And the sweethearts ― 1 ―




ソフィーはベッドの上で深呼吸する。今、自分がしようとしていることを思うと・・・・・心臓が破裂しそうなほど暴れる。
枕を抱きかかえ、ベッドの中央に座り込み一人頬を赤くする。

・・・どうしよう。

意を決しているはずなのに、頭に浮かぶ言葉はその一言だけ。
いいようのない好奇心と恐怖。そして淡いときめきと罪悪感。様々な思いが絡まりあって頭の中で廻り出す。




「先にお風呂に入っていいかしら?」
ハウルとマイケルは、夕食後新しい呪文の課題について論議していた。
ソフィーは作業台にハーブーティーを入れたカップを置きながら尋ねる。
「もちろん、どうぞ」
マイケルが屈託ない笑顔で答えると、頬杖をついていたハウルがソフィーを見上げる。
「珍しいね。こんなに早く風呂に入るなんて。疲れちゃった?」
とろけるほどの笑顔でそう言うハウルの瞳には、ちょっとした罪悪感が潜んでいる。

昨晩・・・あたしが怖がったから・・・あんたはそんな目をしてるのね?

ソフィーはそんなハウルに苦笑し、カルシファーに「お湯をお願いね?」と頼み浴室に入る。
ハウルの昨晩の瞳を思い出し、急に頬が熱くなる。ハウルの・・・まだソフィーの知らない欲情に支配されたハウル。
洋服を脱ぎ、何気なく鏡に映った胸元にどきりとする。
ハウルが昨晩ソフィーの胸元に施した刻印。赤く色づくその痕は「未知の扉」に足を踏み入れた印。
ソフィーはそっと・・・その刻印に触れる。

怖かったけど、切なかったけど、どうしようもないほど愛しかったのも事実。

上辺だけをなぞる優しい口付けとは違い、深い口付けはソフィーの息も絡めとり、苦しくなって喘ぐソフィーの口内に及んだ。
初めての感触にぞわりと背中が震えた。怖くて、気持ちが悪いような・・・それでも少しずつ広がる頭の芯が溶け出していく
・・・不思議な甘い感覚・・・。

その感覚を思い出しのぼせそうになりながら、ソフィーはそそくさと浴槽から出ると階段下の自室に入った。




それからこうして、ソフィーはベッドの上で枕に抱きついて、溜め息をついているのだ。
しばらくして、マイケルが「おやすみなさい!」と階段を上って行き、少ししてソフィーの居る部屋の扉が叩かれた。
「・・・ソフィー?」
ためらいがちなその声に、ソフィーはびくっと身体を硬直させ、恐る恐る扉を見つめる。
「・・・なあに?」
今まで考えていたことが扉の前のハウルに知られはしないかと、ソフィーは枕を抱く腕に力がこもる。
「開けてもいい?」
ハウルのくぐもった声がひどく緊張しているようで、ソフィーは何だか可笑しくなる。ソフィーは枕を置き、ベッドから降りると
そっと扉を開ける。
「いつものあんたならダメって行っても入って来るのに・・・どうしたの?」
ハウルは碧眼を伏せがちにして、おずおずとソフィーを見下ろす。何だかその姿が可愛らしくて笑ってしまう。
「・・・・ソフィー・・・もう寝ちゃうの?」
「!・・・・・・ええ、とても疲れちゃったし。」
ソフィーは慌てて視線を逸らし、自分の指先を見つめる。
「ここで?」
「ここがあたしの寝室よ?」
ソフィーは咄嗟にそう答えてしまい、恐る恐るハウルを見上げる。
ハウルの得意技だとわかっていても、その肩を落とす姿はちょっぴり切ない雰囲気を漂わせる。
「あのさ、僕たち!!」
急に腕を掴まれて、ソフィーは思わず表情が硬くなる。ハウルはソフィーが恐怖感を抱いていることを感じ苦笑する。

