠すことなんてない!と思っているからだろうか?
この魔法使いの幼さに呆れたり溜め息をつくことが、当たり前になってしまった。
いつもだらしないくせに。
時に見せる大人なオトコと、子供のようなオトコの狭間で、あたしはイラつきながらも、結局あれこれ世話を焼いてしまう。

だから、胸の中でくすぶっていた想いに目を瞑っていたんだわ。


「ソフィー!元気だったかしら!」
ようやく起きてきたハウルが遅い朝ごはんの前に、キスをねだっていた時だった。
城の扉が威勢良く叩かれ扉を開けたその先で、豪華なドレスに身を包んだファニーがお供の者を押しのけて、ソフィーに抱きつくと弾けんばかりの声を響かせた。
煌びやかな装飾品を身につけ、驚くソフィーを城に押し込むようにファニーはまくしたてる。
「元気にしてた?私も主人が忙しくて、あちこち一緒に出かけていたから、中々様子を見にこれなくて!」
ころころと笑うファニーに思わず苦笑して、ソフィーは先日マーサが転がり込んできたことを思い出す。

徒弟に出ている間、何度か保護者のサインが必要なこともあるのだが、偶々そんな時にファニーが留守をしていたので、憤慨して城にやってきたのだ。
『母さんは、本当に自分だけが着飾ってフラフラ出歩いていればいいんだから!』
姉さんだって負けずに着飾って、母さんにわからせてあげてよ!そろそろ落ち着いて、もう年甲斐もないことばっかりしないで!って。
マーサは実の母であるファニーをこき下ろすと、幾分溜飲も下がり帰りはご機嫌でマイケルと手を繋いで帰った。

