And the sweethearts ― 4 ―
今まで感じたことのない・・・肌に直接シーツやベッドカバーが触れる感触にソフィーはびくっとして目が覚める。見上げたそこには、いつもと違う光景。
ソフィーの見慣れた部屋でなく、天蓋のついたベッド。書物が多く詰まった本棚。真新しい鏡の掛かった壁。窓からは明るい日差し。
ええっと・・・ここは・・・
起き上がろうとして、一糸纏わぬ姿であることに気づき悲鳴をあげかける。慌ててベッドカバーを手繰り寄せ、胸元に引き寄せると真っ赤になって目を閉じる。一瞬、何が起きたのかわからずに混乱する。
あたし・・・なんで・・・?
体中が重く、鈍い痛みを中心部から感じ、唐突に昨晩のことを思い出す。
自ら一歩を踏み出し、ハウルの腕の中で知った痛みと甘さ。
あたし、ハウルと・・・。
不思議な癒しを発揮するベッドカバーの中にいても、ハジメテの朝はソフィーに甘い痛みを残していた。
心は不思議なほど高揚していて、幸福感と悲壮感が混在する。
一つになった喜びと、失ってしまった何か。
怖かったけど・・・。
今まで見たことのないハウルを知り、悔しいくらいに翻弄された。それでも、愛する人を受け入れた喜びは体中を支配する。
ソフィーの顔はこれ以上はないというほど真っ赤になり、あれこれと昨夜の行為を思い出しては激しく叩きつける胸を押さえる。
何度か浅い眠りを彷徨ったが、その度に、暖かな胸の中に閉じ込められるように抱きしめられていた。髪を優しく梳き、時折額に口付けられる。時に激しく時に穏やかに打ちつける鼓動を聞きながら、また深い眠りに落ちる。夢だったのか、現実だったのか?
ずっとそうしていたいと、思うなんて・・・・!
ふと、そのぬくもりが隣にないことに気がつきソフィーは瞳を開く。
「ハウル?」
声が掠れて小さな囁きになる。喉が渇く。昨晩泣いた所為だろうか?
返事はなく、ソフィーは急に不安になる。今までの甘い気持ちも幸福感も、怖いくらいに崩れていく。まるで自分の周りだけぽっかり穴が開いて落ちていくように。
・・・・ねえ、まさか・・・?嘘でしょう?
ふとよぎった・・・いたたまれない思いに口元を押さえる。
今まで、ハウルがご婦人方にしてきたという恋のやり口。
恋に誘い込んで、相手が本気になった途端・・・冷めてしまうハウルの恋。
まさか、あたしも同じ?
たいして美しいとも思わない(それはソフィーの思い込みであるが)自分を選んだことも、ソフィーは不思議に思っていたし、ハウルの周りはいつだって魅力的なご婦人が集まってくるのだ。
「心変わりされたとしても、仕方ないわ・・・。あたしはちっとも可愛くないし、キレイじゃないもの・・・。」
ソフィーの瞳からぽろぽろと涙が溢れる。
・・・・それでも、心も身体も一つになって、愛しいと思える夜を過ごしたのに・・・・もう心がなくなってしまったというの?
「・・・ハウル!」
ソフィーはベッドカバーを握り締めて、再び名前を呼ぶ。
ばたん!と扉が開き、ハウルがたくさんの花を抱えて飛び込んでくる。苦しそうに肩で息をして。
「ソフィー!そんなこと、あるわけないよ!」
そう叫ぶと、慌ててソフィーに駆け寄り痛いほどに抱きしめる。ソフィーはただ驚いて腕の中でハウルの鼓動が激しく打ちつけるのを聞いていた。
「ああ、あんたがそんな風に思うなんて!目覚めるまで離れるんじゃなかった!」
昨晩、ハウルは腕の中のソフィーに何度もキスを繰り返し、幾度となく押し寄せる欲望を抑えることに必死だった。それでも、夜が明けるまで離れることは出来ず、朝日が昇る頃、可愛い決断をしてくれたソフィーが目覚めたときに美しい花をプレゼントしたくて・・・いや、朝日に照らし出されるソフィーを無理に抱こうとする自分に負けそうになって・・・荒地に出掛けていたのだ。
「心変わりだなんて!こんなに愛しい気持ちになったのは、あんたが初めてだってのに!もう、あんたなしの夜なんて僕には考えられないよ!?泣かせるつもりなんて、なかったんだ。ああ、我慢なんてするんじゃなかった!僕はただ、愛しい奥さんの、恥ずかしそうな笑顔が見たかっただけなのになあ!それなのにあんたときたら、ベッドで泣いてるなんて!鏡越しに僕の心臓を止める気だったの?僕にはあんたしか見えていないんだから!」
抱えきれないほどの花束は、ベッドの周りに散らばりまるで花畑の中にいるようで。
初めての経験で、気が昂ぶっていた所為かしら。あたしったらなんであんなこと考えちゃったんだろう?