やっぱりしばらくは警戒されちゃうな・・・

ハウルはそっと腕を放すと、何事もなかったようにわざとソフィーを抱きしめる。
「なっ・・!」
「ソフィー、今日はまだ僕と一度もキスしてないよ?」
「えっ?あ・・・そうね。でも、別に毎日しなくたって・・・」
「なんて悲しいことを言うんだろう!愛しいソフィーは!せめて、オヤスミのキスくらいしてもらいたいって云う僕の気持ち
なんてわかりゃしないんだ!!」
ハウルは絶望だ!とばかりに、腕を解きよろよろと扉に寄りかかる。
「何よ、しないとは言ってないでしょう?」
いらいらした口調はいつもの調子で、ハウルはほっと胸を撫で下ろす。
「じゃあ、いいよね?」
ハウルは再びソフィーを抱きしめて、唇を奪う。それは・・・触れるだけの挨拶のキス。
すぐに離れた唇に、ソフィーは内心驚きながらハウルが額にキスを落とすのをぼんやりと見上げる。
「おやすみ、ソフィー」
そう言って閉められた扉にソフィーは呟く。
「・・・やっぱり・・・あんたってズルイ・・・」




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ハウルはベッドで上半身を起こし、枕に寄りかかりながらサリマンからの急ぎの書類に目を通し、分厚い本を開く。
そして何度かペンを走らせたり、ぶつぶつと呟く。
しかし長くは続かず、天蓋を見つめて溜め息をつく。

参ったな・・・・。

泣きたい気持ちでいっぱいになりながら、ハウルは目を瞑る。

昨晩のソフィーは眩暈がするほど可愛くて、怖がらせるとわかっていたけれど・・・もう止めることなどできやしなくて。
泣いている顔すら欲情を抑えてはくれなかった。ああ。こんなにも求めていたんだと自分自身が驚くほどに。

・・・・・怖い。こんな気持ち僕は知らないんだ。
心があるってのは、こんなにも抑えがきかなくなるものかい?

ゲームのように楽しんで、自分に落ちてくるその瞬間が最高の快感。
はっきりいって、その瞬間からまったく興味がなくなってしまう。喘ぐ声も、甘える仕草もすべて無意味なものになる。
それなのに。
深い口付けの後、ソフィーの潤む瞳の中に恐怖とは別の感情・・・微かに芽生えた情欲の火。
その瞳に・・・ハウルのなけなしの理性は音を立てて崩れた、筈だった。

まさか寝ちゃうなんてさ・・・。

ハウルはソフィーの作ったベッドカバーに苦笑する。
「随分先までお預けになっちゃたよ。素敵なベッドカバーさん」
ハウルはソフィーの真似をして話しかける。
こうして、疲れがさほどない時であれば、ソフィーの呪いがどんなに強くても眠ってしまいはしないのに。
それがまた、なんともやるせない。
「僕としては・・・君に包まれて・・・ソフィーと朝を迎えたかったんだけどね?」
そっと囁いて、また溜め息をひとつ。

―その時、ハウルの寝室の扉が小さくノックされる。

びりり、と電気のような痺れがハウルを突き抜ける。扉の前のその存在がハウルにはわかったから。
「・・・ソフィー・・・?」
ハウルはそっと尋ねる。気配はするものの、返事はない。

何かあった?

ハウルはベッドから飛び降りると、扉を開ける。
そこには寝間着の上に薄いショールを羽織ったソフィーが、枕を抱え真っ赤になって立っていた。
ハウルの心臓がどくんと跳ねる。
ソフィーのあかがね色の髪が、俯き加減のソフィーを包むように広がる。
「ど・・・どうしたんだい?ソフィー、怖い夢でも見たの?」
ハウルは自分が夢を見ているような気持ちでソフィーを見つめてしまう。
ソフィーは枕越しに上目遣いでハウルを見つめると、消え入りそうな声でそっと囁く。
「・・・一緒に眠ってもいい?」
そう言って、ソフィーはそっとハウルの胸に頭を預けた。






        2へ続く