ソフィーがそんな数日前の出来事を思い出していると、ファニーが覗き込むようにして両手でソフィーの頬を挟んだ。
「ああ、ソフィー、貴女とっても疲れた顔をしてるじゃない!またハウルにこき使われてるんじゃないでしょうね!」
「ファニー母さん!!」
咎めるように声を荒げると、ハウルが不機嫌そうに「んんっー」と喉を鳴らす。
「あら、ハウル!お早う!貴方随分遅い朝食ね!まさか王室付き魔法使いをクビになったんじゃないでしょうね!?」
いぶかしむようにハウルに向き直るファニーに、ハウルは優雅に立ち上がると、振りまわしていた日傘をひょいと取り上げ、跪いてその手の甲に口付けを落とし、極上の『作り笑顔』をして見せた。
もちろん、作り笑いだとわかるのは城の住人だけであるが。
「ご機嫌麗しく、義母上殿。今日は午後からの王室会議に出席すればよいのですよ。」
にっこりと微笑むその姿に、ソフィーは慌ててファニーに
「昨晩もその前の晩も、この人帰って来たのは真夜中を過ぎてからだったのよ!」
と付け加える。
「忙しいのねぇ!主人もとても忙しいけれど、貴方の忙しさには叶わないわ。」
感嘆の溜め息を漏らすと、、まるで紳士のようにファニーに椅子を勧めるハウルににっこりと微笑む。
ソフィーは慌てて紅茶の用意をするために、怯えたように薪の下に潜り込むカルシファーにそっと話しかける。
「今日は掃除をしにきたんじゃないと思うから、そんなに怯えなくて大丈夫よ。」
お湯を沸かしてもらっていいかしら?
ソフィーがそういうと、カルシファーはハウルと談笑してすっかり上機嫌のファニーを見てぶるると炎を揺らす。
「まったく、あいつが居てくれてよかったよ!あのおばちゃん、この間おいらをランプの変わりにしようとしたんだぜ!」
「そんなことあったかしら?」
「まだまだイロイロあるんだぜ!まあ、こんなときはあいつのご婦人のあしらい方に敬意を表したくなるよ!」
カルシファーの言葉に苦笑しながら、温めたカップをファニーの前に置くと、ハウルが机の上に肘をつき、顔をのせるとファニーに訊ねる。
「で、今日はどんなご用事ですか?」
ファニーは途端に立ち上がり、紅茶を入れようとポットを傾けたソフィーの腕を掴んだ。
「なっ!?」
「ソフィー!お願いがあるの!」
ハウルは面白くなさそうに顔を曇らせると、同じように表情を曇らせたカルシファーに目配せする。
やっぱり!
ソフィーは紅茶を零さないように注意しながら、美しいファニーの指先を見つめた。キラキラと輝く宝石たちが乗る指先は、年相応には見えていたが、帽子屋の女主人だった頃に比べると、滑らかで美しかった。まったく家事をしないでよい所為か、ソフィーよりほっそりとしている。
「なにかしら?私にお願いだなんて。」
ちょっぴり嫌な予感がしたものの、断る道理もなく、とにかくその『お願い事』とやら聞いてみることにした。
「あのね、あんたはそりゃ素敵な帽子を作ってきたでしょう?」
いつの間にかポットはハウルの掌に移動していて、ソフィーは驚いてハウルを見つめる。ハウルは静かに首を振っている。
引き受けちゃダメ!
「あんたの話をしたら、そりゃあもうあちこちで『ソフィー・ハッターさんの帽子を是非私に!』って注文が殺到なのよ!あんたの作る帽子はいつだって不思議な魅力があったものね!」
「ソフィーはもう『ハッター』ではありませんよ、お義母さん。」
ハウルが妙なところで敵意を揺らめかしたが、ファニーは対して気にしたりせず話を続ける。
「ハッターってのは帽子屋の、って事よ。気にしないで頂戴?それでね、主人の取引先の奥様方に帽子を作って欲しいのよ。どうかしら?ダメ?あんたが帽子を作ってくれたら、私の主人も助かるのよ。」
そんな言い方をしたら、ソフィーがイヤと言えないことくらい誰でも知っていたのだが・・・。
ソフィーは両手を握り締められながら、ハウルにもう一度視線を向ける。
ハウルは先ほどよりも激しく首を横に振っていたが、ソフィーは瞳を細めて溜め息をついた。
「・・・わかったわ。母さん。・・・で、いつまでに幾つ作ればいいのかしら?」
ハウルが絶望だ!という顔で椅子に座り込むと、ファニーはぱあっと笑顔を見せていそいそと毛皮のバックから羊皮紙を取り出す。
「ここにどれくらいのどんな感じのご婦人方か書き込んであるの。期日は3日後なのよ。主人が再び買い付けに出かけちゃうからね、どう?間に合うかしら?」
その羊皮紙を広げると、ざっと10人分はありそうだった。
ソフィーは困った顔をしたものの、期待を込めて見つめるファニーに「NO」と言う勇気は持ち合わせていなかった。
何故勇気がでないのか、考えることもしなかったけれど。
「3日後ね。それじゃあ、今からとりかからなくちゃ。」
ソフィーが答えると、ファニーは闇の精霊を呼び出そうとしているハウルに向かって、もちろんそんなことは気がつかず、まくしたてるように告げた。
「ソフィーの邪魔をしては駄目よ?ハウル!それじゃあ、私はこれで失礼するわ!」
まるで雲の上を歩くかのような軽やかなステップで、ファニーは城の扉をすり抜けていった。
盛大な溜め息をついたソフィーに、カルシファーがちらりと視線を投げた。
「あんたなんで断らないのさ?」
ソフィーは自分でも馬鹿げた行動だと理解していたが、ファニーには逆らえないのだ。

継母のファニーもきっとあたしのことを一応は考えてくれているはずだし・・・そう、父さんと約束したのよ。
新しい母さんのことを助けてやって、ってね・・・。

「・・・ハウル、今ねばねばを出したりしたら・・・あんたと口利かないわよ・・・」
これから忙しくなるんだから!
「!酷いじゃないか、ソフィー!あんた3日間もぼくを放って置く気!?」
「仕方ないじゃない!」
「断ればいいんだよ!あんたそれでなくてたって忙しいだろう!」
「そんなこと言ったって・・・」
「なんでそんなに抱え込むの!?あんたが一人で抱え込む必要ないじゃないか!あんたはもうぼくの奥さんになったんだ! これ以上奴隷働きする必要はないだろう!?」
「これは・・・奴隷働きなんかじゃないわ・・・!」
「どうしてぼくに言うみたいに言い返さないの!?何を遠慮してるのさ!?」
ハウルの言葉に、ソフィーの胸がちくんと痛んだ。
でもソフィーは痛みを無視して・・・顔を真っ赤にして言い返した。
「いつもどおり、ちゃんと家事もこなすわよ!それなら文句はないでしょう!?」
ハウルがふいっと横を向いて、大きすぎる溜め息を漏らした。







2へ続く