ソフィーはハウルの腕の中で、くすりと笑う。
「ソフィー?何がおかしいの?」
ハウルは恐る恐る、ソフィーを抱きしめる腕の力を抜いて覗き込む。ソフィーはそんなハウルの首に抱きつき、頬にキスをする。
「ねえ・・・ハウル?恥ずかしそうな・・・誰の顔を見たかったの?」
その声は甘く可愛らしく、ハウルの耳をくすぐる。
「もちろん、ソフィーあんたの、僕の愛しい奥さんの顔さ!」
ハウルがそう答えると、ソフィーは腕を解き俯きながら呟く。
「あたし、あんたの奥さんになったの?」
頬を染めて恥ずかしそうにソフィーが顔をあげると、ハウルの心臓はどくんと跳ねる。
「そうさ。あんたは今日からソフィー・ジェンキンス。僕だけの愛しい奥さん!」
にっこりと笑うと、廻した腕を細い肩に移し、ゆっくりとベットに押し倒す。
「それじゃあ、あたしたちはもう夫婦なの?」
ソフィーは思い出したようにベッドカバーを手繰り寄せ、嬉しそうに肩に口付けるハウルに身を捩る。
「今夜から寝室は一緒でいいね♪」
必死にベットカバーを握り締めるソフィーの指に、口付けが落とされる。
「あたしたち夫婦なんだから、隠し事はないわよね?」
ソフィーは指先にまで甘い痺れを走らせる旦那さまを軽く睨んで、腕をすり抜けベッドボード逃げる。
「昨晩は泣かせちゃったけど、今度は優しくするからね?」
ハウルは碧眼を輝かせて狩りを楽しむかのように、爪先をとらえて口付ける。
「教えてちょうだい?鏡越しに、心臓が止まりそうになったってどういうこと?」
ぴたり、とハウルの動きが凍りつく。
ソフィーは丸まった爪先を引っ込めると、ベッドカバーを身体に巻きつける。
「何であんたに、寝室のあたしの声が聞こえたの?」
「あんたの声が聞こえた気がしたんだよ。愛の力かな・・・?なんて・・・」
ソフィーはふん!と鼻をならすとハウルの鼻先にずいっと顔を近づける。
「本当のことを話してくれなきゃ、寝室は別にさせてもらうわ!夫婦なのに隠し事があるなんておかしいものね!?」
「夫婦といえども、お互い秘密はある筈さ。そこを尊重して・・・」
のらりくらりと逃げ出そうとするハウルに、ソフィーは傷付いたように身を引く。
「・・・酷いわ・・・ハウル。あたしがどんな想いでこの部屋の前まで来たか、あんたはきっとおもしろがって見てたのね・・・」
「まさか!そんな!ソフィー、誤解だよ!昨晩は、本当に、あんたの行動に驚いて・・・!嬉しかったんだ!」
じっと潤む瞳に見つめられ、ハウルは得意のぬるぬるうなぎになれず、ついに白旗を掲げた。
こんなに愛しい奥さんと寝室を別にするなんて、考えられないから。
「あーもう、ソフィー!そんな目をしないで!・・・怒らないでおくれよ?実は・・・」
「ハウルの馬鹿!もう知らない!」
鏡に掛けられた魔法を話すと、ソフィーはそう言ってハウルを睨みつける。
ハウルはソフィーを抱きしめて何度も謝る。
ぷいっと横をむくソフィーにしがみ付き、ハウルは何度もキスを落とす。
「ソフィー、ごめんね!でも、本当にあんたが心配だったんだよ!」
ソフィーは胸元で泣きつく、愛しい旦那様を見つめて溜め息をつく。
魔法使いと暮らすって、何が起こるかわからない。まさに、ぞくぞくする生活って訳ね!
鏡に映る自分たちを見つめ・・・ソフィーは思わず苦笑する。
あたしだって、あんたの腕の中が心地よいってわかったのよ?
そして、ハウルの金髪を掻きあげて。
「ホントに困った旦那様ね!」
驚くハウルの額にキスをする。
今日から始まる、新たな生活に覚悟をして!
end
シリーズを愛してくださった皆さん、ありがとうございました!
私にとってこのシリーズは「初めての夜」シリーズでした(笑)その日をどう迎えるか?を妄想したんです。
長いことお付き合いありがとうございました!