And the sweethearts ― 2 ―





ソフィーのその可愛らしい申し出は、ハウルにとってはかなり切ないものがあった。
「一緒に眠りたいの。・・・・・・いい?」
少し震える精一杯のその言葉に、ハウルは体中が震え頭の奥が熱くなるのがわかる。
やがてその熱が自分を支配していくこともわかっていた。

そうなったら・・・・止まらなくなる・・・。でも。

「も、もちろんさ。あ、でもちょっと仕事が残ってるんだ」
ハウルはためらいがちにソフィーの肩を掴み、ベッドの上の書類に目をやる。
「気にしないで・・・続けてちょうだい?」
ソフィーは精一杯緊張を抑えて笑顔を向けた。

・・・・・。

ソフィーはハウルのベッドの中で背を向けて横になる。
心臓が痛くなるほど叩きつけていたが、瞳をぎゅっと閉じ静かに呼吸を整える。
自分のしてしまった行動に少なからず罪悪感を覚えて、眩暈がする。
ハウルはその隣で先程と同じように書類を手にしていたが、神経はハウルの右半身・・・ソフィーのいる方へと集中していた。

ああもう、気になって仕方がない!
きっとソフィーは本当に【眠るだけ】のつもりで来たんだろうけど。
僕にとって、試練みたいなもんなの?この状況!
昨日強引に迫ったっていうのに・・・・。忘れちゃいないよね?
大体、一緒に眠りたいなんて可愛い申し出初めてじゃないか!
あんなに可愛く誘われちゃったら、・・・また泣かせちゃうよ。
ソフィー・・・僕の気持ち・・わかってるよね?
これって・・・拷問?それとも・・・・。


ハウルは書類にペンを走らせ、指先で弾き小さく呟くと書類はぱっと消える。分厚い本を指先で操り、ソフィーが掃除して
キレイに整頓された本棚へ収める。
そして、そっと自分に背を向けているソフィーを見下ろす。
あかがね色の髪が見えるだけで、いやになるほど心拍数が上がる。

同じベッドにソフィーが居ると思うだけで、なんでこんなに嬉しいんだろう?

ハウルはそっと確かめるように、声をかける。
「・・・ソフィー・・・?起きてる・・・?」
ソフィーはびくっと身体が強張る。
起きている、と答えたかったのだが緊張して喉が渇き声が貼り付いて・・・声が出せない。
「・・・疲れてたんだね」
くすっ、とハウルはどこかほっとしたような、寂しそうな笑い声を漏らすと、そろそろとベッドカバーに滑り込む。
ふっと明かりが落とされ、窓からウェールズの月明かりが差し込む。
ハウルとソフィーは背中合わせで互いの温もりを感じながら、青く浮かび上がる室内を見ていた。

・・・・ハウルはあたしが眠っていると思ってるの・・・・?
こんなにどきどきしていて、眠れるわけない・・・・
あたしの好奇心が暴れてるの?
それとも・・・別の何か?
今あたしの中で渦巻く思いの答えは・・・何だろう?
怖いのに、胸が壊れそうなほど心臓が激しく打ちつけて・・・逃げ出したいくらいなのに・・・。
それでも、ハウルと離れたくない。
これは・・・本当にただの好奇心?ハウルをもっと知りたい・・・そう思うことは・・・好奇心なのかしら・・・・?

ソフィーは子猫のように丸くなりながら・・・切ないくらいの決心を胸に・・・ハウルの方に寝返りを打つ。

ソフィーを抱きしめたい衝動を健気に抑えていたハウルは、背中にソフィーの吐息を感じ、体中に甘い痺れが走る。
寝間着越しに感じるソフィーの息遣いに、なけなしの理性がまた崩れ始める。
自分の背中に頭を付けるようにして眠るソフィーを振り返り、もう一度声をかける。
「・・・ソフィー・・・?」
息をするのも苦しいソフィーは、答える代わりに、そっとハウルの寝間着の裾を握り締める。
ハウルはゆっくりと身体の向きを変え、ソフィーと向き合うように横になるとソフィーの髪を梳き、ためらいがちに囁く。
「・・・ソフィー、抱きしめてもいい?」
それはハウルにとって独白のようなもので、眠っているソフィーに返事を求めたわけではない。
まるで腫れ物に触るように、ハウルはそっとソフィーを包み込む。
毎日のように抱きしめていても・・・ベッドの中で抱き合う感覚とは違う。
守りたいという神聖な気持ちにもなり、反対にめちゃくちゃにしたいという凶暴な気持ちにもなる。
指先に感じるソフィーの感触はハウルがずっと求めているもので、鼻をくすぐるソフィーの香りは甘く脳内を侵食していく。
激しく打ちつける心臓にソフィーの息がかかるたび、気が狂いそうなほどの愛しさが生まれる。
ハウルは少し身体を離し、ソフィーの唇を指でなぞる。
腕の中の華奢な身体がぴくりと反応して、ハウルはぞくぞくする気持ちの高まりに震える。
抱え込むように上を向かせると、ソフィーのまつ毛が小さく震える。
ハウルはそのまぶたにキスを落とし・・・恐々と唇を重ねた。

重ねられた唇は、微かに震え遠慮がちにすぐに離れた。苦しそうに息をついたのはハウルの方。
まるで初めてキスする少年のような気持ちで胸が甘くむず痒い。
その甘やかな感触に溺れるように、何度も何度もキスを繰り返す。額、まぶた、頬、鼻先、そして唇。
そこにある存在を確かめるように、指に髪を絡め、そっと愛しい名を呼ぶ。
「ソフィー・・・」

どうしよう、キスだけで我慢するはずだったのに。
もう止められそうにない。
眠っているあんたに卑怯な感じがするけど。
でも、今日だけは・・・・卑怯な自分を思い切り褒めるよ。
こうしてあんたが腕の中にいるから。
・・・もう逃がしてあげられない。ごめんね、ソフィー。

ソフィーの腰に回された腕に力が込められ、少しの隙間も許さないとばかりに抱きしめる。
ハウルは止めどなく溢れる愛しさを抑えきれず、キスを深める。
「んんっ」
ハウルから繰り返し受けるキスはソフィーの身体中を痺れさせ、やがて深まったキスに息がつけず声が漏れる。
ソフィーは恐る恐る瞳を開け、ハウルの碧眼とぶつかる。その瞳は・・・昨晩と同じ。
どうしようもなくソフィーを捕らえ『逃がさない』と訴える。

覚悟を決めていたはずなのに、やっぱり怖い・・・!
ハウルが・・・怖いんじゃない・・・自分が怖い。
キスですら心臓が壊れそうなのに・・・その先はどうなっちゃうの?

開かれた瞳に羞恥心と戸惑いを見つけ、ハウルは困ったように微笑むと懇願するように囁く。
「僕も・・・あんたと同じ。怖くて仕方ないんだ。・・・でも・・・僕のものになって?あんたを抱かないと・・・もう苦しいんだ」
掠れた声はソフィーの心に捲きつき、糸をたぐり寄せられるように追い込まれる。
最後のためらいを振り切らせるように・・・ハウルはソフィーに口付けた。






        3へ続く